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第六章43 南方からの帰還

「うッ……」


 女神たちとの邂逅を終え、再び現世へと回帰を果たした航大。

 全身に感じる鈍い痛みに顔を顰めながら、航大はゆっくりと目を覚ます。


「主様ッ!?」

「航大ッ!?」


 目を覚ました航大の視界にまず飛び込んできたのは見慣れない天井であった。綺羅びやかな装飾がふんだんに施された空間で航大は横になっていて、寝ぼけているような感覚に陥っている航大は自分がどこに居るのかを理解するのに僅かな時間を要した。


 ぼーっとしている航大の様子を見て、女の子二人の声音が鼓膜を震わせたかと思えば、次に飛び込んできたのはリエルとシルヴィアの顔であった。


「あれ、リエル……シルヴィア……?」


「あれ? じゃないってばッ!」

「主様ッ、身体は大丈夫なのかッ!?」


 イマイチ状況の把握が出来ない航大を見て、リエルとシルヴィアは今にも泣きそうな顔で無事であるかを問いかけてくる。


「え、そうだな……ちょっと、身体が痛いくらいで……」


「「良かったーーーーーッ!」」


「うおおおぉぉぉッ!?」


 航大の無事を把握するなり、リエルとシルヴィアの二人は目尻に涙を溜めながら抱きついてくる。十分な治療がまだなのか、のしかかってくる二人に航大の身体は悲鳴を上げ、全身を駆け巡る強烈な痛みに苦しむ。


「おい、お前らッ!? 折角、止血したのにまた傷がッ!?」


 わちゃわちゃと騒ぐ三人を傍観していたライガは、手当てをしたばかりの航大が苦しんでいるのを見て思わず声を漏らす。


「ちょっと、ライガッ……今、感動の再会中なんだからッ!」


「そうじゃぞッ! それに儂をこんな猫みたいに……離すんじゃッ!」


「ダメだ。航大とじゃれつくのは傷が癒えてからだ。それが出来ないなら、航大への接触を一切禁止にするぞ」


「「ぐぬぬ……」」


 ライガの当然だと言わんばかりの言葉にリエルとシルヴィアもそれ以上の反論を諦める。


「し、死ぬかと思った……」


 リエルたちの猛攻を耐え抜いた航大は、息を荒げながらも自分が無事に生きているのだという実感を得る。


「馬鹿野郎。航大、もう少しでも俺たちの到着が遅かったら、本当に危ないところだったんだぞ」


「……ライガ」


「……何があったのか、それは少し落ち着いてからにしよう。今は女神を回収してハイラント王国へ戻る」


 ライガ向ける視線の先。

 そこには航大と同じようにボロボロの状況で倒れ伏す炎獄の女神・アスカの姿があった。


 遠目でも胸が僅かに上下しているのが確認することができ、彼女がまだ死んでいないことは間違いなかった。


「女神の方もあの調子だ……急いで王国へ戻って治療を受けさせないと。リエルは前の戦闘で魔力を使い果たしちまってる。だから応急手当くらいしか出来てないんだ」


「あぁ……分かった……」


 自分の身体を改めてよく観察する。

 胸から脇腹にかけて包帯が巻かれており、包帯の所々に赤い斑点模様が浮かんでいる。


 治癒がまだ完全ではないことの証明であり、少しでも無理な動きをすればすぐさま体内から鮮血が溢れてくるだろう。


「よし、航大は俺が運ぶ。女神の方はリエルとシルヴィア、二人に任せるぞ」


「うん」

「分かった」


 ライガの真面目な空気に触発されたのか、リエルとシルヴィアは真剣な表情を浮かべて頷く。

 そこからの動きは迅速だった。


 航大とアスカが危険な状態であることを理解しているからこそ、全員の動きには一切の無駄がなく、一秒でも早く手当てをするために王国へと帰還しなければならない。


 王城の外で待たしている地竜に乗るまでそれほどの時間は必要なく、しかしその間、全員の間に微妙な空気が流れていることを航大は敏感に察していた。


「…………」


 ライガ、リエル、シルヴィアの三人はあえてその名を口にしない。


 彼らが王城へと到達した時、そこに彼女と謎の少女の姿はなかったのだろう。

 傷つき、倒れ伏す航大とアスカの姿だけが玉座の間にあり、何故か彼女の姿がない。


 三人は既に何かを察しているのかもしれない。しかしそれは、航大の口から語られるまでは真実ではなく、ただの憶測である。


 真実が明るみにならないからこそ、微妙な空気が場を支配しているのであり、そんなライガたちに何から話せばいいのか、航大は静かに唇を噛み締め、動かない身体を背負うライガにただ身を委ねるのであった。


◆◆◆◆◆


 そこからの帰還は拍子抜けするほどに順調であった。


 年間を通して温暖な気候であることが有名な南方地域を北上する間、航大たちに危険が迫ることは一切なかった。徐々に肌寒くなる感覚を覚えながら、航大たちは来た道を引き返すばかりであり、その道中で女神の姿を模した少女によって壊滅させられた名も知らぬ街を通過した。


「…………」


 地竜は重苦しい雰囲気が支配しており、ハイラント王国へと帰還する道程の中で、必要最低限な会話だけが繰り広げられる有様である。


 航大を除く、ライガ、リエル、シルヴィアの三人は聞きたいことや、言いたいことがたくさんあるのだろう。


 しかしそれは、航大の身体が万全な状態へと戻ってからにしようと決めているため、それぞれがもやもやとした気持ちを持っているのだ。


「ふぅ、今日はあの街で一休みとするか」


「あの街……レジーナのことね」


 炎獄の女神・アスカが根城とする王城を脱出し、北上を続けていた航大たちは、南方と東方の境界に存在する田舎街・レジーナへと帰還を果たした。


 南方地域へと足を踏み入れる際に一夜を明かした場所でもある。


「折り返し……とまではいかないが、ハイラント王国までは距離がある。みんなも疲れてるだろうし、休憩した方がいいだろ」


「ありがとな、ライガ……」


「あぁ、いいってことよ。とりあえず、俺たちは目的を果たした訳だし、そんなに急ぐこともないだろう」


「……そうだな」


 目的を果たした。

 地竜が引く客車の中には炎獄の女神・アスカが眠っている。


 本来その場所には白髪の少女が座っていたのだが、今は鮮やかに輝く赤髪が印象的な少女が横たわっている。


 バルベット大陸の南方地域を襲った悲劇。


 当初、航大たちは炎獄の女神・アスカが罪もない人間を襲っていたのだと思っていた。しかしそれは間違った認識であり、ユイと共に姿を消した新たな脅威の存在を航大だけが知っている。


 とりあえず、ライガたちにはアスカにはなんら罪はないことだけを伝え、ライガたちも納得しかねる部分がありながらも、航大の言葉を信じてくれた。だからこそ、アスカは今もこうして安全な場所で治療を受けているのだ。


「うーーーん、ずっと狭いところでジッとしてたから、身体が鈍っちゃったかも」


「そうじゃな。こうして身体を伸ばすことも大事じゃ」


「航大は大丈夫? 身体のどこか、痛かったりしない?」


「あ、あぁ……俺は大丈夫だよ。リエルの治癒魔法のおかげでな」


 ハイラント王国への帰還途中、魔力が枯渇する状態から復帰しつつあるリエルによって、航大の傷も大部分が癒えてきた。今ではもう傷口が痛むことも少なくなり、もうじき時間が経てば完全に回復する時も近いだろう。


 現在、リエルが主に治療へ当たっているのは炎獄の女神・アスカであり、彼女は体内に闇の魔力を大量に吸引しており、自らが本来もつ聖なる魔力が闇の力によって破壊され続けている・


 この状態が長引くことは危険であるため、リエルがなんとかして治療しようとするのだが、その進行は難航を極めている。


「よし、行きと同じ宿を取ったから、みんな宿で休むように。特に航大とシルヴィアは外出厳禁だからな」


「「はーい」」


 もうじき陽も沈む。

 しかし、航大たちに自由な時間は与えられない。


 今はとにかく戦いの疲れを癒やす時期であり、それは全員が理解している部分でもあった。

 宿へと入る航大たち一行。


 そこで航大は話さなければならないだろう。

 王城であった全ての事実を――。

桜葉です。

次回もよろしくお願いします。

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