第三章19 屋敷に隠された秘密の部屋
「いやああああああああああああああぁぁぁぁぁーーーーーーッ!」
アステナ王国へと辿り着いた航大たちは、明るいオレンジの髪と天真爛漫な表情が印象的な王女・レイナに親書を届けるという重要任務を無事に完遂することができた。
親書には帝国ガリアの脅威について克明に記されており、親書に目を通したレイナは険しい表情を浮かべながらも、ハイラント王国との同盟を強化すると宣言した。
これでハイラント王国王女・シャーリーから授かった任務は完了した。
その後、航大の身体を癒やすため再びに森林に足を踏み入れ、辿り着いたのは森林の中にひっそりと佇む洋館だった。
その屋敷は治癒大国と言われるアステナにおいて、筆頭治癒術師と呼ばれる人間が主として君臨する場所であり、屋敷の中に通された航大はローブマントに全身を包み込んだ女性と出会うのであった。
「ええええええええぇぇぇッ!?」
女性の悲鳴が屋敷中に響き渡り、まさかの事態に航大も釣られて声を上げてしまう。
脱兎の如く応接間から逃げ出した女性の姿に、呆然と立ち尽くすことしかできない航大たち一行。
「……お客様、ここは追いかけた方が良いかと思います。そうでなければ、主はこれから一ヶ月は外に出てきませんよ。確実に」
「……はっ?」
姿を消した女性と入れ違いになる形で応接間に入ってきたセレナは、やれやれ……といった様子で小さくため息を漏らすとそんな忠告を投げかけてくるのであった。
「以前、王国騎士であるエレス様がお見えになった時、主と廊下でばったり鉢合わせてしまい……本当に一ヶ月引き篭もた実績があります。そうなのです」
「……マジかよ、それ」
「今だったら、まだ見つけることが出来るかもしれません。見つけたところでどうするかは知りませんが」
「知らないって……てか、なんであの人は逃げ出したんだ?」
セレナの言葉に航大も問いかけを投げかける。
「昔から、主は極度の対人恐怖症なのです。それも男性に特化したものです」
「対人恐怖症……?」
「簡単に言えば、人見知りが激しいといった所でしょうか……?」
「いや、人見知りってレベルじゃないぞ……あの驚き方は……」
小さく首を傾げて返答するセレナを見ながら、航大はおおよその事情を把握することができた。
「はぁ……とりあえず、探すのは分かった。セレナは、どこに隠れてるか見当はつくのか?」
「いえ、それは私にも分かりかねます。どういうことか、主はこうなってしまうと誰にも見つけることが出来なくなってしまうのです。不思議なことです」
「セレナでも見つけられないのか……」
「どうする、航大? 話を聞く限り、早く行かないと見失っちまうんだろ?」
「まぁ、折角来たんだから探すのが良いんじゃないかなって、私は思うよ?」
どうしたものかと立ち尽くす航大に、ライガとシルヴィアが決断を迫ってくる。
この屋敷に立ち寄ったのも航大の事情であるところが大きく、この先どうするかの決定権も航大が握っているのだ。
「……探すしかないだろうな」
「うむ、主様の身体は刻一刻を争うものじゃ。何としてでも見つけなければならぬ」
「……航大が決めたなら、私は従う」
航大の決断にリエルとユイが力強く頷いてくれる。
それに続くような形でライガとシルヴィアも、気合を入れた様子で歩き出す。
こうして、アステナ大森林の中に佇む洋館の大捜索が始まるのであった。
◆◆◆◆◆
「はぁ、はぁ……マジで見つからねぇ……」
全員で応接間を飛び出してからしばらくの時間が経過した。
屋敷の中は三階建てで『コ』の字の形をしており、屋敷の主を探して隅から隅まで走り回っていた。航大、ユイ、リエル、シルヴィア、ライガの四人で手分けをして探しているのだが、これまで人影すら見つけたという報告すらない。
「部屋は全部見たはずなんだけどなぁ……なんで見つからないんだ……」
分担した結果、航大は一階を捜索しているのだが、全ての部屋に立ち入りクローゼットの中など全てを見て回った。しかし結果は全て不発。
もうこの屋敷には存在しないのではないか……そんな予感すら脳裏に過ぎった瞬間だった。
「……なんだ?」
屋敷の窓は全て閉め切られている。
それなのに航大の髪を生暖かい風が吹き抜けていった。
毛先が揺れ、全身を包む風に航大は違和感を感じてその場に立ち尽くす。
「この感じ……どっかで……」
これはただの風じゃない。
異世界での生活も長くなってきた航大は、どこからか吹く風を浴びながら直感的に悟っていた。
ドロリとしていて、何か意思を持っているのではと錯覚する風を感じながら、航大の足は無意識の内に一歩踏み出していた。
「…………」
誰かが航大を呼んでいる。
異様な静寂に包まれる屋敷の中、航大は『何か』に導かれるようにして歩き出すのであった。
◆◆◆◆◆
「ここか……?」
風は止むことがなかった。
明らかに不自然な生暖かい風は、航大の身体を取り囲むようにして吹き続けており、気付けば屋敷の中に存在する書斎へとやってきていた。
「この書斎……さっき見た時は何もなかったんだけどな……」
屋敷一階の端に存在する小さな書斎。
普段、誰も入って来ない場所なのか、書斎の中は常に埃が舞っており、人が立ち寄った形跡も見当たらなかったので、航大が軽く部屋の中を見渡してその場を後にしていた。
しかし、風は間違いなくこの場所から吹いている。
「……どうしてグリモワールが?」
書斎の中に入る。すると、懐にしまっていたグリモワールが淡い光を帯び始める。
今まで、グリモワールは戦いの場でしか変化を見せることはなかった。しかし、この書斎に何かを感じたのか、グリモワールは光を帯び続けているのであった。
「な、なんだ……ッ!?」
グリモワールを片手に呆然と立ち尽くしていると、突如として書斎に変化が現れた。
重苦しい音を立てて書斎の中に広がる本棚が左右に動き出す。
動く本棚は一つではない。
部屋を取り囲んでいる本棚の全てが自在に動きを見せ、それらの動きが止まるのと同時に、部屋の壁に扉が出現していた。
「……隠し扉?」
本棚の裏には木造の扉が隠されていた。
目の前に姿を現した扉を前にして、どうしたものか……と、立ち尽くす航大を導くようにして、扉がひとりでに開いていく。
「俺に入ってこいって言ってるのか……?」
鈍い音を響かせながら、扉が開かれていく。それと共に背後から吹き付けてくる風の勢いが強くなる。
声は聞こえて来ない。
しかし、航大はこの扉の向こうで誰かが呼んでいる。そんな気がしてならないのであった。
「…………」
普段の航大なら、この怪しい光景を前にして単独で行動することはなかったはずだった。しかし、この時の航大は暗闇の先に待つ『何か』に心を奪われてしまっていた。
足を踏み出し、航大は眼前で口を開く扉の中へと入っていく。
扉をくぐってまず見えてきたのは螺旋状に地下へと続く階段だった。
一切の光が差さない暗闇に支配された空間。
一歩ずつ足元を確かめるようにして螺旋階段を降りていく。
どれくらい歩いただろうか。そんな感覚すらも失われる静寂と暗闇に支配される中、航大は眼前に現れる光を見た。
「……誰?」
螺旋階段を降りきると、そこには狭い空間が広がっていた。
いくつかの松明の灯りが空間に光を生んでおり、そこにしゃがみ込む人影を航大は見た。
「あ、貴方は……」
「さっき逃げた女の人……?」
屋敷の書斎に隠された秘密の部屋。
その中に屋敷の主である彼女は存在していた。
まさか航大がこの場所に現れるとは想定していなかったのか、ビクッと身体を震わせると、震える瞳で航大を睨みつけてくる。
「どうしてこの場所に……?」
「えっ、いや……それは……」
「――貴方は何者ですか?」
この屋敷の主である彼女が見せた動揺も一瞬だった。
次の瞬間には、その表情を険しいものに変えると緊張に染まった声で問いかけてくる。
「――ここは部外者が立ち入っていい場所でも、立ち入れる場所でもありません。答えによっては容赦しません」
ぷるぷると身体を小刻みに震わせながら、ローブマントに身を包んだ女性は呆然と立ち尽くす航大にそう言い放つのであった。
桜葉です。
次回もよろしくお願いします。