第三章16 王女との邂逅
「――ッ!?」
目を見開き、航大は声にならない声を上げて上半身を跳ね起こす。
まず視界に飛び込んでくるのは、窓から差し込む眩い陽の光。そして航大の身体は宿屋のベッドの上にある。
「はぁ、はあぁ……や、やっぱり……夢……?」
航大の脳裏には魔竜と邂逅した際の記憶が生々しく残っていた。
目を閉じれば、すぐにでも夢の中で見た洞窟内の光景を思い出すことが出来る。
「身体は無事か……」
夢から覚めた航大は、息を乱しながら自分の身体を確認する。
夢の最後。航大は全身を焼き尽くされる感覚に襲われていた。それは今までに感じたことのない苦しみであり、あの瞬間をすぐに忘れることなど出来るはずがないのであった。
「何だったんだよ……あれ……」
寝汗を拭きながら、航大は乱れる吐息を落ち着かせようとする。
夢とは思えない圧倒的な現実感を持った光景が頭から離れず、しばらくの間、航大はベッドから起き上がれないのであった。
◆◆◆◆◆
「……航大、大丈夫?」
「……えっ?」
最悪の寝起きを経験した航大。
重い身体を起こし、着替えを済ますとライガたちと共に朝食の場へと赴く。
ユイ、リエル、シルヴィア、そしてライガの四人で朝食を取っていると、どこか元気のない航大の様子にいち早く気付いたユイが心配そうに問いかけてくる。
「……なんか、元気ない」
「確かに。おにーさん、怖い夢でも見たの?」
「ふむ、なにかあるなら何でも相談するといいぞ?」
ユイの言葉を皮切りにリエル、シルヴィアも続けて航大に声をかけてくる。
全員の表情が曇り、その様子を見て航大は自分が思っている以上に沈む気持ちが表に出てしまっていることを自覚する。この場にいる全員の視線が集まっているのを感じて、航大は気まずい表情を浮かべて苦笑いを浮かべる。
「いや、ちょっと変な夢を見てな……」
「変な夢?」
航大の言葉にライガが首を傾げる。
その表情は夢の詳細を聞こうとしているものだが、航大自身も分からないことが多くそれ以上の説明が難しいのが現実であった。
「いや、よく覚えてないんだけどさ……変な夢を見たってのは覚えてる」
「……今日の夜は一緒に寝る?」
「――はっ?」
「……私と一緒に寝れば、怖い夢も見ない」
「むむッ、それは私と一緒に寝ても同じだよッ!」
「そんなの儂と一緒に寝たほうが良いに決まっておろうッ!」
「あー、これまた始まったぞ……航大……」
「……俺に言われても」
ユイの一言をきっかけに、女性陣が三つ巴の戦いを繰り広げようとしていた。
それぞれが航大を渡さないと意地を張り、バチバチと視線をぶつけ合う。
アステナ王国に辿り着くまでの間に、航大とライガが何度も見た光景だった。自分を巡って戦う三人を前にして、航大が何か口を開くと火に油を注ぐだけの結末を迎えることは承知しているので、航大、ライガの二人は小さくため息を漏らして静観することを決める。
「……シルヴィアは、船で航大と一緒だったから今回はナシ」
「そうじゃそうじゃッ! 次は儂かユイのどちらかじゃッ!」
ユイの言葉にリエルが乗っかってくる。
二人はコハナ大陸へと向かう船上での戦いを忘れてはいなかった。結果的に全員が部屋に侵入して寝ることとなっていたのだが、そんなことも忘れてユイとリエルは次に航大と寝るのは自分だと権利を主張する。
「えーッ! でも、結局みんな寝てたじゃんッ!」
「……確かにそうだな」
シルヴィアの言葉にライガが頷く。
金髪を揺らして頷いているライガを、ユイとリエルは睨みつけて黙らせると再び攻勢に出ようとする。
「それでも航大と二人きりの夜を過ごしたのは間違いないじゃろッ!」
「……羨ましい」
「うぐぐッ……」
形勢不利な状況に追い込まれるシルヴィアは、怒涛の攻めを見せてくるユイとリエルを前に悔しげに唇を噛みしめる。
「まぁ、夜のことは後で決めるとして……準備出来たら出発するぞ」
このままでは埒が明かないと判断したライガがユイたちの話を強引に切り上げる。ユイたちもそれに呼応するようにして、全員がプイッと顔を背けることで朝食の場は収束していくのであった。
◆◆◆◆◆
「アステナ城へは船で行かなくちゃならない」
「なるほど。確かに、レイナたちも船に乗ってたよな」
朝食を済ませ、それぞれが準備を終えると航大たちはアステナの城下町を歩いていた。
今いる場所は城下町の中でも『商業区』と呼ばれる場所であり、その名が示すように様々な商店が軒を連ねる区画である。ハイライト王国で言うところの『一番街』と同じような雰囲気を持っており、ショッピングを楽しむ人々で街はごった返している。
「へぇ……アステナの街ってこんな風になってるんだねー」
「広さ的にはハイラントの方が大きいけど、活気はアステナの方があるかもしれないな」
ハイラント王国から一歩も外に出たことがなかったシルヴィアは、自分が生まれ育った街とは違う風景を目の当たりにして楽しげな声を漏らす。キョロキョロと太みを輝かせて周囲を確認するその様子を見て、航大は僅かにその表情を笑いに染める。
「……おなか減った」
「え、お主まだ食べるのか……?」
その少し後ろを歩くのはユイとリエル。
アステナの街に立ち並ぶ商店には食べ物を置いているところも多く、朝食を食べたばかりだと言うのに、ユイの視線は美味しそうな匂いを漂わせる食べ物を見ては、お腹を鳴らしている。
そんなユイの様子を見て、お腹いっぱいといった様子のリエルは苦笑いを浮かべるばかり。
「ユイ、夜までご飯はないからな」
「……そんな」
「想定外のことが多くて、お金もギリギリなんだから我慢しなさい」
「……航大の意地悪」
このままではお店の商品を勝手に食べ始めそうだったユイに釘を刺す航大。
するりと手が伸びていたユイは、そんな航大の言葉にシュンと肩を落として悲しげな表情を浮かべる。
「お、城へ行くのはあの船だな」
歩を進める航大たちは、アステナの城下町を東西に分断する巨大な川へと辿り着いていた。それはレイナ、エレスの二人と別れた場所でもあり、航大たちの眼前には多くの人が乗り込む船の姿が見えていた。
「はぁ……また船の上かぁ……」
「目的地はすぐそこだから。そんなに時間も掛からないよ」
今回の旅は船での移動が多く、普段陸地で生活をして船による移動に慣れていないシルヴィアはがっくりと肩を落として溜息を漏らす。そんな彼女を元気づけるように背中を軽く叩くと、航大とライガの二人は乗船する手続きを済ませていく。
「さて、船はすぐに出発するらしい。全員、乗ってくれ」
ライガの言葉を合図に、航大たちは船の中へと足を踏み入れていく。
全員の乗船が完了するのと同時に、船は汽笛を高らかに慣らした後にゆっくりと動き出す。
アステナ王国は円形の形をしており、城下町と城のそれぞれを高い城壁が囲っているのが特徴的である。かつて魔獣たちとの大規模な戦闘が度々発生していた時の名残であり、アステナ城へ入るためにはこのアステ川を下っていかなければならなかった。
「コハナ大陸には、まだまだ人間が到達したことがない場所が多いらしいぜ」
「なるほど。まぁ、あれだけ魔獣が居るとな……」
ライガの言葉に、航大はアステナ王国へと辿り着く前の戦いを思い出していた。
絶え間なく無限に湧き続ける魔獣の脅威を、航大たちはその身をもって実感している。
「アステナ王国の王……どんな奴なんだろうな?」
「さぁな……シャーリーからもそこは聞いてないんだよな……」
街の中を流れるアステ川を下りながら、ライガが小さく呟く。
ハイラント王国からの旅も最大の目的が達成されようとしていた。
静かに流れていく風景を見ながら、航大はしばしの穏やかな時間を過ごすのであった。
◆◆◆◆◆
「……それでは、王女がお見えになるまで少々お待ち下さい」
川を下り、アステナ城へと到達した航大たちは、王国の人間に要件を伝えシャーリーから預かった親書を見せる。ハイラント王国の国印が捺された手紙を見て、全てを理解したアステナ王国のメイド服に身を包んだ少女が航大たちを謁見の間へと案内した。
「……どこの国もあの服って普通なのか?」
「まぁ、どうなんだろうな……ハイラントとアステナしか俺は知らないし……」
ハイラント王国のメイドたちとは若干デザインが違うものの、アステナ王国に仕える女性はみんなメイド服に身を包んでいた。メイド服が当たり前の異世界に戸惑いながらも、航大はそれ以上の詮索をしないのであった。
「……航大、眠くなってきた」
「いやいや、これから王女と会うんだから寝ちゃダメだぞ?」
「……でも、眠い」
「…………リエル、ユイが寝そうになったら何とかしてくれ」
「うむ。それは構わないぞ」
コクリコクリと立ちながら眠るという器用な技を見せつけようとするユイの肩を叩きながら、航大はユイの隣に立つリエルに協力するようお願いする。
リエルはやれやれ……といった様子を見せながらも、そんな航大のお願いに対して首を縦に振る。
「うぅ……なんか緊張してきたかも……」
「へぇ……シルヴィアでも緊張するんだな?」
「す、するよ、緊張くらいッ!」
航大のすぐ後ろに立つシルヴィアがそわそわとした様子を見せる中、航大が緊張を和らげようと声をかける。
すると、少し頬を朱に染めるとシルヴィアは食い気味に航大の言葉に返答する。
「全員、静かにしろ。王女が来る……」
ライガが小声で航大たちに語りかけるのと同時に、謁見の間の扉が音を立ててゆっくりとした動きで開かれていく。
コツ、コツと靴音が二つ響いてきて、航大たちはアステナ王国の王女と相まみえることとなった。
「まさかこんなに早く再会するとはな」
「ふふ……お城に来てくださいとは言いましたが、まさか他国の使者としてやってくるとは……予想外でしたね」
「――お前たちはッ!?」
どこかで聞いた声が聞こえてきたかと思えば、航大たちは眼前に姿を表した人物に目を見開く。
綺羅びやかなドレスに身を包むのは、背丈の小さいオレンジ色の髪が印象的な少女・レイナだった。その隣に従者として付き添うのが、中性的な外見と短く切り揃えた藍色の髪が印象的な騎士服に身を纏った青年・エレス。
忘れもしないその二人は、港町・シーラで出会いアステナ王国までの旅路を共にした少女と青年の物であるのは間違いない。
まさかの人物の登場に、航大だけではなくライガ、リエル、シルヴィアの三人も唖然とした表情を浮かべている。
「……さて、早い再会を喜ぶのは後にして話を聞こうじゃないか。ハイラント王国の使者たちよ」
ニコニコと笑みを浮かべながら、アステナ王国・王女レイナは話を続けるのであった。
桜葉です。
次回もよろしくお願いします。