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第六章48 強欲の騎士

「アハッ、またこの場所に来ることになるなんてネ……」


 ハイラント王国が存在するバルベット大陸にほど近い、大陸の全土を森林が覆い尽くすコハナ大陸。その場所に降り立つのは、情熱的な赤髪が印象的な帝国ガリアの騎士服に身を包んだ女性だった。


 帝国ガリアの騎士であり、『強欲のグリモワール』を所有するユーレシア・アリアは総統・ガリアの命によってコハナ大陸へと上陸を果たしていた。


 アリアは以前、他の帝国騎士たちと共にこの大陸へと降り立った経験を持つ。

 その際は魔竜・ギヌスの紛い物を蘇らせ、小さなアステナ王国に甚大な被害を与えることとなった。


「あれからそんなに時間は経ってないはずだけド、街は綺麗になったネ」


 アリアは全身に黒のローブマントを羽織っており、赤髪の奥には漆黒の瞳が瞬いている。


 帝国騎士たちの襲撃を受け、かつて世界を混沌に陥れた魔竜の紛い物が復活を遂げたことによって、アステナ王国と城下町は壊滅的な被害を受けた。しかし、アリアが歩く街並みは以前と同等レベルにまで復興を遂げており、目を覆いたくなるような絶望的な状況から短い時間でよく復興したとアリアは感心する。


「またココが酷いことになるのかナ……アハッ、それはすごく面白そうだネ」


 復興を遂げつつあるアステナ王国の城下町ではあるが、それもまだ完全ではない。


 中心部から外へ向けて歩けば戦いの傷が生々しく残っている箇所もあって、そこを見るなりアリアの唇は無意識のうちに歪んでしまう。


「ウーーン、これからどうしよう、カナ?」


「きゃッ!」


 キョロキョロと周囲を確認しつつ歩くアリアの身体に小さな衝撃が走る。


 前を見て歩いていなかったアリアに少女がぶつかった際の衝撃であり、ヒョロヒョロとした体躯のアリアであっても、少女は可愛らしい声音と共に転んでしまった。


「オヤオヤ、大丈夫かイ?」


「あっ、ごめんなさい……」


「謝らなくてイイヨ、コッチがぶつかっちゃったんダシ……」


 すらりと背の高いアリアにぶつかり見上げるような形になった少女は、小さな身体を更に小さくすると小動物のように目を潤ませる。


「人間っていうのは難しいネ。中々、謝罪しても伝わらないことが多いヨ」


 少女が涙目になっている様子を見て、アリアはやれやれと首を振ってしまう。彼女にとって人畜無害とも言える子供との触れ合いには慣れておらず、このような状況の際にどうしたらいいのか、それが分からないのだ。


「そこのお方、ちょっといいかな?」


「……オヤ?」


 今にも泣き出しそうな子供に困っているアリアに声をかけてくる存在があった。まさか自分に話しかけてくる人間が居ようとは思わなかったアリアは、首を傾げて声のした方を見る。


 アリアにぶつかった少女は、彼女の注意が自分から逸れたことを見るなり走り出してしまう。


「……どこかで会ったことがあるカナ?」


「いえ、こちらも確証はないのですがね、少々……以前、お会いした人と似てる雰囲気だなと」


「ヘェ……君は久しぶりに会った人間に対して、そんな殺気を放つのカイ?」


「その人は我が国に対して許されないことをしたのでね……もし、同一人物であるならば、この街を自由に歩かせる訳にはいかない」


「オヤオヤ……この国はよそ者に厳しいネ」


「善良なよそ者ならば、こんな真似はしませんよ。さぁ、まずはお顔を見せてもらっても?」


「……断ったのなら?」


「アステナ王国、筆頭近衛騎士である私、エレス・ラーツィットに拘束されることとなるだろう」


 アリアに声を掛けたのは、アステナ王国にて国王の側近騎士としての位を持つ騎士・エレスだった。航大たちと共にバルベット大陸の西方地域へ旅に出て、それから王国へと戻ったエレスは、国の復興を遂げるために働き続けていた。


 帝国騎士であるアリアも自身の存在がバレないように細心の注意を払っていた。


 人目が付かない場所を選択して歩くようにしていたし、彼女が持つ『強欲のグリモワール』による権能によって、周囲の人間に自身を認識させないよう細工を仕掛けていた。


 しかし、アステナ王国の騎士であるエレスにはその権能が効果を見せず、逆に不穏な魔力を察知されると、こうして姿を捉えられてしまった。


「イヤァ……それは困っちゃうナァ……」


「どうして顔を見せることが出来ないんだい?」


「乙女の顔を覗こうとするなんテ、紳士としてはどうなのカナ?」


「顔を見せることくらいなんてことはないはずだ。少なくても、やましい気持ちがなければ、顔くらい見せてくれるはずさ」


「…………」


「…………」


 静寂が場を支配する。


 二人が対峙する場所はまだ復興が済んでいない所であり、人の気配も希薄である。もしここで戦うことがあったとしても、被害は少ない形で終わることが出来るだろう。しかしそれは、戦いがこの場所でのみ完結することが出来るのならばの話である。


「しょうがないネ、君がそこまで言うのならば……」


「…………」


 決して引くことはないエレスの様子に根負けする形でアリアはため息を漏らすと、自分の身体をすっぽりと覆っているローブへと手を伸ばす。そして頭を覆っているローブをゆっくりとした動きで剥がしていく。


「これで満足カイ?」


「…………」


 フードを取り素顔を晒すアリア。


 そんな彼女の顔をしっかりと確認するエレスは、僅かに眉間へ皺を寄せるのだがそれ以上、何かを言うことはなかった。


 帝国騎士・アリア。


 彼女の素顔はエレスも把握しているはず、それにも関わらずエレスはアリアの顔を見てもすぐに彼女だと断定することが出来ないのだ。


「もういいカナ? あまり、人に顔を見られたくはなくてネ……」


「あぁ……もういい。どうやら、僕の勘違いだったようだ」


「人間ならば誰しもミスはあるものサ、あまり気にしないでくれると嬉しいヨ」


 エレスから許しを得たアリアは、再びローブで自らの顔を隠すようにする。


 その瞬間、彼女の唇はこれ以上ないくらいに歪んでいるのだが、エレスはそれを知ることはない。何故、彼はアリアの存在に気付くことが出来なかったのか、それがアリアが持つグリモワールの権能による力なのだった。


 彼女が持つグリモワールは他者に対して幻覚を見せるものである。


 それは彼女の瞳を見ることが発動の条件であるとされているのだが、グリモワールが持つ力はその程度ではない。自らを中心とした円形のフィールドを指定することで、その場に存在するあらゆるものに幻覚を見せることが可能である。


 範囲は狭いし、フィールドから一步でも外へ出ることで幻覚の効果は途切れてしまうのだが、それを知らない人間を相手にする際には絶大な力を発揮することが出来る。


 そんなアリアが持つ力によって、エレスは彼女の顔を正しく認識することが出来ず、こうして再び城下町へと解き放ってしまうことになる、はずだった。


「何度もすまない。ちょっと待ってくれるかな?」


「……あまり何度も引き止められては困るナァ」


 背中を向けて歩き出すアリア。

 そんな彼女をエレスは再び呼び止める。


「なるほど、君の力はその目を見ていなくても発動するんだね。それは知らなかった」


「…………」


「確かに、さっき見た君の顔は以前とかなり変わっていた。普通の人間ならば、そのまま見過ごしてしまっただろうね」


「……ヘェ、君は違うと?」


「僕自身を騙すことが出来ても、この子たちを騙すことは出来ない」


 エレスの周囲に青白い光がいくつも姿を見せる。


 それは彼と契約した精霊たちであり、宝石を媒介にして人間にも認識できるように具現化した存在であった。


「精霊……人間ではない異形の存在、カ……」


「彼らには君の幻覚は通用しない。それは良いことを知った」


「どうやら、そうみたいだネ……」


「さぁ、僕の質問に答えてもらおう。帝国騎士よ」


「…………」


「再びこの大地になんの用事かな? その答えによっては、今この場で君を殺す」


 アステナ王国の筆頭騎士であるエレスの冷たい声音が周囲に響く。

 冗談を言っているのではない、本気でエレスはこの場でアリアを殺そうとしているのだ。


「それは内緒だネ。今はまだ、その時ではないからネ」


「それは残念だ。それならば、力づくでも聞くとしよう」


「たった一人の君にそれが出来るとでモ?」


「出来るさ。僕はもうあの時の僕じゃない。アステナ王国、この国を守る騎士だからね」


「ふっふっふ……これは楽しむことが出来そうだヨ」


 アステナ王国その城下町。


 世界に厄災をもたらす帝国の騎士と、自国を守るために立つ騎士の戦いが始まろうとしていた。互いに譲れぬものを賭けて、二人の騎士が今ぶつかる。

桜葉です。

次回もよろしくお願いします。

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