第六章54 動き出す悪意
「お帰りなさい、今回も無事で良かったです……」
航大たちが帰還を果たしたことで、ハイラント王国の王城はちょっとした騒ぎになっていた。
バルベット大陸の南方地域で起こった悲劇については、航大たちが戻ってくるよりも先に王国へと報告がなされていた、あまりにも甚大で悲劇的な一報は瞬く間の内に王城へと広まり、航大たちの帰還も一部の人たちの間では危ぶまれていたくらいである。
王国が南方地域の対応に奔走している中での、航大たちの帰還。
まだ全容の解明が出来ていない王城の人間たちは、航大たち一行の報告を今か今かと待ち侘びているのだ。
「南方地域で航大さんたちが体験したこと、その詳細をお聞かせ願えますか?」
航大たちの帰還を喜んだ後、ハイラント王国を統治する王女・シャーリーはその顔を引き締めると、一行が目の当たりにしてきた南方地域の現実についてヒアリングしてくる。
王国としても統治する大陸での事件にも関わらず、まだ不明なことが多いのも事実。当事者となって現場を見てきた航大たちからの情報は、事件の全容を解明するための大事な鍵となることは間違いない。
「俺たちは南方地域に存在すると言われた炎獄の女神・アスカに会うために南方へと旅立ちしました。そこで出会った人から、南方地域の街を襲ってる人物がいるという情報を聞きました」
まず最初に語りだしたのは航大だった。
自分たちが目の当たりにしてきた事実を包み隠さず伝える。
「その報告を聞いて、俺たちは急いで南方の奥を目指しました。そこで、赤い悪魔と出会いました」
「赤い悪魔……?」
「自在に炎を操る女の子です。聞いていた情報から、最初はその女の子が炎獄の女神・アスカだと考えていました。その女の子は見たこともない巨大な炎を操ると、小さな街を一瞬にして火の海へと変えました」
「…………」
「赤い髪の女の子は俺たちに南方の奥地で待つと告げて姿を消しました。これ以上、被害が大きくならないように、俺たちは急いで街を出発しました」
「…………」
航大の報告を王女・シャーリーは静かに目を瞑ってじっと聞いている。
「更に南へと向かった俺たちは、既に壊滅させられた街へと到達して、そこでアンデットと呼ばれる奴らと戦いました」
続きを語るのはライガだった。
「アンデット……?」
「その街では既に死んだ人間が自我を失い、生者の命を奪おうとしていました。元は平和に暮らしていた人間なのに、街を襲った奴のせいで望まぬ戦いを強いられていた……」
「そんなことが……」
「アンデットでありながら自我を持つ存在と戦って、なんとか勝ち抜いた俺たちは更に先へと進むことにしました」
「…………」
死した街を徘徊する人々。
想像を絶する苦痛と共に命を落とした人々に安寧が訪れることはなく、地獄のような街で植え付けられたアンデットとしての本能に従って生き永らえていた。
「死した街を脱出した私たちはこれ以上、被害が拡大しないように更に南方へと進んで行って、そしてようやく南方地域の最果てへと到達したの」
ライガから引き継ぐ形で語ったのはシルヴィアだった。
彼女もまた自らが経験した、見てきた事実を王女へと報告する。
「その最果てで私たちの前に立ち塞がったもの、それは炎獄の女神・アスカの守護神である炎龍だった」
「私たちの前に立ち塞がった炎龍は航大とユイだけを先に通すと言ってきた」
「航大さんと、ユイさんを……?」
「炎龍の言葉に従う形で、航大とユイの二人だけが先に進みました」
炎獄の女神・アスカの守護神。
全身を燃えたぎるマグマで形成した炎龍は航大とユイの二人だけを先に通した。
その先に全ての元凶が存在していることを知っている航大は、自分たちだけが先に進むことを決意する。仲間が後から必ず追いかけてくることを信じていたからこその判断である。
「主様とユイが先へ進み、儂たちは黙って待つことなんて出来るはずがない」
シルヴィアから継ぐのはリエルである。
炎龍との戦いにおいて、彼女が果たした結果はとても大きなものであった。
「炎龍との戦いは苛烈を極めた。なにせ、相手はマグマの身体をしていたからの、物理的な攻撃は全て無意味だったのじゃ」
「……それならば、どのようにして?」
「炎龍との戦いで儂は己が持つ魔力の全てを使った。炎龍を相手に有効な攻撃を仕掛けることが出来たのは儂だけじゃったからな」
南方地域の最果てを目前にした炎龍との戦い。
その戦いにおいて、リエルは後の戦いで戦力にならないことを承知で全ての力を使い果たした。しかし、リエルが放った強大な一撃は女神の守護神たる炎龍を打ち倒すことに成功し、ライガとシルヴィアの先へと急いだ。
「リエルたちが戦っている中、俺とユイは南方を襲っていた元凶と会っていた」
リエルたちが炎龍と戦う中、航大とユイの二人は南方地域の最果てに存在する王城へと到達していた。
「……ユイさんが何故ここに居ないのか、それを教えて貰えますか?」
「はい。王城へと辿り着いた俺とユイは、そこで街を襲っていた元凶であった赤い髪の女の子と会いました。その隣には炎獄の女神・アスカが捕らわれていて、その瞬間に街を襲っていたのは女神ではなかったのだと確信しました」
「……その人は一体?」
「それは今になっても分かりません。分かることは女神の力を取り込んだ存在であること。帝国ガリアの関係者であるかは、今はまだ不明です」
「…………」
「女神の力を取り込んだ存在との戦いで、ユイは人が変わりました」
「……人が変わった?」
「俺が気を失っている間、なにがあったのかは分からない。だけど、俺が目を覚ますと、ユイは相手を庇うようになりました。そして、世界の敵になると宣言しました」
「世界の敵……?」
「その言葉がこの後、なにを引き起こすのかは分かりません。だけど、あいつの覚悟は本物だったように感じました」
「では、ユイさんは本当に世界の敵として現れ、世界に厄災をもたらすと?」
「このままなにもしなければ、もしかしたらそうなるかもしれない。だけおど、俺たちはユイにそんなことをさせない」
「…………」
「あいつが本当の意味で世界の敵になる前に、俺たちの手であいつを連れ戻します」
「……貴方たちの次なる目的というのがそれなのですね?」
「はい。仲間を正しい道に戻す。それが出来るのは俺たちだけだと考えています」
「なるほど。貴方たちが南方地域で体験したこと、その全容は理解できました。そして、この後のことも……」
航大たちの報告を聞き、王女・シャーリーは再び目を閉じて思案する。
彼らが新たに目指す旅路が正しいものか、それを判断しようとしているのだ。
「貴方たちに、我がハイラント王国は何度も助けられて来ました。ずっと助けられてばかりでいるつもりはありません」
「…………」
「航大さんたちが果たそうとする目的、その支援を私たちにもさせては頂けませんか?」
「い、いいんですか?」
「当たり前じゃないですか。航大さん、貴方の考えに私たちも賛同します。幾度となく国を助けて頂いた人を助ける、そんな言葉を前にして手助けをしないなんてことは出来ません」
航大たちが果たしたい目的は伝えた。
その全てを承知の上で、王女・シャーリーは国をあげての支援を表明してくれる。
「……ありがとうございます」
「ユイさんを助けるため、必要なものがあればなんでも仰ってください。ハイラント王国は全面的な支援を約束します」
王女・シャーリーの言葉は今の航大たちにとって何物にも代え難いものであった。
これで航大たちがやるべきことは明確になった。
大切な仲間を救うために、そして世界を救うために航大たちの新たなる旅が始まろうとしていたその時だった――。
「――なんだッ!?」
それはあまりにも突然であった。
ハイラント王国の王城が轟音と共に激しく揺れ動いた。
「ライガッ、シルヴィアッ、シャーリーをッ!」
「分かってらぁッ!」
「了解ッ!」
航大の言葉は咄嗟の判断から出たものであった。
今、航大たちがいる玉座の間には王女。シャーリーと航大たちの姿しかない。
なにか異常なことがこの王城で起こった。
まず騎士たちが最優先に行動すべきは王女の身を守ることである。
『……航大くん、ちょっとまずいかもしれない』
「はっ?」
『この感じ……まさか……』
激しい轟音と揺れは断続的に続いている。
爆発音はすぐ近くで連鎖的に発生しており、時間の経過と共にそれは大きくなっている。
「なんだよ……カガリ、シュナッ!」
『いや、ちょっと……まだ分からないんだけど、この感じは……』
『航大さん。落ち着いて聞いてください』
突如として発生した異常事態。
そしてそれと同時に反応を示す女神たち。
否応にも悪い予感が頭をよぎる航大は、努めて冷静に女神たちの言葉を待つ。
『航大くん、これは魔竜の反応だ』
「――魔竜?」
『徐々に魔竜の魔力が強くなっている。誰かが封印を解こうとしているのでは……』
「おいおい、嘘だろ、それ……」
『とにかく急ぎましょうッ! このままでは魔竜が封印から解き放たれるッ!』
「――クソッ!」
女神の言葉が切羽詰まっているのは航大だけが知っている。
ライガたちは王女・シャーリーに覆い被さるようにして身の安全を確保している。
今、動くことが出来るのは航大とリエルの二人だけだ。
「リエルッ、俺についてきてくれッ!」
「むッ!? それは構わんが……」
「航大ッ、なにか分かったのかッ!?」
リエルを呼び、その動きを見てライガが現状を把握しようと質問を投げかけてくる。
「ライガとシルヴィアはシャーリーを頼む。俺たちはこの爆発の原因を探るッ!」
それだけを言い残し、航大はすぐさま駆け出す。
「航大さんッ、無理はしないでくださいッ!」
走り出した航大の背中にシャーリーが叫ぶ。
「任せてくれ、シャーリー。これは俺たちで食い止める……」
止まる訳にはいかない。
もし、魔竜が復活しようとしているのならば、それを食い止めるためには女神の力を宿した航大の力が必要であるからだ。
「リエル、戦えるな?」
「儂にも何がなんだか分からんが、それが主様の命であるならば儂はそれに従うのみじゃッ!」
ハイラント王国の王城を駆ける航大とリエル。
二人が行く先、そこに待ち受けるは世界に『厄災』と『終末』をもたらす巨悪の存在なのであった。
桜葉です。
次回もよろしくお願いします。




