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第二章35 受け継がれる想いと力

 帝国騎士・ルイラが『憂鬱のグリモワール』で生成したのは、ハイラント王国の英雄であるグレオ・ガーランド。それも英雄と謳われた若き時代のグレオを精密に再現したアンデッドの男は、圧倒的な力を持ってして航大たちの前に立ち塞がる。


 老いても英雄としての地位を守ってきた、オリジナルのグレオは若き日の自分と対峙し、命を賭けた死闘を演じる。しかし、そんな彼の力でしてもアンデッドの片腕を喪失させるまでが限界であり、打ち倒すことは叶わず、最後までその瞳に闘志を燃やしながら北方の大地に倒れ伏した。


 彼が最後に放った一撃。


 それは木造の教会を崩壊させるだけではなく、雪に覆われた大地に巨大な地割れを作り出していた。


「……俺を信じろ」


 ずっと見上げてきた背中だった。

 ずっと追いかけた背中だった。


 息子としても、騎士としてもライガ・ガーランドにとってグレオ・ガーランドという男は何よりも特別な存在だった。


 父であり英雄であるグレオに追いつこうと、彼はここまで血の滲むような努力を続けてきた。しかし、父の背中はあまりにも大きく、そして遠い。その事実に一時は絶望することもあったが、それでも彼は歩むことを諦めなかった。


「ふーん……金髪のお兄さん、一人で戦う気なんだ?」


「……これくらい、俺一人でも十分だ」


「――あまり、帝国騎士を舐めないでね?」


 悲壮な決意を胸に秘め、父が持っていた神剣・ボルガと、永きに渡る封印から解かれた神剣・ボルカニカをそれぞれ両手に持ったライガに対し、帝国ガリアの騎士であり小さな少女であるルイラは、その瞳から感情を消し、可愛らしい声からは想像も出来ない冷めた声音を漏らす。


「そうやって、最後まで希望を捨てない……みたいなとこ、すっごく嫌いなんだよね。すっごく憂鬱な気持ちになる」


「…………」


 雰囲気がガラリと変わった少女の言葉は、静寂に包まれるミノルアの街に張り詰めるような緊張をもたらしていく。


 薄青色の髪をツインテールにし、それを風に靡かせながら帝国騎士・ルイラは静かに怒りを内に溜め込んでいく。


「希望を捨てないのは、頑固な父親譲りなんでな。俺は死ぬまでどんなことも諦めねぇッ」


 苛立つ様子を見せてくるルイラに対して、ライガは両手に持った大剣をしっかりと握り直すと、その顔に晴れやかな笑みを浮かべた。どんな時でも希望を捨てず、諦めずに戦い続ける。彼は英雄が持つべき心構えというものを、この戦いで得ることに成功していたのだ。


「あぁ、もーいいッ! やっちゃって、私のお人形さんッ!」


「…………ッ!」


 これ以上、話すことは時間の無駄と言わんばかりにライガとの会話を打ち切ると、ルイラはその手に持ったグリモワールに眩い輝きを灯すと、若き日の英雄に指示を出していく。


「――親父、俺に力を貸してくれよッ」


 眼前に立つ父によく似た男が跳躍したのを見届けるのと同時に、ライガも真正面からぶつかる形で地面を蹴る。


 両手に持った大剣からは重さを感じることがなく、羽毛のように軽くなる剣を感じたライガは、全身に力を漲らせて跳躍を繰り返す。


「うらあああああああああぁぁぁぁッ!」


 街を支配していた静寂を切り裂くようにして、ライガの咆哮が響き渡る。


 右手には錆付きから解放され、真の姿を現した暴風を纏いし神剣・ボルカニカ。

 左手には憧れた父であり、英雄が所有していた業炎を纏いし神剣・ボルガ。


 それぞれが風と炎を纏い、ライガはそれを軽々と使役することで、過去の英雄と激突していく。


「――ッ!」

「ぐうううぅッ!」


 ライガとアンデッドが持つ剣が街の中心部で交錯する。

 激しい剣戟の音が響くのと同時に、激しい暴風が吹き荒れていく。


 渦を巻くようにして発生した暴風は、次第に炎を纏うようになり、ライガとアンデッドの力が具現化し、街を包み込んでいく。


「まだまだあぁッ!」

「…………ッ!」


 数秒間の間、お互いの剣を交わらせて制止していた二人は、一度距離を取ると、瞬時に次の跳躍へと移っていく。そして、咆哮を上げて再び互いの剣を振るっていく。


 ライガは右手に持った暴風の剣・ボルカニカを振るい、アンデッドの男は精巧に生成された神剣ボルガを振るっていく。


 風と炎が何度も激しく激突を繰り返し、周囲に散乱していた教会を形成していた木の破片を宙に吹き飛ばしていく。


「次はこっちだッ!」


 目にも止まらぬ速さで繰り出されるライガの斬撃に対して、対峙するアンデッドは表情一つ変えることなく、どこまでも冷静な様子で対応していく。


「…………ッ!」


 アンデッドは大剣一本。

 対するライガはボルガとボルカニカの二本である。


 手数の多さで圧倒するライガは踊るように剣を振るうのに対して、アンデッドは防戦一方となりながらも一本しかない腕と剣でその攻撃を完全に防いでいた。


「……なんだよ、これ」

「凄まじいの……」


 吹き荒れる暴風の中、航大とリエルは二人の戦いに目を離せないでいた。

 命を賭けた死闘であることは間違いなく、しかし剣を振るうライガの表情はどこか楽しげに見えた。


 ――自分の父親と本気で剣を交える。


 それはライガが胸の内に秘めた叶うことのない夢だった。対峙する男は父親の偽物であると理解していても、眼前で披露するアンデッドの動きに父親の影を重ねずにはいられなかった。


「くそッ……こいつッ……!」


 右手の剣を振るう。アンデッドは最小限の動きでそれを受け止める。

 左手の剣を横に薙ぎ払う。アンデッドは瞬時に剣の位置を変えることで、その全てを受け止め、受け流していく。


「…………ッ!」

「うおおおぉッ!?」


 アンデッドの男もやられてばかりではない。

 ライガが放つ怒涛の連撃に耐え続け、一瞬の隙を見せた瞬間にその剣を振るっていく。


 地面スレスレの位置から放たれる切り上げに対して、ライガは上半身を僅かに逸らすことで躱していく。


 一瞬の緩みが『死』へと繋がる緊張感の中、ライガとアンデッドは互いの攻撃をギリギリの所で躱しては反撃に転じるという行動を繰り返し続けていく。


「これならどうだ――風牙ッ!」

「…………ッ!?」


 二人の距離が僅かに離れた瞬間。

 ライガは咆哮と共に右手に持った神剣・ボルカニカが纏っていた暴風を刃として放つ。

 全てを切り刻む風の刃は音もなく飛翔すると、眼前に立つアンデッドの身体を切り刻もうとする。


「――ッ!」


 しかしそれを、アンデッドの男は左手に持った神剣・ボルガから業炎を放つことで相殺していく。

 風と炎が空中で衝突すると、激しい音を立てて爆発し消失していく。

 激しい衝撃によって発生した粉塵が周囲を取り囲み、ライガとアンデッドから視界を奪っていく。


「そこだあああああああぁぁッ!」


 ボルカニカによる風牙は防がれたが、ライガには父が持っていた業炎の剣・ボルガがあった。粉塵で視界が奪われていく中、ライガはアンデッドの男が放つ殺気を感じ取ることで、今度は左手に持っていた神剣・ボルガから業炎の斬撃を放っていく。


「――ッ!?」


 粉塵を掻き消す炎の斬撃が飛翔する先、そこには剣を構えるアンデッドの姿があった。彼もまたライガと同じことを考えていたのだが、先に攻撃を仕掛けたのはライガだった。


 粉塵が晴れた瞬間には眼前にまで接近を果たしていた業炎を前に回避行動は間に合わない。アンデッドの男はすぐさま険しい表情を浮かべると、大剣を盾にその攻撃を受け止めていく。


「やったかッ!?」


 灼熱の炎がアンデッドの身体を包み込んだのを確認し、思わず握り拳を作って声を上げる航大。

 しかし、そんな彼の希望や興奮を打ち消すように飛び出してくる影が一つ。


「――ッ!」

「ぐぅッ!?」


 身体の至る所に業炎のダメージを受けながらも、跳躍してくるアンデッドは、無言のままその剣をライガに振るっていく。

 瞬時に距離を詰めてくる男に対して、ライガは常に警戒心を持っていた。


 それであってもライガの対応が遅れてしまうくらいに、アンデッドの動きが鈍ることなく、炎を纏った剣でライガを絶命させようと試みてくる。


「くそッ!」


 一瞬の油断が招いた致命的な遅れ。

 ライガは唇を噛み締めながら、右手に持った剣で咄嗟に防御態勢に入る。


 しかし、ライガが身構えるよりも早くアンデッドの男が放つ斬撃が全身を襲い、ライガの身体は後方へと軽々吹き飛んでいく。


「ぐああああぁッ!」


 周囲に散らばる木片に身体を叩きつけながら、ライガは地面を転げ回っていく。


「さすが親父……そう簡単には勝たせてくれねぇな……」

「…………」


 唇の端から血を垂らしながら、ライガはすぐさま立ち上がるとゆっくりと近づいてくるアンデッドの姿を見て不敵に笑みを浮かべる。


 利き腕である右手を失っても尚、絶大な力を見せつけてくる英雄の姿がそこにはあった。


 状況だけ見ればライガは有利なのは一目瞭然だった。

 しかし、英雄グレオを模して作られたアンデッドは、そんな不利な状況でも負けることなく自分が持ち得る力の全てを見せつけてくる。


「ふぅ……落ち着け、俺……」


 一瞬の静寂が支配する状況の中、ライガは敵を前にして目を閉じる。

 すると、全身を包み込んでいた火照りが急速に鎮まっていく。

 それと同時に身体の内に渦巻く力の本流を感じるようになってくる。


「――俺にもっと力を貸してくれ」


 小さく呟く声に呼応するように、心臓が一つ強く鼓動する。

 両手に持った剣から注ぎ込まれる力。

 ライガはその力を観測し、しっかりと感じ取っていく。


「俺はどうなっても構わねぇ。今だけでもいい。俺に力を貸してくれッ!」


 その言葉を待っていたと言わんばかりに、全身が再び熱を持ち始める。それは神の剣と呼ばれるボルガとボルカニカが持つ風と炎の力。


 伝説として名を刻むニ対の剣は、貪欲に力を求めるライガを認めると、内に宿していた力を分け与えていく。

 静かに目を閉じるライガを中心に、グレオが技を放った時のように膨大な魔力が集中していく。


「――いけるッ」


 神剣から生み出された魔力は、それぞれ風と炎に具現化することでライガの身体を包み込んでいく。膨大な力の本流に全身を包み込むと、ライガはこれ以上ない笑みを浮かべ目を開く。


 その瞳に迷いはない。

 父親と瓜二つの容姿をする男が眼前に立ち塞がる。

 父を打ち倒し、更なる高みへと上り詰める。


 ――壮絶なる死闘はここに終局を迎えようとしていた。

桜葉です。

次回、第二章最後の戦いに決着がつきます。

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