第三章7 大森林の洗礼
「ちッ……やっぱり、タダではいかねぇな……」
「ふむ、結構な数の気配を感じるぞ。しかも、全方位を囲まれていると来たものじゃ」
「それって、戦うしかないってことだよねッ」
アステナ王国を目指す航大たちは、地竜に乗って大陸全土を覆う大森林を駆け抜けていた。アステナ王国への玄関口である港町・シーラで全財産を失い、途方に暮れていた謎の少女・レイナと、その付き人である青年・エレスを仲間に加えることで、騒がしい旅路となっていた。
「……航大、いける?」
「あぁ、大丈夫だ……」
しかしそんな騒がしい空気も、地竜が何者かの気配を感じ急停車したことで一瞬にして霧散していく。瞬時に異変を察したライガ、シルヴィア、リエルの三人が客車を飛び出し、それに続くような形で航大、ユイ、エレス、レイナの四人が外へ出ると、そこには異様な静寂に包まれた大森林が広がっていた。
「まさか、こんな場所まで魔獣が姿を見せようとしてるとは……」
「大丈夫か、エレス?」
静寂が支配する大森林、全員が警戒態勢を敷く中でどこか飄々とした様子を見せるのはエレスだった。腰にぶら下げた細身の剣に手を置き、木々が立ち並ぶ森林の奥に視線をやっている。
その隣では、オレンジ髪が印象的な小柄な少女・レイナが険しい顔つきで同じように前方を睨みつけている。
大森林は静寂に包まれ続けている。生暖かい風が身体に纏わりつき、遠くで木々が揺れる音だけが響いてくる。不気味な雰囲気を醸し出しているが、すぐ近くに大量の魔獣たちが接近を果たしているとは、にわかに信じがたいことだった。
「――くるぞッ!」
そんなライガの声が響き渡るのと同時だった。
航大たちが睨みつける前方の木々から飛び出してくる影があった。
「早いぞッ、気をつけろッ!」
「あいあいさッ!」
その影が直線的な動きで木々の間を飛び跳ねると、最後には弾かれたように航大たちへ向かってくる。
「――ッ!」
魔獣の咆哮が轟く。
瞬く間に距離を詰めてくる小さな影。その動きを航大の目は捉えることが出来なかったが、真っ先に動きを見せたのはシルヴィアだった。
「――剣姫覚醒ッ」
小さく、それでいて大森林全体に響き渡るような凛とした声音が鼓膜を震わせた瞬間だった。シルヴィアを中心として暴風が吹き荒れ始める。
それは、過去に航大と対峙した際に見せた異形の力を使役した時の光景を酷似していた。
「シルヴィアッ!」
「大丈夫ッ、任せておにーさんッ!」
木の葉を巻き上げ暴風に取り込まれていくシルヴィアは、そんな喜色に染まった声を上げるのと同時に跳躍を開始する。
「はあああああああぁぁぁぁッ!」
暴風を掻き消す怒号が響き、突進してくる魔獣の影を迎撃しようとするのは、全身を純白の甲冑ドレスに身を包んだシルヴィアであった。
両手には『緋の剣』、『蒼の剣』と呼ばれる両刃の片手剣を持っており、柄、鍔、剣身に至る全てにそれぞれ『真紅』と『紺碧』の模様が刻まれている。
「――切り伏せるッ!」
「――ッ!?」
甲冑ドレスを風に靡かせ、瞬速の速さで飛翔するシルヴィア。
突如、眼前に現れた彼女の姿に、魔獣は自らを鼓舞するように咆哮を上げて突進を続ける。
「――ッ」
二つの影が交錯する。
誰もが唖然とする中で、勝負は一瞬で決着が付いていた。
「――ッ!」
その小さな身体を真っ二つに両断された魔獣が、力なき咆哮を上げて地面に墜落した後に絶命した。
その場に居合わせた全員が一瞬の決着に呆然としていた。それくらいにまで、シルヴィアの剣戟は美しく、無駄というものが存在していなかった。
思わず視線を奪われてしまう彼女の舞いを見て、航大は貧民街で対峙した時よりも数段と彼女が強くなったことを確信していた。それと同時に、この状態で戦わずに済んだことに安堵する。
「純白の姫みたいだ……」
「……はい。とても美しいですね」
シルヴィアの戦いを見て、レイナとエレスが唖然とした様子で声を漏らす。
「……シルヴィア、すごい」
「ふん、少しは出来るようじゃの」
甲冑ドレスをふわりと舞わせながら、地面に着地を果たすシルヴィアを見て、ユイとリエルも驚きの声を上げる。
「すげぇな、シルヴィア――ッ!?」
「ねぇねぇッ! どーだった、私の戦いぶりッ!」
「もごもごッ!?」
静かに吐息を漏らすシルヴィアに航大が声をかけようとした瞬間だった。彼女は力を解放した状態のまま地面を蹴ると、航大の胸に飛び込んでくる。
ドレスを守る甲冑が顔面にクリーンヒットして、航大は強い衝撃と鈍い痛みに苦しげな声を漏らして四肢を暴れさせる。
「えへへー、私ってば強くなったでしょ? もうね、死ぬほど訓練してるんだからッ!」
「もごもごもごーーーーッ!」
顔面を包み込む甲冑特有の冷たさを感じながら、航大は満足に呼吸できない現状を脱しようと試みる。これがまだ、女の子の柔らかくも暖かい胸であるなら、少年も苦しさの中に喜びを見出すことが出来たかもしれないが、航大の顔を覆っているのは冷たい甲冑である。
「はぁ……いい加減にしろッ。まだ敵はいるんだぞッ!」
「あいたぁッ!? ちょっと、女の子の頭にチョップするとか、有り得ないんだけどッ!?」
「ぷはああぁッ! マジで死ぬかと思ったッ!」
航大を力いっぱい抱きしめ続けるシルヴィアの脳天にチョップをかますライガ。
強い衝撃に苦悶の声を漏らすシルヴィアは、目尻に涙を溜めてライガを睨みつける。
「……そうですね。さっきよりも数が増えてます」
「喜ぶのはそこまでにしておくんじゃ、シルヴィア。来るぞッ!」
「もーちょっとだけおにーさんと喜びを分かち合いたかったのに……こうなったら、速攻で倒すしかないかなッ!」
エレス、リエルが警戒心を強めていく。
森林の奥から魔獣の咆哮が幾つも響いてきて、時間が経つごとにその数も増えている。
緊張感に包まれる中で航大はシルヴィアに切り伏せられ、その命を散らした魔獣の姿を見る。それは巨大な蜘蛛のような姿をしており、八本の足が生えているのと禍々しい目が印象的でありその姿を見て嫌悪感を拭うことができない。
「さぁ、いくぜぇッ!」
「儂らもゆくぞッ!」
「ふふ、魔獣との戦いなんて久しぶりですね」
「あっはっはッ! 私に掛かればどんな魔獣も怖くないもんねッ!」
ライガの言葉を合図に、リエル、エレス、シルヴィアの三人が飛翔する。
それと同時に森林の奥から蜘蛛に似た姿をした魔獣が飛び出してくる。
「うらあああああああぁぁぁッ!」
「――ヒャノアッ!」
「はあああぁぁぁッ!」
三人の声が木霊し、魔獣との激しい戦いが始まる。
戦う力を持たない航大、ユイ、レイナは後方でライガたちが戦う姿を見ていることしかできない。
「……航大、いける?」
「あぁ……頼むぜ、ユイッ!」
ユイの言葉に航大は漆黒の装丁をした本を取り出す。
それは現実世界と異世界を結ぶ異形の力を擁したグリモワールであり、この力を使役することで航大は白髪の少女・ユイに戦う力を与えることが出来る。
「英霊召喚――円卓の騎士・ガウェインッ!」
その声をトリガーに、眩い光を放つグリモワールに新たな英雄の物語が記されていく。
――その英霊はアーサー王伝説に登場する円卓の騎士の一人である。
朝から正午まで力が三倍になる特性を持っており、太陽剣と称される武器を片手に勇猛果敢な戦いを見せる英雄である。
「貴方が私の王だと言うのなら、私はその期待に全力で応えよう」
英霊をその身体に憑依させたことでユイとしての人格を内に隠し、円卓の騎士・ガウェインは自信満々といった表情を浮かべると、右手に持った剣を天にかざす。
「お、おぉッ!? 雰囲気が変わったぞッ!?」
「これがグリモワールの力って奴さッ」
「なんとも奇妙な魔法だッ!」
英霊とシンクロしたユイの姿を見て、レイナが驚きの声を上げる。
その声を背に受け、ガウェインは地面を蹴るとライガたちが戦う最前線に繰り出していく。
「太陽剣・ガラティーンよッ……私に力をッ!」
「――ッ!?」
ガラティーンと呼ばれた剣は刀身に炎を纏うと、森林を飛翔していた魔獣に狙いを定めていく。ガウェインが剣を振るうことで、炎の斬撃が生成され魔獣の小さな身体を焼き焦がしていく。
「嬢ちゃんも本気だして来たかッ! このままいくぞッ!」
「あいあいさーッ!」
「ふんッ、言われるまでもないわッ!」
ユイが戦線に加わり、これで航大たち陣営が誇る戦力の全てが揃った。
――暴風を纏う大剣を振り回すライガ。
――氷魔法を無尽蔵に繰り出す賢者・リエル。
――剣姫として覚醒することで、両手に持った二対の剣で戦場を支配するシルヴィア。
――常に笑みを絶やさず、軽やかな身のこなしで着実に魔獣を狩るエレス。
――そして英霊とシンクロして異形の力を身に纏った少女・ユイ。
圧倒的な戦力を誇る航大陣営は、森林の奥から湧き続ける魔獣たちを一網打尽にしていく。
「おらああああああああぁぁぁッ!」
ライガの咆哮が響き、錆から解放された大剣から放たれる風の刃が魔獣の身体を切り刻んでいく。
シルヴィアが訓練を積む中で、ライガもまた氷都市での壮絶なる戦いを経て成長していた。その顔には揺るぎない自信が垣間見えており、その動きもまた俊敏だった。
「負けてられないよッ!」
ライガが魔獣を切り伏せるすぐ横では、そんなシルヴィアの声が響いていた。
両手に持った剣を振るい、襲いかかってくる魔獣たちを薙ぎ倒していく。
「こっちッ、こっちもッ……うりゃああああぁぁぁーーーーーッ!」
デタラメに剣を振るっているようにも見えるが、シルヴィアの剣戟には無駄がなかった。確実に魔獣を仕留められるように計算がされており、必要最低限の力で突き出された剣は魔獣の身体を容易く両断していく。
「――ヒャノア・レイッ!」
最前線で戦うライガとシルヴィアの少し後ろで魔法を放っているのは、永久凍土の賢者と呼ばれた少女・リエル。無尽蔵の魔力を存分に放出するリエルは、虚空から両剣水晶を生成し続けることで、ライガとシルヴィアが取り逃した魔獣を確実に葬っていく。
「おっとッ……おっとっとッ……中々、素早いですねッ……」
そんなリエルと肩を並べて戦うのは、港町・シーラで出会った青年・エレスだった。
一般人とは思えない身のこなしと剣術で魔獣をやり過ごし、一瞬でも隙を見せればそこを的確に突く技術が存在していた。他のメンツと比べて派手さは無いものの、ライガたちにも負けない戦果を上げているのは間違いなかった。
「太陽剣の前に沈むがいいッ!」
そして、最後に視界に入ってくるのは現実世界でもその名を轟かせた円卓の騎士・ガウェインとシンクロしたユイである。
さすがは円卓の騎士といった所か、その剣身に炎を纏いし刃を振るうことで魔獣たちを焼く少女は、英霊としての権能を存分に発揮することで戦場を支配していく。
「まだまだぁッ!」
鬼神の如き活躍を見せるガウェインは、圧倒的な力を持ってして魔獣たちを焦がし絶命させていく。戦況は誰が見ても航大たちが圧倒的に優位である。しかし、森林から飛び出してくる魔獣たちとの戦いに終わりが見えてこない。
「こんなに魔獣が出るなんて、有り得ぬ……」
「そ、そうなのか……?」
「うむ。確かに、昔からこの森林には魔獣が住み着いてはいる。しかしそれは、森林の最奥に生息しているのが普通であり、こんな場所まで出てくることは無いはず……」
激しさを増していく戦場を見て、レイナは眉間に皺を寄せている。
その顔は怪訝に歪んでおり、いつもとは明らかに違う森林の様子に思考を巡らせている。
コハナ大陸について無知である航大は、そんなレイナの様子に口を挟むことが出来ず、ただ黙って戦況を見守っていることしか出来ない。
やはりここでも、力になれない自分に苛立たしさを覚えずにはいられないのであった。
「――むッ!?」
圧倒的なまでの優位性を誇っていた航大陣営に異変が訪れる。
英霊とシンクロしたユイの様子がおかしくなり、それは身体を借りている英霊自身も感じる所であった。
「――ユイ?」
「――かはッ!? ごほ、ごほッ!?」
ガウェインの動きが鈍ったのを見て航大が声を上げた瞬間だった。
宙を舞っている状態で突如、咳込み出したガウェインはそのまま地面に墜落し、激しく身体を痙攣させる。咳き込む口からは鮮血が溢れ出しており、彼女の白い手を赤く染めていく様子に、航大は驚きに言葉も出ない。
「嬢ちゃんッ!?」
「「ユイッ!?」」
ライガ、リエル、シルヴィアもそんなユイの異変に気付いたのか、目を見開いて動きを鈍らせてしまう。
「あぐッ、あがぁッ……うぅッ、うああああぁぁぁぁーーーーーーーッ!」
地面をのたうち回るユイは、英霊とのシンクロを強制的に解除して陸に上がった魚のように苦しげな声を上げながら身体を跳ねさせる。
「ユイーーーーーーーーーーッ!」
眼前で苦しむユイの姿を見て、真っ先に走り出したのは航大だった。
ただならぬ様子のユイに駆け寄ると、その細い体を抱き起こす。
「はぁッ、うぐッ……くあぁッ……航大、ダメッ……来ちゃッ……あ、あああああぁぁぁぁッ!」
「うわぁッ!?」
苦しげに歪む表情で航大を見るユイは、なんとか自分から離れるように声を漏らす。その直後、彼女の身体からどす黒い光が溢れ出して、航大の身体を包み込んでいく。
「……ダメッ……うあぁッ、はぁッ……うぐッ、んあああぁぁぁーーーーッ!」
身体から溢れ出す漆黒の光を押さえ込もうとしているのか、ユイはその表情を苦悶に染めて何度も吐血を繰り返している。
「おいッ、ユイッ……しっかりしろッ……ユイッ!」
苦しみ続けるユイの身体を強く抱きしめ、航大は何度もその名前を呼ぶ。
しかし白髪の少女はその声に答えることなく、ただ苦悶の声を漏らすだけなのであった。
桜葉です。
戦闘回でした。次回もよろしくお願いします。