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第二章32 父と子の共闘。風と炎の協奏曲。

「……まだ戦えるか?」


「ふん、誰に聞いてんだよ、親父……」


 航大とリエルがユイの捜索へ姿を消した後、最悪の存在である帝国騎士の少女と向き合うのは、満身創痍の様子を見せる英雄グレオと、その息子でハイラント王国騎士であるライガのみとなった。


「どう見ても、親父のほうがヤバそうだけどな……」


「……ふん、これくらいなんともない」


 眼前で対峙する帝国騎士である少女と、グレオの姿を模して作られたアンデッドを睨みつけ、その表情に薄っすらと笑みを浮かべて二人は軽口を言い合う。


 グレオの身体からは絶えることなく鮮血が零れ落ちており、今こうして立っているだけで、教会の床に小さな水溜りを作っている。


 その隣で同じように立つライガは、両腕と両足から大量の血を零し、錆び付いた大剣を握る右手は、力が思うように入っていないのか小刻みに震えている。


「あれれ、お兄さんがどっか行っちゃった。もしかして、二人だけでルイラちゃんのお人形さんと遊ぼうとしてるの?」


 航大とリエルが走り去っていく姿を見ても、帝国騎士であるルイラはなんら行動を見せることはなかった。興味がないと言わんばかりに無表情を浮かべたまま、背中を見せる二人を見送り、それは彼女の少し前で仁王立ちしているアンデッドの男も同様だった。


 ルイラたちの中で、航大とリエルは危険な存在であるとの認識が欠如していた。いつでも殺すことが出来るという慢心から、彼女たちは行動を取ることはしなかった。


「何を考えてるのか知らないけど、そんな身体で戦うことができるって言うの?」


「お嬢ちゃんみたいなちびっ子なら、これくらいがいいハンデって奴だよ」


「ち、ちびっ子……?」


 可愛らしく小首を傾げ問いかけてくるルイラに対して、ライガはどこまでも余裕といった様子を崩すことなく軽く答える。


 ライガの言葉に眉をピクリと小さく反応させたルイラは、自分の鼓膜を震わせた言葉の一つ一つを脳内で噛み砕いていく。

 彼女もまた、異形の力を行使する帝国の騎士である。ここまでその表情に笑みを浮かべ、常に航大たちよりも優位であると言わんばかりの態度を見せていたが、それもライガの言葉に一変していく。


「ムッスウウウゥッ! ルイラちゃんがこの世で一番嫌いな言葉、教えてあげよっか?」


「あぁ? 一番嫌いな言葉?」


「それはね……ちっちゃいって言われることなのッ!」


「…………ッ!」


 グリモワールに光が灯るのと同時に、アンデッドの男が跳躍を開始する。

 ルイラの表情には強い怒りが満ちており、彼女の感情とシンクロをしている男の顔も険しさを増している。


「ライガッ、行くぞッ!」

「あいよッ!」


 グレオの緊張感を帯びた声音が響き、ライガは傷だらけの身体に力を滾らせると力強い言葉で頷く。

 瞬時に距離を詰めてくる相手に対して、まだ傷が浅いライガが正面に立ち塞がる。


「――ッ!」


「うらああああぁぁぁッ!」


 ライガは咆哮を上げると、アンデッドが放つ強烈な斬撃を真正面から受け止めていく。甲高い剣戟の音が響き渡り、その音が水辺に生まれた波紋のように強烈な衝撃波を教会に響かせていく。


「……ふんッ!」


 ライガとアンデッドが己の剣を重ね合わせて動きが止まった瞬間を見逃さず、全身から鮮血を漏らすグレオが空中を舞うと、上空から強烈な一撃を見舞っていく。


「…………ッ!」


 アンデッドはそんなグレオの行動を瞬時に理解すると、ライガと交錯させていた剣を引くのと同時に後方へ飛び退る。


「させるかあああぁッ!」


 グレオの攻撃を躱そうと動くアンデッドに対して、ライガは突進による追撃を試みる。

 リーチの長い大剣の特徴を生かし、痛む両腕に鞭を打って横に薙ぎ払いを仕掛けていく。


「…………ッ!」


 自分の胴体を狙って放たれたライガの斬撃。しかしそれも、アンデッドはその目でしっかりと軌道を読むと、地面を蹴って最小限の動きで躱す。


「まだまだぁッ!」


 ライガの連撃に対応し隙を見せた敵に対して、グレオは教会の床に着地するのと同時に、弾かれたように再び跳躍を開始する。鈍色に輝く大剣を地面すれすれの位置まで低く構えると、咆哮と共にそれを振り上げていく。


 それは血縁関係にある親子が土壇場で見せる連携だった。


 普段から共に戦っていた訳ではなかった。しかし、グレオとライガはここぞという極限状態の中で、熟練の連携を見せていた。


「ちッ……」


「……本当に若い時の自分を見ているかのようだ」


「いや、紛れもなくコイツは、若い時の親父そのものだろうがよッ……」


 お互いの考えを読み取る最高レベルの連携を見せたライガとグレオの攻撃も、アンデッドの男は超人的な反射神経によって、その全てを躱していた。


 とても常人には真似できる芸当ではなく、しかしその動きこそがグレオ・ガーランドを英雄たる存在にまで高めた証拠なのでもあった。


「はぁ、はあぁ……くっそ……親父には弱点は無いのか……?」


「我ながら、自分の弱点が分からんな……」


「……本気で言ってんのかよ、それ」


 全くデタラメである。

 ライガは眼前に立つ傷一つ負っていない男が見せた、異次元の動きを脳裏で再生して苦笑いを浮かべる。笑っていないと、身体をゆっくりと包み込んでいく絶望に負けてしまいそうで、それは自分自身と対峙しているグレオも同じであった。


「何とかならねぇのかよ、コレ……」


「……何とかできる手段は、あるかもしれない」


 ライガのぼやきに対して、グレオは険しい表情を浮かべて答える。


「しかしそれは賭けだ。もし失敗すれば、その瞬間に私は使い物にならなくなるだろう」


「……もし、そうなったら絶望的だな」


 今まで、ライガは長くハイラント王国の騎士として生活してきたが、ここまで連続して大きな戦いに参戦するのは初めてだった。


 英雄の力を持ってしても簡単には行かない強敵を前にして、ライガの心は踊っていた。偽物であろうと、憧れ続けた父親と剣を交えることが出来て、さらにその圧倒的な力を前にしても、彼の心は軽やかに踊り続けていたのだ。


「俺はどうすればいい?」


「時間を稼いでくれればいい。準備中、私は無防備になる」


「……どれくらい?」


「……私が良いという瞬間までだ」


「はぁ……了解」


 覚悟は決まった。


 悲痛な決意を表情に滲ませる父親の顔を横目で見て、ライガは目を閉じて一つ大きく深呼吸をする。この目が開かれた時、それが最後の戦いが始まる合図である。


「はぁ、もうほんっとに憂鬱なんだけど。こんな奴らにどんだけ時間かけてんのよ……」


 戦いを後方で見ているだけの少女は、しぶとくも抵抗を繰り返すライガたちに溜息を漏らす。ライガとグレオがどんな技を繰り出して来ようとも、ルイラには負ける未来というものが微塵も予想できていなかった。


 事実、彼女が召喚したアンデッドの身体には傷一つ存在せず、この状況では誰もが帝国騎士の勝利を確信するのは仕方のないことだった。


「ほら、さっさと片付けちゃって」

「…………ッ!」


 少女の言葉に呼応するように、アンデッドの男は両手に持った大剣を引き摺りながら跳躍を開始する。

 深呼吸を繰り返し、火照る身体を鎮めていたライガはゆっくりとその瞼を開いていく。


「……親父、行ってくるぜ」


「あぁ、大丈夫だ。私はお前を信じている」


「――ッ!」


 愛する息子の背中にかけられる父としての言葉。

 こんな状況であってもグレオは一騎士として彼を送り出すのではなく、一人の父親としての暖かい激励の言葉を送る。


「へッ……こんなんで喜ぶなんて、俺もまだまだ子供だな」


 生まれてきてから数十年。

 初めて父親から貰った熱い言葉に目頭が熱くなる感覚を覚えるライガ。


 その身体は満身創痍だった。両腕と両足から溢れ続ける血液は止まることを知らず、ライガの体力を容赦なく奪っていく。


 しかし、身体から失われていく物は確実に存在していたが、それと同時に与えられた『力』もある。

 憧れの父親からの言葉、今のライガを突き動かすには、その一言で十分だった。


「はああああああああぁぁぁッ!」


 目を開いたライガは、そんな咆哮と共に跳躍を開始する。

 正面には自分の父親と瓜二つの容姿をした男が一人。

 今ではその顔に感情が揺れることはない。自分の父親はこの世に一人だけだと知っているから。



「――ライガああああぁぁぁッ!」



 激しい剣戟の音が響くのと同時に、そんな彼を呼ぶ男の声が教会に木霊した。


 それはこの戦いを終わらせるため、切り札を探しに行った友の声だった。


 風向きは確実に良い方向へ吹いている。


 ライガはそんな確信を胸に抱き、錆付きが目立つ大剣を振り上げていくのであった。


桜葉です。

第二章も確実に終盤へと向かっています。


次回もよろしくお願いします。

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