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第七章24 大蛇と金色の狂者Ⅹ

 戦いの轟音が響く要塞国家・マルーダの城下町。


「――――ッ!」


 異界から魔獣を召喚する力を有する『怠惰のグリモワール』。魔導書によって異世界へと召喚されたのは、闇と混沌の象徴たる存在・アペプだった。太陽神として信仰を集めたこともある大蛇は、その身に業炎を纏いながら航大たちの前に立ち塞がった。


 帝国騎士と魔獣。


 強大な敵を同時に相手することとなった航大とリエルだが、二人はそれぞれが手分けして一対一の状況を作り出すことに成功した。


 航大は帝国騎士・ネッツとの死闘。


 リエルは異界の魔獣・アペプとの激闘を演じることとなり、その戦いはリエルに過酷な展開を強いるのであった。


『リエルッ!?』


 断末魔の叫びが周囲に広がっていく。

 それは生命をごっそりと削られる慟哭でもあった。


 リエルの身体には燃えたぎる無数の蛇が群がっており、その全てが少女の身体を貫いていた。ただそれだけで致命的ともいえるダメージをリエルに与えるのだが、異界の魔獣はさらなる絶望を与えてくる。


 身体を貫いた蛇たちは自らの身体を燃やすことで、体外と体内を同時に業炎で焼き尽くそうとしているのだ。身体を貫く蛇だけでも無視できない痛手の中、そこへ炎による攻撃が追撃としてリエルを襲う。


 身体の内外を焼かれる痛みにリエルは断末魔の叫びを上げ、予想だにしなかった展開に彼女の体内に潜むシュナもまた困惑と動揺を隠すことができないでいた。


『気をしっかりッ、こんなところで倒れる訳にはいかないんでしょッ!』


「ぐッ、ああぁッ……くッ!」


 シュナの言葉で我を取り戻すリエルは唇を強く噛みしめると、その身に魔力を集中させることで周囲に限定的な氷の結界を展開する。


 結界内部に存在するものは瞬時に凍結し、それはリエルの身体を貫く蛇たちも例外ではなかった。燃え盛る身体ごと凍結した無数の蛇たちは、次の瞬間には全て瓦解して命を落とす。


「はぁ、はぁ……くッ……さすがに、今のは……効いたのぉ……」


『リエルッ……』


「すまない、姉様……さすがに少し油断していたようじゃ……」


『…………』


 今、誰よりもリエルの近くに存在するシュナ。

 彼女は「もう戦わなくてもいい」という言葉をギリギリのところで飲み込んだ。


 全身から夥しい量の鮮血を零しながらも前だけを見据えるリエルを見て、シュナは妹を止めることができなかった。


『まだ戦うんでしょ?』


「当たり前じゃ……コヤツを倒さなければ主様を救うこともできん……」


『はぁ……そんな身体で何を言うのか……誰に似たんだろうね』


「ふっ……それは姉様が誰よりも知っているはずじゃ……」


 二人の脳内に氷都市・ミノルアでの光景が蘇る。


 それはシュナがまだ女神になる前の話であって、その時はシュナが無理をしてリエルを守ったことがある。可愛い妹が傷つく姿を見るのは辛いが、それでも彼女が抱く想いを尊重したい。


「……姉様、儂が倒れた時は主様を頼む」


『え、それってどういう……』


「もたらすは悪魔の如き凍てつく世界、数多の生命は氷の中で眠りにつく、氷の悪魔よ、顕現せよ――氷獄世界」


 覚悟を決めたかのように、静かに、そして荘厳な声音で唱えるは氷系最強の結界魔法。氷雪結界を上回る絶対零度の結界を展開し、更に膨大な魔力がリエルの小柄な身体を包み込んでいく。


『リエルッ、これは……その状態でコレを使ったら……本当に命に関わるよッ!?』


「それでもいい……いや、そうしなければ奴を倒すことは難しい……」


『航大くんは……どうするつもり……?』


「だから言ったじゃろう? 儂がもしもの時は……主様を頼む、と……」


『そんな無責任な……』


「こんなところで躓く訳にはいかない。時間も掛けてはいられない」


『…………』


「さぁ来い……氷の悪魔……儂の命を喰らい、その力を振るえッ!」


 言葉が力となり、小さな身体から膨大な魔力が放出される。


 具現化した魔力は氷の悪魔へと姿を変え、その圧倒的なまでの力を隠すことなく曝け出している。対峙する大蛇・アペプと同等の背丈を持つ悪魔は、全身に冷気を纏いその身に力を蓄えていく。


「ソレガ貴様ノ本気トイウコトカ」


 対するアペプも強い警戒心を露わにしており、異界の魔獣が警戒するほどにリエルが召喚する氷の悪魔は強大な力を持っていることの証拠でもあった。


「よく見ておくがいい。これから貴様の命を刈り取る者の姿じゃ――ッ!」


 リエルが飛ぶ。

 それと同時に氷の悪魔もまた飛ぶ。


 二人の動きは連動しており、一切の迷いも怯えも見せることなく大蛇・アペプへと一直線に飛翔を繰り返していく。


「――――ッ!」


 接近を果たそうとするリエルと氷の悪魔に対して、アペプもただ黙って待ち構えているだけではない。全身を纏う業炎の勢いを強くすると、口を大きく開きリエルへと放った炎の一閃を繰り出していく。


 凝縮された業炎が一筋の光となって射出され、一点集中型の大きな破壊力をもってしてリエルたちを打ち砕こうとする。


「――――」


 アペプの迎撃に対して一歩前に出るのは氷の悪魔である。


 青く輝く氷の手を突き出すと、躊躇うことなくアペプが放つ一閃を受け止めていく。衝撃音が周囲に広がり、あまりにも凄まじい音と衝撃に周囲に散乱する瓦礫が吹き飛んでいく。しかし、リエルたちは歩みを止めることなく前進し続け、大蛇まで残り僅かという距離にまで接近を果たすことに成功する。


「――――ッ!」


 それが言葉であるのか、咆哮であるのかを判断することはできないが、リエルがありったけの魔力を持って召喚した悪魔は右手に自らの背丈ほどある氷剣を生成し、それを強く握りしめると目の前に立ち塞がる巨悪に対して刃を振るっていく。


「――――ッ!?」


 マルーダの城下町に生々しい音が響く。


 大蛇の身体を覆う硬い鱗すらも容易く切り裂いた悪魔の氷剣によって、大蛇・アペプの身体に大きな裂傷が刻まれ、更にそこから大量の鮮血が溢れ出している。


「さっきは中途半端じゃったからな。天地よ凍てつけ、業氷の前に立つ魔はなし――偉大なる破魔の氷槍ッ!」


 アペプの意識が悪魔に集中している中、リエルが唱えるは先程アペプによって邪魔された強大な氷魔法。空に無数の巨大な氷槍を生成し、それを自在に操ることができるものである。


「味わうがいい。絶対零度の氷槍を――ッ!」


 怒気を孕んだ声音が響き渡り、それに呼応する形で虚空に出現した氷槍たちが矛先をアペプへと固定する。一瞬の静寂が支配した後に氷槍たちがアペプへと殺到していく。


 身体を切りつけられ思うように身動きが取れない大蛇・アペプ。

 全身を鮮血で汚し、満身創痍なリエルが放つ一撃。


 それは戦況を変える一撃と成り得るのか、マルーダで繰り広げられる異界の魔獣と少女の戦いは静かに、そして熱く終局へと誘われていくのであった。

桜葉です。

次回もよろしくお願いします

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