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終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~  作者: 桜葉
第三章 大森林に眠りし魔竜・ギヌス
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第三章11 殺戮メイド少女セレナ・トニミナ

「さぁ、死んでください」


 森林にひっそりと佇む古びた洋館。


 そこで航大はメイド服に身を包み、桃色の髪と感情の篭もらない表情と声音が印象的な少女セレナ・トニミナと出会った。戦闘の最中に苦しみ、倒れ伏したユイの治療をするため、屋敷へと逃げ込んだ航大たちの前に現れたセレナは、突如として尋常じゃない殺気を身に纏い、襲い掛かってくる。


「コイツ、マジで強いぜ……」


 真空の刃を刀身に纏った短刀・クロノスを片手にビー玉のような瞳で見下ろしてくる少女と対峙するように、ライガが苦しげな表情を浮かべて立ち尽くす。


 先陣を切って突進したライガはセレナの回し蹴りを脇腹に受けていた。


 小柄な身体からは想像も出来ない怪力によって骨を何本か折りながらも、しっかりと両足をつけて立っている。


「はぁ、はあぁ……さすがに異常でしょ、これ……」

「……そうですね。まさか、ここまで出来るとは」


 そんなライガの隣に立つのは、シルヴィアとエレスである。

 二人もまたセレナの攻撃をその身に受けており、ライガほどのダメージは無いが痛む身体に苦悶の表情を浮かべている。


 ライガ、シルヴィアは王国騎士である。


 ライガに関しては氷都市・ミノルアでの死闘を経験したことで、騎士としての腕を上げているのは間違いない。


 シルヴィアは生まれ持った天賦の才を発揮することで、ライガにも負けない戦闘力を得ている。


 そんな二人の力をセレナはいとも簡単に弾き返し、息一つ乱すことなく相変わらずの無表情で航大たち全員に視線を巡らせている。

 剣を交え、相手が秘める実力をその身をもって理解したライガたちは、不用意に身動きを取ることができず、険しい顔つきでその場に立ち尽くすことしか出来ない。


「確かに、貴方たちは優れた才能というものをお持ちのようです。そうです」


 コツ、コツと静かに足音を響かせて航大たちへ接近しながら、セレナは静かに言葉を紡ぐ。


「しかしそれも、使いこなせないなら宝の持ち腐れです。そうなのです」


「……ちッ」


 セレナの言葉に反論しようにも、たった一人の少女を相手に手も足も出なかった事実にライガたちは唇を噛みしめる。


「さて、このまま終わりなのでしょうか? それなら、一人ずつ死んでもらうことになりますが? いいですか?」


「……良い訳ないだろうがよッ!」

「私だって、こんなところで死ぬ訳にはいかないんだからッ!」


 セレナの言葉に怒号を上げたのは、ライガとシルヴィア。

 それぞれ痛む身体に鞭を打ち、手に握る刃に全身全霊を込めていく。


「くそッ……」


 戦えない自分を守るため、眼前で傷つくライガとシルヴィアを見て航大は静かに拳を握る。またしても力になれない事実に、航大は氷都市での悲劇を思い返してしまう。


 自分を慕ってくれる人間が目の前で命を散らすようなことがあれば、それはあまりにも酷な現実であり、そんな未来を航大は到底受け入れることが出来ない。


「ふむ、こんなもんじゃろう……」


「……リエル?」


「何も出来なくて悔しいのは、儂も一緒じゃ」


 航大の治療を終えたリエルは、険しい顔つきで静かに立ち上がる。


 怒りの炎を灯すその瞳が見る先、そこには短刀を握りしめ歩くメイド服に身を纏った少女・セレナが映っている。


 ライガとシルヴィアがセレナを前にしてやられる間も、リエルは主である航大の治療に専念していた。圧倒的な力を前に倒れる二人の様子を知らなかった訳がない。すぐにでも手を貸したい。そんな想いを抱きながらも、彼女は主を助けるという選択を取った。


「……しかし、ここからは違う。主様の分も儂が戦おう。生意気な小娘には少々お仕置きが必要じゃろうしの」


「……貴方は強そうですね。すごい魔力を感じます。間違いないです」


「……強そう、じゃないぞ――強いんじゃ」


 凍えるような無感情な声音がリエルの口から漏れる。


 彼女の身体を膨大な魔力が包み込み、気付けば巨大な両剣水晶が虚空に生成されていた。あらゆる物を貫く両剣水晶はリエルの命令を待っているかのように、空中で制止している。


「魔法が使える人が居るのは厄介ですね。それでも私は負けません。そうなのです」


「――グラン・ブリザード」


 リエルが唱えるのは氷都市で繰り広げられた一連の死闘の中でも一度しか使わなかった、氷系の最強魔法の一つ。


 その魔法は膨大な魔力を消費するものであり、亜空間から無数の氷槍を生成し、それを自在に操ることで対象者を永遠に追尾するというもの。瞬速で飛翔する氷槍は時間が経つごとにその数を増していき、敵性存在の身体を貫いた瞬間に爆ぜることで、対象者の身体を内からも外からも破壊し尽くすというものだ。


「……これは予想外ですね。まさか、こんな魔法を使える人が居るとは驚きを隠せません。そうです」


 セレナは自分の周囲を取り囲む氷槍を見渡しながら、やはり感情のない声で驚きを表現する。言葉とは裏腹に彼女の様子に特別変化は現れていない。氷系最強魔法を前にしても、自分が倒れることはないという圧倒的な自信が垣間見えている。


「――貫け」

「――ッ!?」


 リエルの言葉を合図に虚空で制止していた氷槍が飛翔を開始する。

 数えるのも億劫になる数の槍が狙うのは、屋敷メイド・セレナ。


「素晴らしいです。こんなにも完成された氷魔法を見ることが出来て、私はとても喜んでいます。そうなのです」


「――なッ!?」


 瞬きの間に接近を果たす氷槍。

 槍の矛先がセレナの身体を貫こうとする瞬間、甲高い音を立てて槍が粉々に粉砕する。


「さすがに長期戦は不利ですね。それならば、さっさと貴方を倒してしまいましょう」


 自身の身体を貫こうとする氷槍を破壊しながら、セレナの瞳はリエルを捉えている。

 セレナから向けられる殺気をその身に浴び眼前で繰り広げられる常軌を逸した光景の連続に、リエルの目が驚きに見開かれる。


「……防がれているじゃと?」


「ふ、防ぐって……あの数の槍をッ!?」


 セレナが何か特別なことをしているような様子は見られない。彼女はただその場に立ち尽くしているだけなのだ。それなのに、身体を貫こうとする槍はセレナの身体に触れようとした瞬間には崩壊を始めてしまう。


「真の強者は攻めるだけではなく、守りも万全なものです。そうなのです」


「…………」


「まぁ、さすがの私もこのレベルの連撃を前にしては、そう長くは防ぐことが出来ませんが」


 絶え間なく崩壊を繰り返す氷の槍を見ながら、セレナは前に出す足を止めない。


 その光景はあまりにも異様であると言わざるを得ず、その尋常じゃない様子を見て、航大は異形の力を行使する帝国騎士と対峙した時と似た畏怖の念を感じずにはいられなかった。


「――なので、まずは貴方から倒すこととしましょう」


 ぐっと足に力を込めたセレナは、襲いかかる氷槍と共に跳躍する。

 瞬速の速さでリエルとの距離を詰めようとするセレナ。


「させねぇぞッ!」

「私たちのこと忘れてないよねッ!?」


「――ッ!?」


 リエルを葬ろうとするセレナ。その行く手を阻んだのはライガとシルヴィア。


 セレナが跳躍を開始するのと同タイミングで二人も動き出していた。最短距離でセレナとリエルの間に割って入ると、その手に持った刃で少女を斬り伏せようとする。


「邪魔です。そうなのです」


「はいそうですかって道を譲る訳ねぇだろうがよ――風牙ぁッ!」


 接近してくるセレナを前に逃げることはなく、ライガは両手に持った剣に風の刃を纏うと、それを小柄な少女に向けて解き放っていく。


「――鬱陶しいですね」


 誰にも聞こえないレベルの舌打ちを漏らしたセレナは、接近してくる風の刃を切り伏せるのではなく、跳躍することで躱そうと試みる。


「はあああああああぁぁぁぁッ!」


 セレナの動きを予測していたのか、次にシルヴィアの怒号が響いたかと思えば甲冑ドレスを靡かせる少女は両手に持った二対の剣を振り下ろしていく。


「――ッ!」

「くううううぅぅぅッ!」


 さすがに宙を舞っている状態では回避することは難しく、セレナは右手に持った真空の刃を纏った短刀を振り上げ、シルヴィアが放つ斬撃を受け止める。


「さっきの、お返しッ!」

「――くッ!?」


 セレナが短刀を使ったのを見届け、シルヴィアはニヤリと笑みを浮かべると虚空で体勢を変えながらメイド少女の腹部に蹴りを見舞う。


 リエルが放った氷槍が絶え間なく襲い身体を貫くことなく霧散する中で、何故かシルヴィアの蹴りは見えない壁をすり抜けてセレナの身体に到達する。


「やっぱり、それは魔法を無力化するだけみたいだなッ!」

「……正解です」


 シルヴィアが放つ全力の蹴りをその身に受け、セレナは僅かに表情を歪ませるとそのまま屋敷の床に激しく墜落していく。


「ちぃッ、さすがに魔力が限界じゃッ……これで最後ッ!」


 氷魔法を使役し続けたリエルは、自身が持つ魔力の限界を悟り最後に数十本の槍を生成すると、粉塵を巻き上げてセレナが墜落したポイントへ槍を集中させる。


「どうだッ、やったかッ!?」

「いや、まだッ!」


 ライガたちが放つ波状攻撃。

 確かな手応えを感じたライガだったが、シルヴィアの怒号がそんな安堵感を消失させる。


「……見事な連携でありました。さすがの私も無傷という訳には行かないようです」

「……マジかよ」


 粉塵が消えると、そこには凄惨たる様子の少女が立っていた。

 魔力を無効化する魔法防壁が消えたのか、セレナの左腕には無数の氷槍が突き刺さっており、槍と皮膚の接合点からは夥しい量の出血が見られた。


「……左腕は使い物になりませんね」


 氷の槍が突き刺さっている左腕を見て軽い溜息を漏らすと、セレナは躊躇いもなく右手に握った短刀で自身の腕を切り落とした。


「…………」


 肩から先を切断することで、セレナの身体を構成していた腕が屋敷の床に落ちる。


「本気なの、それッ……」


 切断面からは絶え間なく出血が続いている。


 薄々感じていたことではあるが、その光景を前にして航大たちはセレナが人間という括りの中で生活する者ではないことを確信する。


 ――尋常ならざる異形の存在。


 左腕を失いそれでも尚、自身に科せられた使命を全うしようとするその姿に、航大は恐怖すら感じていた。


「さっきの攻撃で息の根を止められなかった貴方たちの負けです。そうなのです」


「――全員ッ、逃げろッ!」

「――ッ!?」


 ライガの怒号が響いた瞬間だった。

 屋敷全体を暴風が包み込む。


「なんだ、これッ!?」


 暴風が吹き荒れる中、航大の身体は容易く虚空へと持ち上げられる。


 全身を切り刻むかまいたちで身体を切り刻まれながら、航大はそんな暴風の中で動く『何か』を見た。


 それはボロボロになり、あちこちを鮮血で汚したメイド服を翻す少女の姿。


「まずは貴方からですかね?」

「ごほッ、かはッ……」


 暴風が止む。


 かろうじて意識を保っていた航大は、全身を支配する痛みに苦悶の表情を浮かべながらも周囲の状況を確認する。


「みんな……」


 航大の視界に映るのは地獄だった。


 ライガ、シルヴィア、リエル……戦いの中心に存在していた三人が航大と同じように全身から夥しい出血を見せて倒れ伏している。手足がピクリとも動かず、生きているのかすら確認することは出来ない。


「主から与えられた魔力の全てを使ってしまいましたが、それでも結果がよければそれで良しとしましょう」


「うぐッ……はぁ、はあぁッ……」


「一人一人は弱い。しかしそれが一つに重なることで強大な力を得る。その姿をしっかりと見させてもらいました」


 倒れ伏す航大のすぐそこにセレナが立っている。


 こんな所で死ぬ。

 航大は絶望的な状況を前にして、そんな考えが脳裏を過ぎったのを感じた。

 静寂に包まれる屋敷。


 そこでセレナはしゃがみ込むと、その手に持った短刀で航大の命を刈り取ろうとする。


「…………おや?」


 そんな彼女の口から漏れたのが航大の鼓膜を震わせた。

 航大にトドメを刺そうとしたセレナ。彼女は航大の懐から落ちた親書に目を止める。


「……これは、ハイライト王国の紋章」


 そう呟くセレナはしばらくの間、何か考え込んでいるのか無言になるのであった。

桜葉です。

次回もよろしくお願いします。

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