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第六章46 憂鬱と色欲の騎士

「はぁ……なんでアンタと一緒なのよ」


「やれやれ……総統も僕と君を組ませるなんて、なに考えてるか分からないね」


「全くよ。どう考えても相性最悪。間違えてアンタを殺しちゃうかも」


「なら今すぐココで君をぶり殺してあげてもいいよ?」


「ムカッ……上等よ、相手になってあげるッ!」


 世界を構成する五大大陸の一つ、灼熱の大地である『サンディ大陸』に、帝国ガリアの騎士である二人が降り立った。


 小学生と見間違えるほど小柄な体躯をしており、栗色の髪を肩上まで伸ばした少年は、帝国ガリアが誇る騎士の一人であり、『色欲のグリモワール』を所有する異形の力を持っており、その名を『アレグリア・ハイネ』という。


 対する少女もまた、ハイネと同様に背丈が低く、身体の凹凸が悲しいほどに感じられない。薄青の髪をツインテールにし、病的なまでに白い肌を覆っているのは、白と黒を基調にしたフリル満載のゴスロリ服である。『憂鬱のグリモワール』を所有するその少女は、『シャスナ・ルイラ』という名であり、共に立つハイネに対して高圧的な態度を崩そうとはしない。


「その減らず口を二度と開けないようにしてあげるよ」


「アンタをアンデットにして、私のコレクションに加えてあげる」


 立っているだけで汗ばむような気候であるサンディ大陸。


 マガン大陸からやってきた長旅の影響を見せることなく、ハイネとルイラは不気味な笑みを浮かべて睨み合っている。


 この様子からも分かるように、ハイネとルイラの相性は決して良くない。

 むしろ、帝国騎士の中でもトップクラスで相性が悪いとも言えるコンビである。


「腐った死体なんかで、僕と戦おうと言うのかい?」


「うるさいわね。アンタの豆鉄砲が私のコレクションちゃんたちに効くと思ってる訳?」


 売り言葉に買い言葉。

 ああ言えばこう言う。


 傍から見れば子供同士の喧嘩くらいにしか映らない、ある種の微笑ましい光景ではあるのだが二人が持つ力は絶大である。もしこのまま戦いを始めてしまえば、周囲にも多大な影響を与えることは間違いない。


「「…………」」


 睨み合う時間が経過する。


 互いの手には異形の力を宿したグリモワールが握られており、まさに一発触発。なにか些細なきっかけがあれば二人は本気の殺し合いを始めてしまうだろう。今、この場には総統・ガリアもナタリの姿も存在しない。


 一度、戦いが始まってしまえば、どちらかが行動不能になるか、命を落とすまで戦いが続くことになるだろう。


「……どうやら、君との決着はお預けのようだ」


「ちッ……そうみたいね」


 二人は今、サンディ大陸へと上陸したばかりである。

 港町からの正規ルートではなく、人目離れた海岸から大陸へと上陸を果たした。


 というのも、ルイラたちは帝国ガリアの人間であり、帝国の名は全大陸に悪い意味で知れ渡っており、危険な存在に対してそう簡単に上陸の許可などが降りるはずがない。


 ルイラたちも極力戦いを避けたい思いがあったからこそ、人目の付かない場所で上陸を果たしたのだが、そんな彼女たちの思惑も徒労に終わる。


「貴様たち、帝国ガリアの人間だな?」


 無人の海岸で睨み合うルイラとハイネに声を掛けてきたのは、真紅の軍服に身を包んだ男たちであった。彼らは全員が何かしらの武器を手にしており、その瞳からは明確なまでの敵意が剥き出しとなっている。


「もしそうだとしたら、どうするって言うんだい?」


「我々の質問に答えろ。マガン大陸の帝国ガリア……忌々しい大地で住まう人間が、我々の大陸へ何の用件だ?」


「やれやれ、帝国ガリアの人間なんて一言も言ってないのに、そうやってすぐに決めつける」


「貴様らは自分たちがどれだけ悪名高いか……それを理解していないようだ」


 話をしている間にも、真紅の軍服を着た男たちは少しずつその数を増やしている。

 ルイラとハイネが持つ力の強さを理解し、感じているからこそ増援を呼んでいるのだろう。


 彼らはサンディ大陸を統治する公国の軍人であり、ハイラント王国に比べれば規模は小さいまでもその実力は折り紙付きである。少数精鋭といった言葉が正しく、その力は大陸の中でも上位に入る。


「はははッ、僕たちが悪名高い……そうらしいよ、ルイラ」


「そうみたいね、ハイネ。私たちが何をしたって言うのかしら?」


「バルベット大陸、コハナ大陸において貴様たち帝国の騎士が暴れまわった事実はこちらも把握している。貴様たちのせいで数多の人間が命を落としたということもな」


「コハナ大陸? 私はそんな辛気臭い場所なんて知らないけど、確かにバルベット大陸ではちょっと遊んだかもしれないわね」


「ちょっと遊んだ……?」


 ルイラの言葉に真紅の軍服を着た男たちが眉を顰める。


「アンタたちも加えてあげようか? 私のコレクションに――」


 その言葉と共にルイラは手に持つグリモワールへ力を注ぐ。


 淡い光を灯すグリモワールが眩い輝きを放つと、次の瞬間には無人だった海岸に無数のアンデットが召喚される。


「貴様ら……抵抗するというのだな?」


「抵抗なんてしないわ。だって、そんなことをする必要がないのだから」


 敵対行動を見せたルイラに対して、真紅の軍服を着た男たちもまた魔法の準備を始める。話し合いによる解決が不可能であるのならば、その後は互いの武力を持って終結させる他ない。


「ここにいる私のコレクションちゃんたちはね、ハイラント王国で普通に暮らしていた一般人なの」


「…………」


「ほら、この子供を見てみて? 顔の半分が欠けちゃってるでしょ、これはね道端にゴミのように捨てられた子供を、私がコレクションとして永遠の命をあげたの」


「――――」


 ルイラが召喚するアンデットは元一般人である。


 何かしらの要因から命を落とし、朽ち果てるだけだったところをルイラに拾われ、終わりのない永遠の命を強制される。


「これでも私が残虐だって言いたいの?」


「……外道が」


「はぁ……しょうがない、アンタたちも私のコレクションにしてあげる」


 アンデットたちに人格はない。

 ただ、憂鬱のグリモワールを所有しているルイラの傀儡として生きることのみを許された存在である。


「はぁ……こんな奴ら、すぐに倒しちゃってよ。僕は眠いから、ちょっと昼寝でもしてるよ」


「もし寝坊なんてしたら、アンタもアンデットだから」


「無駄口はいいから、早くそこのゴミたちをなんとかしてよ」


 無数に存在する敵を前にしても、ハイネは普段通りの反応を見せたまま。対峙する男たちを『敵』とすら認識してはおらず、背を向けて歩き出したかと思えば、本当に居眠りを始めてしまった。


「貴様ら……我々を侮辱するのかッ!」


 ルイラとハイネ。

 帝国ガリアが誇る騎士たちが見せる侮辱的な言動や行動に、真紅の軍服を着た男たちが怒りを露わにする。


「侮辱? ふふ、そんな些細なことで怒ってる暇なんてないんじゃない?」


「……何だと?」


「今からアンタたちは死ぬのよ。そして、永遠という時間を私の傀儡として生きるの」


「…………」


「こっちも暇じゃないんだから、さっさと終わらせてあげる」


 灼熱の大地であるサンディ大陸。

 世界を混沌に陥れようとする帝国騎士たちの牙が今、全世界へと向けられようとしている。

 終末へと向かう世界の歯車は、次第にその速さを増していくのであった。

桜葉です。

次回もよろしくお願いします。

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