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第七章15 大蛇と金色の狂者Ⅰ

「おらおらぁッ! 逃げてばかりじゃ話になんねぇぞッ!」


「くそッ、本当になんでもアリだな、アイツ……ッ!」


「主様ッ、そっちは危ないッ!」


 マルーダ共和国。


 三つの防壁で守られし要塞国家にて、航大とリエルの二人は最大の敵である帝国騎士と対峙していた。想定外の遭遇ではあったが、帝国騎士の手にマルーダで眠る魔竜を渡す訳にはいかない。


 そのために航大たちは覚悟を決めてこの場へと赴いたのだ。


「あの魔獣は何なんじゃ……見たことも聞いたこともないぞッ!」


 帝国ガリアの騎士。

 怠惰のグリモワールを所有する青年は、アワリティア・ネッツという名だった。


 乱雑に伸ばした金髪の奥に紅蓮の瞳を瞬かせ、ネッツは血気盛んな様子で航大たちへと遠慮なく攻撃を仕掛けてくる。


 彼が所有するグリモワールは、異界の魔獣を召喚し自由に使役するというものである。今、マルーダではネッツが召喚した炎の魔獣・イフリートと炎獄の女神・アスカが激闘を繰り広げている最中である。


「あれは……アペプっていう神話に登場する大蛇だ……」


「ア、アペプ? やはり聞いたこともない……」


「そうだろうな……俺も詳しくは知らないけど、アレはこっち側の存在だからな……」


 ネッツがグリモワールの権能を使って召喚したのは、航大が生まれ育った世界で神話上に存在すると言われる大蛇であった。エジプト神話に登場するアペプは世界の秩序を破壊しようとする存在、または夜の象徴として太陽神に牙を剥く存在であるともされている。


 自身が太陽神であったこともあるとされ、その役割を太陽神として有名な『ラー』へ奪われたことから、より憎しみを強くしたとされる。


「主様はこやつを知っておるのかッ!?」


「知ってるのかと言われても……基礎知識ばかりで、そんなに詳しくは……」


「逃げてばかりでは話にならん……それに、このまま暴れさせては街が壊滅してしまう」


 ネッツが召喚した魔獣・アペプは見上げるほどの巨体を誇っており、ちょっとの移動でも家屋を薙ぎ倒し、地面を抉るほどの力を有している。突如として姿を現した魔獣を前に、航大たちは噴煙を掻き分けて敵の情報を少しでも集めようとしている最中である。


「――――ッ!」


 しかし、咆哮を上げて航大たちを捉える魔獣・アペプは攻撃の手を緩めることなく、無人と化したマルーダの街を徹底的に破壊していく。無人ではあるので、一般の人々が巻き込まれる心配はないが、それでもこの街に人が戻れるように、これ以上の被害拡大は防がなければならない。


「いくぞ、リエルッ!」


「うむ、これ以上好きにはさせんッ!」


 暴れ回る魔獣に対して逃げてばかりはいられない。

 今は一秒でも早く前へ進まなくてはならないのだから。



「固く凍てつく、氷の拳、破壊の一撃を見せよ――氷拳剛打ッ!」



 地面を強く踏みしめ、ありったけの力で宙へ飛ぶと、リエルはその両腕に氷の武装を施していく。攻撃に特化した武装魔法であり、リエルは眼前を覆い尽くさんばかりの巨体を誇る魔獣・アペプに対して拳を振るっていく。


「うらあああああぁぁぁーーーーーッ!」


 男顔負けのけたたましい雄叫びと共にリエルがアペプの顔面目掛けて右の拳を突き出していく。触れた箇所を凍結させ、力のままに破壊する一撃。


「――――ッ!」


 迫るリエルを前にして、鼓膜を破らんばかりの咆哮を上げて牙を剥く。


「その牙、叩き折ってくれるわッ!」


 リエルを噛み砕こうとするアペプを前にしても怯むことなく、瑠璃色の髪を揺らす少女は直進することをやめない。リエルが放つ拳は正確にアペプの牙を捉える。武装魔法によって得た力を振り絞ることで、アペプが口を閉じようとする動きを封じる。


「よし、捉えたッ!」


「ふんッ、このまま――」


 鋭く尖った牙は触れればあらゆるものを貫く。


 しかし、氷の武装を纏ったリエルの拳を砕くには至らず、そのままダメージを与えようと画策するリエルだったが、そんな彼女の目論見は脆くも崩れ去る。


「言ったろ? コイツは太陽神だ。生半可な力じゃ凍らせることはできねぇぜ」


「そう甘くはないかッ!」


「やっちまえ、アペプッ!」


 魔獣・アペプの頭上に乗っていたネッツが命じれば、神話に登場する大蛇もその命令に従うばかり。ギラリと瞳を輝かせると、アペプは自身が持つ力の限りを持ってしてリエルを押し潰そうとする。


「ぐッ!」


「このままじゃ……シュナ、いくぞ……英霊憑依・氷神ッ!」


 強大な武装魔法をもってしても巨大な体躯を誇る大蛇の力の前には、その牙城を保つことが難しい。氷にヒビが入る音が鼓膜を震わせた瞬間、航大はすぐさま内に潜む女神の力を呼び起こす。


 髪を瑠璃色に変え、その身体にローブマントを羽織ると、航大は氷獄の女神・シュナの力を顕現させる。


「女神の力、少しは使いこなせるようになったかよ?」


「それを今から見せてやるッ!」


 ネッツは氷都市・ミノルアを襲撃した際に航大が見せた女神の力と対峙を果たしている。女神と融合を果たし、人智を超えた力を有する航大を目の当たりにして、ネッツの表情が楽しげに歪む。


 彼は根っからの狂戦士である。

 自らと同等の力を持つ人間との戦いに血を踊らせるのだ。


「まだじゃ、主様ッ!」


 航大とネッツの両者が睨み合う中、そんなリエルの声音が響く。


「そこは一旦退くんだリエルッ、そのままじゃ魔法が……」


「あん? まだ耐えてたのか? おい、アペプ。とっとと殺っちまえって」


「――――ッ!」


 ネッツの言葉に呼応するようにしてアペプがリエルの武装魔法をいとも容易く打ち砕く。そのまま口を閉じて小柄な少女を砕こうとするが、リエルは咄嗟の判断で体勢を変化させると、アペプの口内から脱出を図る。


 口を閉じようとする力をあえて受けることで、その勢いのままに宙へと身体を投げ出したのだ。凄まじい速度で地面へと落下し、周囲に噴煙を巻き上げながらもリエルは間一髪のところで事なきを得る。


「大丈夫かッ、リエルッ!?」


「なんとも、こちらの思う通りには進んではくれないの……」


 噴煙の中心、そこでリエルは立ち上がると、身体に付着した土埃を払いながら小さく舌打ちを漏らす。両腕を覆っていた氷の武装魔法は跡形もなく消失しており、むしろそれをクッションにすることでダメージを防いだ形となる。


「こうも簡単に武装魔法を崩されてしまうとは……」


「そうだな。あいつは俺が生まれた世界では神話上の魔獣とされた奴だ。そう簡単に倒せる敵じゃない」


「神話の魔獣……」


 二人が見上げる先。


 そこには視界を埋め尽くす巨体を誇った大蛇・アペプが君臨しており、その頭上に立つネッツはつまらなさそうに欠伸を漏らしている。


「まぁ、そういうことだ。さぁ、太古の魔獣よ……もっと暴れちまえッ」


 アペプの頭上から動きを見せなかったネッツはそう一言呟くと、軽い動作で遥か高い宙へと飛んだ。背中に羽が生えているかのような動きだ。


「――――ッ!」


 ネッツが頭上から姿を消すと、アペプは今までにない咆哮を上げて行動を開始する。


「来るぞッ!」


「うむッ!」


 咆哮を上げる魔獣は頭から航大たち目掛けて突っ込んでくる。


 再びその牙で襲おうというのか、凄まじい速度で突進するアペプに対して、航大とリエルは冷静に攻撃を回避するための行動を取る。単調な攻撃では今の二人を倒すことは到底不可能である。


「――――ッ!」


「なんだこいつッ!?」


「地面に潜ったじゃとッ!?」


 航大とリエルの二人がそれぞれ左右に散ったことにより、アペプは顔面から地面に激突することとなった。しかし、彼の動きは衝突したくらいで止まることはない。


 凄まじい速度で地面へと落下し、勢いのままにその巨体を地面にのめり込ませていく。



「美しき氷の華、凍てつく世界に咲き誇れ――氷雪結界ッ!」

「天地を凍てつかす究極の氷槍よ、あまねく悪を穿て――氷槍龍牙ッ!」



 大蛇・アペプは神話に登場する魔獣である。

 伝説上の生物が単純な攻撃に徹するはずがない。これから何かが始まる。

 それを察したからこそ、航大とリエルは反撃の体勢を整えながら一瞬の好機を伺う。


「下から来るだろうな」


「そうじゃな。下に潜っておるからな」


 地面が断続的に揺れている。


 魔獣・アペプが地中で動き回っている。どこから出てくるのか、それを瞬時に見極め、そして準備した一撃を打ち込むために――。



「「――――ッ!?」」



 身構えた瞬間だった。

 航大とリエルを中心にして広範に渡って地面が突如としてひび割れる。

 割れた大地から赤く輝く溶岩流が溢れ出し、マルーダの城下町を埋め尽くそうとする。


「そんなの――」

「ありなのかよッ!?」


 全く規模が違う。

 想定を遥かに上回る超常の現象が航大とリエルの二人に襲いかかる。


 マルーダを舞台にした巨悪の戦い。

 それは少しずつ、歩くような速さで激化の一途を辿ろうとしているのであった。

桜葉です。

次回もよろしくお願いします。

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