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第七章46 アステナ死闘

 世界各地に眠る魔竜。


 かつて世界を混沌へと突き落とし、己が持つ力を用いて暴虐の限りを尽くした存在である。そんな魔竜を封じたのは、世界に流れる魔力の源泉たる存在である女神たちであった。彼女たちは絶大な力を持つ魔竜に対抗できる唯一の力として君臨し、その名に恥じない活躍によって魔竜たちは封印の眠りへとつくことになった。


 今、帝国ガリアを中心に世界は再びの混沌へと突き進んでいた。

 大罪の名を冠する異能の魔導書。


 それらを手にする帝国ガリアは世界各地に眠っている魔竜を復活させるための活動を本格化させた。事実、帝国が誇る最高戦力である騎士たちは魔導書を用いて絶大な力を発揮してみせた。


 結果、帝国ガリアは現時点で四匹の魔竜を手にしている。


 それだけでも世界の平和を破壊するには十分な戦力が揃っていることに間違いはないが、帝国が目指しているのは世界の完全たる破壊であり、その先に自分たちが求める理想の世界を作ろうとしているのだ。


 魔竜が眠りから目覚めている事実がある中、魔竜に対抗できる力を持った女神たちは思うように身動きが取れない。世界の均衡を保ち、全世界へ絶え間なく魔力を供給している女神たちは、長い年月がすぎる過程において、自らが持っていた力の大半を失っていたのだ。


 世界中の人間が魔法を使う度、女神たちは少しずつ蝕まれるように衰弱を繰り返していた。


「……残念です」


 アステナ王国。

 大自然が支配するコハナ大陸を統治する国家は今、再びの危機に瀕していた。


 城下町の至るところから黒煙が上がり、ハイラント王国からの使者であるライガとシルヴィアが到着した時には城下町は既に壊滅状態へ至っていた。かつて魔竜ギヌスによって大きな被害を受け、復興への道を断たれることとなった。


「…………」


 今、アステナ王国を襲っているのが帝国ガリアが誇る最高戦力たる騎士たちによるものかは不明である。しかし、一つだけハッキリとしているのはライガとシルヴィアの前に立ち塞がるのは、アステナ王国の王女近衛騎士であるエレス・ラーツィットという事実だけである。


 近衛騎士たる地位を得ているエレスは、本来ならば誰よりも近くで王女を守護しなければならない存在である。そんな彼がどうして、アステナを救いにきたライガたちと敵対しているのか、その謎を解き明かそうとライガとシルヴィアの二人はエレスへと戦いを挑んだ。


「…………」


 エレス・ラーツィット。

 この男はライガたちにとっては普通とは違う特別な存在であった。


 帝国ガリアへ攫われたユイを助けるため、共に旅をした仲であり、ライガたちにとっては戦友ともいえる存在であった。帝国ガリアとの戦いに必要な戦力であることは間違いなく、今回の旅路でもエレスの助けは必須であると考えていた。


 しかし、現実というのはどこまでも非情にライガたちの前に突きつけられる。


 エレスの刃は確かに届いた。

 身体を襲う痛みが眼前の光景を現実のものであることを告げている。


 今、この瞬間にライガとシルヴィアの二人はエレスが真なる意味で敵対する存在であることを認識したのだ。この戦いに迷いが生まれないはずがない。何故、かつての戦友と刃を交えなければならないのか。


 口では戦う覚悟があるなど、いくらでも吐き捨てることができるが、心の中にあるもうひとりの自分は目の前の現実を受け入れることなど出来てはいなかったのだ。


 そんな迷いが生まれ、ライガとシルヴィアの動きを鈍くする。

 その果てにエレスの刃によって倒れ伏すこととなってしまったのだ。


「…………」

「…………」


 鮮血を零し倒れ伏すライガとシルヴィアの二人を見て、エレスはつまらなさそうに言葉を漏らすと、踵を返してアステナ王国の王城へと足を向ける。既に、迎え撃った二人の騎士が継戦不可能であるとの判断からだった。


「……シルヴィア、生きてるか?」


「…………当たり前でしょ」


「どうしてこうなっちまったんだろうな……」


「そんなのはエレスに聞いてよ」


「んなこと言ってもなぁ……アイツはああなっちまった……」


「…………」


「あぁ……身体が痛ぇ……夢じゃないんだな、これ……」


「そうね。そろそろ私も覚悟ができたかも」


「まぁ、これだけ強烈な一撃をもらえばな……もう、やるしかないだろ」


「ふーん、ライガは怖気づくかと思ってたけど」


「怖気づいてる場合かよ。今、この瞬間にも帝国の奴らが魔竜を手に入れちまうかもしれねぇ。そしたらこの世界は終わっちまうんだ。いつまでも寝てる訳にはいかねぇよ」



「――第二ラウンドの開始だ」



 静寂が支配したアステナ王国の王城前。


 一度は倒れた二人の騎士は短く言葉を交わすと、傷ついた身体をゆっくりと起こす。その手にはしっかりと武器が握られており、そして見据える瞳には強い決意が浮かんでいる。


「おや、まだ立ち上がりますか?」


 背後で物音がすると、エレスは王城へと向けていた足を止める。

 ライガとシルヴィア。


 負傷しながらも立ち上がる二人を見据えると、僅かに瞳を細めて瞬時に戦闘態勢を整えていく。ハイラント王国からやってきた二人の騎士が先程とは様子が違うことはハッキリと認識する。


「目が覚めたぜ、エレス。本気で俺たちの敵になるんだな?」


「本気も何も、私たちは最初から敵同士。互いの武をもってして決着をつけるしかないのですよ」


「そうね。私たちの前に貴方が立ち塞がるのなら、力ずくでも突破する」


「貴方たちにそれができると?」


「できる、できないは問題じゃない。この世界を守るために、私たちは二度と負けられない」


「そうですか。分かりました。それならば、こちらも全力でお相手しましょう」


 一瞬にしてライガたちを中心とした空間が張り詰める。


 肌が粟立つような冷たく凍える魔力が場を支配する。隠すことのない明確な殺意。それがかつての戦友に向けられていることに悲しみや、怒り、様々な感情がライガたちを襲う。


「……やれるな、シルヴィア?」


「あったりまえじゃない。今度は負けない」


「よし、行くぞッ!」


 ライガの怒号が響き渡る。

 地面が抉れ、ライガの巨体を再び暴風が包み込む。


「神竜ッ、私に力を貸してッ!」


『――承知した』


 彼女が呼びかけるのはシルヴィアの母であり、初代剣姫たるリーシアと共に時を過ごした聖なる竜の名である。リーシアとシルヴィアの二人に『剣姫』の力を授ける竜は今、世界を救おうと戦う少女の中で確かに息づいている。


 ハイラント王国の騎士であるシルヴィア・アセンコットは現代に生きる剣姫である。


 剣を愛し、剣に愛されし存在。

 彼女が望めば聖なる竜は惜しみなく自身の力を少女に授ける。


「これは……」


「エレスッ、後悔しても遅いんだからねッ!」


 シルヴィアの怒号が響き渡る。その姿、声音からは一切の迷いを感じ取るができない。

 立ち塞がるのがどんな相手だとしても、彼女は前へ進まなければならない。


 守りたいものを守る。

 眩い光がシルヴィアの身体を包み込み、溢れんばかりの魔力と共に少女を『剣聖姫』へと昇華させていく。


「なるほど。これほどまでの力とは……」


「はああぁぁぁぁッ!」 


 シルヴィアが両手に握るのは輝きを放つ聖剣・ハールヴァイト。

 初代剣姫であったリーシアが愛用していた、剣姫のみが所有することを許された剣である。


「愚直なまでに直進的ですね。しかし、その程度なら――」


「敵は一人じゃねぇぜッ!」


 剣聖姫へと昇華したシルヴィアが放つ魔力は、エレスにとって無視できるものではなかった。聖剣へと集中する魔力から繰り出される一撃、もしそれが直撃するようなことがあれば、さすがのエレスを持ってしても無事では済まないと騎士としての直感が警告を伝えてくるからだ。


 正面から繰り出される攻撃を対処することは難しくはない。

 しかし、シルヴィアたちもまたエレスに万全の準備を整えさせるつもりもない。


「神剣・ボルカニカ、お前が持つ力を解き放て――烈風風牙ッ!」


「……くッ!」


 それが例え一瞬だったとしても、エレスがシルヴィアへと意識を集中させた瞬間、もう一人の騎士であるライガは攻勢を強めていく。強く地面を踏みしめ、暴風の武装魔法によって得た瞬間的な速さでエレスとの距離を詰める。


 接近するライガに対して、エレスは僅かな反応の遅れを禁じ得なかった。例えそれが一瞬であったとしても、ハイラント王国が誇る騎士と対峙する状況においては致命的であると言わざるを得ない。


「喰らええええぇぇぇッ!」


「七色に輝き我を守護せよ――絶宝守護ッ!」


「うおぉッ!?」


 数多の物を切り裂く暴風と共にエレスへと斬りかかるライガ。


 刹那の後にエレスへと到達するかと思われた神剣・ボルカニカだったが、エレスもまた一筋縄ではいかない相手である。瞬時に思考を切り替え、迫る凶刃に対して的確かつ、効果的な対応を見せる。


「私が持つ宝剣でも、最高クラスの守護魔法です。貴方程度の攻撃では崩すことはできませんよ?」


「俺一人じゃ突破できねぇだろうさ。でも、本当の目的は――」


「私の一撃で砕いてみせるッ……世界を包め、全てを守護する、三日月の光よ――皇光の一刀(セイクリッド・ブレイズ)ッ!」


 エレスが展開するのは今までに見せたことのない守護魔法。

 しかし、ライガとシルヴィアは驚くことなく、渾身の一撃を叩き込んでいく。


「ぐッ……これほどの力とは……ッ!」


「「いっけええええぇぇぇぇぇッ!」」


 万物を切り裂く暴風と、

 悪を穿つ聖なる斬撃がエレスを襲う。


 押し寄せる斬撃たちと見比べればエレスの身体は小さい。それでも、七色に輝く宝石たちが主を守るために輝きを増していく。しかし、ライガとシルヴィアが放つ斬撃もまた勢いを一段と強くして宝石の壁を打ち破ろうとする。


「――――」


 アステナの城下町が眩い光りに包まれ、直後に凄まじい轟音と共に衝撃が駆け抜けていく。


「やったか……ッ!?」

「ライガッ、油断しないのッ!」


 エレスが立っていた場所を中心に巨大な噴煙が立ち込める。


「倒れる訳には、いかないんですよ……ッ!」


 噴煙から飛び出してくるのは、水の鞭剣。

 それは最初にエレスが使い、ライガたちを苦しめた剣である。


「マジかよ、あれだけ喰らって倒れないのか……ッ!」


「はぁ、はぁ……戦いはまだ、これからですよ……」


「…………」


 ライガとシルヴィアが放った渾身の一撃。


 それを身に受け、全身を夥しい量の血で汚しながらも、エレスは鋭い眼光を携えて立ち続けている。誰が見ても満身創痍といった様子でありながらも、アステナの騎士は戦闘態勢を崩すことはない。


「エレス……お前、これ以上は無理だろ……ッ!」


「騎士なら、自分の引き際を見誤らない方がいいわよ」


 ふらふらになりながらも立ち尽くすエレスを見て、ライガとシルヴィアの表情は否応にも歪む。彼はアステナが誇る騎士である。騎士であるならば、勝敗の決した戦いで足掻くようなことはしない。


「何を言われようとも……倒れる訳にはいかない理由がある……」


「なにがそこまで……」


 エレスの気迫と想いが痛いくらいに伝わってくる。


 彼がどうして敵となったのか、ライガたちには語れないその理由が今、満身創痍となっているエレスを動かしているのだ。


 それが分かっているから、ライガたちは困惑と動揺を隠すことができない。


「私の全身全霊を持ってして、貴方たちを倒す……ッ!」


 アステナを舞台にした騎士たちによる死闘。

 それは非情な結末へ向けて突き進んでいくのであった。

桜葉です。

次回もよろしくおねがいします。

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