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第七章22 大蛇と金色の狂者Ⅷ

『本当に出てこないね』


「ふむ……このまま待っていても悪戯に時間が過ぎるだけじゃ」


『そうだね。航大さんの様子も気になるし……やっぱり、この空間ごと消し飛ばすような一撃を……』


「…………」


『あれ、どうしたの?』


「いや、やはり儂の中にある姉様と一致しないもので……」


『あはは、だから言ったじゃん。女神も長いことやってると変わるんだよ』


「それにしても……はぁ、まぁいいとしよう……」


『そうそう。時間がないのは確かなんだし。航大さんとカガリも戦ってる。あっちも激しい戦いになってるみたい』


「姉様はそこまで分かるのか?」


『私とカガリは同じ女神だからね。少し離れてるくらいなら、お互いの魔力を感じることはできるよ』


「主様は帝国の騎士と戦っておるんじゃ。儂たちがこんなところで時間を潰している訳にはいかない」


『うんうん。リエルはこの戦いで力を使い切るつもりだったんでしょ?』


「…………」


『正直、その考えには心から賛同することはできないな』


「……姉様ならそう言うと思っておったがの」


『魔法を使う者が魔力を使い果たす。その事実がもたらす先を、リエルなら分かってるはずだよ』


「しかし、儂は主様を救うため。主様が果たすべきことを手助けできるのならば、この命を賭けてもいいと思っておる」


『ふふっ、リエルにここまで言わせるなんて、航大さんも隅に置けないねー』


「…………」


『本音と建前。リエルは昔から隠し事が下手だから』


「……姉様には全てお見通しってことか」


『そういうこと。私に嘘をつくなんて百年早いかな?』


「はぁ……おしゃべりはここら辺にして、そろそろ始めるぞ」


 北方の賢者・リエル。

 氷獄の女神・シュナ。


 二人は今、ルイラ大陸に存在するマルーダ共和国の地下に存在していた。航大と共に地上で魔獣と激闘を繰り広げていたリエルだったが、一瞬の隙を突かれて突如として姿を表した地下空洞へと落下してしまったのだ。


 地上では航大と帝国騎士のネッツが戦いを繰り広げているのは間違いなく、リエルは一秒でも早く地上へと帰還を果たさなければならない。しかし、そんなリエルの思惑を邪魔するのは、ネッツが怠惰のグリモワールによって異世界に召喚した魔獣・アペプであった。


 闇と混沌を象徴し、かつては太陽神としての地位を持っていたアペプは、常識外に大きな体躯を持った大蛇であった。


 鋭利な牙と自在に蠢く体躯を生かしてリエルたちへと襲いかかる。


 地下空洞はリエルが落下してきた穴から差し込む太陽光のみが照らす空間であり、少し先の様子すら伺うことは難しい。しかし、暗闇の中に身を潜める存在からの殺気と視線を、リエルとシュナの二人は確かに感じていた。


『かくれんぼはもうお終い。リエル……お姉ちゃんの力、存分に使っていいからね』


「それなら遠慮なく……氷神ッ!」


 リエルの声音に呼応するようにして、瑠璃色の髪を靡かせながら眩い光を発する。

 全世界に張り巡らせている魔力を集め、それを自らの身体に纏っていく。


 薄光が差す地下空洞に突如として冷気が漂い始める。溢れんばかりの魔力が漏れ出ている証拠であり、これほどまでの力をリエルは持ち得たことがなかった。


「……これが女神の力」


『その通り。航大さんはいつもこれを使ってたんだよ』


「ふふっ、それならば一秒でも早く主様に返してやらんとな」


『それなら急ぐよ、リエルッ!』


「地上に生まれし氷の波よ、全てを飲み込み、万物を破壊せよ――氷波絶海ッ!」


 溢れんばかりの力を感じながら、リエルは遠慮することなく魔法の詠唱を遂行する。


 一般的な魔法を使う者ならば、自らが持ち得る魔力量を気にして魔法を使うものである。魔力が枯渇すること、それは魔法使いの『死』に直結するからである。


 リエルが唱えるは巨大な氷の波を生成する魔法。地下空洞に姿を現した氷波が無差別に周囲へと広がっていく。


「――――ッ!」


 地下空洞の全方位に広がっていく氷波に、魔獣・アペプの咆哮が木霊する。


「ふん、ようやく姿を見せたか」


『さぁ、ここからが本番だよー』


 氷波が衝突し、瓦解する音と共に魔獣・アペプが再びの姿を見せる。相変わらず見上げるほどの巨体を誇る大蛇はその瞳に怒りの色を浮かばせながら飛び出してくる。


「――――ッ!」


 身体の到る所を氷結させながらも、大蛇・アペプは戦意を喪失させることなく反撃に転じようとする。口の中から炎をちらつかせながら突進してくるアペプ。しかし、リエルとシュナの二人は決して動じることなく次なる行動へと移っていく。


「連なり、潰せ、重なる永久凍土の断壁なり――氷壁双頭ッ!」


 魔力の根源であるシュナの力があれば、リエルはどんな魔法でも連続して繰り出すことができた。限界がないからこそ、リエルは早期に決着を付けるために攻撃を続ける。


「――――ッ!?」


「潰れろッ!」


 リエルの攻撃を止めようと突っ込むアペプだが、そんな巨体の左右に姿を現す氷壁。咄嗟の事態にアペプは僅かに目を見開き、攻撃から逃れようと行動を開始する。


「これで終いじゃッ!」


 思い切り拳を握りしめる。

 その動きと連動して大蛇の左右に出現した氷壁が動き出す。


「――――ッ!」


 轟音と共に氷壁が魔獣・アペプの巨体を押し潰す。


 巨大な双璧に圧迫されることでアペプの動きは完全に封殺される。悲痛な咆哮が木霊し、異界の魔獣が最大の隙を晒す。



「いくぞッ、姉様ッ!」「いこう、リエルッ!」



 二人の声音がシンクロし、リエルの両手に魔力が集中していく。


「大地を裂き、空気を凍てつかせる、氷輪の刃よ、全てを破壊し、勝利を我が手に――氷獄氷刃ッ!」


 膨大な氷の魔力は巨大な氷剣へと姿を変える。

 地下空洞の天井を破壊しながら、立ちふさがる全てを破壊する一閃を見舞う。


「――――」


 氷壁と大蛇を中心に氷山が形成されると、暗闇が支配していた地下空洞に眩い光が降り注ぐ。天井が瓦解し、太陽の光が差し込んでいるのだ。


「やったか……」


『今のは会心の一撃って感じだったけどね……』


 氷山を壊しながら天井が崩壊していく様を、リエルとシュナは静かに見守っている。手応えは十分であるのだが、二人はまだ勝利を確信してはいない。一瞬たりとも大蛇が存在していた場所から視線を反らすことなく、事の顛末を見届けようというのだ。


「…………」


『やっぱり、そう簡単には終わらせてくれないってことかな』


「それならば、また攻撃を叩き込むだけじゃ」


 噴煙の中、そこに健在するものがあった。紅く光る二つの瞳。見上げるほどの体躯を誇る大蛇が変わらずそこに存在していた。


「――――ッ!」


 周囲を包む噴煙を吹き飛ばす咆哮。

 大蛇・アペプは全身に業炎を纏うと、これまでには見せなかった魔力を放出してリエルを睨みつける。


「今度は本気……そう言いたげじゃな」


『向こうが本気を出したなら、私たちも本気を見せてやろうじゃない』


「その通りじゃな」


 要塞国家・マルーダ。

 そこで繰り広げられる二つの戦い。


 異界の魔獣を相手にした死闘はまだ、序章が終わりを告げただけなのであった。

桜葉です。

次回もよろしくお願いします。

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