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第七章1 抗う未来

「……帰った」


 マガン大陸。


 常に暗雲が立ち込める大地の中心には、鉱山から立ち込める黒煙と、鉱物を加工する際に発生する蒸気に覆われた巨大国家・帝国ガリアが存在していた。


 世界に厄災をもたらすため、本格的な行動を開始した帝国ガリア。その王城に一人の少女が帰還する。


「……おかえり」


「わざわざ、出迎えてくれたの?」


「……暇だったから」


「貴方、帝国ガリアの騎士になったのでしょう? それなら、しっかりと仕事した方がいいんじゃない? 私が言うのも何だけど」


「……私は出動の命令が出ていない。だから、今回はお留守番をしているの」


「ふーん……それで、お兄さんたちのことが聞きたかったの?」


「…………」


「帝国ガリアの騎士に甘えはいらない。総統たるガリア様の命を忠実に遂行するだけ。貴方もガリアの騎士であるならば過去とは決別しなさい」


「…………」


 帝国ガリアの王城。

 その一角にて二人の少女が会話を繰り広げている。


 一人は白髪が印象的な少女であり、その顔からは感情を読み取ることが出来ない。真新しい帝国ガリアの騎士服に身を包み、その瞳は対峙する少女をしっかりと捉えている。


 白髪の少女と対峙するは対照的な黒髪を伸ばした少女であった。


 全身を覆うローブマントから見える肌は褐色としており、そしてまた白髪の少女と同様にその顔からは感情というものを窺い知ることが出来ない。


「ナタリ、貴方は本当に世界を壊そうというの?」


「そうよ。それがガリア様の望みであるから」


「…………」


「貴方こそ、お兄さんたちを裏切ってまでやってきた、その覚悟はあるの?」


「…………」


「ユイ。失望させないで。貴方が何かを企んでいたとしても、私たち帝国ガリアの騎士を相手に無事では済まされないことを忘れないで」


 ユイ。

 ナタリ。


 白髪を揺らす少女がユイであり、そして黒髪を揺らすのがナタリである。


 二人は全く異なる場所、時間で生まれたことに間違いはないのだが、その顔立ちや纏う雰囲気は瓜二つであった。あの航大でしても、ナタリを最初に見た時、ユイと見間違うほどである。


 白と黒。


 色だけを見れば相容れない対角に存在する二人であったが、しかし全く関係がないとは思えないのも事実であった。


「用事はおしまい? それなら、私は眠らせてもらうけど」


「……帝国ガリアがやろうとしていること、それは正しい?」


「…………」


 踵を返し、自室へと戻ろうとするナタリへ、ユイは再び問いかけを投げる。

 抑揚のない声音が鼓膜を震わせ、ナタリは僅かに眉を顰めて足を止めると再びユイへと向き直る。


「正しいに決まっている。私は父であるガリア様の言葉を疑ったことがない。何故なら、私にとってはあの人だけが唯一の家族だから。家族だからこそ、私はあの人の言葉を信じられる」


「…………」


「貴方には家族がいないの?」


「……私には記憶がないから」


「記憶がない?」


「そう。私には記憶がない。自分が何者なのか、どこで生まれ、どうやって育ってきたのか、そんな簡単なことを何も覚えていないの」


「…………」


「それでも、覚えていることはあった。それは航大を何があっても守るということ」


「……お兄さんを?」


 ユイが漏らした言葉にナタリは怪訝そうな表情を浮かべる。

 彼女が漏らす自らの使命と、今の状況が一致していないからである。


「ユイ、貴方はお兄さんを守らないといけない。それなのにこうして帝国にいる。それはどうして?」


「…………」


 それは当然の疑問であった。


 航大を守るという使命を果たすのならば、彼の近くに居続けることが必要である。それにも関わらずユイは今、航大たちから敵対する形で帝国ガリアの騎士としての時間を過ごしている。自らの言葉と行動が一致していないと考えるのは当然のことであった。


「こうすることが、航大の幸せに繋がると信じているから。あの人はもう力を手に入れた。私がずっと近くに居て守ってあげる必要もなくなった」


「…………」


「心強い仲間もたくさんいる。航大を守るという私の使命は十分に果たされた」


「それで、これからの貴方はどうするの?」


「……私は今、ここにいる。それが答え」


 これで話は終わりだと言わんばかりに、今度はユイが踵を返して歩き出す。


「今、コハナ大陸とルーラ大陸で帝国騎士たちが戦っている」


「…………」


「どちらも戻りが遅い。もしかしたら苦戦をしているのかもしれない」


「…………」


「きっと、お兄さんたちはこの状況を黙ってはいないと思う。会いたいのなら、行ってみたらいいんじゃない?」


「…………」


 歩き出すユイの背中へナタリは言葉を投げかける。

 それ以上、少女たちの中で会話が生まれることはなかった。


 白と黒の少女は背中を向けて歩き出す。


 それぞれが向かう先は違う。

 二つの運命が交差するのはまだ先の話である。


◆◆◆◆◆


「全員、準備は出来たか?」


 場所は変わり、バルベット大陸の東方に位置するハイラント王国。

 王城の一角に存在する部屋の一つに航大たちは集合していた。


 航大、リエル、シルヴィア、ライガ。

 四人の少年少女は毛わいい表情を浮かべながら部屋に重苦しい空気を充満させている。


 外ではまだ帝国ガリアの騎士による襲撃の混乱が解けてはおらず、慌ただしく人が行き交う音が聞こえてくる。


 ハイラント王国は突如として襲来した帝国ガリアの騎士によって、永く封印されていた魔竜・ガイアを失うこととなった。それは世界にとって最も回避すべき事態であることは間違いなく、帝国ガリアが世界を手中に収めようとする動きが本格化した証拠でもあった。


「サンディ大陸のバーツ公国が帝国騎士たちの手によって落ちた」


「…………」


「魔竜は各大陸にそれぞれ封印されている。バルベット大陸、コハナ大陸、ルーラ大陸、サンディ大陸……そして、マガン大陸だ」


「マガン大陸って帝国ガリアがある場所よね?」


 ライガの言葉に手を上げて反応を示すのはハイラント王国の騎士であり、金色の髪を短く切り揃えた少女、シルヴィアだった。


「あぁ、そうだ。さすがに帝国も自国の大地に眠る魔竜は手に入れているものだと見るべきだろうな。そして、サンディ大陸、バルベット大陸の魔竜が帝国の手に落ちた」


「と、なると……残されているのはコハナ大陸とルーラ大陸の二匹……ということじゃな」


 リエルもまたシルヴィアに続くような形で、ライガの言葉に呼応する。


 既に三匹の魔竜が帝国の手に落ちたとなれば、事態は想像以上に悪いと言わざるを得ない。全ての魔竜が帝国の手に落ちれば、それは真の意味で世界を終焉を決定づけるものであるからだ。


 航大たちに残された時間は少ない。

 帝国の野望を打ち砕かなければ未来はない。


「時間がない。それはみんなも分かってると思う」


 ここまでライガが話の主導を握っていたが、次に口を開いたのは航大だった。


「残されたのはコハナとルーラ。そこで、人数を二つに分けてそれぞれ大陸を目指そうと思う」


「全員で移動しては間に合わないということじゃな」


「そういうことだ。俺とリエルでルーラ。ライガとシルヴィアの二人でコハナに向かう形にしたい」


 航大の言葉に全員がしっかりと頷く。


「これまでの戦いとは比べ物にならないくらいに大変かもしれない。だけど、ここを切り抜けなければこの世界は終わる」


「…………」


「全てを終わらせて……またみんなで会おう」


「「「おうッ!」」」


 航大、ライガ、リエル、シルヴィア。

 四人それぞれが自分のやることを理解する。


 相手は世界を相手に戦おうとする帝国。

 世界の命運を賭けて、戦士たちが立ち上がる。

桜葉です。

本作も七章に突入です。


次回もよろしくお願いします。

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