第七章16 大蛇と金色の狂者Ⅱ
「次来るぞッ、リエルッ!」
「分かっておるッ!」
ルーラ大陸に存在する要塞国家・マルーダ。
その城下町で繰り広げられているのは、世界の巨悪である帝国ガリアが誇る騎士との戦いであった。
世界の各大陸に封印された『魔竜』をその手にするため、帝国ガリアは本格的な行動を開始していた。自国が持つ最高戦力である騎士たちを総動員し、魔竜が封印されている各大陸へと襲撃を仕掛けている。
そんな帝国の動きを知った航大、リエル、炎獄の女神・アスカの三人はルーラ大陸へと訪れ、魔竜が封印されているマルーダ共和国へと訪れた。しかし、そこで待っていたのは既に帝国の襲撃を受けたマルーダの姿であり、航大たちは世界を守るために行動を開始した。
「おらおら、逃げてるだけじゃ終わらねぇぞッ!?」
頭上から響くのは帝国ガリアの騎士であるアワリティア・ネッツの声音である。
倒さなければならない帝国騎士が眼前に居ながら、航大たちはその攻撃を届かせることが出来ない。それは航大とリエルの前に立ち塞がる巨体を誇る大蛇が立ち塞がっているからである。
「とにかくコイツをなんとかせねば……」
「やるしかない……長丁場になるとコッチが不利だ……ッ」
神話に登場する太陽神・アペプ。
巨大な大蛇の姿をした伝説の魔獣が今、剣と魔法が支配する異世界に召喚された。
怠惰のグリモワール。
異界の魔獣を召喚し、それを自在に操る異能。
それがアワリティア・ネッツが持つ力の全容だ。
「主様、儂のスピードに付いて来れるかの?」
「そりゃ難しいだろうけど、でも遅れを取るつもりはないぜ」
「ふっ……それでこそ、我が主ッ!」
マルーダの城下町を覆う氷雪の結界。
リエルが展開する結界の内部であるならば、彼女は絶大な速度を手に入れることが出来る。
「氷雪吹き荒れよ、白銀の世界で、我は舞う――氷幻幽舞ッ!」
刹那の閃光が結界の内部を支配し、直後に瑠璃色の髪を持った少女の姿は消えていた。
「――――ッ!」
己の視界からリエルが消失し、しかし大蛇・アペプにとってそれは些細なことでしかない。神話に生きる魔獣だからこそ、人間に負けるはずがないという絶対の自信。その自信を確固たるものとする圧倒的な力。
轟かせる咆哮は攻撃の合図である。
尻尾を持ち上げ、それを思い切り地面へ叩きつける。
それだけで周囲の大地が揺れ動き、地面が割れ、周囲一体に甚大なダメージを与える。更に割れた地面からは赤く燃えたぎる溶岩流が溢れ出し、航大たちに襲いかかる。
「そんなもの効かぬわッ! 結界範囲、拡張……ッ」
地面が割れていく中においても、リエルはその機動性を生かして敵の攻撃を掻い潜っていく。氷雪結界の有効範囲を拡大し、大蛇・アペプの全身でさえも結界へと取り込んでいく。
「――――ッ!」
「ふん、凍えるくらい寒いじゃろ? しかし、こんなもんじゃないぞ……ッ!」
氷雪結界。
結界の内部はリエルが支配する領域であり、その内部はあらゆるものを凍結させるフィールドと化している。大蛇・アペプの身体も尻尾の先端から徐々に凍結が始まっており、自らの身体に起きた異変に大蛇は驚きを隠せない。
「へぇ……少しはやるじゃねぇか……」
遥か上空で戦いの様子を観察しているネッツも、リエルが見せる新たなる力を前に感心している。
「リエルッ、援護するぞッ!」
「任せた、主様ッ!」
「無限の氷剣、貫き、破壊せよ――無限氷剣ッ!」
割れる地面を飛び移りながら跳躍するリエルを援護するため、航大は氷獄の女神・シュナの力を使役する。両手を広げ、虚空から無数の氷剣を生成する。
「邪魔はさせねぇ……行けッ、氷剣たちッ!」
「――――ッ!」
リエルを視界に捉えんとするアペプは迫る氷剣へと視線を移す。
巨体を誇る大蛇は迫る氷剣を躱すことができない。
「――――ッ!」
アペプの身体へ無数の氷剣が突き刺さる。
鈍い咆哮を上げてアペプの動きが鈍り、その巨体が揺らぐ。
「地上に生まれし氷の波よ、全てを飲み込み、万物を破壊せよ――氷波絶海ッ!」
神話の魔獣・アペプが見せる隙をリエルは見逃さない。
割れる大地を飛びながら魔法の詠唱を完成させると、瑠璃色の髪を揺らすリエルは氷の波を生成し、それでアペプの巨体を飲み込もうとする。巨体を誇るアペプでさえ見上げるような氷の波。それは立ち塞がる万物を飲み込み、永久凍結へと誘うものである。
「――――ッ!」
迫る波を回避することは難しい。
波の先端が降下を始め、その先に待つ大蛇を容赦なく飲み込んでいく。
「主様ッ、追撃を――ッ!」
「万物を砕け、大地を切り裂け、氷牙の前に敵はなし――氷牙業剣ッ!」
アペプの身体が氷波の向こうに消え、しかし航大たちの攻撃はそれだけに留まらない。互いに氷の魔法を得意とした状態で休む暇もなく追撃を行う。
賢者・リエルと女神・シュナ。
姉妹である二人の連携が神話の魔獣を圧倒する。
「よし、手応えバッチリッ!」
「やったか……ッ!?」
噴煙の中に大蛇は消えている。その様子をまだ窺い知ることは出来ないが、二人それぞれが手応えを口にする。噴煙に沈む大蛇がすぐに反撃してくる様子を見せることはなく、絶え間なく襲っていた大地の揺れも静まっている。
「でも、相手は神話の魔獣だ。この程度で倒せるのか――」
異様な静寂に包まれる場面において、確かな手応えを感じながらも僅かな違和感が消えてなくならない。これまでの戦いでも楽なものはなかった。ましてや、今回は帝国ガリアの騎士が仕掛けてきたのだ。
「リエル、やっぱりこのまま終わるはずが――」
少し離れた場所に立つリエルを向く航大。彼女へ警戒を解かないように伝えるためだった。しかし、航大の視界に飛び込んできたのは、これまでに感じていた違和感を確信へと変えるものだった。
「どうした、主様?」
「逃げろッ、リエルッ!」
「――――ッ!」
航大の声音が響き渡った瞬間だった、突如としてリエルを中心とした大地が大きく陥没する。
「な、なんだこれはッ!?」
「リエルッ!」
足元の地面が消失し、リエルの身体は重力に従って地中へと落下を始める。
「主様ッ、来てはならんッ!」
「なに言ってんだッ、お前ッ!」
「あの大蛇は儂だけでなんとかするッ! 主様は帝国の騎士を……大丈夫、すぐに戻るッ!」
「待てッ、一人でなんか――」
「いかせねぇぞ?」
リエルの身体が地中へと消えていく。
それを食い止めようと走る航大だが、その前に立ち塞がったのはこれまで静観を決めていた帝国騎士・ネッツだった。乱雑に伸ばした金髪を風に靡かせて地上へと降り立ったネッツは、その唇を歪めると右手に持ったグリモワールに輝きを灯す。
「てめぇとは決着を付けないといけねぇもんな」
「今はお前と――」
「騎士たるもの、一対一でケリをつける……そんなもんは当然だぜ?」
ネッツに足止めをくらい、航大の視界から完全にリエルが消えてしまう。
リエルは大蛇・アペプと共に地中へと姿を消し、航大は帝国騎士・ネッツと対峙している。完全に分断されてしまった戦場で、航大の焦りは加速していく。
「クソッ……どうすれば……」
『航大さん』
「……シュナ?」
『私がリエルの元へ行きます』
「そんなことが出来るのか……?」
『一時的ではありますが……でも、リエルと力を合わせれば……』
「……分かった」
航大の身体が淡い光に包まれ、次の瞬間にはシュナとの融合が解けた状態へと戻る。
「あん? どういうつもりだ、てめぇ?」
「お前との戦いにシュナの力は必要ねぇ。とっとと倒して、リエルと合流するぜ」
「……言ってくれるじゃねぇか」
こめかみを痙攣させながら声を震わせるネッツ。
帝国騎士との避けられない決戦。
それは静かにヒートアップしながら新たなるステージへと移っていく。
桜葉です。
次回もよろしくお願いします。




