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第二章20 絶望の大聖堂

第二章20 絶望の大聖堂


「うらあああああああああああぁぁぁぁッ!」


 ライガの咆哮が響き、グリモワールによって覚醒を果たしたケルベロスと、ダメージを受け身体をふらつかせるリエルに間に入ると、魔獣の強烈な攻撃をしっかりと受け止め、弾き返していた。


「こっちが気持ちよく寝てるとこに、急に女の子が衝突してくるとか、最悪の目覚めだぜ……」


「いや、あんなとこで寝てるのが悪いと思うんだけど……」


「儂もそう思うぞ」


「え、俺が悪い流れ……?」


 リエルが吹き飛んでいった先、そこではちょうどライガが寝ていたらしい。

 そう言えば、ここに来た時にライガ寝てると案内された場所に近く、ライガがクッションとなり、リエルのダメージが僅かながらに減少していた。


「なんだコイツ……あぁ、ずっと寝てたアホか」


 グリモワールを片手に突然出てきたライガを呆然と見つめていた青年は、自分の記憶を掘り返し呆れた様子で吐き捨てるように言葉を漏らす。

 そんな青年の言葉に、ライガの耳がピクリと敏感に反応する。


「あぁッ!? てめぇ、誰だよ……?」


「そういえば、自己紹介がまだだったか。俺の名前はアワリティア・ネッツ。帝国ガリア七天衆の第六衆だ」


「……帝国ガリア?」


「そう。帝国ガリアが誇る騎士の一人って訳。それじゃ、自己紹介も終わったし、早く死ね」


 乱雑に髪を伸ばし、その奥で妖しく光る紅蓮の瞳を細めると、アワリティア・ネッツと名乗った青年はその唇を卑しく歪ませていく。

 それは殺戮を楽しんでいる様子であり、その言葉に一切の冗談は含まれていない。


「うおぉッ!?」


「ライガッ!」


 大剣によってケルベロスの攻撃は防がれていたが、ネッツの言葉に呼応するように、ケルベロスはその力をさらに増していき、ライガの身体をいとも簡単に吹き飛ばしていく。


「ちッ……力がやべぇ、コイツッ……」


「ふん……おぬし、少しは戦えるようじゃな。それならば、儂の援護をせぇ」


「ちっちゃいのに、じいちゃんみたいな話し方するなッ!?」


「……次、ちっちゃいと言ったら、おぬしも凍らせるぞ?」


「ヒッ……」


 リエルの冷え切った声にライガの身体はピクッと小さく痙攣する。

 しかし、これでようやく航大たちの戦力が揃ったと言える。

 リエルとライガ、二人はそれぞれ前衛と後衛を瞬時に判断し、頷き合うとそれぞれ跳躍して攻撃を開始する。


「はああああぁぁぁッ!」


 真っ直ぐにケルベロスへ跳躍するライガは、その両手に持った大剣を大きく振り上げてケルベロスを叩き潰さんとばかりに攻撃を開始する。大剣が持つであろう重量と反して、ライガは素早い身のこなしを見せる。

 あっという間にケルベロスの懐へと潜り込むと、その胴体に強烈な一撃を見舞っていく。


「――ッ!」


 ライガの攻撃が炸裂し、魔獣・ケルベロスは全身を震わせて咆哮を上げるも、その様子に特別な変化は現れない。すぐさま、反撃に転じようとするケルベロスは、両側の首が口を大きく開き、そこから火炎を放出してくる。


「なにッ!?」


「退けッ、小僧ッ!」


「うおおぉッ!?」


 左右から同時に迫ってくる火炎の渦に、ライガは驚きその大剣を盾に防ごうとする。しかし、それだけでは不充分であると瞬時に判断したリエルは、両剣水晶を生成すると、それをライガに向けて射出する。


「あっぶねぇッ!」


 ライガの身体を貫こうとした両剣水晶をギリギリのところで回避すると、ライガは水晶に腕をかけて一緒に飛翔していく。その直後にライガが立っていた場所に火炎が到達し、結晶を溶かしていく。


「その判断よしッ、なかなか出来るではないかッ!」


「アホかッ!? お前、俺を殺す気かッ!」


「たわけッ! それはこっちの台詞じゃ! 炎を剣で防ごうとするなど、どれだけアホなんじゃッ!」


 ケルベロスの火炎攻撃は断続的に続いている。

 三つ首から吐き出される火炎攻撃によって、ライガとリエルはケルベロスに近づくことすら出来ない。不用意に近づけば、火炎による攻撃の他に、その強靭な腕から繰り出される打撃攻撃の危険に身を晒しかねない。

 ライガとリエルは舌打ちを漏らしながらも、チャンスがやってくるのを虎視眈々と狙い続ける。


「ヒャノアッ!」


 ケルベロスの火炎を躱しながら、リエルも反撃する。

 瞬時に詠唱を終え、虚空に両剣水晶を生成する。


「小僧ッ、儂の攻撃に合わせるんじゃッ!」


「合わせるってッ……しょうがねぇなッ!」


 視線を交わし合い、お互いの行動を理解する。

 そこから阿吽の呼吸を連続だった。


「ヒャノア・レイッ!」


「はあああぁぁぁッ!」


 巨大な両剣水晶を射出した次の瞬間、リエルは続けざまに詠唱を唱える。

 ケルベロスは火炎による攻撃で一発目の魔法攻撃をやり過ごす。しかし、魔獣の注意がリエルの魔法攻撃に移った瞬間を見逃さず、ライガが怒号を上げてケルベロスの足に剣を振るう。


「――ッ!」


 骨にまで響くライガの攻撃に咆哮を上げるケルベロス。魔獣の視線がライガを捉えるなり、怒りに任せた攻撃を振るっていく。腕が風を切ってライガを狙う。しかしそれと同時に、再びその巨体に両剣水晶の雨が降る。


「――ッ!」


 二人のコンビネーションが光り、覚醒したケルベロス相手にダメージを与えていく。

 しかしそれも、致命打とは言い難くケルベロスの身体に小さな傷を生むだけで、魔獣の攻撃は影を潜めることはない。


「うああああぁッ!?」


「くぅッ!」


 腕を振るい、ライガの身体を吹き飛ばし、遠くにいるリエルには火球による攻撃を見舞っていく。

 攻撃した直後で隙を見せていた二人は、その攻撃を防ぐことで手一杯になり、直撃は避けるもその攻撃の余波をもろに受けてしまう。


「ライガッ、リエルッ!」


 軽く吹き飛んでいく二人を見て、航大が思わず叫ぶ。

 その声に呼応するかのように、ライガとリエルは体勢を立て直すと、再び跳躍する。


 しかし、その動きには迷いが見られた。

 覚醒したケルベロスは最初に比べて明らかに強かった。


 その強靭な身体は打撃も魔法による攻撃も受け付けないばかりか、ケルベロスが放つ攻撃は激しさを増すばかり。

 攻撃を躱すことはできるが、それでは防戦一方となり、消耗戦の様子を呈した時点で、人間側の敗北も時間の問題となってしまう。


「くそッ……どうすればいいんだよッ……」


「これは中々難儀じゃのぅ……」


 このまま無闇に飛びかかっても効果は薄い。

 それを理解したライガとリエルは、ケルベロスから一定の距離を取り、思考を巡らせる。


「おいおいおーい、逃げてるばかりじゃ終わんねぇぞ?」


「うるせぇッ!」


「小僧ッ、安い挑発に乗るなッ!」


「分かってるよッ!」


 防戦一方となるライガたちを見て、ネッツは楽しげに笑いながら挑発を続ける。

 事実、このままでは帝国ガリアの騎士・ネッツを倒すどころか、目の前の魔獣を倒すことすら難しい。それを理解しているからこそ、ライガは悔しげに唇を噛み、リエルはその軽やかな身のこなしを続けることで、魔獣に生まれるであろう隙を伺い続けている。


「このままでは埒が明かん……小僧、少しの間でいい魔獣を足止めできるか?」


「足止め?」


「儂に考えがある。しかし、それには少々時間がかかる……」


「あいつを倒せるのか?」


「――当たり前じゃ」


 その言葉を聞くと、ライガはニヤリと笑みを浮かべて小さく頷く。

 それを了承と取ったリエルは、一旦戦線から離脱すると、後方から魔法の詠唱を始める。


「――ッ!」


 リエルを中心に、大聖堂を取り囲んでいた膨大な魔力が集中していくのを感じて、魔獣・ケルベロスが動き出す。瞬時に危険だと判断した魔獣は、咆哮を上げて無防備になっているリエルの身体を引き裂こうと試みる。


「お前の相手はこっちだああぁッ!」


「――ッ!?」


 最短距離でリエルへ近づこうとするケルベロスを、横から邪魔しに入ったのがライガだった。その剣でケルベロスの胴体を叩き、その行動を邪魔する。


「――ッ!」


 不意を突かれた形で打撃攻撃を受け、ケルベロスの巨体が軽く横に吹き飛んでいく。

 苦しげな声を漏らす魔獣であったが、しかしその身体には傷一つ付けることは叶わない。


「マジで硬すぎだろ、コイツッ!」


「――ッ!」


「ぐぅッ!?」


 ライガから攻撃を受けたのが気に入らないのか、ケルベロスは咆哮を上げて後ろ足を振るうことで反撃してくる。

 ケルベロスの後ろ足攻撃を大剣を盾にして防ごうとするが、強烈な一撃に人間の小さな身体は簡単に吹き飛んでいく。


「ちッ、強烈だなこりゃッ!」


「――ッ!」


 何度か地面を跳ねて吹き飛んでいくライガだったが、すぐさま体勢を立て直すと、ケルベロスの注意を自分に集中させる。

 幾度も立ち上がり、立ち向かってくるライガを無視することも出来ず、ケルベロスは咆哮を上げて迎え撃つ体勢を整える。ライガの刃が振るわれ、それと同時に魔獣・ケルベロスの腕も風を切る。


「おらあああああぁッ!」


「――ッ!」


 ライガとケルベロスが激しく衝突を繰り返す。

 ライガがその剣を振るい、ケルベロスはその強靭な腕を振るう。


 力と力の真っ向勝負が繰り広げられ、極限の中で己の武を見せつけ合う戦いに、航大は思わず生唾を飲む。


 この大聖堂に来る前、航大は異世界で初めて剣を握った。

 そこで小さな魔獣を相手に勝利を収めることができた。その時、航大は僅かながら自分に対して手応えのようなものを感じていた。しかしそれは、眼前で繰り広げられる戦いを前には、あまりにも小さなものであると言わざるを得なかった。


 自分の身体の何倍も大きな魔獣相手に怯むことなく、何度吹き飛ばされても立ち向かっているライガ。自身の身体に幾つもの生傷を植え付けながら、自分の攻撃が効いているのかも絶望的な状況の中であっても、諦めず立ち向かっていく。


 それは航大にはとても簡単に真似できるようなことではなく、あの場に自分が居ないことを、この場で誰にも相手にされないという事実に打ちひしがれる。


「しまったッ!? ぐあああぁッ!」


「――ッ!」


 度重なる攻撃の連続で、大聖堂の内装は凄惨な様子になろうとしていた。

 火炎による攻撃で、床のあちこちには大きな穴が出来ていて、ケルベロスと死闘を演じるライガは、あちこちに点在する穴に足を取られてしまう。


 その隙を見逃さないと言わんばかりに、ケルベロスの火球がライガ目掛けて放たれる。

 一瞬の油断が命取り。

 ライガは慌てた様子で剣を盾にするも、火球による攻撃を真正面から受けてしまう。


「あっちぃッ!」


「おい、ライガッ!?」


「くっそがよぉッ!」


 思わず声が漏れてしまう航大の心配を拭い去るように、粉塵の中からライガの声が木霊する。粉塵を切り裂くようにして跳躍し、自分が無事であることを伝えてくるライガだったが、その身体は見るも無残な様子を呈していた。

 上半身に身に纏っていた衣服が焼失し、顕になった身体には無数の火傷が刻まれていた。


「はぁ、はあぁッ……おい、ちびっ子ッ……準備はまだなのかよッ……これ以上は、さすがにしんどいぞ……」


「――――」


 肩で息をし、ボロボロの様子でリエルに言葉をかけるライガ。

 身体をふらつかせながらも、ケルベロスとリエルの間に立ち塞がるようにして立つライガ。しかし、傍から見てもこれ以上、ライガが一人で戦うのは難しいのは明白だった。


「――大地を巡りし大いなるマナよ、我の命に従い力を授け給え……グラン・ブリザードッ!」


 気付けば、リエルの周辺には膨大なマナが渦巻いていた。

 これまでは目に見えない冷気が漂っているレベルだったのだが、今では青白い空気と、大聖堂を飛び散っていた結晶が彼女の周囲を旋回し、その水色の髪が大地から集められるマナによって激しく靡いている。

 リエルの鋭い声音が大聖堂に響き渡り、内に秘めたマナが放出されていく。


「――ッ!?」


 一瞬の静寂が場を支配した後だった。

 ケルベロスの周囲に無数の光が発生する。

 それはここまで時間を要した割には小さな変化のように思えた。

 しかし、この魔法の本領はこの後からだった。


「――ッ!?」


 虚空に出現した光は瞬く間の内にその数を増やしていき、ケルベロスは全身を取り囲む無数の光に咆哮を上げる。

 三つ首から火炎を放出するが、その全てを光はすり抜けていく。


「何が起こって――ッ!?」


 航大が小首を傾げ、言葉を漏らした瞬間だった。

 虚空に出現した光から、氷で生成された槍が音もなく現れ、瞬速で飛翔する。


「――ッ!?」


 さすがの魔獣・ケルベロスも一秒にも満たない刹那の攻撃に対応することができない。

 光から射出された氷の槍はケルベロスの強靭な身体をいともたやすく貫通すると、そのまま地面に突き刺さる。


 そこからは息を呑む光景が眼前に広がっていた。


 ケルベロスの周囲を取り囲んだ光から、無数の槍が射出され、ケルベロスの身体を何度も貫いていく。一つ一つが細い槍なのだが、それらが針山の如く無数に突き刺さるため、ケルベロスは身動きを取ることが出来ず、氷の槍によって着実にその命を危機に晒していく。


「――爆ぜろッ!」


 リエルの口から漏れたその言葉を合図に、ケルベロスの身体を貫いていた氷の槍が一斉に爆ぜる。


「――ッ!」


 ケルベロスの身体を表と裏の両側を、爆散した氷の粒が浮遊する。

 鋭利に尖った氷の粒の全てがマナを秘めており、それらが一斉に肥大化することで、対象の身体を表裏から一瞬にして破壊していく。


「す、すげぇ……」

「マジかよ……」


 一瞬にして、ケルベロスの身体が氷の刃によって串刺しとなり、氷で出来た剣山と化した様子を見て、航大とライガが感嘆の声を漏らす。

 ケルベロスという存在を形勢する全てを内外から一瞬にして蹂躙され、魔獣は一瞬の内に絶命した。


「ふぅ、こんなもんじゃな」


 強力な魔法を使役し、リエルはやっと一息を言わんばかりに溜息を漏らす。

 その額には薄っすらと汗が滲んでおり、この魔法を放つ大変さを物語っていた。


「へぇー、覚醒したケルベロスを瞬殺するか」


「ふん、これくらいちょっと本気を出せば容易いわい」


 自分が召喚した魔獣を一瞬の内にして絶命した様子を見て、ネッツはその表情を僅かに驚きに変えると、感情の篭もらない言葉を漏らす。


 その様子に怪訝な顔を浮かべるリエル。

 そんなリエルたちの表情を見て、ネッツはその唇を再び卑しく歪ませていく。


「じゃあ、これならどうかな……さぁ、来い魔獣たちよ――」


「おいおい、嘘だろ……」


「まさか……」


 ネッツが再びグリモワールに手をかざす。

 すると、その行動を待っていたかのように、怠惰のグリモワールが光を帯びて輝き出す。


「――ッ!」


「あれほどの魔獣を……」


「今度は三匹……?」


 大聖堂に再び魔獣の咆哮が轟く。

 しかも、今度はそれが三つ同時に轟き、航大たちの前にその巨体を晒すのは、先ほど絶命させたばかりのケルベロスだった。


「あっはっはッ! まさか、あれくらい一匹倒して勝ったとか思ってないよなぁーッ?」


「どうする、コレ……さすがにアレが三匹ってのは……予想外だぜ……」


「ふむ、これは困ったのぅ。あの魔法はそうそう何度も使えるものではない」


 再び異世界へ召喚されしケルベロスは、その全てが覚醒状態を維持していた。

 強靭な身体と獰猛な顔を持つ三つ首が、航大たち人間を見下ろしていた。


 ただの一匹ですら、ライガたちは決死の想いで戦い、滅した。

 それが同時に三匹、眼前に現れては絶望するなと言うのが無理な話である。


「さぁ、もっともっと俺を楽しませてくれよぉッ! 俺を倒すんだろ? 俺が憎いんだろぉッ!?」


「…………」


 大聖堂に響くネッツの声に、誰も答えることができない。


 航大はただ呆然と立ち尽くす。

 ライガは身体をボロボロにしながらも、右手に持った大剣を強く握りしめる。

 リエルは小さく舌打ちを漏らし、険しい表情で魔獣を睨みつける。


 それぞれが様々な想いを胸に秘め、大聖堂における戦いは終盤戦へと突入しようとしていた。


桜葉です。

第二章も20節まで来ました。


次回もよろしくお願いします。

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