第七章2 別れと旅立ち
帝国ガリアが己の野望を果たすために動きを活発化させ、ハイラント王国に封印されし魔竜・ガイアが持ち去られてからしばらくの時間が経過した。
未だ襲撃による混乱が続く王国において、航大たち一行は世界を救うための旅へ出ようとしていた。帝国の手に全ての魔竜が渡ることとなれば、世界は壊滅的な打撃を受けることに間違いはない。
それだけは絶対に阻止しなくてはならないと、航大たちは決意を新たに長い旅へと出る。
現在、帝国ガリアの手中には三体の魔竜が存在すると考えられている。
ハイラント王国に封印されていた魔竜・ガイア。
サンディ大陸・バーツ公国に封印されていた魔竜・エルダ。
マガン大陸に封印されている魔竜・アーク。
これらの魔竜たちが既に帝国ガリアの手中へと落ちているものだと推測される。
残された魔竜は二体である。
コハナ大陸のアルテナ王国に眠る魔竜・ギヌス。
ルーラ大陸のマルーダ共和国に眠る魔竜・エルダ。
残された魔竜たちを狙って帝国騎士たちが既に行動を開始している危険性がある。
ハイラント王国が襲撃されたことで、より明確に危機感を新たにした航大たち一行は二組に分かれて、コハナとルーラを目指すこととした。
「ライガとシルヴィアはコハナ大陸のアステナ王国へ、俺とリエルの二人でルーラ大陸のマルーダ共和国へ向かう」
「ふむ、承知した」
「むぅ……本当は航大と一緒が良かったけど……しょうがないか……」
出発の準備を終え、航大たちはハイラント王国の玄関口である一番街に存在する城門へと集合していた。これまでの旅路とは比べ物にならない過酷な現実が一行を待ち受けているだろう。
それでも世界を救うため、航大たちは前へ進まなければならない。
「主たちよ、少々待たれい」
今、まさに出発しようとした一行を呼び止める声があった。
その声に振り返ると、そこには紅蓮の赤髪を短く切り揃え、勝ち気なつり目を爛々と輝かせた少女が立っていた。明らかに他者とは違う雰囲気を纏っており、少女は肩から手先、太腿から足首までが露出しており、華奢な身体を覆っているのは黒を基調にして赤のラインが刻まれた騎士服である。
どこか少年のような活気に溢れた格好をしているのが特徴的であり、紅蓮の炎が描かれたマントが騎士服の上から身体を覆っている。
「あ、えっと……アスカ?」
「うむ。然り、正解、明答ッ! 我こそが炎獄の女神・アスカである」
「それは分かるんだが、もう出歩いて大丈夫なのか?」
堂々とした様子で立ち尽くすアスカを前にして一行が唖然とする中、おずおずとした様子で航大が声を掛ける。
「ふむふむ、全く問題なしであるッ!」
「そうか……それで、どうしたんだ?」
「怪奇、懐疑、疑問。我がこの場に存在する理由、そんなものはたった一つである」
「たった一つ……?」
「主たちは魔竜を討伐しに行くのだろう? それならば、我の力が必要であろう」
「え、力を貸してくれるのか……?」
「正解、当然、無論。魔竜を倒し、封印すること、それが我ら女神に与えられし使命。それ以外にも我は帝国とやらに借りがあるのでな」
「……借り?」
「くっくっく……我の王城では好き勝手に暴れてくれた。憤怒、激怒、我は怒っている」
「あぁ……なるほどね……」
紅蓮の髪を風に靡かせるアスカはその顔に不気味な笑みを浮かべる。
しかし、自身の身体を取り巻く魔力の濃度は上昇し続けるばかりである。
「…………」
ピリピリと肌を突き刺すような魔力がアスカを中心に取り巻いており、彼女が女神であるという事実を目の当たりにする。
確かに今後、帝国騎士や魔竜と戦うのならば、女神の力は必要不可欠であることに間違いはない。アスカの加入はパーティの戦力を上昇させるに違いない、そんな彼女が力を貸してくれるのならば、それを断ることはないだろう。
「手伝ってくれるのならそれは助かる。それじゃ、どっちにつくか……」
「いや、アスカは航大たちと共に行ってくれ。女神ってことなら、航大たちの方が安心だろうしな」
航大のグループとライガのグループ。
それぞれが向かう先も戦う相手も異なってくる中、真っ先に言葉を漏らしたのはライガだった。
「大丈夫なのか?」
「あぁ、こっちは大丈夫だ。コハナに行くのなら、向こうにはエレスもいる。それに、俺たちは既にアステナ王国には行ったことがあるしな。航大たちと違って、何もかもが新しい場所とは違うんだ」
「そうだね、私もそれが良いと思う。ルーラ大陸のマルーダ共和国。この国は昔から他国と交流を持とうとはしなかった。帝国ガリアと敵対しているってのは間違いないけど、ハイラント王国の人間に対して良い印象があるかどうかも分からない……」
ライガに続くのはシルヴィアである。
彼女もその顔に僅かな不安を覗かせながら言葉を紡いでいる。
「私たちの方はなんとかなるから。今は航大たちの方が心配」
「シルヴィア……」
「まぁ、そういうことだ。航大、こっちは心配するな。俺たちは大丈夫だ」
「……分かった」
ライガとシルヴィアの瞳には迷いがない。
自分たちは必ず無事に生き延びる、そして航大たちとまた再会するということを力強く宣言してくれる。力強い言葉が心を震わせ、その瞬間にこの中で一番不安を感じていたのは自分であったのだと航大は知る。
今回の旅路は仲間を信じていなくては達成することが出来ない。
これまでも数多の戦いを共に乗り越えてきた仲間たちを信頼し、信用することが何よりも大切なのだ。
「それじゃ、アスカ……俺たちと一緒に行ってくれるか?」
「主は女神に選ばれた者だな?」
「あ、あぁ……」
「ふん、カガリもシュナも情けない姿ではあるが、まぁいいだろう」
『カッチーンッ、僕たちの事情も知らずに偉そうに言ってくれるね、アスカ?』
『ちょっと、カガリ……落ち着いて……』
アスカは航大を見るなり嘲笑の顔で軽く鼻を鳴らした。
それは航大を貶めているのではなく、彼の中で息づくかつての仲間たちへ向けられたものであった。
「まぁいい。では、早速向かうとしよう」
「あ、おい……アスカッ!」
「ルーラ大陸。そこならば我にも少しは知識がある。道案内くらいなら任せるといいぞ」
「ふむ……歩き出してしまったの……」
「なんて自由な女神様なんだ……」
事が決まったことを見届けるなり、アスカはその顔に楽しげな笑みを浮かべて歩き出してしまう。
「大変だな、航大?」
「あぁ、全くだて。それじゃ……ライガ、シルヴィア……絶対にまた、会おう」
「うん。航大も無事で……」
ついに別れの時がきた。
ここからはそれぞれが己の成すべきことを成すために旅へ出る。
「それじゃ――」
「航大ッ!」
「えっ――?」
挨拶もそこそこに踵を返そうとする航大。
そんな彼を呼び止めたのはシルヴィアだった。
「――――ッ!?」
その声に振り返ると、頬に柔らかな感触があった。
視界はシルヴィアの顔で埋め尽くされており、鼻孔をくすぐるのはふわりとした優しい香りである。左頬に触れるのは暖かな手の平であり、しかしそれは右頬に触れる感触に勝ることは出来ない。
「ちゃんとみんながまた会えたら……次はもっとすごいこと、ね?」
「あ、えっ……」
「えへへ、私も頑張るから。航大も頑張って。絶対に死んじゃダメだから」
耳元でシルヴィアの囁きが聞こえる。
航大の頭は酷く混乱していて、動揺を隠すことが出来ない。
その様子を見て、やれやれ……といった様子でため息を漏らすライガが声を漏らす。
「全く……ほら、そろそろ行くぞ。航大、これを持っておけ」
「なんだ、これ?」
「伝書鳩が目印にする目印的なやつだな。それを持ってれば、いつでも伝書鳩を出すことができる」
ライガから受け取ったのは枯れ葉だった。
なんの変哲もない葉っぱのようにしか見えないが、これを持つことによって伝書鳩が目印とすることが出来る。
「なるほど、連絡用にってことか」
「その通り。それじゃ、航大……行ってくるな」
「また会おう」
ライガとガッチリと手を組み、そしてついに二組の少年少女たちが別れて歩き出す。
世界を巡る永き戦いの幕が開き、少年少女たちは壮絶なる運命に巻き込まれていく。
その果てに待ち受けるものは希望が絶望か。
その答えを求めて旅は始まる。
桜葉です。
次回もよろしくお願いします。




