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第七章44 望まぬ再会


 大森林が支配するコハナ大陸。


 大陸を統治するのはアステナという名の王国であり、航大たちが拠点とするハイラント王国と深い関係にある。以前にも航大たち一行はアステナを訪れており、その際には目覚めた魔竜・ギヌスとの死闘を演じた。


「あの女の子が居なかったら、俺たちはずっと幻覚の中に居たって訳だ」


「そういうことね。街は復興なんてしていなかった。むしろ、前よりも酷くなってる」


 帝国ガリア。


 世界を手中に収める動きを本格化したガリアは、自らが持つ最高戦力である騎士たちを使い、全世界に対して宣戦布告を開始した。放たれた騎士たちは各大陸へと出向き、封印されている魔竜を手に入れようとしていた。


 ハイラント王国もまた帝国の標的にされ、彼らが持つ圧倒的なまでの力によって眼の前で魔竜を奪われてしまった。


 世界各地に眠る魔竜は四匹。


 ルーラ大陸に眠るは黒き雷を身に纏う魔竜ティア。


 マガン大陸に眠るは全てを凍てつかせる絶対零度の力を持つ魔竜アーク。


 サンディ大陸に眠るは猛る業炎を自在に操る魔竜エルダ。


 コハナ大陸に眠るは大地と自然を司る魔竜ギヌス。


 そしてハイラント王国に眠るは実体を持たぬ謎に包まれし魔竜ガイア。


 航大たちが持っている情報では、帝国ガリアは既に何体かの魔竜を手にしている。


 ハイラント王国より奪った魔竜ガイア。

 ルーラ大陸に眠る魔竜ティア。

 サンディ大陸に眠る魔竜エルダ。


 そして帝国ガリアが存在するマガン大陸の魔竜アーク。


 考えられる可能性の全てを考慮するのだとしたら、帝国ガリアは既に四体もの魔竜を手にしている可能性が高い。つまり、世界に残された最後の魔竜は今、このアステナに存在する魔竜ギヌスしか残っていないのだ。


 もし仮に帝国へ魔竜ギヌスまでもを奪われたとしたら、その瞬間に帝国は全ての魔竜を手にすることとなり、世界は再び破壊と混沌に飲み込まれることとなる。


 かつて魔竜と戦い世界を救った女神は今、その力の大部分を失っている。つまり、魔竜が復活すれば世界は真の意味で崩壊を遂げるだろう。


「これ、もう帝国騎士が攻めてきてるってことなのか?」


「それ以外に考えられない。ガリアは本当に世界を壊そうとしてる。アステナがこんな風になってるのも、帝国騎士たちの仕業である可能性は高い」


「……それなら急がないとなッ!」


 アステナの城下町をライガとシルヴィアの二人は疾走する。


 城下町は見るも無残な様子へと変わり果てており、家屋は崩れ、あちこちで黒煙が立ち込めている。傷つき倒れる人々の姿もあるが、ライガたちは唇を噛み締めて立ち止まることなく走り続ける。


 助けたい気持ちはある。

 しかし、立ち止まっている時間はないのだ。


「酷い有様だ……」


「こんなこと……許せない……」


「狙いは魔竜だけだろ。どうして関係ない人を……くそッ!」


 悔しげに声を荒げるライガ。


「ライガ、気持ちを乱さないで。怒るのも分かるけど、私たちはこれから帝国の奴らと戦うのよ」


「…………」


「――来るッ!」


 もう少しでアステナの王城にたどり着く。

 城門が見えてきた瞬間だった。虚空を見つめるシルヴィアの鋭い声音が響く。


「――――ッ!」


 声音と共にライガとシルヴィアの二人はすぐに意識を切り替えてその場から飛び退る。次の瞬間、二人が立っていた場所に何かが飛来し、直撃すると凄まじい噴煙が立ち上る。


「ちッ、来やがったか……ッ!」


「ライガッ、気をつけてッ! 相手は一人じゃないかもしれないッ!」


 噴煙が晴れる。


 地面を見ると、そこには幾重にも重なった切り傷が刻まれており、まるで細長く硬い何かが地面を抉ったかのようである。


「なんだよ、これ……なにがぶつかったらこうなるんだ……?」


「…………これ」


 地面に刻まれた痕を見るなり、シルヴィアの表情が驚愕に染まっていく。眼前にある光景が信じられないといった様子であり、尋常ならざる様子にライガもまた眉間にシワを寄せる。


「おい、シルヴィアッ! お前が集中しないでどうするんだよ」


「わ、分かってる……分かってるけど、これ……」


「これがなんだよ。敵の攻撃だろ?」


「…………」


 ライガの言葉にも虚ろな反応を返すシルヴィア。

 彼女の視線は地面から前方へと移され、そこで更に目を大きく見開く。



「今のを躱しますか。さすがといったところでしょうか?」



「……あ?」


 ライガとシルヴィアの鼓膜を震わせるのは男の声音だった。甘く柔らかな声音はどこか聞き覚えのあるものであり、視線を向けたライガもまたその表情を大きく変えた。


「お前……なんで、どういうことだよ……」


「やっぱり……あの攻撃は……」


 アステナ王国城門の前、そこに立ちふさがる人物がいた。身体つきは細く、しかしその身に纏う魔力は膨大である。片手には細身の剣が握られており、その刀身は異様に長く伸びている。


「私のことを知っているのですか?」


「知ってるもなにも……お前、どうしたんだよッ! どうして俺たちを攻撃するんだよッ!」


「どうして攻撃をするか? そんなものは決まっている。貴方たちが成そうとしていることは私たちにとっては邪魔だからです」


「私たちが成そうとしていること?」


「帝国ガリアが目指す魔竜の復活と世界の破壊と創造。貴方たちはその邪魔をしている。それならば、私は邪魔するものを排除しなくてはならない」


「帝国……ガリア……?」


「アンタ、本気で言ってるの?」



「なにがどうなってるんだよ……おい、エレスッ!」



 城門の前で立ち塞がる騎士。


 それは帝国ガリアが送り込んだ騎士ではなく、かつて航大たちと共に旅もしたことがあるアステナ王国の近衛騎士エレス・ラーツィットであった。本来、誰よりも国王の近くで国を守護しなくてはならないエレスは今、国を守ろうとするライガたちの前に立ち塞がると己が持つ力を躊躇なく行使しようとしているのだ。


 とても信じられる状況ではない。


 アステナ王国を帝国騎士から守るため、ライガたちが最も助けがほしいと思っていた存在は、なにがあったか帝国に手を貸すと宣言しているのだ。


「貴方たちの言っていることを理解することはできません。先に進みたいのならば、私を倒していきなさい。そうしなければ……死ぬだけです」


 エレスの言葉も表情も、その全てが本気である。


「どうするんだよ、シルヴィア」


「どうするもなにも……私だって混乱してるの」


「…………」


「…………」


 未だに信じられない戦友の姿に、ライガたちは戸惑いを隠すことができない。

 最大限に警戒しながらも、ライガたちは動くことができない。


「そちらから来ないのならば、こちらから行くまでです――ッ!」


 刹那の静寂が場を支配した後、最初に動きだしたのはエレスだった。


「はぁッ!」


 高く宙へ飛ぶエレス。


 そして片手に持った細身の剣を振るうと、刀身を覆う水の刃が鞭のように撓ってライガたちへと殺到する。


「くそッ、迷ってる暇はないってか……ッ!」


「――ッ!」


 瞬きの瞬間に接近する刃。動きは鞭のように柔らかそうにみえるが、水で作られた刀身はしっかりと対象を切り刻む力を持っている。水の魔力を自在に操ることができる、それがアステナ王国の騎士であるエレスが持つ力なのだ。


「シルヴィア、散れッ!」


「えっ、あっ……」


 未だに戦いに迷いを持つシルヴィア。そんな彼女は迫る攻撃に対しての判断が遅れてしまう。それがたとえ一瞬だとしても、優れた力を持つ騎士同士の戦いならば一瞬すらも命取りとなる。


「この馬鹿野郎ッ!」


「きゃぁッ!」


 このままではエレスの攻撃がシルヴィアを捉え、水の刀身によって身体を切り刻まれてしまう。風を切って接近する刃に対し、ライガは舌打ちと共に大きな声を張り上げると、呆然とするシルヴィアの前に立ち塞がる。


「――ッ!?」


「ライガッ!?」


 凄まじい轟音が周囲に響き渡る。


 エレスが放つ攻撃が地面に直撃すると大地が僅かに揺れ、そして噴煙が上がる。幾度となく轟音が響き、そのたびに強大な攻撃が着弾していく。


「回避行動すら取らないと……舐められたものですね」


「…………」


 腕を高く振り上げ、放った刀身を剣本体へと集めるエレス。未だ噴煙に包まれる地面を見下ろすとつまらなさそうに溜息を漏らす。


「ライガ……」


「お前、なにしてんだよッ!」


「…………」


「相手は関係ねぇッ! 戦わないなら帰れッ、ここは遊び場じゃねぇんだ……死ぬぞッ!?」


「――――」


 シルヴィアの前に立ち塞がったライガはエレスが放つ攻撃の全てをその身に受けていた。衣服はズタボロに破れ、露わになった皮膚には無数の裂傷があり、そこから溢れるは生暖かい鮮血である。


「戦えるのか?」


「…………」


「答えろ、シルヴィア」


「私は戦う。逃げない」


「それならしっかりしろッ、次……来るぞッ!」


 全身に受けたダメージは甚大である。しかしそれでも、ライガは倒れずに自らの背丈ほどある大剣を握りしめる。


 ライガから喝をもらったシルヴィアもその瞳に強い輝きを灯すと、両手に緋剣と蒼剣を握りしめる。


「ようやく戦う気になりましたか。ようやく倒しがいがあるってものです」


「待たせたな」


「次はこっちから行く……ッ!」


 アステナ王国。

 そこで邂逅を果たすのはかつての戦友だった。


 しかし、戦友は何があったのか、ライガとシルヴィアの二人の前に立ち塞がり、己が持つ力を振るう。

 魔竜をめぐる戦いは終盤を迎え、その戦いは時間の経過と共に激しさを増していくのであった。

桜葉です。

次回もよろしくおねがいします。

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