第七章39 アステナへの道
「さぁ、シルヴィア……準備はいいか?」
「もちろん、ぐっすりと寝れて体調も万全ッ!」
「それは頼もしいばかりだな。これまでの戦いとは比べ物にならないほど、危険な戦いになるぞ」
「分かってるって、相手は帝国騎士だもんね……でも、航大だって今、私たちと同じように帝国騎士と戦ってるはず……私たちだけ負ける訳にはいかないでしょ」
「そうだな、負けることなんて微塵も考えてないけどな」
ハイラント王国を出発したライガとシルヴィアの二人を乗せた小舟は、ゆっくりとした動きで大海原を進み、そして所狭しと木々が立ち並ぶ大自然の大陸『コハナ』へと到達した。
かつて、航大と共に足を踏み入れたことがある大陸。
圧倒的なまでの自然が支配するコハナと呼ばれる大陸を前にして、ライガもシルヴィアも否応になく緊張感が高まっていく。見知った港町が見えてきて、黒炎が上がっているような状況ではないことを知って安堵する。
「とりあえず、港町は大丈夫みたいだな」
「そうみたいね。でも、アステナが心配……早く行こう」
「それには俺も同意見だ。とにかく急ぐぞッ!」
兎にも角にも急いで目的地を目指さなければならない。
船を港町につけると、ライガたちは走り出す。
「……なにか、嫌な予感がする」
「なによそれ」
「いや、なんも確信はないんだけどさ……胸騒ぎがするんだ」
「……とにかく先へ。私たちが目指すのはアステナ王国」
「おうよッ、ここからアステナまでは距離がある。地竜を借りよう」
今は一分一秒も惜しい状況であることに間違いはない。
とにかく一歩でも先に進むことが必要である。
「目指すはアステナ王国……」
「お願いだから、私は行くまでの間……何事も……」
ライガが借りてきた地竜は二匹。
それぞれが地竜へと乗り込むと、鬱蒼と生い茂る森林の中へと飛び込んでいく。
◆◆◆◆
「前回、この森では酷い目に遭ったな……」
「よく覚えてるじゃない」
「当たり前だろ。よくよく思い返してみると、俺はずっと魔獣に追いかけ回されてる気がする」
「そんなこと言うなら、私だって魔獣とばっかり戦ってるわよ」
道なき道をひたすらに進み続ける。
地竜にはアステナ王国へと続く道のりが記憶されており、ライガたちは迷うことなく目的地を目指すことができている。小鳥のさえずりすら聞こえてくるような静寂が支配する森林。見方を変えれば嵐の前の静けさといった印象であり、順調過ぎる旅路にライガたちの警戒は強まるばかりである。
「ねぇ、ライガ……この道って本当に合ってるの?」
「んぁ? 借りる時、この地竜たちは道を熟知してるって言ってたぞ?」
「それならいいんだけど……こんな道、通った覚えがなくて……」
「そら、あの時は魔獣に追われたり、変な屋敷に立ち寄ったりで特殊なルートだったしな」
「……私ね、記憶力だけには自信があるんだけど」
「それは初耳だな。お前の記憶力がいいだなんて」
「アンタもよく見なさいよ。ここらへんの木、不自然に傷が多い……」
「…………」
「私たち、前にこの森で戦ってるのよね?」
「おいおい、そんなまさか……」
「更に言うのなら――そろそろ、隠れてないで出てきなさいよッ!」
地竜に跨ったまま、シルヴィアは前方ではなく頭上を見上げると高らかに叫んだ。それはライガに向けられた言葉ではない、港町を出てからずっと『監視』しているある人物に向けてのものだ。
「あらあら、まさか私の存在がバレていたとは……驚きと驚愕ですね」
「うおぉッ!? メイド服の女の子が空飛んでるッ!?」
「バカね……空を飛んでるんじゃない。木の枝を伝って飛んでるように見えてるだけ」
シルヴィアが視線を向ける先。そこには白と黒を基調とし、短いスカートから伸びる太腿をこれでもかと露出させた、デフォルトなメイド服に身を包んだ少女が存在していた。
肩上で綺麗に切り揃えられた淡い桃色の髪にはヘッドドレスが装着されており、小ぶりな唇から発せられた声音には怖いくらいに感情が篭っていない。
森林を爆走する地竜の速度にも難なく追従するメイド服の少女は、その視線をライガたちに固定すると、更に口を開いていく。
「今、アステナ王国は厳戒態勢です。顔を知った者であっても、無条件にここを通す訳にはいきません」
「そんなこと、どうしてアンタが決められるのよ」
「これは主様からの命令です。そして、主様はアステナの国王よりその命を受けています」
「つまり、レイナの野郎が命令したってことかよ……」
「帝国が動き出したことはレイナの耳にも入ってる。だからこそ、警戒するのはわかるけど……なにも私たちまでその対象にしなくてもいいのに」
メイド服の少女から伝えられる情報。それは国を守るための王であるならば、下してもおかしくはないものであり、だからこそライガたちは唇を噛みしめる。
彼らは脅威が迫るアステナを守るために駆けつけたというのに、現実はそのアステナによって拒否されるという現実。しかしそれでも、ライガたちは止まる訳にはいかない。
「お前の言い分はよくわかった。だけどな、俺たちも今さら止まる訳にはいかないんだよ」
「……全くこちらの言い分を理解してはいないようですね。止まりなさい。さもなくば、主の命により貴方たちを脅威であると認定し、攻撃行動に移行します」
ライガたちの言葉を聞いても尚、メイド服の少女はその瞳から発する敵意を消すことはない。一際強く大樹を蹴ると、少女は凄まじい速度でライガたちに接近する。
「来るぞッ、シルヴィアッ!」
「くッ……こんなところで道草を食ってる場合じゃないのに……ッ!」
迫る敵意と殺意。
思わず背筋が凍るような刹那の瞬間、ライガたち一行は地竜の軌道を強引に変えると、迫る敵意に対しての直撃を避ける。
「ふむ。やはり反射神経は良いみたいですね」
「…………」
「我が主、プリシラ・ネポルのメイドであり、実行部隊、セレナ・トニミナがお相手致します」
「シルヴィア、これは厄介なのが相手になったぞ……」
「んなこと言わなくても分かってる。ライガ、足手まといにならないでよ」
「敵は強い。だけどな、俺たちだってあの時から成長してるんだぜ」
「成長ですか。確かに初めての邂逅から幾許かの時が流れました。しかし、成長しているのが自分たちだけである、などとは思わないようにしてください」
セレナと名乗るメイド服の少女は、懐から短刀を取り出すとその切っ先をライガたちに向ける。その間も彼女の表情は強い殺意によって洗練されており、気づけば殺意は全身からビリビリと発せられるようになっていた。
「まずはこちらから、行きますッ!」
「シルヴィアッ!」
「ライガッ!」
メイド服が視界から忽然と消える。
瞬間、ライガとシルヴィアは互いに互いの名前を叫ぶことで戦いが始まったことを伝え合う。
「緋剣、蒼剣、力を貸して――剣姫、見参ッ!」
シルヴィアが両手に持つは『緋』と『蒼』の剣である。自らの魔力を高め、金髪の髪に銀髪を混じらせることで『剣姫』たる力を引き出すと、彼女は恐れることなく宙を舞う。
「神剣・ボルカニカ……その力、見せてやれッ!」
剣姫から遅れること僅か、ライガもまた背負っていた大剣を引き抜くと、刀身に暴風を纏わせて戦闘の準備を整える。そして一切の迷いを見せることなく、大剣を横薙ぎにすると、周囲に暴風を撒き散らす。
「こちらの動きを目で追うことなく……やりますね」
「あったりまえでしょ。スピードだけで勝とうなんて百年早いわ」
「へへッ、俺の攻撃でお前の行動を限定した。そうすればシルヴィアなら敵がどこにいるかを見つけることができる」
数多の戦いを経て成長を遂げたハイラント王国の騎士。
ライガとシルヴィアは共に鍛錬を積んだ果てに絶妙なコンビネーションを手に入れることが出来ていた。
全ては世界を巨悪から救うため。
自分たちの前に敵として立ち塞がるというのならば、彼女たちは一切の迷いを捨てて剣を振るう。
アステナ王国を目前とした森林での戦いが静かに、そして苛烈に幕を開くのであった。
桜葉です。
次回もよろしくお願いします。




