第七章14 帝国騎士との対峙
「アスカは大丈夫かな……」
マルーダ共和国の城下町。
航大とリエルの二人はアスカと炎の魔獣・イフリートが戦ってる第一区画・ルインを抜け、今は第二区画・ナルナへと足を踏み入れていた。
マルーダ共和国は全部で三つの防壁によって守られ、区切られた国家である。防壁にはあらゆる魔法を無力化する力が存在する。要塞国家と呼ばれるマルーダであるが、世界を集中に収めようとする帝国ガリアの騎士による襲撃を受けている最中であった。
「あの人はかつて魔竜から世界を救った女神じゃ。魔獣にやられるような人ではない。儂たちは今、先に進むことだけを考えるべきじゃ」
「……この先に帝国騎士がいる。今度こそ、決着をつけないと」
「そうじゃな。そうしなければ、この世界に未来はない。女神たちが守り抜いてきた世界……それを儂たちが守るんじゃ」
「あぁ、とにかく今は急ごう……奴らが魔竜をゲットする前に――」
「誰を探してるんだ?」
その声音が響いた瞬間、航大とリエルの警戒心が極限にまで高ぶる。野蛮で粗暴、敵意と殺意を隠そうとしない男の声を、航大たちは以前にも聞いたことがあった。
決して忘れることのできない氷の街での悲劇。
その張本人が今、航大たちの眼前に姿を現した。
「俺の名前を覚えてるか?」
「アワリティア・ネッツ……ッ!」
「正解だ。よく覚えてたじゃねぇかッ!」
全身を襲う異様な威圧感。
突如として現れた全ての元凶を前にして、航大とリエルの警戒心は高まっていくばかりである。
純白の生地に金の装飾が散りばめられた軍服は帝国ガリアの騎士であることを証明するものである。
乱雑に伸ばされた金髪と、その奥で光る紅蓮の瞳が航大たちを射抜く。
帝国ガリアの騎士で怠惰のグリモワールを所有するアワリティア・ネッツ。
倒すべき敵が自ら接触をしてきたのだ。航大とリエルは互いに顔を見合わせ、その身体に魔力を集中させていく。臨戦態勢を整え、いつ戦いが始まってもいいように準備を整える。
「邪魔が入るとは思ってたが、まさかこんなに早いなんてな。しかも、邪魔者がテメェかよ……」
「魔竜を渡す訳にはいかない……」
「けっ、俺たちの目的までも筒抜けってことか。まぁ、それなら話しは早ぇ。邪魔するなら潰すぞ?」
「上等だ。やってみろ……ッ!」
「主様、あまり挑発には乗るな。相手は帝国の騎士、何をしてくるか分からんぞ」
「ん? なんだそのガキ。お前、そんなガキを連れてるのか?」
「…………」
「おい、リエル……あまり挑発には……」
「ふふふ、この儂が小童の挑発に乗るはずがないじゃろ?」
「よく聞こえねぇぞ、クソガキ」
「その減らず口、まず最初に潰してやろう」
「…………」
帝国騎士であるネッツの言葉にリエルがこめかみをピクピクと痙攣させている。相手の挑発に乗るなと言っておきながら、ネッツの言葉にリエルは笑みを浮かべながらもその裏では尋常じゃない怒りを感じている。
隣に立つリエルからひんやりとした魔力が溢れているのを確認し、航大は努めて冷静に状況を分析しようとする。
まず、目だけを動かして周囲を確認する。
今、航大たちが存在するマルーダの城下町、第二区画・ナルナは、第一区画・ルインと同様に普段は国民が生活する区画に位置づけられており、ルインと比べて家屋が立派であり階級の高い人間が住まう区画であることは間違いない。
ルインと同様に住民の避難は完了しているのか、人影は見えない。
「ここにも人がいない……どうなってるんだよ、これ……」
「ふむ……普段から避難の訓練が徹底されている……ということかの……」
「おい、なにコソコソ話してんだよ。こっちだって暇じゃねぇんだ。とっとと終わらせるぞ」
航大とリエルが周囲を確認していると、ネッツは苛立ちを露わにしていった。
舌打ちを漏らし、敵意と殺意をより強くすると、彼は金髪の中で瞬く紅蓮の瞳を輝かせる。その身体に纏う禍々しき魔力は勢いを増していくばかりであり、対峙する航大とリエルは肌をピリピリと刺す威圧感に生唾を飲む。
ついに動き出した世界最悪の『脅威』との戦い。
今、その火蓋が切って落とされようとしているのだ。
「……主様、ここは儂がメインとなって戦う」
「はっ? どういうことだよ、それ」
「このマルーダにはもうひとり、帝国の騎士が来ている可能性は高い。だからこそ、この場で儂たち二人が力を使い切ってしまっては、後の戦いにも影響が出る」
「そ、それはそうだけど、相手は帝国の騎士だ。いくらなんでも二人がかりじゃないなんて……」
「――もうあの時の儂ではない」
リエルの言い分を理解することは出来る。
氷都市・ミノルアを襲った際も、帝国の騎士は二人で行動をしていた。
あちこちから黒煙が立ち込めていることから、ミノルアの時と同じくネッツは炎を扱う帝国騎士と共に行動している可能性は極めて高い。しかし、それでも相手は世界を手中に収めんとする帝国の最大戦力である。
ミノルアで対峙した時から比べて、航大たちは成長している。数多の戦いを潜り抜け、力も付けた。
航大の隣に立っていた瑠璃色の髪を持つ少女は、その瞳に強い輝きを灯して一步を踏み出す。
「あん? てめぇが俺の相手をするってのか?」
「ふん、貴様みたいな小童、本来ならば儂だけでも十分じゃ」
「ふざけてんのか?」
ネッツの苛立ち、怒りを孕んだ声音に場の空気が一層と重くなる。
「聞こえなかったか? 貴様なぞ、儂一人でも十分だと言っておるんじゃ」
「ここまで俺をイラつかせるのは、ランズくらいだと思ってたが……そうじゃなかったみたいだな」
売り言葉に買い言葉。
リエルとネッツの相性は見るからに最悪である。
互いに視線でバチバチと火花を散らす中で、航大は虎視眈々と戦術を頭の中に思い描いていく。
『航大くん、やっちゃうなら一気に全力で……』
『いえ、ここは私に任せて貰えませんか?』
「……シュナ?」
『可愛い妹が戦うというのに、姉である私が黙ってる訳にはいきません。あの子の考えは尊重しつつ、私の力で援護をしたいと思います』
「よし、シュナ……力を貸してくれ」
『……はいッ!』
航大の内に潜む氷獄の女神・シュナ。
彼女は賢者・リエルの姉であり、自ら援護をしたいと名乗り出た。二人の関係性を知っているからこそ、航大はその提案を承諾する。
「リエル、こっちは行けるぞ」
「うむ。承知した」
小さな声音でリエルへと準備完了を告げる。
それを聞いたリエルは頷くと、更に一步前へ踏み出し、右手を伸ばすとそこへ魔力を集中させていく。
「けッ、準備は出来たってか? 上等だぜ……ッ!」
ネッツもまた舌打ちと共に懐から取り出すのは、異形の力を宿したグリモワールである。
『怠惰』の大罪を冠したグリモワールであり、その力の強大さは少し前に航大たちも目の当たりにしたばかりである。そのグリモワールは異界の魔獣を自在に召喚する力を有している。
今この瞬間にも、炎獄の女神・アスカは炎の魔獣・イフリートと死闘を演じているはずである。
「てめぇら相手に手加減はいらねぇな。こっちだって暇じゃねぇんだ。さっさと終わらせるぞ」
ネッツが持つグリモワールに淡い光が灯る。
マルーダ共和国を舞台にした帝国騎士との戦い。
その火蓋が切って落とされようとしていた。
桜葉です。
次回もよろしくお願いします。




