第三章15 魔竜との邂逅
『――異形の力を持ちし者よ』
コハナ大陸へと上陸を果たし、数々の困難を乗り越えた航大たちは大自然が支配する大陸を統治する王国・アステナへと辿り着くことができた。
港町・シーラで出会ったオレンジ髪が印象的な元気娘・レイナと、中性的な外見が特徴的だった青年・エレスと別れた航大たちは、親書を届けるのは翌日にして旅の疲れを癒やすことにした。
「……なんだ、今の声?」
様々な考えが頭の中で錯綜する中、航大は眠りについていたはずだった。
しかし、目を覚ませばそこは森林の中であり、木々が風に靡き、青々とした葉の間からは暖かい陽の光が差し込んでいる。最後、航大は宿屋の自室で眠りについたはずである。だからこそ、航大はこれが夢の中であることをすぐに確信することができた。
『――何をしている、こちら来い』
森林は静寂に包まれている。しかし『その声』は航大の脳裏に直接言葉を届けると、重低音な声で航大を呼び続けていた。その声に導かれるようにして、航大は当てもなく歩を進める。
「――はっ?」
声がどこから響いてきたのかは分からない。
自分がいる場所も分からない。
分からないことだらけで首を傾げる航大の足元に、突如として大きな穴が開いた。
踏みしめる大地が消失し、あまりにも予想外な事態に航大の思考が停止する。虚空に足が踏み出され、次の瞬間には重力に従って航大の身体は落下を始めた。
「嘘だろおおおおおおおおおおぉぉぉッ!?」
足元に広がる穴は陽の光を通さないほどの暗闇に包まれていた。それほどにまで穴は深い地下へと通じていることを証明しており、浮遊感に包まれながら落下し続ける航大は、大声を上げてどこまでも落ちていく。
「……死んだな、これ」
ここが夢の中であることも忘れ、暗闇に包まれる視界と浮遊感に包まれる身体を感じんがら、航大は静かに意識を失うのであった。
◆◆◆◆◆
『――――』
「…………」
『――ろ』
「……んぁ?」
あれからどれくらいの時間が経ったのか、航大は脳裏に響く声に目を開く。
まだ夢は覚めていない。
航大の身体はふかふかとした『何か』の上に横たわっているらしく、さらに目を開いている感覚はあるのだが、航大の視界は深淵に支配されたままだった。
「……一体全体、どうなってんだよ」
どうやら自分はまだ生きているらしい。
それは認識することが出来た、しかし依然として航大は謎が続くこの現象について首を傾げるばかり。
『――ようやく起きたか』
「またこの声か……お前は誰なんだよッ」
『――私はここにいる』
「――ッ!?」
姿を見せない脳裏に響く声に対して、航大が怒りの声を上げた瞬間だった。
突如として、暗闇が支配していた航大の視界に光が差した。
それは松明だった。
「なんだよ、これッ……」
淡い光を持つ松明は一つだけではなかった。
別の場所に設置されていた松明が次々に炎を宿し、航大が立ち尽くす空間に眩い光を放ち始める。
「…………洞窟?」
あれだけの闇に包まれていた空間は、無数の松明によってその姿を現していた。
航大が立ち尽くす場所。それはどこか洞窟の中だった。
灯りが照らされたことで姿を現した洞窟は、異様な内装をしていた。
岩肌が剥き出しになっているまではよかった。硬い岩盤を貫くようにして、太い木の根が幾重にも飛び出しており、更に航大が立つ足元には洞窟の中にも関わらず、色とりどりの花が咲いていた。
「どうして洞窟の中に花が……?」
『――それが私の力だからだ』
「――ッ!?」
今までとは明らかに違う。
ハッキリとした声として聞こえてきたその言葉に、航大は反射的に背後を振り返った。
「――竜?」
振り返った先。
そこには全容を把握することが困難であるほどの巨体を誇る竜が存在していた。
硬質で皺が目立つ肌から無数の植物が生えていて、それは航大の身体を容易に超える大きさを持つ大樹であり、美しい色を見せる花であったりもした。種類、大小共に様々な植物が眠りにつく竜の身体を覆っており、その異様な光景に航大は呆然と立ち尽くすことしかできない。
『――これが私の姿だ』
「うッ……また声が…………もしかして、この声……お前、なのか……?」
『――私以外に誰がいる?』
竜は眠ったままである。
それでも航大の脳裏には重低音な声が響いてくる。
「なんで声が聞こてくるんだよ……」
『――それは、私と貴様が惹かれ合う存在であるからだ』
「ひ、惹かれ……合う……?」
『――異形の力を持ちし者よ、その力を持って何を望む?』
洞窟内は不気味なほど静かである。
そんな静寂を切り裂くこともなく、竜は航大へと語りかけ続ける。
「異形の力ってなんだよ……そんなの、俺は知らない……」
『――知らない? おかしなことを言うな、貴様は』
「おかしなことって、知らないものは知らないんだよッ!」
『――では、その力は何だ?』
「うぐッ!?」
竜の言葉が響いた直後、航大は胸を抑えてその場に片膝をついてしまう。
胸の中が燃えるようだった。航大の深層世界に潜む異形の力が竜によって呼び覚まされようとしていた。
「や、めろッ……!」
『――ッ!?』
苦しみ藻掻く航大は必死に言葉を紡ぎ、眼前で眠る竜を睨みつける。その身体にはいつしか黒炎が覆っており、まさにそれこそが竜の言う『異形の力』が持つ姿なのだが、憎悪の瞳で竜を睨みつける航大は、自分の身体を覆っている異変に気づくことはなかった。
『――それほどまでの力を持ち、何故それを認識しない?』
「はぁ、はあぁ、はぁ……そんなの、知るかよ……」
航大の身体を覆っていた黒炎を見るなり、竜はどこか喜色に染まった声を漏らす。
苦しみから解放された航大は、激しく肩を上下させながら竜を睨み続ける。
「何なんだよ、お前は……」
『――私は魔竜・ギヌス。かつて、世界を滅ぼした四神竜の一つだ』
「ま、魔竜……ギヌス……?」
『――そうだ。今はこうして封印されているがな』
世界を滅ぼした魔竜。
その一つが今、航大の眼前に眠っている。
よく見れば、その巨体には至る所に封印の痕が見て取れた。
皮膚から突き出ている大樹の他に、明らかに人工的に作られた巨大な杭が何本も魔竜の身体に突き刺さっていて、その巨体を地面に釘付けにしていた。
首、手足、胴体、翼、尻尾……魔竜の身体を構成するあらゆる部位に杭が打ち込まれており、この状況でも生きている魔竜が持ち得る生命力の高さに、航大は眼前で眠る存在が世界を滅ぼす竜なのであると納得することが出来た。
『――貴様をこの場所に呼んだのは、私と同じ力を持つ存在が現れたので気になった……それだけだ』
「気になったって……」
『――貴様が持つその力、それは私たち魔竜が持つものと同じであると言えるだろう』
「魔竜が持つ力……?」
『――何やら不純なものも混ざっているようだが、それでも先ほど見せた黒炎……あれは間違いなく私たちと同一のもの』
魔竜が言うような力、それを航大は深層世界で垣間見ていた。
北方の女神・シュナと共に深層世界で邂逅したのは、影に身を包んだ自分自身。
魔竜・ギヌスはそんな航大の内に眠る力を感じ取り、そして航大をこの場所へと召喚したのだ。
「一緒だったら何だって言うんだよッ……」
『――さっきも言っただろう? 異形の力を持ちし者よ、その力を持って何を望む?』
「何を望む……?」
『――世界を滅ぼすか? それとも、この世界を支配するか?』
「…………」
少し前、航大は自身の無力さについて嘆いていた。
それも一回や二回ではない。異世界に転移した時もそうだし、氷都市ミノルアでの悲劇でも航大は何度も何度も自分に戦う力が無いと絶望した。
そんな力を持ちえない少年に対して、世界を滅ぼす力を持つ魔竜は問いかけを続ける。
「俺には、そんな力はない……あったとしても、使えなかったら意味がない……」
『――今はまだ、その時ではないということか』
「……ん?」
『――私はいつでも貴様を歓迎しよう。望むのなら、この魔竜・ギヌスの力をくれてやってもいい。全ては貴様が望むままだ』
「…………どうしてそんなことを?」
『――貴様は世界を滅ぼす存在。世界を破滅させる存在。その力を最も秘めている存在なのだ』
「また、世界の破滅かよ……」
異世界にやってきて、航大は何度もその言葉を聞いた。
しかし、そんな力の存在を航大は実感したことが無いのであった。
『――そろそろ時間のようだ』
「……時間?」
『――貴様はまもなく夢から覚めるだろう。だから時間なのだ』
魔竜の言葉が脳裏に響き、それを合図とするように航大の意識が朦朧になっていく。
『――また会おう。禍々しき運命を背負った少年よ』
「――うぐッ!?」
航大の身体に『何か』が侵入してくる。
禍々しく蠢く『何か』を感じて、航大は胸を抑えてその場にうずくまる。
「あッ、あがッ……がぁッ……」
ドロリと粘着質であり、絶え間なく航大の体内へ侵入を果たそうとする『何か』は、航大の身体を焼き尽くそうとする。
燃える。
燃える。
燃える。
そして全ては消える。
「――――」
どこかで誰かが歓喜する声が聞こえた。
どこかで誰かが絶望する音が聞こえた。
全身を支配する苦しみの中、航大は意識を失うのであった。
桜葉です。
第三章のタイトルにもなった魔竜の登場です。
次回もよろしくお願いします。