第七章43 虚構からの回帰
「それにしても、この国はすごいな」
「なによ突然に」
「だって、魔竜に襲われたってのに、街はこんだけ復興してるんだぜ?」
「…………」
「あれからそんなに時間も経ってないのになぁ……」
「そこよ」
「どこだよ?」
無事にアステナ王国へと入国を果たしたシルヴィアとライガ。
二人は平和そのものといった城下町の様子を見つめながら、その歩を王城へと向けていた。王城には王国を統べる王女であるレイナと、その近衛騎士であるエレスの二人が存在しているはずである。
レイナとエレスの二人は以前、航大たちと初めてコハナ大陸へとやってきた時に出会った。エレスに関してはアステナ王国を出た後も共に旅をした仲である。
帝国ガリアへと足を踏み入れ、そこでユイを助けるために戦った。ライガたちにとってエレスはただの友人というよりかは、戦友といった表現が正しい存在なのである。
「少しは変だと思わない?」
「だからなにがだよ……」
「魔竜にあれだけ破壊されたのに、いくらなんでも復興が早すぎる。だって、前に来たときと変わらないじゃない」
「…………」
「あれだけめちゃくちゃだったのに……」
「んー、まぁ確かにそうだけど……それだったら、俺たちが見てるこの街はなんなんだ?」
「…………」
ライガの当然とも言える疑問に対して、シルヴィアは苦々しい表情を浮かべるだけでなにか有効な答えが出てこない。しかし、何かしらの違和感を覚えていることに間違いはなく、シルヴィアは表情を濁したままアステナの王城へ向けて歩を進める。
「街は平和そのものだぜ。ここに暮らしてる人だって至って普通って感じだ」
「まぁ、そうね……」
「ちょっと考えすぎなんじゃないか?」
「そうだったらいいんだけどね」
アステナの城下町は以前と全く変わらない様子を取り戻していた。そこで暮らす人々もまた笑みを浮かべてそこにある日常を謳歌している。
「おっとっとッ!」
「わぁッ、ごめんなさい……ッ!」
街を歩いていると、ライガは自分の身体を襲った軽い衝撃に驚きの声を漏らす。可愛らしい声に誘われるような形で視線を向けると、そこには小さな女の子の姿があった。
女の子は目尻に涙を溜め、少し赤くなった鼻を抑えている。
「おぉ、ごめんな。ぶつかっちまったみたいだな」
「ふえぇ……ごめんなさい……」
「泣かなくてもいいんだぞ。俺が前を見てなかったのが悪い」
「うぅ、ぐすッ……ひくッ……」
「……これは困った」
泣きそうになる女の子をなだめようと奮闘するライガだが、背丈の大きさや顔つき、背中に背負っている大剣等から近づき声をかけるほどに女の子はその身体を小さく縮こませてしまう。
「あぁ、もう……なにしてるのよ、ライガ……」
「んなこと言ってもなぁ……」
「怖いお兄ちゃんでごめんねー、もう泣かないで?」
「うっ、ぐすッ……うん……」
ライガが相手していたのでは埒が明かないと判断したシルヴィアはため息混じりに女の子への対応を変わる。端正に整った顔立ち、そして柔らかな笑み、女の子と視線を合わせて話をするシルヴィアを前にして、泣きじゃくっていた女の子もその涙を引っ込める。
「ねぇ、お母さんはどこ……?」
「へ? お母さんとはぐれちゃったの?」
「ううん……お母さんはお父さんのところへ行っちゃったのかも……」
「お父さんのところ……?」
シルヴィアの巧みな言葉によって女の子は泣き止みつつあった。
このまま女の子を笑顔にすれば任務完了といった矢先、ぽつぽつと語られる言葉にシルヴィアは違和感を覚えて眉間にシワを寄せる。
「おい、どうしたんだよシルヴィア?」
「ちょっと静かにしてて。今、女の子と喋ってるんだから」
突如、その様子を豹変させた女の子を遠目で見ていたライガが口を出してくる。また、状況が悪化することを懸念したシルヴィアがライガを軽くあしらい、意識を再び女の子へと集中させる。
「お父さんもどこかへ行ってるの?」
「……うん。お父さんはお空へ行っちゃった」
「お空?」
「そう。前に怪獣と戦って……」
「怪獣……魔竜のこと……?」
「お父さんもお母さんも……私を置いていっちゃったの……」
「…………」
「でも、大丈夫なんだ」
「大丈夫……?」
ここに来て初めて、女の子はその顔に笑みを浮かべる。笑みは儚く、そして汚れがない。
「どういうこと?」
「もうちょっとで私もお母さんたちのところへいけるから」
「それって――ッ!?」
年不相応な笑みを浮かべる女の子を放っておくことができず、思わずその頭を撫でようとした瞬間だった。さらさらな髪に手が触れ、シルヴィアの表情は突如として豹変する。
「なに、これ……?」
信じられないといった様子で呆然とするシルヴィア。キョロキョロと周囲を何度も確認している。明らかに異常な変異にライガも黙ってる訳にはいかなくなる。
「おい、どうしたんだよシルヴィアッ!」
「どうして……こんな……」
「シルヴィアッ!」
シルヴィアの瞳はどこか虚空を見つめるばかり、ライガの声掛けにも反応を見せようとしない。
「一体、なにがどうなってんだ……?」
いつの間にか女の子からも表情が消えている。ライガは何がなんだか理解が追いつかずに呆然とするばかりである。
「そんな……私たちが見てたものって……」
「おい、シルヴィアッ! しっかりしろッ!」
「ライ、ガ……?」
「そうだ。何があったんだよッ!」
「…………」
視点が定まらず、常軌を逸したシルヴィアの様子にライガもまた困惑を隠せない。彼女がおかしくなった理由、真っ先に思い浮かべるとすると直前にシルヴィアと話していた女の子だけだ。
「君……一体なにが……」
「お兄さんも見えてないの?」
「見えてない?」
「こんなにみんな苦しんでるのに……どうして、見えないの?」
「なにを言って――ッ!?」
眼前に立つ女の子の言葉を理解することができないライガ。困惑するばかりのライガの腕にひんやりと触れるものがある。それは女の子の小さな手であり、次の瞬間、ライガの視界がぐにゃりと歪みだす。
「ぐッ、なんだよ、これ……ッ!?」
視界が歪み偽りの光景が瓦解していく。
綺麗な街並み、城下町で楽しげな日常を謳歌する人々。
その全てが虚構であり、ライガとシルヴィアの二人に現実を突きつけようとする。
「これは……」
「お願い……みんなを助けて……」
「――――ッ!?」
現実を目の当たりにして言葉を失うライガ。
『助けて』
その言葉が聞こえた方を見ると、そこには先程とは全く違う姿をした凄惨たる様子で立ち尽くす女の子が居た。元気いっぱいといった様子で見ていた女の子。しかしそれは真実ではなく、現実へと回帰したライガたちの前に立つ女の子は、全身を鮮血で染め、血涙を流していたのだ。
「お願い……」
「き、君……」
肩、腹部、太腿。
服は所々が破れ、見えている身体の部位は何者かによって大きく抉られていた。特に腹部の傷が致命傷であり、引き裂かれた皮膚の奥底から夥しい量の血液が溢れ出している。今、この瞬間まで立っていられていることが奇跡であるとしか言いようがない。
消えかける命の灯がライガとシルヴィアを虚構から救い出し、現実を直視する機会を与えてくれたのだ。
「ライガ、見えてる……?」
「あぁ……どうやら、俺たちは最初から幻覚を見てたみたいだな」
「急がなきゃ」
「王城から音がする。急げば間に合うかもしれない」
日常を謳歌する城下町などは存在しなかった。
現実は何者かによって破壊と殺戮が繰り返された死の街だけがあるだけ。
絶望している暇はない。
ライガとシルヴィアは突如、姿を見せた現実に対して意識を切り替えアステナの王城へ向けて急ぎ足を踏み出していくのであった。
桜葉です。
次回もよろしくおねがいします。




