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第二章37 死の街に響く笑い声

「……ようやく捕まえたぜ、親父」


 己の全身全霊を込めた一撃。

 それはこれまでの永きに渡る戦いに終止符を打つものであり、結末の瞬間は一瞬だった。


「…………」


 ハイラント王国の英雄・グレオを模して作られたアンデッドの男は、地面が抉れるほどの跳躍を見せると、その左腕に持った大剣を突き出していく。その剣はライガの身体を貫こうとしたものであり、同じく真正面からぶつかるようにして飛翔していたライガは、全神経を集中させてその刺突に対応する。


 甲高い剣戟の音が響くのと同時に、ライガが右手に持っていた神剣・ボルカニカがミノルアの街を吹き飛んでいく。


「ごほっ、ぐふッ……」


 男が突き出した大剣はライガの身体をしっかりと捉えていた。咄嗟に防御しようとするライガの剣を弾き飛ばし、突き出された大剣の刃はライガの脇腹を深く切り裂く。


 勝負は決したように見えた。


 ライガの脇腹からは夥しい量の出血が見られ、ライガがこれ以上の戦いを継続することが不可能であることを如実に物語っていた。


「…………ッ!?」


 誰もがライガの敗北を覚悟した。

 しかし、そんな状況であっても諦めない男がそこに居た。


「――これで終わりだ」


 唇の端から血を零しながらもライガは表情に笑みを浮かべ、自分の脇腹を切り裂く大剣の刃をその手に握りしめる。刃をガッチリと掴んだ手からも鮮血が流れ出ているが、彼は決して手を離すことはしない。


「…………」


 傍から見ればこの勝負、アンデッドの男が勝利したように見えた。

 しかし、突き出された剣がライガの脇腹を切り裂いた瞬間、金髪を靡かせるライガの勝利は確定していたのだ。


 右手に持った剣を失った。

 しかし、彼の左手にはまだ父親が愛用していた大剣が握られている。


「……ありがとな、親父」


 小さく囁かれたその言葉は男の鼓膜を確かに震わせた。

 自分の敗北を悟ったのか、男はそれ以上の抵抗を諦め、最後にゆっくりと目を閉じる。


「――ッ!」


 ライガは左手に持った神剣・ボルガを大きく振り上げると、零距離で制止する男の身体目掛けて振り下ろしていく。


 万物を切り裂く剣は、男の身体を右肩から左腰に掛けて切り裂いていく。

 苦しげな声を漏らすこともなく、男の上半身はゆっくりと横にずれると、鮮血を噴水のように噴出しながら、北方の大地に倒れ伏していく。


「や、やったのか……?」


 凄惨たる光景を目の当たりにした航大は、静寂に包まれる街の中でゆっくりと言葉を漏らした。


「やったぜ、航大……」


 航大が漏らした言葉に答えるように、ライガはボロボロの身体を気にした様子すら見せず、航大たちを振り返ると満面の笑みをその顔に浮かべていた。言葉少なく勝利の余韻に浸ると、ライガも男に続くようにして倒れ伏した。


「あーあ、まさか本当に負けちゃうなんてなー。今度のお人形さんには、ちょっと自信があったんだけどなー」


 壮絶なる戦いを終えた男たちを見て、そんな声を漏らすのは帝国騎士・ルイラだった。

 片手に持った漆黒の装丁をした本・憂鬱のグリモワールからは光が失われており、それは彼女が召喚したアンデッドが完全に事切れていることを指していた。


「まぁいっか。少しは楽しませてもらったしね」


 自分の命に従い、全身全霊を持ってして戦いに身を投じた男に労いの言葉すらかけることなく、壊れた玩具を捨てるくらいに軽い気持ちで男を見下ろすルイラの様子に、航大たちの怒りが込み上げてくる。


「――この場から無事に帰れると思うな?」

「――ここからは、儂たちの出番じゃな」


 ふざけた言葉を漏らすルイラと対峙するような形で、異世界へと召喚されしクリミア戦争の英雄であるフローレンス・ナイチンゲールと、永久凍土の賢者・リエルが前に出る。

 二人は至って冷静な様子を見せているのだが、その心内には激しく燃え盛る感情が渦巻いている。


「ふーん、少しは戦えるみたいだけど、本気で私に勝とうとしてるの、お姉ちゃんたち」


「……当たり前だ」

「ふん、負ける気がせんわ」


「――へぇ、それなら試してみれば?」


 どこまでも見下ろしてくるルイラの言葉に弾かれるようにして、ナイチンゲールとリエルが跳躍を開始する。

 音もなく動き出した二人は、瞬く間の内に距離を詰めると、ありったけの力を持ってして攻撃を振るっていく。


「――はああああああああぁッ!」


 ステップを踏むようにして跳躍を繰り返すナイチンゲールは、その両手に持った剣で少女の身体を切り裂こうと試みる。


「私も一応、騎士だってこと……忘れてないよね?」


「――ッ!?」


 片手にはグリモワールを握ったまま、ルイラは虚空に伸ばした手に細身の両刃剣を握っていた。それは抜刀された剣ではなく、少女は虚空に手を伸ばすだけでその剣を握っていたのだ。


「ちぃッ!」


 少女の手に剣の存在を確認して忌々しげに舌打ちを漏らすナイチンゲールだったが、距離を詰める行動を止めることはない。剣を握っていようと、彼女は目の前で不敵な笑みを浮かべる少女を切り刻むことだけに集中し、両手に持った治癒剣を振るっていく。


「その程度の剣じゃ、ルイラちゃんを倒すことなんてできないよ?」


「戯言ッ!」


 剣先が届く距離まで接近を果たすと、ナイチンゲールは両手に持った治癒剣を幾度となく振るう。その動きに一切の無駄がなく、ただ少女を絶命させるためだけの無慈悲な連撃。


 しかし、少女はそんなナイチンゲールを嘲笑い軽やかな身のこなしを見せると、襲い掛かってくる連撃に対して完璧に対応して見せる。


「お姉さん、ちょっと無駄な動きが多いよ?」


「くッ!」


「ほらほら、もっと頑張らないとね?」


「はあああああああぁッ!」


 ライガとアンデッドの男が見せた剣は力に身を任せた迫力のあるものだった。

 しかし今、目の前で剣を交えるナイチンゲールとルイラの戦いは美しく、無駄がない。


 振るう剣に迷いはなく、確実に相手の息の根を止めるために振るわれていく。


 遠目から見ている航大には、ナイチンゲールが圧倒的に攻勢を強めており、両手に持った剣という手数の多さからしても有利な状況であると認識できた。しかし実際には二人の実力は拮抗しており、まだ余裕すら見せているルイラの方が、僅かに有利であった。


「はぁ、お姉ちゃんも期待外れかな?」


「ぐッ!?」


 何度か剣を交え、ルイラは期待外れであると英霊・ナイチンゲールを評すると、彼女が放つ剣先の上に乗ると、高く跳躍する。


「――次は儂じゃッ!」


 ナイチンゲールから距離を取ったルイラに対して、次に攻撃を仕掛けたのはリエルだった。


「あれ、まだ居たんだっけ?」


「――ヒャノアッ!」


 宙を舞うルイラに向けて、リエルは全力で氷魔法を放っていく。

 虚空に生成された両剣水晶が宙を舞うルイラの身体を貫こうと飛翔する。


「二人で同時に来るなんて、卑怯だと思わない?」


「――抜かせッ!」


「まぁ、これくらいなら全然問題ないんだけどね」


「――なッ!?」


 自分の身体目掛けて飛翔してくる氷魔法に対して、ルイラは剣を縦に振るっていく。

 すると、眼前の空間が歪み亀裂が走っていく。


「夜のルイラちゃんに勝つなんて、百万年はやいかな?」


「なにをッ――うぐッ!?」


 ルイラの眼前に生まれた亀裂は巨大な口を開くと、リエルが放った両剣水晶を飲み込んでいく。

 そして、次の瞬間にはルイラ目掛けて飛翔していたはずの両剣水晶の動きが反転し、術者であるリエルに向けて飛翔を開始していたのだ。


 理解の範疇を越えていく現象に驚きを隠せないリエルは、その身体を必死に捻ることで何とか自分の魔法を躱す。


「どう? 自分の魔法で殺されそうになる感じって?」


「くッ……また奇妙な魔法をッ……」


「少女よ、私に力を貸せッ!」


「儂は少女ではない、こう見えてお主よりも年上じゃぞッ!」


 一人一人では分が悪いと瞬時に判断したナイチンゲールは、隣に立つリエルと共闘する道を選ぶ。未知数の力を秘めている相手に対して、リエルもナイチンゲールの判断を尊重して頷く。


「私が隙を作る。そこを狙うんだ」

「ふん、小娘に命令されるのは癪じゃが、承知したッ!」


 お互いの行動を理解すると、ナイチンゲールとリエルは同時に駆け出していく。

 ようやく地面に着地した帝国騎士・ルイラは立ち向かってくるナイチンゲールたちを見て、その唇を卑しく歪めていく。



「私を切る前にさ、そこの人は助けなくていいのかなー?」



「「――ッ!?」」


 素早く駆け出したナイチンゲールとリエルの前に立ち塞がる人影があった。

 それは音も気配もなく接近を果たし、ルイラとナイチンゲールたちの間に立ち尽くしていた。


「た、助け……て……」


 それは北方の氷都市・ミノルアで生活をしていた一般市民だった。簡素な衣服に身を通し、全身を泥で汚した少女は、ナイチンゲールたちに向けて右手を伸ばし救いを願っていた。

 衣服から伸びる肌には目立った外傷は存在しない。それすなわち、アンデッド化現象による影響を受けていない正真正銘の市民である。


「どうしてこんなところにッ!?」

「あやつはまだ生きているッ、助けねばッ!」


 一瞬の混乱がナイチンゲールたちを襲うが、目の前に飛び出してきた少女が救助対象であることを理解すると、その距離を詰めて戦線からの離脱を図ろうとする。


「――アハハッ、その考えが命取りになるんだよ?」


 少女を救おうと跳躍するナイチンゲールたちの鼓膜を、そんなルイラの言葉が震わせた。


「――逃げるんじゃッ!?」

「――くそッ!」


 一切の異変を見せなかった少女だが、ルイラの言葉をトリガーにすると外気に晒された肌が粟立ち、お腹を中心に少女の身体が肥大化していく。


 全てを理解した瞬間には遅く、少女の身体が業炎と共に爆ぜるのをナイチンゲールたちは至近距離で受けてしまうのであった。


「ユイッ、リエルッ!」


 激しい轟音と共に粉塵の中に姿を消したナイチンゲールたちに、航大は思わず叫ぶ。


「こんな場所に無事な人間が居る訳ないじゃん?」


「てめぇ……ッ!」


「もう少し、お兄さんたちが強ければ……さっきの子も助けられたかもね?」


 どこまでに嗜虐的な笑みを浮かべるルイラに対して、航大は憎しみにも似た負の感情が溢れ出して止まらない。


 彼女たちは一体どこまで人間の命を軽く扱えば気が済むのだろうか。

 一体どこまで航大の神経を逆撫ですれば気が済むのだろうか。


「主よッ、落ち着くんじゃッ……」

「……私たちはまだ生きているッ」


 湧き出る怒りに拳を握る航大が再び暴走しようとした瞬間だった。

 粉塵の中からそんな声が聞こえてきて、ナイチンゲールとリエルが姿を見せる。


「大丈夫かッ!?」


「はぁ、はぁ……これくらいの傷、私の力を持ってすれば問題はない」

「当たり前じゃ。まだまだ儂たちは戦える」


 不意打ちに近い形で攻撃を食らったナイチンゲールたちだったが、その瞳から戦意は失われていない。まだまだ戦えると表情を引き締め、眼前の帝国騎士と向かい合う。


「今ここで殺しちゃってもいいんだけど、今日は帰って来いって総統が言ってるんだよね」


「……はっ?」


「折角、少しは楽しめそうだったのに。ルイラちゃん残念」


「てめぇ、何言ってッ……」


「お兄さんたちを殺すのは、もう少しだけお預け。じゃあね」


 開いていた本を閉じると、ルイラは満足げに笑みを浮かべ虚空に出来た亀裂へと歩み出す。


「「させるかッ!」」


 三度、眼前で敵を逃しそうになる現実を前に、ナイチンゲールたちが素早く動き出す。

 瞬時に距離を詰めて、少女を捕らえようとするがその手が何かを掴むことはなかった。


「――また会おうね。お兄さん」


 最後に航大たちを振り返ったルイラは、そんな言葉を残すと亀裂の中に姿を消す。

 つい先ほどまで存在していた時空の亀裂は、少女の身体を飲み込むと姿を消していく。


「また……また逃げられたのか……?」


 少女の姿はどこにもない。

 あるのは死が蔓延し、静寂に包まれる街だけ。


 これだけの絶望と死を撒き散らした相手を捕らえることすら出来ず、航大たちは何度目か分からない失意の瞬間を迎えることとなった。


「くっそがああああああああああああああぁぁぁぁッ!」


 静寂を切り裂くようにして航大の咆哮が轟く。

 それは人々の命を弄び、街を壊滅させた帝国騎士たちへの怒り。

 そんな邪悪を前にして、結局のところ何ら戦果を上げることができなかった自分に対する怒り。


 それは航大だけではなく、ナイチンゲール、リエル、ライガ、グレオ……この場に存在する誰もが持つ当たり前の感情であった。



 こうして氷都市・ミノルアを舞台にする一連の戦いに終止符が打たれる。


 生き残った誰もが胸に抱く失意。

 空にはいつしか分厚い雲が覆っていて、死の街に粉雪を降らせる。


「……帝国、ガリア」


 立ち尽くす航大の声には強い怒りと憎しみが込められていた。

 異世界にやってきて、様々な絶望を航大に与えた存在を認識し、少年は強くなることを決意する。ミノルアに現れた三人の帝国騎士をこの手で倒すと決意する。


 絶望と静寂が支配する中、誰もがその場を動けずに立ち尽くすのであった。


桜葉です。

これにてミノルアでの戦いは終わりです。

もう少し第二章は続きます。

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