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第二章18 二冊目のグリモワール

第二章18 二冊目のグリモワール


「とりあえずさ、俺って面倒なのが嫌いだからさ、サクっと死んでくれない?」


 老人口調を使いこなす永久凍土の賢者・リエルと話を続けていると、不意にそんな男の声が結晶で形勢された大聖堂に響き渡った。その声に振り返れば、大聖堂の入口付近に人影があり、気怠げな様子で首を傾けながら、ゆっくりと航大たちの方へ歩いてくる。


「一日にこれだけの人間がこの場所に入ってきたのは、ここ数百年の間でも初めてじゃな」


「……数百年!?」


「ふむ、儂を見た目だけで判断するでないぞ。こう見えても、お主よりは遥かに永い時を生きているのじゃ」


 突如やってきた人影に険しい顔つきをしていた賢者・リエルも、航大と話す時には幾分その表情を和らげる。


しかし、航大の方をチラッと軽く見た後は、リエルはまた表情を険しいものに変えて、歩いてくる青年を睨みつける。

 その視線は航大がやってきた時とは明らかに様子が違っていて、リエルは三人目の来訪者を招かざる客と判断したようだった。


「おーおー、恐い顔してるなー、お嬢ちゃん」


「……誰に向かって、お嬢ちゃんなどとほざいておる。目の前におるのは、年上じゃぞ? もっと敬うがいい」


「すまねぇな、俺は見た目だけしか信用しないんだわ。だから、俺にとってはアンタはお嬢ちゃんなんだよ」


「命知らずな輩も居たものじゃ。何の用かは分からぬが、即刻この場から立ち去るがいい」


 これ以上は話をするのも時間の無駄と、リエルは雑に手を振ると、着実に近づいてくる人影に去るよう命令する。


「まーまー、そう言うなよ。ここまで来るの、結構大変だったんだぜ? 少しくらい、俺と話をしてくれてもいいじゃねぇか」


 しかし、そんなリエルの仕草に従うことなく、人影は歩を止めることはなかった。

 最初は小さな粒だった人影も、近づいてくることで次第にその容姿を判別できるようになってくる。


「なっ……あれはッ……?」


 声から想定していた通り、歩いてきているのは男だった。それも見た目からは、航大と同じ年か少し上くらいで、乱雑に伸ばしてボサボサな金髪と、その奥に垣間見える紅蓮の瞳が印象的だった。


 しかし、航大がそれ以上に驚きを隠せなかったのは、青年が身に纏っている衣服のせいだった。青年は純白の生地に金の装飾が施された軍服のような衣服に身を包んでいた。


 その忌々しい衣服を航大は一生忘れることがないであろう。それは北方の大都市・ミノルアへやってくる前に、航大たちが立ち寄った小さな宿村・ヨムドンを焼き払った張本人が着ていた衣服と同じだったからである。


 消えることのない炎を村全体に撒き散らし、数多の命を奪ったガリア騎士である青年もその衣服に身を包み、周囲で燃え盛る炎とは真逆の冷めた瞳をしていた。


 ヨムドンを焼き尽くした青年は、自分のことを帝国ガリアの騎士だと名乗った。


 そうなると、今この大聖堂に現れた金髪の青年もまた、帝国ガリア騎士の一人……ということになる。思わぬ形で、また帝国ガリアとの邂逅を果たす航大。ヨムドン村を焼き払った青年の記憶が生々しく残る中での邂逅は、それだけで航大に最大限の警戒心を抱かせた。


「……なんじゃ。おぬし、あやつのことを知っているのか?」


「いや、あいつとは初対面なんだけど、アレと同じ服を着た奴を知ってる。そいつは、この近くにある村を焼き払った奴だ」


「ふん、やはりそういったタイプの奴じゃったか。あやつからは、夥しい数の血の匂いがぷんぷんする」


 表情を忌々しげに歪めて、リエルは青年から視線を外すことなく睨み続ける。

 血の匂いがする。

 リエルは確かにそう言って表情を顰める。そんな彼女の言葉に、航大は背中に冷たい汗を流して、正面から歩いてくる青年に対して身構える。


「そんな身構えなくてもいいって。さっきも言ったように、サクっと死んでくれればそれでいいからさ」


「……儂がそんな簡単に死ぬと思うのか?」


「ほら、人間なんてさ死ぬ時はあっという間なんだよ。とにかく、なんも抵抗しないでいいからさ、俺にやられちゃってよ。その方が簡単で楽でいいしさ」


 青年の言葉は常軌を逸していた。

 常識的な思考を持ち合わせているのであれば、自分の言動がいかに異様なのかを理解することもできるものだが、唇を卑しく歪ませる青年は、自分の言葉が絶対に正しいという自信が見て取れる。


 彼が何をしてくるのかが分からない。


 それに今、航大は戦う術を一切持たない状況である。腰にぶら下げていた剣もどっかに失ってしまい、さらにユイもヒュドラの毒によって戦線離脱。この場で航大が最も頼りにするライガは、未だ大聖堂の隅で寝息を立てている。


「儂をただの人間と一緒にするでないと言うておるだろう。あまり舐めた口を聞いていると、痛い目を見ることになるぞ?」


 その言葉と共に、リエルの周囲を異常な冷気が漂い始める。

 水色の髪がふわりと冷気に揺れて、リエルは瞬く間に臨戦態勢を整えていく。


 そんな彼女の様子に、紅蓮の瞳を持つ青年は重く、永い溜息を漏らして手入れすらされていない金髪の中に指を入れる。後頭部付近を引っ掻いているのか、紅蓮の瞳を半開きにして青年は態度から気怠さを全開に見せつけてくる


「やっぱりこーなるんだよなー。俺はただ面倒くさいのが嫌いなだけなんだよ」


「貴様のために落としてやる命など、生憎持ち合わせておらなくてな。この場を荒らすと言うのなら、逆に儂が貴様の命を散らしてやろう」


「おー、それは恐い恐い。じゃあ、その言葉が本当なのかどうか――試してみるか?」


 気怠げな様子から一変して、青年は戦いのスイッチが入ったかのように、その瞳に生気を漲らせていく。紅蓮の瞳が燃え盛るように爛々と輝き、これ以上ないくらい楽しげに唇を歪ませると、懐から一冊の本を取り出す。


「――ッ!?」


 青年が手にする分厚い漆黒の装丁をした本に、航大は己の目が驚きに見開かれているのを感じていた。

 それは航大が持っているグリモワールと見た目が酷似しており、それを青年が持っていることに驚愕を隠せない。自分を異世界に転移させ、本が持つ権能を用いることでここまで生きてきた航大。もし、ガリアの騎士服に身を包む青年も、航大と同じような権能を持つと言うのなら……それはあまりにも危険である。


「ふん、その言葉……後悔するんじゃないぞ?」


 その言葉を合図に、賢者リエルは右手を青年に向けて突き出す。

 すると、周囲を取り囲んでいた冷気が両剣水晶を形勢し、人間大のサイズにまで成長すると音もなく青年へ飛翔していく。


「よっと……」


 瞬く間に眼前まで接近を果たそうとする結晶の攻撃を、青年は軽やかな身のこなしで躱していく。

 航大にとって、あの攻撃を躱すことが驚きであり、しかしリエルはそれも想定の内であると言わんばかりに、表情に変化を見せない。


「あれだけの大口を叩いたんじゃ、これくらいでは死なんだろ」


「そう簡単に死ぬ訳にもいかないんでね。てか、俺にはやらなくちゃいけないことがあるから、死ぬことは出来ないんだけどさ」


「帝国ガリアか。また、良からぬことを企んでおるのだろう」


 リエルはそう言いながら、結晶による攻撃を続けている。

 数多の両剣水晶が生成され、青年の細い身体を貫こうと飛翔する。しかし、言葉を交わしながらも、青年はそんなリエルの攻撃を尽く躱し続けていく。


「まぁまぁ、そー言うなって。総統はこの世界を作り直そうとしてる。総統が作る新しい世界……それはきっと、いい物になるさ」


 攻撃を躱し、躱し、躱し続ける青年は、俊敏で無駄のない動きを見せる身のこなしとは打って変わって、間延びした声でリエルの言葉に答える。


 帝国ガリアが何を考えているのか。


 それはあまりにもスケールが大きく、現実味のない言葉に聞こえるのだが、ここは異世界で剣と魔法が支配する世界。圧倒的な力を持ってさえすれば、世界を作り変える、そんなことも可能なのかもしれない。


「……数百年前。世界を巻き込んだ戦争をまた起こそうと言うのか?」


「数百年前のことなんて、どーでもいいんだよ。とりあえず、俺は今、課された使命を果たすことだけに集中しないといけないんだよ」


 ここまでリエルの攻撃に対して反撃をしてこなかった青年は、その手に持った漆黒のグリモワールのページを開く。すると、漆黒の装丁をしたグリモワールが眩い光を放ち始め、それは航大が英霊を召喚する時と全く同じ光景であった。


「さぁ来い――我の手となり足となり戦えッ!」


 青年はグリモワールにかざしていた手を天へ突き上げる。すると、グリモワールを包み込んでいた光はその力を増していき、最後には目も開けていられない輝きが大聖堂を包み込んでいく。


「――ッ!」


 一瞬、大聖堂は静寂に包まれ、次の瞬間にはどこか聞き慣れた魔獣の咆哮が木霊する。


「あれはッ……ケルベロス……ッ!?」


「魔獣を生み出すとは、奇妙な魔法を使うものじゃな」


 青年を守るようにして立ち尽くす三つ首の魔獣は、航大が住んでいた元世界でもメジャーなケルベロスと呼ばれる魔獣だった。神話に登場し、冥王ハーデスの忠実なる下僕。冥界の番犬として猛威を振るうケルベロスは、眼前に立ち尽くす航大とリエルを敵対勢力であると瞬時に判断し、鼓膜を破らんばかりの咆哮を上げ続ける。


「さて、お遊びはこれくらいにして、そろそろ本気で死んでもらうとしようかな」


 自分の背丈の何倍も巨大な魔獣・ケルベロスを完全に手懐けた青年は、そう言うと唇を卑しく歪ませるのであった。


桜葉です。

ようやく、この物語における最大の敵のその一部が姿を現しました。


次回もよろしくお願いします。

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