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第七章5 難攻不落の大陸

「船のスピードはこれが限界なのか?」


「はい、今のスピードが限界でして……」


「ルーラ大陸へはどれくらいで着くんだ?」


「天候が荒れなければ、一日もあれば……」


「一日か……」


 バルベット大陸を出発して数時間。


 もうじき陽も暮れようかという時間になりつつある中で、航大、リエル、アスカの三人は小型船に乗ってルーラ大陸を目指していた。見渡す限り空と海が広がるばかりであり、海が静かなことに反して航大の気持ちは逸るばかりであった。


「主様、どうしても到着までは時間が掛かる。今は休むことも大事じゃぞ?」


「そうなんだが……今、この瞬間にも帝国の奴らが、って考えるとな……どうしても……」


「これからの戦いは間違いなく今までとは全然違ってくるじゃろう……だからこそ、休める時に休んだほうがいい」


「あぁ……分かった。適当なタイミングで休むよ」


 船の甲板で行き先を見つめる航大を心配するのは瑠璃色の髪を揺らす少女・リエルだった。彼女は航大と共にルーラ大陸のマルーダ共和国を目指すメンバーであり、これまでの戦いと同様に航大をサポートする立場にある。


 今、航大は静かに危機的な状況へと陥ろうとする世界を目の当たりにして焦りを感じている。


 こんな時こそ自分が航大を助けなければならない。

 世界を救う唯一の鍵となり得る主を命にかえても守ることがリエルに求められている役割であった。


「急速、急行、直行。確かに身体を休ませることも重要ではあるが、世界に迫る危機が存在することもまた事実」


 航大とリエルが会話をする中、特徴的な言葉遣いと共に姿を現したのは炎獄の女神・アスカだった。


 紅蓮に燃えるような赤髪と勝ち気な印象を与える釣り目、そして黒を基調に赤のラインが刻まれた騎士服に身を包むアスカは、堂々とした立ち振舞に腕を組んで航大たちを見据えている。


 その瞳は爛々と力強さを携えており、航大たちを見据える瞳が揺らぐことはない。


「しかし、船はこれ以上の速度を出すことはできない。それならば、今は休むしか――」


「女神の力を使えば良い」


 リエルの言葉を遮るようにしてアスカが堂々と言い放つ。


「め、女神の力じゃと……?」


「そうだ。航大といったか、貴様の中には氷獄の女神・シュナと、暴風の女神・カガリが潜んでいるな?」


「あ、あぁ……」


「少しでも早く到着したいのならば、方法は実に単純明快である」


 したり顔でマイペースに話を続けるアスカの勢いに航大とリエルは口を挟む余地がない。


「暴風の女神・カガリの力を使うことで、船の速度を上げればいい」


「…………」


「あやつは風の魔法を自在に扱えるはず。それならば、船を魔力で持ち上げ凄まじい速さで移動することも可能だろう」


「いけるか、カガリ?」


『え、まぁ……出来ないことはないね』


「よし、それなら……やってみよう」


「うむ、即決即断。時間は有限だ、早い選択が良い未来を手繰り寄せるだろう」


「主様、大丈夫なのか……?」


 今は一秒でも時間が惜しい。


 航大は少しでも早くルーラ大陸へと到達するため、リエルの忠告を無視して先へと進むことを決める。その様子をリエルは不安げな表情で見守るばかりである。


「リエルこそ、ハイラント王国では大変だったんだ、今すぐにでも休んだ方がいい」


「いや、儂は……」


「俺の方は大丈夫だ。ハイラントでも寝ちまったし……」


「…………」


「こっちはアスカもいるし、他の女神たちだって居るんだ。何かあったらちゃんと連絡するからさ。今はとにかく休むんだ、リエル」


「はぁ……こうなると主様は引かんな。分かった、少しだけ休ませてもらう」


 これ以上は何を言っても無駄であると悟ったリエルは小さなため息と共に踵を返す。彼女が向かうのは船内に存在する小部屋であり、そこには小さいながらもベッドが存在している。


 船が揺れてしまうのではないかという不安もあるが、今は何よりも急ぐことと、リエルの休息が必要であることに間違いはない。


「よし、それじゃ力を貸してくれ、カガリ」


『ふぅ、しょうがないね。こっちはいつでも準備おっけーだよ』


「英霊憑依――風神ッ!」


 その言葉をトリガーとして航大の身体に暴風が姿を現す。身体の内から膨大な魔力が溢れ出し、全身を包むことで航大の姿は異形のものへと変化していく。世界の均衡を保ち、圧倒的な力を持ってして魔竜を退けた女神の力が一人の少年と一体化する。


 髪が鮮緑へと変色し、細身の身体を覆うのは深緑のローブマント。


 暴風の女神・カガリと融合を果たす航大は、上半身を綺羅びやかな装飾が施されたシャツに、下半身は膝から下が露出した半ズボンを身に纏っている。徹底的に動きやすさを追求した服装が印象的であり、風を司る女神の力を用いて航大は神速を手にする。


「驚愕、衝撃、震動。本当に女神と一体化することが出来るのだな」


 吹き荒れる暴風と共に姿を変えた航大を目の当たりにして、紅蓮に燃えるような赤髪を揺らす炎獄の女神・アスカは僅かにその表情を変えた。魔竜を打ち倒すために戦った女神を、一人の少年が携えている。


 それはとてもじゃないが信じられない光景でもあった。


 女神は世界の均衡を保つ存在。

 そのような存在が一人の少年にこれだけの力を授けているのだ。


「…………」


 アスカが見据えるのは暴風の女神・カガリと一体化を果たした航大だった。


 女神の力は強大である。

 力を悪用すれば魔竜と同等以上に世界へ悪影響を与えることも可能である。


 しかし、それほどの危険性を孕んでいたとしても、シュナとカガリの二人は神谷 航大という少年を信じ、自らの力を授けているのだ。


「どうした、アスカ?」


「いや、なんでもない」


「そうか。よし、とりあえずやってみよう」


 船の後方へと移動する航大。

 その身に魔力を集中させ、力を解き放つ。


「貫き、壊せ、風の一閃――風閃一柱ッ」


 風の魔力によって生成された風の一閃を放つ魔法。

 小柄な身体から放たれる暴風は小舟の推進力を一気に引き上げる。

 海が割れんばかりに荒れ狂い、その先陣を切る形で船が直進していく。


「おぉ、すごいぞこれ……ッ!」


「はっはっは、これならばあと数時間でルーラ大陸へと到達するなッ!」


 凄まじい速度で進み続ける小舟。

 その先に待つのは巨大な防壁に囲まれた異形の要塞大陸なのである。


◆◆◆◆◆


「カガリ、魔力は大丈夫か?」


『うん、これくらいならなんとか。でも、常にフルチャージの力を使いたいならば、少し休んだほうがいいかもね』


「なるほど。でも、状況によってはカガリの力にも頼らないといけない。相手は帝国騎士だからな」


『おっけー、それならもう少しでルーラ大陸も見えてくるだろうし、そろそろ力を切ってもいいかもしれない』


「了解」


 脳裏に響くのはカガリの声音である。

 彼女の力を駆使して海を突き進む航大たち一行。


 女神が持つ膨大な魔力も限界というものは存在する。万全な状態で戦うのならば、そろそろ女神との融合を切る必要があった。相手は帝国騎士であり、戦うための手数は多い方がいい。


「よし、これくらいにしておくか」


 その言葉と共に航大は暴風の女神・カガリとの融合を解く。

 ふわりと優しい風が全身を包み、瞼を開くと航大は普段どおりの格好へと戻っていた。

 船もゆったりとした速度に落ち着き、風の魔法によって荒れ狂った海も元の姿を取り戻す。


「そろそろ見えてくるか?」


 船が落ち着きを取り戻したのを確認して、航大は船の前方へと移動する。

 魔法を使っている間は後方しか見ていなかったため、久しぶりの前方確認である。


「もうじき見えてくるぞ」


「おぉ、そんなに近づいてたのか」


「しかし、何やら嫌な予感がするな」


 船の先端で腕を組み、険しい表情を浮かべていたのは炎獄の女神・アスカだった。赤髪を海風に靡かせている彼女の後ろ姿は、思わず立ち止まって見惚れてしまうほどに凛々しいのだが、アスカの口から漏れるのは予想外に厳しい一言だった。


「嫌な予感ってなんだよ……」


「何やら不穏な匂いが混じっている。何かが焼ける、焦げ臭った匂いだ……」


「え、そんなのが分かるのか……?」


 すかさず鼻を鳴らして周囲の空気を取り込んでみるも、懐かしい潮の香りを感じるだけで、アスカが言うような焦げ臭さは微塵も感じることが出来ない。


「航大といったな、あの少女を起こして来るのだ。そして、即座に戦いの準備を始めろ」


「え?」


「ルーラ大陸はもうすぐそこだ。そして、大陸は既に戦火に包まれている」


 アスカの言葉が鼓膜を震わせた後、前方遠くに大陸のようなものが見えてきた。


「あれは……黒煙……?」


「どうやら一足遅かったようだ。既に帝国騎士たちは行動を開始しているぞ」


「――――」


 それは最悪な展開であった。


 自分たちよりも早く、帝国騎士たちはルーラ大陸へと上陸を果たし、そしてその猛威を存分に奮っているのだ。


「急ごう」


「当たり前だ。全てが手遅れになる前にな」


 航大は踵を返してリエルを起こしに行く。


 要塞大陸・ルーラ。

 難攻不落の要塞は今、黒煙と共に燃えている。

桜葉です。

次回もよろしくお願いします。

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