第七章40 メイドVS剣姫
「なるほど。貴方たちが成長しているという話、あながち嘘でもないみたいですね」
「はぁ、はぁ……くっそ……」
「こっちの攻撃が全く当たらない……ッ!」
大自然が支配する大地・コハナへと上陸を果たしたライガとシルヴィア。魔竜・ギヌスが封印されているアステナ王国を目指し、木々が生い茂る森林を進んでいた。コハナを支配する広大な森林は、地元の人間ですらも迷うことがある迷宮と化している。
もちろん、なんの準備もなく森林へと立ち入れば、他の大陸からやってきたライガたちが遭難することは間違いなく、それを回避するために森林を走り慣れた地竜をレンタルすることにした。
ここまでは何ら問題もなく順調な旅路であった。
今、対峙する太腿を露出したミニスカートタイプのメイド服を風に靡かせる少女と出会うまでは――。
「しかし、正直なところを言えば、期待はずれである……そう言わざるを得ないですね」
薄暗い森林の中を自在に滑空する存在があった。
その手に短刀を握った小さな影は木々の枝から枝へと飛び移ると、姿勢を低くし、その瞳を怪しく光らせると一際強く枝を蹴り上げて弾丸のような速度でライガたちへ接近する。
「来るぞッ、シルヴィアッ!」
「んなの、見れば分かるってッ!」
「俺が迎え撃つッ!」
「私も援護するからッ!」
「遅いですね。その程度の動き、その程度の動体視力で私の攻撃が躱せるとでも?」
「うおおおぉぉッ!?」
一直線に突っ込んでくるメイド服の少女を迎え撃とうとするライガ。その手に持った大剣・ボルカニカの刀身に暴風を纏わせると、少女と接近を果たそうとするタイミングで容赦なく剣を振るっていく。
「吹き飛んでください」
「ぐううぅッ!?」
ライガの斬撃を簡単に交わすと、メイド服の少女は地面に手を付き、突き上げた両足を開き回すことでライガの身体を吹き飛ばしていく。脇腹にめり込む小さな足は、その見た目に反して凄まじい衝撃をライガへ与え、その巨体をいともたやすく後方へと追いやる。
「ライガッ!?」
「他人を気にしている余裕があるのですか?」
「んなッ!?」
それは刹那の瞬間だった。
吹き飛ばされるライガの方を一瞬見てしまうシルヴィア。
下着が見えることすら一切気にしないメイド服の少女は、そんなシルヴィアが見せた隙を見逃すはずがなかった。シルヴィアの反応が遅れたのを確認すると、メイド服の少女は再び地面を蹴って宙を滑空する。
「くそッ、あまり舐めないでよねッ!」
「私の動きを目で追うことができますか。やりますね」
右に左に、そして上へ下へと所狭しと立ち並ぶ木々を飛び移り接近するメイド服の少女。常人ならば目で追うことすら難しい速度で移動を続けているのだが、剣姫たるシルヴィアは瞳を光らせてしっかりと少女を捉えている。
「そこだッ!」
「――ッ!?」
瞳を左右に揺らして姿を捉え続けたシルヴィア。
見えぬ刃を纏った短剣を振り下ろすメイド服の少女。シルヴィアの喉元を狙った一撃だったが、シルヴィアはそれをしっかりと左手に持った蒼剣で受け止めている。
「最後、少しスピードを上げたのに、よく追いつけましたね」
「結構、ギリギリだったけどね……」
「あそこで転がってる鈍重とは違って、貴方とは少し楽しい戦いができそうです」
「それなら良かった。でもね、私たちはこんなところで足止めを食らってる訳にはいかないのッ!」
交わる短剣と蒼剣。
それを振りほどいたのはシルヴィアだった。
「見た目に反して力も強い……」
「そこのメイド服ッ! これ以上、邪魔するなら本気でぶっ倒すわよッ!」
「確かにメイド服を着ていますが、名前はメイド服ではありません。ちゃんと、セレナという名があります」
「んなことどうでもいいッ!」
「人の名前をどうでもいいと言いますか。戦い方に似て乱暴な人ですね」
「それは褒められてるって認識しても?」
「はぁ……溜息を禁じ得ない能天気さですね」
「……私たち仲良くはなれなそうね」
「そうですね。ちなみに、私が一番嫌いなのは脳筋な女です」
「上等じゃない……」
「次こそは沈めてあげます」
「…………」
「…………」
木々の葉が揺れる音だけが鼓膜を震わせる静寂の森林。隙間なく生い茂る大樹に囲まれれることで、この場は他と比べていくらか肌寒い。
二人の少女が発する殺気が周囲の体感温度を急激に下げている要因でもあるのだが、そんなことを忠告するような人間はこの場には存在しない。ライガは森林の離れたところにまで吹き飛ばされたままだし、 港町からここまで連れてきてくれた地竜たちもまた、シルヴィアたちの殺気にあてられて身体を小さくしている。
「――――ッ!」
「――――ッ!」
にらみ合う時間が続く。
それは当事者にしてみれば永遠にも似た時間だった。
周囲を包む静寂はしかし、二人の少女がほぼ同時に踏み出した足が葉を踏む音によって掻き消され、そして壮絶なる戦いが始まる。
「もう手加減なんてしないッ、紅蓮の刃ッ!」
「はぁ……こんな森林で炎系の攻撃をするなんて……」
シルヴィアが右手に持った緋剣。その刀身に紅蓮の炎が纏わりつく。
それを目の当たりにして、メイド服を着た少女・セレナはその眉を忌々しげに歪ませる。
「貴方はアステナを助けに来たんじゃないんですか?」
「それをアンタが邪魔してるんじゃないッ!」
「……コハナの大地に生きる人は、生まれた時から自然を愛しています。それを壊そうとする人間は許す訳にはいかない」
セレナの眼光が一層と鋭くなり、周囲を漂う冷気が濃度を増していく。
少しでも気を抜けば全身が粟立つような強烈な殺気。それを目の当たりにして、シルヴィアもまた小さく息を漏らす。一瞬でも気を抜けば、眼前に立つ少女が持つ短剣によって胴体を真っ二つにされる。おぞましき光景が脳裏を駆け抜け、少しでも油断すれば最悪の事態が現実のものになるのだと、シルヴィアの脳内は最大限の警戒をしている。
「切り伏せます」
「させるかッ!」
視界からセレナの姿が消える。
どんなに全神経を研ぎ澄ませていようとも、セレナが持つ一瞬の加速力を前にしてはその姿を捉え続けることは難しい。
「このスピードにもついてこれるとは思いませんでした」
「あまり女の直感を舐めないでよねッ!」
シルヴィアが持つ業炎を纏いし緋剣。
セレナが持つ見えぬ刃を持つ短剣。
両者の武器が衝突し、周囲に衝撃と暴風が吹き荒れる。業炎を取り込んだ暴風が吹き荒れる中、二つの人影はより速度を上げて幾度となく衝突を繰り返す。
「……直感で付いてきているなんて、信じ難いですね」
「ふん、ただ付いていくだけじゃないんだからねッ! もう一発……紅蓮の刃ッ!」
「…………ッ!?」
幾度かの衝突を繰り返し、均衡状態が続くかと思われた瞬間、シルヴィアは妙案を思いついたと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべる。そして、右手に持った緋剣に一際強い業炎を纏わせると、それを空中で炸裂させる。
木々の間から差し込む日差しを浴び、シルヴィアの金髪が輝いた次の瞬間、彼女は瞬間的で爆発的な『速度』を手に入れる。
「一撃ッ!」
「くッ!」
予想外の加速を見せるシルヴィア。炎を纏って直進する彼女を目の当たりにしてセレナの目が大きく見開かれる。
「もらったッ!」
「甘いッ!」
突進からの一閃。
息つく暇も与えない連携技による斬撃がメイド服の少女を襲う。
しかし、シルヴィアが放つ斬撃がセレナを切り裂くことはない。空中であるにも関わらず、セレナはその場で思い切り身体を回転させることで、迫る斬撃の全てを回避する。
「なにそれッ!?」
「私が風魔法の使い手じゃなかったら、さすがに危険だったかもしれないですね」
「ちょこちょこと面倒くさい……ッ!」
「次はこちらから――」
「させないよ?」
空中で姿勢を変え、反撃に出ようとするセレナ。
その手に持った短刀に纏わりつく暴風が勢いを増し、強大な一撃を見舞おうとするのだが、そんなセレナを嘲笑うかのようにシルヴィアは不敵な笑みを浮かべると、左手に持った蒼剣を輝かせる。
「……まさか、まだ隠し玉があったとは」
「だから言ったでしょ? あまり私たちを舐めるなって……氷輪絶歌ッ!」
ハイラント王国の騎士であり、剣に愛されし剣姫たるシルヴィアの声音に呼応するように蒼剣がこれまでにない輝きを放つ。瞬間、セレナの眼下に眩い円状の光が出現し、光は天へと伸びていく。
「この攻撃は光の円の全てが攻撃範囲。だから、飛んでても攻撃範囲に入ってるってこと」
氷輪絶歌。
攻撃範囲の全てを瞬時に凍結させる蒼剣最大の一撃。
いくら空中での行動を可能としているセレナでも、その範囲から瞬時に離脱することは不可能であり、コハナの森林を舞台にした戦いは剣姫・シルヴィアの勝利で幕を下ろそうとしていたのだが――。
「はい、そこまでーッ!」
「……へ?」
勝負が決しようとした瞬間。
森林にどこか気の抜けるおっとりとした女性の声音が響き渡る。
そしてシルヴィアの攻撃が突如として霧散し、その全てが無力化されてしまう。
「この勝負、アステナ王国筆頭治癒師であるプリシラ・ネポルが預かります」
魔法ローブで全身を包んだ女性はそんな言葉を発すると、セレナ、シルヴィアを交互に見てにっこりと笑みを浮かべるのであった。
桜葉です。
次回もよろしくおねがいします




