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第七章28 大蛇と金色の狂者XⅣ

「英霊憑依――炎神ッ!」


 その声が轟いた瞬間、航大の身体を業炎が包む。


 英霊憑依。


 それは世界を魔竜から守り、今でも世界を守護する女神と一体化を果たす言葉である。これまで氷獄の女神・シュナ、暴風の女神・カガリと憑依を果たしてきた航大は、窮地の中で炎獄の女神・アスカの力を身に纏う。


「また楽しませてくれそうじゃねぇかよ。正直、ここまで楽しめるとは思ってなかったぜ」


 航大と対峙するは辛うじて人間としての姿を保つ帝国騎士・ネッツ。


 彼は異界から魔獣を召喚し、使役する『怠惰のグリモワール』が持つ権能を使うことで、地獄の悪魔・サタンをその身に宿していた。背中から黒翼を生やし、その両腕は明らかに人間から逸脱した悪魔の腕へと変貌を遂げている。


「こっちもあまり時間を掛けてられねぇんだ。一気に終わらせるッ!」


『ふむ、その心意気や良しッ! さぁ参るぞ、我が主よッ!』


 全身に力を込める。


 その動きに呼応するようにして全身に力が漲っていく。両手、両足を煌めく業炎が纏い航大に力を与えてくれる。炎獄の女神・アスカとの一体化はこれまでにない力を航大に与えてくれる。



「『空気を焦がし、大地を燃やし、立ち塞がる全てを灰燼と化せ――絶・炎獄拳ッ!』」



 アスカと共に唱えるは両腕に激しい炎を纏う武装魔法。


 両腕の肩から先に炎を宿し、触れるもの全てを灰燼へと変貌させる超攻撃型の武装魔法である。アスカが持つ力や魔法を全て己のものとした航大は、出し惜しみすることなく持てる全ての力で眼前の悪魔を滅する。


「かかってこいッ!」


「おらあああぁぁぁぁーーーーーッ!」


 深淵の世界で雄叫びが木霊する。


 闇を照らす聖なる炎を纏い、航大はありったけの一撃をネッツへと振るう。二つの影が交錯する瞬間、凄まじい衝撃が周囲に広がっていく。


「ぐッ!?」


 強大なる力同士の衝突は、衝撃が駆け抜けた直後に結果が現れる。


 真正面からぶつかりあった航大とネッツ、燃え盛る業炎は悪魔・ネッツの身体を飲み込もうとする。帝国騎士・ネッツは自らの背丈を超える大剣を振り下ろしているが、航大が振るう業拳は刃の前に屈することなくしっかりと受け止めている。


『主よッ、このまま押し切るぞッ!』


「おうよッ!」


『精神を統一しろ、邪念を振り払え、目の前の敵を打ち倒すことだけを考えろッ!』


「…………ッ!」


 脳内に響くアスカの声音は航大の集中力を極限にまで高められていく。ただひたすらに勝利だけを求めて、航大とアスカは己が持つ武をいかんなく発揮していく。


「吹っ飛べえええぇぇッ!」


「――――ッ!?」


 怒号と共にネッツの身体が後方へと吹き飛んでいく。もろに衝撃を受けたネッツは為す術もなく地面を転がっていくばかりであり、その様子を見て航大とアスカはすぐさま追撃の体勢を整えていく。


『こんなものではないッ、一切、手を抜くことをするなッ!』


「業火業炎を纏い、敵を砕けッ――炎獄瞬弾ッ!」


 地面を蹴り転がり続けるネッツへと接近する航大。再び業炎の勢いを強くすると、無防備な状態を晒している帝国の騎士を葬るための一撃を放つ。


「調子に乗るんじゃ……ねぇッ!」


 しかし、相手は世界を混沌へと突き落とそうとする帝国の騎士。迫る航大に対してただ防戦一方といった展開には容易にさせてはくれない。右腕を突き出すとネッツは自らの背後から無数の光を生成する。闇に溶け込む無数の光は主の意思のままに飛翔し、航大の小さな身体を射抜こうとする。


『ふん、この程度ならば造作もないッ!』


「猛る業火よ我を守護せよ、絶対の牙城は崩れることなしッ――守・業火炎舞ッ!」


 世界を守護する四人の女神の中でも、炎獄の女神・アスカは最も戦いに優れている存在であった。女神としての生を受ける前より、数多の戦場で武勲を上げてきた彼女は瞬間敵に状況が変化する戦場において、あらゆる可能性を瞬時に模索することができる。


 倒れ伏す帝国騎士が為す術もなくこちらの攻撃を受けるはずがない。


 それは熟練された戦闘の勘によるものであり、だからこそネッツが放つ反撃を前にしても決して動揺することはない。


『信じて進めッ! 我らの牙城は崩れることはないッ!』


「了解ッ!」


 航大の身体を包む業炎はあらゆる攻撃を防ぐ盾となる。

 守備に特化した武装魔法は、ネッツが放つ光の攻撃を受けても尚、崩れることはない。


「世界を壊せ、深淵へ誘え、闇の前に全ては消える――真闇破槍ッ!」


 突進する速度を落とすことなく突き進む航大に対して、ネッツは体勢を立て直しながら再びの反撃へと転じる。悪魔の手を化した右手には巨大な闇の槍が握られており、ネッツは紅蓮の瞳を輝かせると思い切りそれを投擲する。


「さすがにアレが直撃するのは……」


『主よッ、怯むんじゃない。己を信じろ、我を信じよ。どんな攻撃が襲って来ようとも、我が主を守り抜こうッ!』


 アスカが放つ言葉は力を纏い、そして怖気づきそうになる航大に活力を与えてくれる。


「穿て、焼き払え、邪悪なる魂は轟炎に沈む――炎閃轟炎ッ!」


 右手に魔力を集中させる。すると、深淵なる世界の中で航大の右腕は眩いほどの輝きを放つ。ネッツが放る反撃へと対応として、航大とアスカはあらゆる手段を用いて攻撃を続ける。


「うらあああぁぁぁーーーーーッ!」


 叫ぶのと同時に右腕を突き出す。


 すると、眩い輝きを纏った右腕から凝縮された轟炎の一閃が放たれる。それは一直線にネッツが放る闇槍へと突き進み、そして思い切り正面から衝突する。


 刹那、深淵なる世界を眩い輝きが包み、一瞬の静寂が支配した後に光を切り裂くようにして疾走する一つの影があった。


『主ッ、見舞ってやれッ! 我ら渾身の一撃ッ!』


「――――ッ!」


 身に纏う業炎はこれまでにない勢いと輝きを放つ。


「くっそが……ッ!」


 最早、体勢を立て直す時間すらもない。


 帝国ガリアの騎士、アワリティア・ネッツはこの戦いで初めてその顔に焦燥感を露わにしていた。迫る業炎、崩れたままの姿勢、強大なる攻撃を受け止めるにはあまりにも酷な状況に、さすがのネッツも焦りを隠すことができない。


 彼の脳裏に過るのは自らが敗北する瞬間の映像だった。


 絶対に敗北が許されないのは当然として、紅蓮の瞳を持つ青年はこの戦いにおいて、一瞬たりとも自らが敗北するなんてことは考えもしなかった。だからこそ、明らかに劣勢な状況が彼を追い詰め、その動きに精細さを失わせていく。


「くそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそッ!」


 呪詛のような言葉の羅列。


 この世の全てを呪うような言葉を漏らし続けながら、航大が振るう業炎の拳がネッツの身体をしっかりと捉える。


「―――――ッ!」


 この日、最も大きな衝撃が深淵の世界を駆け巡る。

 大地が揺れ、空気が震撼する。


 次の瞬間、航大たちを捉えていた深淵なる世界が音を立てて瓦解していく。眩い太陽の光が世界を照らし、航大の視界に見慣れた街並みが広がっていく。


「や、やったか……?」


 帝国騎士・ネッツが展開した闇の世界。それの崩壊は帝国騎士との戦いに決着が訪れたことを予感させるものであった。思わず目を閉じてしまいそうになる見慣れた世界への回帰。航大の表情は自然と緩んでしまう。


『まだだッ!』


「――――ッ!?」


 気を緩めたのも一瞬だった。炎獄の女神・アスカの声が脳裏に響き、それから僅かに遅れて航大はこの戦いがまだ終焉を迎えていないことを知る。



「終わったと思ったか?」



 太陽が照らす世界の中、業炎が周囲に散らばる状況の中で、『悪魔』は確かに生存していた。全身を鮮血が濡らし、息も絶え絶えといった状態。誰が見ても致命的なダメージを負っていることは間違いないのだが、帝国騎士であるアワリティア・ネッツはしっかりと両足で大地を踏みしめ、そして継戦の意思があることを航大に突きつける。


「俺たちの戦いはまだこれからだろ? もっとだ、もっと血沸き肉踊る戦いを楽しもうぜ?」


 紅蓮に輝く瞳は完全に自我を失っているようでもあり、悪魔にその身体を支配されし帝国の青年はただ、己が望むままに戦いへと身を投じていく。


『まさに悪魔。人間たる尊厳を失い、ただ純粋に戦いを求め、血を求める存在へと成り果てるか』


 異様な様子を見せるネッツを前に、アスカは努めて冷静に敵を分析する。


 その声音に先程までの勢いはなく、どこか哀れむような、どこか過去を回想しているかのような、そんな複雑な感情が入り混じっているのを感じる。それは航大がアスカと一体化を果たしているからこその体験であり、彼女の深層に眠る感情を航大も感じることができるのだ。


『主よ、解き放ってやろう。力に捕らわれ、血に捕らわれた哀れな人間の末路を、我々の手によって終わらせるのだ』


「あぁ、もちろんそのつもりだ」


 拳を握れば力が漲ってくる。

 帝国騎士・ネッツとの戦いは静かに、そして苛烈に終焉へと突き進む。

桜葉です。

次回もよろしくお願いいたします。

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