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終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~  作者: 桜葉
第三章 大森林に眠りし魔竜・ギヌス
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第三章22 脈動する禍々しき力

「……ここは?」


 髪を靡かせる優しい風を感じて、航大はゆっくりと目を開く。

 まず目に飛び込んできたのは、逆さまに映った見慣れた現実世界の街並みだった。


 首を動かして横を見ればそこには快晴の空が広がっていて、その瞬間に航大は『もう一人』の自分と邂逅したあの世界へとやってきたのだと理解した。


「――うぐッ!?」


 意識が覚醒していくと脳裏に蘇ってくる光景があった。暗く狭い地下室。そこで航大は一人の少女を殺して、道連れの形で自分も死んだ。


 目を閉じれば人間の身体を貫いた感覚が生々しく残っている。

 鼻孔を刺激した血生臭い匂いも消えてはくれない。


「そうか……俺、死んだんだよな……」


 込み上げてくる嘔吐感に苛まれながら、航大は独り言を呟く。


 自分の深層に広がる世界。静かで現世とは切り離されたこの世界は。傷つき疲れ果てた航大に癒しをくれる。


「おいおい、なにのんびりしてんだよ、俺」


「――ッ!?」


 無限にも思えた静寂の時間は、嫌というほど聞き慣れた声によって瓦解していく。


 身体を起こして声がしてきた方を振り返れば、そこには全身を漆黒の影に包んだ『人間』の姿をした異形の存在が立ち尽くしていた。その存在のことを、航大は誰もよく知っていた。


 深層世界に生きるもう一人の自分で、航大という存在が持つ負の感情そのものである。


「そんな腑抜けてると、俺が表に出ちまうぞ?」


「表だと?」


「あぁ、そうだ。神谷航大という存在の主導権を握るってことだな」


 影が放つ言葉に航大の目が見開かれる。眼前に立つ影が放った一言、それは航大にとって少なからずの驚きを与えていた。


「主導権って、そんなことさせる訳ないだろッ!」


「まぁ、そう言うしかないだろうな。でも、俺の力が強くなれば、それも時間の問題なんだぜ?」


「力が強くなる……だと……?」


「そうだ。俺の力はお前の感情によって左右される。怒り、憎しみ、悲しみ……その全てが俺の力になる」


 異世界にやってきて、グリモワールを使役する度に大きくなる負の感情。


 それは無力な自分に対する怒り。

 それは大切な人を傷つけた事に対する憎しみ。

 それは人の死を前にしての悲しみ。


 少しずつ積み重なった負の感情は、深層世界に存在するもう一人の自分を強くしていた。


「あの邪魔くさい女もぶっ殺せたし……このままなら、そんなに時間も掛からないで表に出れるだろうけどな」


「……シュナはどうした?」


 影の言葉に、航大は深層世界に存在するはずの人影を探す。


 世界を守護する女神の一人であり、一連の氷都市・ミノルアでの事件を経た結果、航大の深層世界に魂という概念の形で存在していたはずだった。


 彼女の力があるからこそ、航大は強くなる『影』に飲み込まれることなく存在することが出来ていた。


「あぁ……あいつなら、そこにいるぜ?」


「――ッ!?」


 航大の問いかけに、影は親指を立てて上空を指差す。

 頭上には見慣れた現実世界の街並みが逆さに映って存在している。


 街並みが広がる虚空の中に巨大な十字架を発見することが出来た。十字架には誰かが磔にされていて、全身から鮮血を流して身体を脱力させている存在、それこそがまさに北方の女神・シュナなのであった。


「……ど、どうして?」


「どうして? 何をそんなに驚いてるんだ、もう一人の俺」


 生きているのかすら分からない。


 美しい青い髪も、白く汚れのない肌も、白いワンピースタイプの服も……その全てが真紅に染まっている。ぽた、ぽた、と雲一つない快晴の空に血液を滴らせるシュナは、航大の言葉に身体一つ反応させることはなかった。


「あいつと俺は、お前が表でへらへらと生きている間、ずっとずーっと――殺し合ってたんだぜ?」


「殺し合う……?」


「そう。俺の力が強くなることを恐れたあの女神は、深層世界において俺を殺し続けることで力が増幅することを阻もうとしていた」


「…………」


「だけど、結果的に俺は強くなっていくばかりなんだよ。無力なお前が無力であることを呪う度に、俺はどこまでも強くなる。そして……あの時、流れ込んできた魔竜の力を持ってして、俺はあの女神を完全に越えたんだ」


「ま、魔竜とか……殺し合いとか……なに言ってんだよッ……お前ッ……」


「――そう。その感情だよ、もう一人の俺」


「――ッ!?」


 震える声を漏らして後ずさる航大に、『もう一人』の自分である影は言葉を続ける。


 いつしか影の自分の右手には『漆黒の槍』が握られていて――影は躊躇うことなくそれで航大の身体を貫いていく。


「う、うぐああああああああぁぁぁぁーーーーーーッ!」


「……どうだ? 痛いか?」


「ぐあああぁぁぁッ!」


 感情の篭もらない冷めた声音で、影は航大に問いかける。

 全身を駆け巡る強烈な痛みに、航大は苦しげな声を上げて藻掻く。


「自分が無力なのが憎いか? 自分に苦しみを与える俺が憎いか?」


「うああああぁぁぁッ……!」


「憎め、もっと憎しみを強く持て。そして力を渇望しろ。世界を滅ぼす、破滅させる力を望めッ!」


 影の言葉が航大の鼓膜を何度も何度も震わせていく。

 それと共に航大の体内に流れ込んでくる感情がある。


 憎しみ。

 怒り。

 悲しみ。


 それらの感情は航大を破滅へと加速させる。

 それらの感情は世界を破滅へと加速させる。


「どうだ、見えるか……コイツが?」


「――ッ!?」


『――こうして会うのは二回目。言葉を交わすのは三回目だな』


「ま、魔竜ッ……ギヌスッ……!?」


 もう一人の自分が立つ背後。


 そこには魔竜の姿があった。夢の中で迷い込んだ洞窟の中で、杭によって打ち付けられ封印されていた魔竜が今、航大の深層世界に存在していた。


「コイツの力はすげぇんだぜ? なんてったって、遥か昔……世界を滅ぼした四神竜の一つなんだからよ」


「うぐッ……」


「コイツの封印を解け。そうすれば、魔竜はお前に力をくれるだろうさ。そうすれば、世界を破滅させる力を得ることができる。それで、あの嬢ちゃんたちを守ってやればいいじゃねぇかよ」


「ま、守る……?」


「そうだ。魔竜の力は絶大だ。それがあれば、なんでもできる……まぁ、その力にお前が飲み込まれなければな……」


 影が笑う。

 無力な少年を前にして。



「――そんなことは、させない」



「――ッ!?」


 頭上から響いてきた声に、航大たちは弾かれたように視線を上げる。

 そこには十字架に磔となった女神・シュナが存在していた。


「彼には世界を守る力があるッ……!」


 生きているのかも分からない瀕死の状態だったシュナは、目を開くと氷の嵐を生成することで、自分の身体を縛り付けていた十字架を破壊する。


「確かに今は……闇に染まった力でも……正しく導けばそれは、世界を守る力へと変わるのです」


「……シュナ?」


「……私は貴方を信じています。闇に飲まれず、自分が持つ力を正しく使ってくれると」


「でも、俺は……」


「焦らないでください。貴方は必ず強くなります――だから、闇の言葉に耳を貸さないでください」


 航大の前に立ち、影と魔竜の間に舞い降りる女神。

 彼女は航大を見ることなく、静かに優しい声音で語りかける。


「……ちッ。しぶとい奴だぜ……女神よ」


「ふふ、主の前であまり恥ずかしい格好は出来ませんのでね」


「…………その主は、俺でもある訳だが?」


「――それは違います。これまでと変わらず、貴方は私が殺しましょう」


「……上等だ」


 女神シュナの身体には、無数の傷が刻まれている。

 それでも彼女は、航大を守るために立ち上がる。


『――ふん、忌々しい女神め。滅してくれようぞ』


「……魔竜ギヌス。その姿を見るのは、どれくらいぶりでしょうかね」


 異形の力を得て強くなった航大の影。

 かつて世界を滅ぼした魔竜・ギヌス。


 強大な二つの敵を前にしても、女神シュナは不敵な笑みを崩すことはなかった。


「さぁ、永劫に続く殺し合いを再開しましょう」


 世界を守るため。

 未来を守るため。

 航大を守るため。


 闇に飲まれようとする少年を導くために、女神は戦いを決意する。


桜葉です。

次回もよろしくお願いします。

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