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第七章50 包むは閃光と業炎

 アステナ王国で繰り広げられるのは、世界を混沌へと陥れようとする巨悪たる存在、帝国ガリアが誇る最高戦力である騎士との激闘だった。


 世界を手中に収めるため、騎士を使った強硬手段に出た帝国が狙うのは、各大陸に封印されている魔竜であった。かつて世界を崩壊寸前まで追い詰めた魔竜の復活。それは必ず阻止しなければならない。


 帝国ガリアの野望を食い止めるため、航大、ライガ、シルヴィア、リエルの四人はそれぞれ行動を開始するのであった。


◆◆◆◆


「サァ、この中から私を探してゴラン?」


 アステナ王国へと乗り込んだのはライガとシルヴィアの二人であった。


 王国が統治する大自然に囲まれたコハナ大陸。ここには魔竜・ギヌスが封印されている。帝国はギヌスを狙ってくる。絶対に渡してはいけない。阻止するためにライガたちはアステナを訪れたのだが、そこで待ち受ける帝国騎士はこれまでに対峙したことのないほど、巨悪に満ちた存在なのであった。


「シルヴィアッ、おい……しっかりしろッ!」


「わ、私は……」


 今、ライガたちの視界には無数の人影が存在している。

 確かにそこに存在する人影は全てが全く同じ格好をしていた。


 細身の身体に全身を覆うローブマント。その奥に隠された顔立ちを確認することはできず、ただ棒立ちしている無数の人間たちは何故か帝国騎士と同じ格好をして存在しているのだ。


「アハ、アハハハハハハハッ! ネェネェ、壊れちゃったのカナ?」


「ぐッ、うるせぇッ!」


 四方八方から耳障りな声音が響き渡る。


 それは立ち尽くす全ての人間から発せられているものであり、どれが本物の帝国騎士なのかが判明できないようになっているのだ。


「君たちは神でも、天使でも……そして正義の英雄でもない。何故ならば、なんら罪のない一般市民をその手にかけたのだからネ」


「――――」


 四方八方から響く帝国騎士の声にシルヴィアの目が大きく見開かれる。


 呆然とした様子で立ち尽くすシルヴィアの身体は小刻みに震えている。特に剣を持つ右手の震えが顕著であり、彼女の右手には消えることのない人を斬った感触が残り続けている。


「しっかりするんだ、シルヴィアッ!」


「でも、私……」


「ショックなのは分かる。だけど、今は目の前の戦いに集中するんだ!」


「集中なんて出来るはずがないじゃない……ッ!」


「いい加減にしろッ! さっきまでのお前はどこにいったんだよッ!」


「…………」


「そんなの、だって……私が殺したのよッ!? 剣姫である、世界を守るべき私が……ッ!」


「自惚れるんじゃねぇッ!」


「――――」


 ライガはただの一度も眼前で立ち尽くす帝国騎士から視線を反らすことなく、それでも強い言葉でシルヴィアへ激高する。鋭く、突き刺すような言葉にシルヴィアは身体を硬直させる。


「確かに俺たちは神でもなければ英雄でもない。そんなことは百も承知なんだよ。それでもな、俺たちには救わなくちゃいけない世界がある」


「世界……?」


「そうだ。俺たちが、大切な人が暮らすこの世界を、守らなくちゃいけないんだ」


「それでも、私は……人を……」


「俺も航大もリエルだって、今まで何度も救えなかった命を見てきた」


「…………」


「全部守ろうとしたさ。それでも、助けることができなかった命がいくつもある。シルヴィア、お前が救えなかった命の何倍も俺は救うことができなかったんだ」


「…………」


「後悔は全部終わった後にいくらでもしろ。今はお前の力が必要なんだ」


「はぁ……分かったわよ。今は目の前に集中する」


 虚ろだったシルヴィアの瞳に再び光が灯る。

 しかし、眼前に広がる絶望的な光景は一切の好転もなく存在し続けている。


「これ、どうするの……?」


「……それは今から考える」


「……さっき、少しだけ見直したんだけど、やっぱりライガはライガね」


「無駄口はいい。とにかくこの状況をなんとかしないと」


「アハハ、おしゃべりタイムは終わりカナ?」


「てめぇ……」


「元気になったのはいいケド、この中から本物を見つけることができるカナ?」


 次こそは正解を見つけ出さなければならない。これ以上の犠牲を増やさないためにも。


 この絶望的な状況を前にすれば誰もが願うであろう事象に対し、しかしライガたちは明確な打開の道を見つけることができずにいた。眼前で立ち尽くす帝国騎士たちは全身をローブマントで覆われており、その奥の素顔を確認することはできない。


 このまま無闇に突っ込んでいけば、先程と同じことを繰り返すこととなるだろう。


 既に一度失敗している。だからこそ、ライガたちは否応にも慎重にならざるをえない。そんな二人の様子を目の当たりにして、ローブマントに身を隠す帝国騎士は耳障りな声音で笑う。


「アハ、アハハハハッ! やっぱり君たちは動くことができないんだネ? それなら、こういう遊びはどうカナ?」


「遊び、だと……?」


「ソウ。今から三分の時間をあげるヨ。これはチャンスでもあるんダ」


「どういうことだよ」


「もし、君たちが三分で私を見つけることができなかったのならば、ここにいる私を一人ずつ殺してイク」


「……はっ?」


 帝国騎士の言葉に唖然とした様子で反応を返すのはシルヴィアだった。

 彼女の瞳は驚きに満ちており、帝国騎士が漏らした言葉の意味を理解できずにいた。


「言っただろウ? これは君たちにとって希望ともいえるチャンスだとネ」


「お前……」


「さぁ、あと一分だヨ」


 異様な静寂と緊張感が場を支配する。ライガたちの思考も急速に回転を始め、この状況をどうやって打破するべきかを模索する。しかし、ここまで見つけることのできなかった打開策を、今この瞬間に思いつくことは容易ではない。


「……ライガ、一つだけ案を出していい?」


「あぁ、正直なところ俺の頭じゃこの状況を打開できない」


「帝国騎士には一つ、大きな特徴がある」


「特徴?」


「そう。ローブマントの奥に見えた紅蓮の瞳。あれが帝国騎士の目印になる」


「それは分かったんだが、それをどう使うんだ?」


「……目の前の帝国騎士たち、全員の顔を確認する」


「……どうやって?」


「そんなの、近づいて顔を覗き込む以外になにかある?」


「おいおい、まじかよ……攻撃してきたらどうする?」


「殺さず無力化する」


「無茶苦茶だな。相手がもし本当に一般人だとしても、あいつら全員武器を持ってるんだぞ」


「…………」


「武器を持ってる相手の懐まで飛び込んで、顔を確認して、敵じゃなかったら無力化する……んなの無茶だ」


「無茶だって分かってる。それでも、これしかない」


 シルヴィアが提案する殺さずの作戦。それを聞いてライガは険しい顔つきを変えることはないが、それでも拒否はしない。無茶だと理解しながらも、無実の一般市民を無傷で解放するにはシルヴィアが提案した案以外はない。


「……それじゃ、やるしかないな」


「合図をしたら同時に飛びかかるわよ」


「よし、それじゃ始めるぞ……3,2,1……」


「「――――ッ!」」


 カウントが終了するのと同時にライガとシルヴィアが飛び出し、それぞれ一番近くに存在する帝国騎士の姿をした人物へと近づいていく。集中力を極限にまで高め、ローブの向こうに隠れる顔を確認する。


「もし違ったとしても、相手が一般人ならどうにでも対処はできる」


「でも、油断はしないで。ビンゴだったら騎士と一対一になる」


「へっ、そのまま切り裂いてやるよ」


「相手の特徴は紅蓮の瞳。見つけたら殺してッ!」


 飛び出してから十秒ほど。

 ライガとシルヴィアが同時に目標へと到達する。


「――――ッ!」


 武器を持つ敵に零距離まで接近する。相手はライガたちの姿をしっかりと目で追うと、その手に持った剣を振り上げる。眼前のすれすれを通過する剣の切っ先を見送ると、ライガたちは即座に思考を切り替える。


「違うッ!」


 シルヴィアの怒号が響き渡り、直後に鈍い音が鼓膜を震わせる。


「…………」


 声もなく力なく倒れ伏すローブマントの人間は、このアステナ王国で暮らす一般人だった。


「アハ、すごいネ」


「次だッ、シルヴィアッ!」


「分かってる……ッ!」


 耳障りな声音に苛立ちを見せながらもライガたちは次なる目標へと飛翔する。


「ンー、このまま上手くいくのはつまらないよねー?」


「くそッ!」


 これまで棒立ちを続けていた帝国騎士たちが突如として動き出す。手に持った武器の切っ先をライガたちへ向け、明らかな敵対行動を取り始めたのだ。


「どうするんだよ、これッ! 相手が切りかかってくるなら、確認する前に無力化なんて無理だッ!」


「無理じゃないッ! やるしかないッ!」


「お前……あぁ、くそッ……とにかくできるところまでやるしかねぇッ!」


 忌々しげに顔を歪め、それでもライガたちは直進することをやめない。視界に点在する人影に辟易しながらもライガとシルヴィアの二人は当初の目的をぶらすことはない。今一度、しっかりと剣を握り締め二人は加速する。


「ぐッ!?」


「お願いッ、帝国の騎士じゃないなら投降してッ!」


 迫る斬撃を受け流し、極力怪我をさせないようにと無力化していく。


 とても一般人とは思えない動きに困惑する。相手は一般市民なのか、それとも帝国騎士なのか、命を狙う斬撃を幾度も受け流し、ライガたちは否応なしに疲労を蓄積させていく。


 しかしそれでも諦める訳にはいかない。


「次だッ!」


「はぁ、はぁ……くッ!」


 何人の人間を無力化してきたか。数えることすら億劫になる一連の流れにライガたちの息は上がる。


「キヒヒッ、頑張るネ……さらなる絶望をお届けしヨウ」


「くッ、動きが鋭く……ッ!」


「…………」


 突如として迫る帝国騎士たちの動きが俊敏になる。これまでは騎士としては拙い動きの連続だったのに、今二人の目の前にいるローブマントの人間は騎士と遜色ない動きを見せている。


「なにか、嫌な予感が……」


「ククク、そういえばカウントをするのを忘れていたヨ。そろそろ時間ダ」


「離れてッ、ライガ――ッ!」


 目の前で戦う騎士の様子が僅かに変化する。それを敏感に察したシルヴィアはライガへ警告するが、それと同時に凄まじい轟音が鼓膜を突き抜ける。


 眩い光。

 鼓膜を突き破らんばかりの轟音。


 そして全身を包む業炎。


「アハハハハハハハハハハッ! 死んじゃエ」


 連鎖する爆破の音が周囲に響き、それまで人間の姿をしていた物が業炎と共に肉片へと変わり果てていく。爆発の中心、そこにはハイラント王国からの騎士二人が存在するのであった。

桜葉です。

次回もよろしお願いします。

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