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第六章53 王都への帰還と気になる存在

「はぁ……ようやく帰ってきた感じがするな……」


「そうだねぇ……どれくらい外に出てたんだっけ?」


「ふむ、そんな細かいことは覚えてはおらんが……見慣れた景色が広がっているのは、心に良い影響を与えてくれる」


 バルベット大陸の南方地域からハイラント王国へと帰還を果たそうとする航大たち一行。


 東方と南方の境界にある田舎街・レジーナを出発した一行はハイラント王国へと近づく度にその表情を緩和させる。これまで戦いの連続で張り詰めていた緊張の糸が解れていくのを感じる。


「多分、シャーリーも心配してるだろうしな……早く帰って元気な顔を見せてやらないと」


 地竜が引く客車の中、そう呟いたのは航大であった。


 客車の中には航大、シルヴィア、リエルの三人が共存しており、ライガはいつものように地竜を操舵している。客車の窓を開くことで、地竜を操舵しているライガとも会話が出来るような状態になっている。


「……ユイの奴も探しに行かないといけないしな。あまりゆっくりは出来ないと思うが」


「みんなには迷惑をかけるな……」


「いいってことよ。俺たちは仲間だ。仲間が困ってたら、助けるのは当然だろ?」


 航大の言葉にライガが笑みを浮かべて反応する。

 他にシルヴィアとリエルもまた航大を見つめて、その顔を弛緩させる。


「そうそう。なにがあったかは分からないけど、ちゃんとした理由もなしに居なくなるなんて許せない」


「本人からの言葉を直接聞かない限りは、儂たちは仲間じゃ。助けるのは当然のことじゃろう」


「リエルの言うとおりッ! 世界の敵だろうがなんだろうが、まずは直接会って、そしてちゃんと話をしないとッ!」


「……ありがとうな、ライガ、リエル、シルヴィア」


「お礼なんていらないよ、航大。私たちは仲間として当然のことをしてるだけ」


「その通りじゃ、主様。儂たちは成すべきことを成す。その一つにユイを助けるという項目があるだけに過ぎない」


「……そうだな」


 バルベット大陸の南方地域。


 その最果てで航大たちを待っていたのは新たなる絶望だった。

 南方の地域に存在する街を襲っていたのは女神ではなかった。


 炎獄の女神・アスカの力を忠実に模した謎の存在は、ユイと共に南方の地域から姿を消した。


「…………」


 ユイの身に何が起きたのかは分からない。

 ただ一つ、事実として航大の心に闇を落とすのは、彼女が最後に残した言葉であった。



『……ごめんね、航大。あの約束、忘れないで』



 薄れ行く意識の中で、そんな言葉が航大の脳裏から消えて無くならない。

 彼女が何を望んでいるのか、それを知っているのは航大だけである。


 その事実をライガ、シルヴィア、リエルの三人に伝えることは出来ていない。

 それも航大自身がユイが望むことについての答えを見つけることが出来ていないということもある。


「……俺はどうしたらいいんだろうな」


 いつかその答えを見つけなくてはならない。

 それもきっと近くない時までに――。


「ん、どうしたの航大?」


「なにやら考え事かの?」


 航大の独り言が耳に入ったのか、シルヴィアとリエルの二人が首を傾げながら視線を向ける。


「いいや、なんでもない。ちょっとした独り言かな」


「ふーん、航大……なにか、隠し事とかしてないよね?」


「……えっ?」


「なーんか、ユイとの一件があってから、浮かない顔が多いからさ、まだ私たちに話してないことがあったりするんじゃないかなって」


「……いや、そんなことはないぞ?」


「ふーーん、それならいいんだけど」


 航大の微妙な反応すら見落とさないシルヴィア。


 予想していなかったシルヴィアからの指摘に、航大の心臓は否応にも早鐘を打ってしまう。まさか、シルヴィアからそんな言葉が出て来るとは思っていなかったからこそ、僅かな瞬間ではあるが表情に焦りの色が浮かんでしまった。


「なんじゃシルヴィア、藪から棒に主様を問いただしおって」


「ちょっと気になっただけだってー、深い意味はないよ」


「そ、そうか……」


 努めて平静を保とうとする航大。

 自分に集まる視線に耐えることが出来ず、リエルたちから視線を反らしてしまう。


「おーい、お前ら……見えてきたぞッ!」


「おぉッ、ずっと住んでたはずなのに、すっごく懐かしく感じるーッ!」


「ようやく帰ってきたんじゃな」


 ライガの言葉に全員が前方へと視線を向ける。

 すると、地竜が進む先に見慣れた王城が見えてきた。


「ハイラント王国……なんか、ここまで長かったな……」


「そうじゃな。全員揃っての帰還……ということにはならなかったが、誰一人として命を落とすことなく帰ってきたのは事実じゃ」


「んーーーッ、早くお風呂に入りたいなーッ!」


 ハイラント王国の王城が見えてきたことで、航大たち一行の中に真なる意味で安堵が広がっていくのを感じる。再び戦いの旅路へと出ることは分かっていても、束の間の休息をどう過ごすべきかをそれぞれが考えているのだ。


「全く、まだ浮かれるのは早いぞ。まずは王女へ報告が先だ」


「はいはーい、分かってるって」


「うむ。女神の治療も急がねばならぬしな」


 リエルが視線を向ける先。


 客車の中で唯一、目を覚ますことのない赤髪の少女は、かつて世界を救った女神の一人である。彼女は南方地域の最果て、自らが根城とする王城で気を失っていた。


 彼女の身に何が起きたのか、それは航大たちにも不明である。

 南方地域の街を襲った存在は、炎獄の女神・アスカの身体を忠実に模していた。


 紅蓮の炎を操る少女が何かしら関係しているのは間違いないと思うが、その真実はまだ闇の中である。ハイラント王国へと帰還を果たし、治療を受けた後に目を覚ますことがあれば、彼女の身を襲った事象について話を聞くことも出来るだろう。


「よし、降りる準備をしよう。このまま王城へと向かうぞ」


「「「おうッ!」」」


 ライガの言葉に全員が呼応する。

 地竜は進む。

 王城への帰還はすぐそこにまで迫っていた。


◆◆◆◆◆


「全く、城下町はいつでも活気いいなぁ……」


「みんなが元気そうで良いことじゃないか」


 航大たち一行はハイラント王国の城下町、一番街の街をゆっくりと進んでいた。


 城下町の入り口で出会った王国の兵士たちは、航大たちの姿を見るなり酷く驚いた様子を見せ、すぐにでも王城へと向かうことを進言してきた。街はいつもどおりの喧騒に包まれているのだが、ちらほらと見える王城関係者たちが騒ぎ始めていることを航大たちは肌で感じていた。


「はぁ……ちょっとだけ遊んじゃダメなのー?」


「ふむ、ゆっくりしたい気持ちも分からなくはないが、どうやらそういう訳にもいかないようじゃの」


「あの兵士たちの様子を見る限り、南方地域でのことは既に王国の耳に入ってるみたいだな」


「詳細を聞きたいって感じだろうな」


 シルヴィアとリエルが揃って肩を落とし、王城関係者たちの考えについて思考を巡らせる航大とライガ。


 南方地域を襲った悲劇は航大たちが帰還するよりも早くハイラント王国へと伝えられていた。前代未聞で史上最大の悲劇について、ハイラント王国は対応に追われている真っ最中であり、一秒でも早く全容を解明したいということだろう。


 当事者であり、事件の収束に関わった航大たち一行の話を、王城関係者たちが聞きたがっているのは当然のことであると言える。


 だからこそ、航大たち一行は休みたい気持ちを押し殺して王城への帰還を急いでいた。


「あぁ……屋台のおまんじゅう食べたいなぁ……」


「シルヴィア、諦めてさっさと歩くんじゃ。報告が終われば、自由な時間くらいはくれるじゃろうて」


「そうかなぁ……そうだったらいいなぁ……」


 キョロキョロと周囲を見渡して、眼前に飛び込んでくる数多の誘惑を前に心が折れそうになるシルヴィア。そんな彼女にため息混じりで自制を促すのはリエルである。


 瑠璃色の髪を揺らす少女もまた、一番街に立ち並ぶ屋台をじっと目で追うこともあるのだが、決して自らの欲望を表に出すことはない。


「ははは……まぁ、王女様への報告が終わったら、みんなで食べに来よう」


「そうだな。戦士も時には休息が必要だぜ」


「…………ん?」


 シルヴィアとリエルの様子を微笑ましく観察していた航大は、視界の隅に飛び込んできた存在に目を奪われる。


「…………」


 航大が見るのは屋台の食べ物ではない。

 人混みの中を歩くローブマントで全身を覆った小柄な人間であった。


 この世界においてローブマントを被っている人間は珍しくはない。ハイラント王国の城下町であるならば、よく見かけるような格好である。


 それにも関わらず、航大は何故か人混みを歩くローブマントの存在に気を取られてしまったのだ。


「…………」


『どうかしたの、航大くん?』


「ん、あッ……カガリか……」


『なんかずっと見てるけど、何か気になるの?』


「いや、気になるというか……なんだろうな……」


 ライガたちから少し離れ、航大の意識が違うところにあることを感じたカガリが声を掛けてくる。航大の内に潜む女神たちも違和感を覚えるくらいには、航大の様子は一変しているのだろう。


『あれは……ローブマントを着た人ですかね?』


 次に声を漏らしたのは氷獄の女神・シュナだった。

 彼女は航大が見つめる先を分析し、そして一人の存在を言い当てた。


『えー、なになに? 航大くんってば、ナンパでもしようとしてる訳?』


『ナ、ナンパッ!? 航大さん、本当ですかッ!?』


「はぁッ!? どうしてナンパするって話になってるんだよッ!」


 ニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべながら漏らすカガリの言葉に最も早く反応したのはシュナだった。


「てか、そもそも女の子だってことも分からないって……」


『いーや、あれは女の子だね。歩き方とか雰囲気とかがなんとなくそんな感じがするッ!』


「本当かよ……」


『やっぱり航大さん、ナンパする気なんですね……ッ!』


「おい、シュナ……話がややこしくなるから静かにしてくれ……」


 一番街を包む喧騒の中、ローブマントに身を包んだ存在は静かに歩き続けていた。

 周囲に興味を示すようなこともなく、ふらふらと街中を歩いている。


「……すまん、ライガ。ちょっと寄り道する」


「はッ!?」


 ハイラント王国の王城を目指していた一行は、唐突な航大の言葉に驚きを隠すことができない。一刻も早く王城を目指そうという空気をぶち壊す発言を漏らした航大は、ライガたちの制止を聞くことなく小走りで駆け出す。


『あらあら、いいのー航大くん?』


「ちょっと話をするだけだから」


 人混みの中でその姿を見失わないように、航大は人混みを掻き分けていく。しかし、思うように距離は縮まらない。一番街の中心部はより人が多いエリアということもあり、航大は身体を捻らせながらもなんとか接近を試みる。


「あの、ちょっと……待って……ッ!」


 対するローブマントを被った人間は人混みの中でも速度を落とすことなく歩き続けている。周囲の人間がローブマントへと視線を向けることはない。まるで、最初からそこには誰も存在していないと言わんばかりの様子である。


「なんで追いつけないんだ……」


 人がローブマントの人間を避けている。

 傍から見る航大にはそのように映っており、その事実が航大の違和感をより強くさせる。


『あ、路地裏に入っていくよ、航大くん』


「え、マジで……全然、見えてなかった……」


 注意を反らしたつもりはない。


 しかし、気付けば航大の視界からローブマントの姿が消えており、女神・カガリの言葉がなければ見失っていた。カガリの指示に従って航大は進む先を変えると、人気の少ない路地裏へと足を踏み入れていくのだが――、


「……あれ?」


 一番街の喧騒から離れる路地裏。


 先ほどの騒がしさが嘘のように静まり返っているその場所には誰一人として人影は存在していなかった。


「おい、カガリ……誰もいないぞ?」


『えぇーッ、そんなーーッ!』


 眼前に広がる光景を前にして、カガリは驚きの声音を上げる。


『そんなはず……ないんだけどなぁ……』


「はぁ……見間違えたか?」


『えぇ……しっかりと見たはずなんだけどなぁ……』


 誰も存在していないという事実が信じられないのか、カガリもまた不思議そうに声を詰まらせている。彼女の様子から嘘をつこうと思った訳ではないのだと理解はできる、だからこそ航大はカガリを責めるようなことはしない。


「まぁ、見失ったなら仕方ないか……」


「おい、航大……早くしろってー」


「あ、ライガ……すまん……」


 路地裏の入り口で立ち尽くす航大は背後から掛けられる声に返事をする。

 ライガ、リエル、シルヴィアの三人が首を傾げながら航大を見ている。


「なんでもない。王城へ急ごう」


 これ以上、見失った存在を探す時間は残されていない。

 航大はライガたちと合流を果たし、当初の目的である王城へと進路を変えるのであった。


◆◆◆◆◆


「…………」


 航大が踵を返し姿を消した後、誰一人として存在していなかった路地裏にすっと現れた存在があった。小柄な体躯に全身を覆うローブマントを被っているその存在は、じっと路地裏の入り口へと視線を向けている。


「……私の存在に気付いてた?」


 背後から誰かが自分を追っていることには気付いていた。


 認識を阻害する守護魔法を展開しているからこそ、一般人には自分を認識することすら出来ない状態であるはずなのに、それでも執拗にあとを追いかけてくる存在があった。


 まさか、自分の計画を知っている人物からの妨害であるかと警戒し、路地裏へと逃げ込んだまでは良かった。ここまで追いかけてくるのならば、その存在は自分のことに気付いているのは間違いない。


「……でも、さっきの声……どこかで聞いたことがあるような」


 自分を追ってきたのは少年だったようだ。

 その顔をハッキリとは見ていないが、誰かと話をしている声は聞こえていた。

 追っ手を巻くために姿をくらまし、なんとかバレることなくやり過ごすことが出来た。


「……計画を邪魔させる訳にはいかない」


 心にしこりが残る展開ではあったが、ローブマントの奥で光る瞳はまっすぐに前だけを見ている。自らに科された使命を果たすため、ローブマントを被ったその存在は歩き続ける。


 街の中に漂う禍々しき魔力の源を探して――。


桜葉です。

次回もよろしくお願いします。

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