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第七章38 静寂の海原

「ライガは帝国のこと、どう考える?」


「どうって、どう考えても世界の敵って奴だろ?」


「魔竜を集めて、この世界をどうしようとしてるんだろう?」


「そりゃ、世界を征服するとかじゃないか?」


「…………」


 ハイラント王国を出発してから数時間。すっかり陽は暮れ、辺りは月明かりが照らす大海原が広がっている。船上では特にやることもなく、コハナ大陸のアステナ王国を目指しながらライガとシルヴィアの二人はのどかな時間を過ごしていた。


 これから避けられぬ戦いが待ち受けていることは理解している、刻一刻と時間が経過する度に否応にも緊張感は増していく。


 嵐の前の静けさ。

 現在の状況を一言で表す的確な言葉である。


 静寂が訪れれば様々な考えが脳内を駆け巡るため、自然とライガたちは忙しなく口を動かしている。


「世界を征服って……」


「でも、それ以外に考えられるか?」


「まぁ、確かにそうだけど……」


「なんだよシルヴィア、今からビビってるのか?」


「ビビってなんかないわよッ! ただ、そんなことが本当に可能なのかって……」


「……可能じゃなかったら、帝国の奴らは世界に対して宣戦布告なんてしないだろうよ」


「…………」


「あいつらは実際に魔竜をその手にしてる。魔竜って奴が持つ力、それがどんなものか……そんなことは嫌でも聞かされてきたはずだぜ」


「かつて女神たちが封印した世界最悪の竜たち……そんなの相手にしていかないといけないんだ……」


「帝国をぶっ倒す。そう覚悟を決めたのなら、そういうことだな」


「…………」


「シルヴィア、引き返すなら今のうちだぞ?」


「……はっ?」


 ライガの思わぬ言葉にシルヴィアは目を丸くする。声がした方を見れば、そこには真剣な表情を浮かべたライガが存在していて、その言葉が冗談でもなんでもないことを証明していた。


「何も俺は冗談で言ってるんじゃねぇ。これから戦うのは、その世界最悪を手に入れようとしている……いや、実際にいくつか手に入れている帝国との戦いだ。これまでの戦いなんかよりも遥かに厳しい戦いだ」


「…………」


「今回ばかりは、さすがに俺たちも全員が無事って訳にはいかないかもしれない。なんたって、戦うのは帝国騎士だけじゃなくて、帝国そのものだったり、魔竜だったりするんだからな」


「アンタ、それで私に帰れって言ってんの?」


「場合によってだ、命があればなんだって出来る。だから、帰りたいなら――ッ!?」


 直後、肌を叩く乾いた音が静かな海原に響き渡った。


「アンタね、冗談でも冗談じゃなくても、そんなこと言わないでよ。思わず殴り飛ばしたくなるじゃない」


「い、いや……既に一発殴ってるんだけど……」


「ふん、当たり前でしょ。ここまで一緒に戦ってきた仲間に帰れですって? ふざけんじゃないわよッ、私はそこまで弱くない」


「…………」


「確かにちょっと不安になってたけど、それもアンタの頭悪い言葉で目が覚めた」


「……いくんだな?」


「愚問」


 ライガの言葉は決してシルヴィアを弱く見ていた訳ではない。彼女がどれだけの力を持っているのか、それは航大やライガなら誰よりもよく知っているからだ。


 剣を愛し、剣に愛されし存在。


 シルヴィアの母・リーシアは、かつて母国を救うために世界最悪の魔竜と戦ったことがある。自分を人として扱わず、一切の自由を奪った母国であっても、剣聖たる彼女はその全てを守るために戦った。


「今度は私の番……絶対に、何があっても逃げない」


 母は世界を救うために戦った。

 ならば、自分はどうする?


 確かにライガの言う通り、背中を向けて逃げるのなら今の内だろう。そして、逃げた彼女を責める人間はいないかもしれない。でも、本当にそれでいいのだろうか?


 世界を守る力がありながら、世界を陥れようとする悪を前に逃げていいのだろうか?


「そんなこと良い訳ないじゃない」


 答えは既に出ていた。


 起伏の大きくない胸に手を当てれば自らの鼓動を感じることができる。更にその奥で、今は眠る大きな力もまた、大きな鼓動を返してくれる。それはまるで、彼女の決意が間違っていないのだと告げるように。


「ライガ、私は絶対に逃げない。むしろ、アンタこそ逃げたいのなら逃げれば?」


「へっ……俺が逃げるって? 冗談きついぜ」


「ふふっ……それならこんな話はこれで終わり。私も眠くなって来ちゃったし」


「あぁ……明日の朝にはコハナに着くぞ。今のうちに身体を休ませておこう」


「うん。それじゃ、おやすみぃ……あ、私の寝床に足一歩でも踏み入れてみなさいよ、半殺しにしてやるから」


「……分かったよ。肝に銘じておく」


「それじゃね」


 小型船の甲板からシルヴィアが姿を消す。

 すると船の上にはこれまでにない静寂が訪れる。


「…………」


 今、この船で起きているのはライガだけだ。彼は腕を組み、足を組み、甲板の上で座ってしっかりと前を見据え続けている。海原の果てにある大陸とそこでの戦いに思いを馳せながら。


「帝国騎士と魔竜、か……ついにこんな戦いが始まっちまうんだな……」


 思えば色んなことがあった。


 ハイラント王国でも下っ端騎士だったライガ。森の中で魔獣に追いかけられた果てに航大と出会った。彼にとって航大との出会いはとても大きな意味を持っていた。


 不思議な力を持つ少年。とてもじゃないが筋肉があるようにも見えないし、剣術が卓越しているといったこともない、どこにでもいる普通の少年だったはず。しかし、そんな彼は不思議な少女と共にあることで数多の戦いを乗り切ってきた。


 時にそれはライガが果たせなかった戦いを制し、時に世界の命運を左右する戦いでもあった。


「航大、ついに俺たちはここまで来たな……また、生きて会いたいぜ……」


 顔を上げればそこには満天の星が輝く夜空が存在している。瞬く星たちの姿は、まるでライガたちを祝福しているかのようであり、これから壮絶なる戦いに身を投じるライガにとっては皮肉的でもあった。


「帝国の野郎……この平和を脅かすってんなら、絶対に許さねぇ……」


 小さい声音、しかし込められた想いは誰よりも強い。


 ハイラント王国を出向した船はもうまもなく大自然が支配する大陸・コハナへと到達する。そこで待ち受けるは帝国騎士や魔竜との壮絶なる戦いの連続である。


「今回ばかりは色々と覚悟、決めねぇとな……」


 決して楽な戦いにはならないだろう。全員が無事で帰ることはできないかもしれない。


「…………」


 先程のシルヴィアが放った言葉が脳裏で蘇る。彼女もまたライガと同じように覚悟を決めてこの船に乗っている。ぶれず強い意志を灯した瞳が酷く印象的である。


「…………」


 船は進む。

 波に揺られながらも真っ直ぐに。

 戦士を乗せて船はコハナの大陸を目指して進み続けるのであった。

桜葉です。

次回もよろしくお願いします。

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