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第七章10 炎獣・イフリートとの戦いⅠ

「さぁ、楽しもうじゃないか。我の炎と貴様の炎、どちらがより強いのかッ!」


「――――ッ!」


 ルーラ大陸と呼ばれる大地に存在するのは要塞国家・マルーダ。


 分厚い防壁によって守られし国家は今、世界を手中に収めんとする帝国ガリアの騎士による襲撃を受けていた。大罪の名を冠したグリモワールを所有する帝国騎士は、異形の力によって要塞国家すらも壊滅させようとしていた。


 魔力を無効化する防壁が存在しようとも、グリモワールの力を使役する帝国騎士の前には意味を成さない。


 異界の魔獣を召喚する怠惰のグリモワールを所有する帝国騎士アワリティア・ネッツ。

 自在に業炎を操る憤怒のグリモワールを所有する帝国騎士ルクスリア・ランズ。


 一人でも相当な力を持つ帝国騎士がマルーダ共和国には二人存在している。


 帝国騎士たちの狙いはマルーダに封印されている魔竜にあることは確かである。帝国ガリアが全ての魔竜を手にすることがあれば、世界は確実に終末へと突き進むことになる。


「貴様の名は、確か……イフリートとか言ったな? その体躯、そして炎……相手にとって不足なし」


「…………」


「ふむ、こちらの言葉は分からないか……まぁ、魔獣であるならばそれもしょうがない」


「――――ッ!」


 航大、リエル、アスカの三人は魔竜を手にしようとする帝国騎士たちを打ち倒すためにマルーダ共和国へとやってきた。しかし、そこで航大たち一行の前に立ち塞がったのは、異界から召喚されし魔獣たちであった。


 炎獄の女神・アスカの力によって魔獣を蹴散らす航大たちであったが、次なる区画へと進もうとした際に現れたのは、これまでの魔獣とは格もレベルも違う『イフリート』と呼ばれる炎の悪魔であった。


 四足でしっかりと大地を踏みしめており、人間が見上げるほどの体躯を誇る身体はどこか人間と似ている。後ろ足を覆うは隆々とした筋肉であり、前足部分よりも発達していることが伺える。前足、後ろ足共に鋭利で長い爪が輝いており、完成された筋肉から放たれる爪による攻撃は一目で驚異だと認識させられる。


 どこか狼に似た頭部には捻れた角が二本生えている。その様子は普遍的に存在する悪魔が持っているものとは長さも大きさも異なっており、イフリートと呼ばれる悪魔が持つ力を誇示しているようでもあった。


 全身からは絶え間なく炎が湧き上がっており、炎獄の女神・アスカと同様に炎を自在に操ることが可能であることは間違いない。


 炎と炎の衝突。

 それが今、マルーダ共和国の城下町を舞台にして幕を開こうとしていた。


「――――ッ!」


 まず最初に動きを見せたのはイフリートだった。


 待ちきれないといった様子で弾けるようにして飛び出すと、地面を抉りながら一直線にアスカへと突進する。


「ほう、先制攻撃とは勇ましい。悪くないぞッ!」


 あっという間に距離を詰めるイフリートだが、それと対峙するアスカに怯む様子は見られない。むしろ、突如として始まった戦いを歓迎しているようでもあり、その口をニヤリと大きく歪ませると、両足に力を溜めていく。


「まず最初は真っ向からの力勝負ッ! そういうものだろう――?」


 その言葉と共にアスカもまた地面に大きなクレーターを作り出しながら跳躍する。


 撃鉄が降りて発射された弾丸のように突進するアスカが狙うのは、自分よりも遥かに大きな巨体を持つイフリートだけである。普通の人間ならばイフリートを前に真っ向からの戦いは避けるものだろう。


 しかし、他の女神たちと違い戦いを好む狂戦士たる側面を持つアスカには関係ない。

 彼女はとにかく強者との激突を望んでいるのだ。

 世界の均衡を保つのは、自身の戦闘欲を満たす副産物にしか成りえない。


「「――――ッ!」」


 言葉にならない怒号が響き、二つの影が正面から衝突する。


 衝突したポイントを中心に周囲一体に凄まじい衝撃が駆け抜けていく。それは、倒壊した家屋の瓦礫を吹き飛ばし、未だ形を保っている家屋ですらも衝撃によって倒壊していくほどであった。


「ふんッ!」

「――ッ!」


 衝撃波を周囲に展開させながら、アスカとイフリートは衝突を続けている。

 互いに得意な炎などは使わない、ただ単純な力同士の衝突。


 どちらも引くことはなく、互いに放つ力は互角である。

 周囲に広がった衝撃が収束を始める。

 瓦礫を纏った砂塵の暴風が二人を中心に巻き起こる。


「…………」


 刹那の静寂が支配した後、暴風から飛び出す影があった。


「さすがの力……しかし、この程度ではないだろう?」


「――――ッ!」


 飛び出してきた影から少し遅れてもう一つ巨大な影が飛び出してくる。

 全身に炎を纏った獣は自分の好敵手に値するであろう少女だけを見つめると、その口を大きく開いた。


「――――ッ!」


 口の中に巨大な炎球が生まれる。


「――来いッ!」


 イフリートが起こす行動を察し、アスカは逃げるでも、回避行動を取るでもなく、ただ笑みを浮かべて受ける姿勢を見せる。膨大な魔力が一つの塊へと集中していく、誰が見ても危険な攻撃がやってくる。それにも関わらずアスカは笑っている。ただ笑って、自分の知らない世界が広がる瞬間を楽しんでいるのだ。


「――――ッ!」


 凄まじい炎を溜め込んだイフリートが咆哮と共に炎球を弾き飛ばす。


 大きく反らされた上半身が戻るのと同時に炎球が飛び、凄まじい速度でアスカの身体を焼き尽くそうとする。


「空気を焦がし、大地を燃やし、立ち塞がる全てを灰燼と化せッ――絶・炎獄拳ッ!」


 接近する炎獄に対して、炎獄の女神・アスカが取った行動は迎撃であった。


 両手に紅蓮の炎を宿し、右腕を思い切り振りかぶると、炎球の衝突に合わせて右拳を思い切り突き出していく。


「――――ッ!」


 眩い閃光がマルーダの城下町を照らす。

 光に少し遅れて轟音と衝撃が周囲に広がり、再び城下町を吹き飛ばしていく。


「これほどとは……我の力に対抗できる存在が……ようやく現れたッ!」


 突き出した拳は炎球を受け止める。

 しかし、イフリートが放つ炎球は虚空で制止した状態で徐々に膨張していく。


 アスカがその異変に気付いた時には全てが手遅れだった。膨張していく炎球が持つ攻撃範囲は広い。今から全力で距離を取ったところで影響から完全に離脱することは不可能だろう。


 零距離での直撃。

 それが意味することを理解し、理解しても尚、アスカは逃げることをしなかった。


 彼女の脳内には後退するという選択肢は存在しない。

 自分を楽しませてくれる敵を前に後退することなど有り得ないのだ。


 一秒でも長く、この戦いを楽しみたい。

 それがアスカの心からの願いなのだから。


「――――ッ!」


 極限にまで膨張した炎球が弾ける。


 これまでとは比べ物にならない衝撃と業炎が広がり、あらゆるものを飲み込み、灰燼へと姿を変えていく。極限にまで高められた破壊の衝撃。それを最も近くで受け止めることとなったアスカの身体は業炎の中に消えている。


「…………」


 弾ける炎球の姿を見ながら、しかしイフリートは勝利を確信することはなかった。

 全身の神経を研ぎ澄ませ、業炎の中に消えた『敵』の行動を伺っている。



「穿て、焼き払え、邪悪なる魂は轟炎に沈む――炎閃轟炎ッ!」



 炎の中から聞こえてきた声音は旋律となってイフリートの鼓膜を震わせた。


 直後、イフリートの身体は僅かに震えるのだが、その意味を理解するよりも早く炎の中から飛び出してくるものがあった。


 それは極限にまで凝縮された炎の一閃であった。

 細いレーザーのような炎が突如として姿を現し、一直線にイフリートを目指して飛翔を続ける。


「――――ッ!」


 それは咄嗟の行動だった。

 イフリートは両腕をクロスさせて防御の体勢を整える。

 そうしなければ放たれた攻撃を防ぐことが出来ないと本能的に察したからである。


 彼もまた背中を見せて逃げるという選択肢を取ることはなかった。自分に真っ向からぶつかってくるアスカを前にして逃げることは出来なかったからである。


「消え去れッ!」


 怒号が響き、イフリートが放った炎球の影響が一瞬にして霧散する。

 全身を燃やしながらアスカは笑っている。

 右拳を突き出した正拳突きのような体勢のまま、自らが放つ攻撃の行く末を見守っているのだ。


「――――」


 再び静寂が支配した後に閃光が周囲に迸る。


 防御を固めたイフリートに炎の一閃が直撃すると、閃光が傘を開くように周囲へと散らばっていく。イフリートが展開している守護魔法によって一閃は枝分かれ式に巨体から弾かれるように後方へと飛び、マルーダ共和国を守る防壁に直撃していく。


「そうだ、それでいいッ……」


 あらゆる魔法を無効化する防壁へとアスカの攻撃が直撃していくと、魔法を無効化するはずの防壁が凄まじい衝撃に揺れ動く。


「…………」

「…………」


 イフリートが放った炎球。

 炎獄の女神・アスカが放った炎の一閃。


 互いに放った攻撃は互いを殺める結果を生むことはなかった。

 それでいいのだ。

 ここまでの攻撃行動の全ては互いの実力を推し量る意味しか持たないのだから。


「第二ラウンドといこうではないか。炎の魔獣よ」


「…………」


 イフリートは自分の肌が粟立っていることを感じた。そんな経験は今までに存在せず、自分の眼前に立つ少女が放つ殺気と威圧。それを真に受けて彼もまたこの戦いに楽しみを見出そうとしている。


 炎を極めし二つの影は、この戦いに勝利するためには死力を尽くす必要があることを察したのであった。

桜葉です。

次回もよろしくお願いします。

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