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第七章51 顕現せし竜

「――――」


 噴煙と業炎。

 大森林に囲まれ、見渡す限りの大自然と共に幾年の時間を過ごしてきたアステナ王国。


 大陸全土が森林に囲まれたコハナという大地は、これまでの時間において一度たりとも敵からの脅威に晒されることはなかった。侵入を試みようとすることはあっても、複雑に入り組んだ自然を突破することは困難であり、鬱蒼と生い茂る自然を前にしては、どれだけの軍隊を投入しようとも攻略することは困難を極めるのであった。


「――――」


 それにも関わらず、今の世界において最悪ともいえる国家・ガリアによって、アステナ王国はわずか一日で崩壊することとなった。


 帝国ガリア。

 世界各地に眠る魔竜を手中に収め、この世界を支配しようとしている。


 その動きは止まることを知らず、時間の経過と共にガリアは世界を支配するために必要なピースである魔竜をその手にしていく。刻一刻と滅びの時は近づいている。しかし、抗いようのない悲劇に立ち向かおうとする人たちもいた。


「アーアァー、こんなものカ……」


 静寂と黒煙に包まれるアステナ王国。鼻腔を刺激するのは思わず表情を歪めてしまうような刺激臭。視界を埋め尽くすのは乱雑に転がる瓦礫と、それをどす黒く染める大量の肉塊たち。


 肉塊の元はなんだったのだろうか?


 そこら辺の小石のように転がる肉塊たちが、元は人間だったものだなんて一体誰が信じるだろうか。


 静寂と黒煙、そして圧倒的なまでの死が支配するアステナの城下町。

 無限に続くかと思われた静寂は、どこか片言な言葉によって破られる。


「つまらないナー、本当にツマラナイ」


 瓦礫の間を縫うようにして歩くのは、全身をローブマントで多い、ローブの奥に紅蓮の瞳を輝かせる人間だった。彼なのか、彼女なのか、その外見からは性別の判断ができないその人物は、片手に淡い輝きを放つグリモワールを手にして、ふらふらと身体を揺らしながらなにかを探していた。


「さすがに死んだカナー? まぁ、死んだヨネ。これだけの爆発だもン、死なないのが嘘ダヨ」


 ローブマントを覆った人物は、片手に淡い光を灯す魔導書を握っている。剣と魔法が支配するこの異世界において、異形の力を所有者に与えるものである。瓦礫と肉塊が散乱する大地を歩く人物は、僅かに覗き見ることができる口元をこれでもかと歪ませて、キョロキョロと緩慢な動きで周囲の確認を入念に行っている。


「……アハッ」


 なにかを見つけたのか、ローブマントで全身を覆った帝国ガリアの騎士は嬉しそうな声音を漏らした。忙しなく動き回っていた眼球は一点を目指して静止しており、向けられた視線の先、そこに帝国騎士が探しているそれはあった。


「すごいヨ、スゴイ……あれだけの爆発があったのに、まさか人間としての姿を保っているなんてネ」


「…………」


「ホントに君たちには驚かされるヨ。あんな至近距離で爆発したっていうのに、どうして人間の姿のままなのか……まぁ、さすがに生きてはいないみたいだけどネ?」


 帝国騎士が見つめる先、そこには一際大きく円形に広がる鮮血の海が広がっていた。円の外側ほど血は赤黒く乾ききっており、内側に移動するほど液体は鮮やかな色彩を見せている。


 人間一人にしては多すぎる鮮血。


 倒れ伏す人間は二人で、折り重なるようにして存在している。周囲に大量の肉塊が存在する中、倒れ伏す二人は確かに人間としての姿を綺麗に保つことに成功していた。


「…………」


 鮮血が支配する海の中を進む帝国騎士はその足を止める。

 そして紅蓮に瞬く瞳でただ一点を見つめて、そして心底楽しそうに唇を歪ませる。


「自己犠牲の精神モ、そこまでいくと芸術ダネ」


『消え失せるがいい、悪しき者よ』


「――コレハコレハ、白く美しい竜ダネ」


『我が主にそれ以上近づくのなら、この我が貴様を討ち滅ぼそう』


「フーン、実体を持たない君が、どうやって倒すって言うのカナ?」


『…………』


「アハハッ、主が死んでカナシイのは分かるケド、強がるにはあまりに滑稽ダヨ」


『確かに我は実体を持たぬ。しかし、貴様は滅ぶべき存在であることに間違いはない』


「ダカラ、誰が私を殺すって言うのカナ?」


『それは我が主に決まっているだろう?』


「――ナルホド、小癪な時間稼ぎって奴ダネ」


「今度こそ、終わらせてあげるッ!」


 帝国騎士・アリアが背後を振り返る。


 すると、そこには全身を土埃で化粧したハイラント王国の騎士シルヴィアが両手に聖剣・ハールヴァイトを握って立ち尽くしていた。零距離からの爆発。間違いなく直撃したにも関わらず、シルヴィアはしっかりと自らの足で大地に立っている。



「……ここまで、カナ?」



「世界を包め、全てを守護する、三日月の光よ――皇光の一刀(セイクリッド・ブレイズ)ッ!」



 勝利を確信し、突如として姿を現した神竜によって気を奪われた結果、帝国騎士アリアはこの日最大の好機をシルヴィアたちに明け渡すこととなった。


 視界を覆い尽くすのは眩い聖なる光。


 どう足掻いても回避することは叶わない光を目前にしても、帝国騎士アリアの表情からは不気味な笑みが消えない。


「アハッ――」


「はあああぁぁぁぁーーーーーッ!」


 シルヴィアが放つ聖なる斬撃が帝国騎士アリアを包み込む直前。


 どこまでも人を苛つかせる言葉が鼓膜を震わせる。しかしシルヴィアはそれを掻き消すように怒号を上げると、ありったけの力を込めて一撃を見舞うのであった。


「はぁ、はぁ……ぐッ……これで、終わり……」


 周囲に轟音が響き渡り、斬撃が帝国の騎士を確実に貫く。


 噴煙が立ち込める中、シルヴィアは息を荒げて立ち尽くす。これ以上、戦う力は残されていない。噴煙が晴れた先、そこで帝国騎士が存命していたのなら、今度こそシルヴィアたちは絶体絶命となるだろう。


「…………」


 祈るような気持ちでシルヴィアは静かに前方を見据える。

 確かに手応えはあった。油断すれば薄れてしまう意識の中、結果は眼前に現れる。


「…………」


 地面に倒れ伏す一人の人間。

 鮮血の海が広がる中心。そこには先程まで激闘を繰り広げた帝国騎士が横たわっている。


「やった……今度こそ……」


 安堵が胸いっぱいに広がっていく。


 果たすべき目標を成し遂げ、全身から力が抜けそうになるがシルヴィアにはまだ、やるべきことが残されていた。


「……とりあえず、生存者を探さないと。ライガ、いつまで寝てるのよ」


「…………少しくらい休ませろ。てか、治療しないと死ぬんだが」


「はぁ……アンタもハイラントの騎士でしょ? それくらいでへばってどうするのよ」


「お前なぁ……さすがにしんどいだろ、これ……」


 未だ、地面に倒れ伏すライガは全身に夥しい量の裂傷を刻んでいる。帝国騎士が放つ一撃を至近距離で受けたのだ。命があることを喜ぶべき事態である。


「私も簡単な治癒魔法なら使えるから、それで……」


「……助かる」


「帝国の騎士は倒してもまだ他にいるんだから、あまり長く休めないんだからね」


「分かってるよ。俺だっていつまでも休んでる訳にはいかねぇ」


「その通り。それじゃ、動けるくらいには治療するから、じっとしてて」


「…………」


 倒れ伏すライガへ向けて、シルヴィアが両手を突き出し静かに魔法の詠唱を始める。淡い光が両手を包み、それがライガの身体へと伝わっていく。少しずつではあるが、ライガの身体に刻まれた大きな裂傷がその口を閉ざしていく。


「これ、結構魔力消費するわね……」


「でも、だいぶ楽にはなったな……身体を動かすことはできそうだ……」


「そうしたらもういい? これ以上はこっちの負担もバカにならないんだから」


「……お前は中に『ソイツ』がいるだろ?」


「…………」


「ソイツはきっと世界を救うことができる力だ」


「……そうね」


「俺みたいな凡人にはない力だ」


「嫉妬してるの?」


「嫉妬なんてしねぇよ。心強い味方がいるんだからな」


「ふん、アンタだってあの英雄の血を持ってるじゃない。それだって、他にはないものよ」


「…………」


「私たちって案外似た者同士なのかもしれないわね」


「似た者同士?」


「きっと、こうして世界を救うために戦ってるのも、逃げられない定めって奴なのよ」


「はあぁ……嫌な定めだな。世界は平和な方がいい」


「その平和を作るために今、私たちは命をかけて戦ってるの」


「あぁ、そうだな――ッ!?」


「そんな……どう、して……ッ!?」


 穏やかな時間は決して長くは続かず。

 静寂が支配する森林の国を駆け抜けるは、禍々しき魔力の波動。


「はは……なにかの悪い冗談だって言ってくれよ」



 二人の視線が向く先、木々が生い茂る森林の中、見上げるほど高い木々すらも遥かに超える体躯をした竜の姿がそこにあった。


桜葉です。

連載速度遅くて申し訳ありません。

次回もよろしくおねがいします。

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