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第六章39 胎動する運命

 ――世界は終末へと突き進む。


 ――運命の歯車は徐々にその速度を早める。


 ――深層の世界から覚醒を果たす少女は、失われた記憶を取り戻す。


◆◆◆◆◆


「くっ……ここ、は……?」


 バルベット大陸の南方地域。


 その最果てまでやってきた航大とユイは、炎獄の女神・アスカが根城とする『王城』へとたどり着いた。綺羅びやかな内装が広がる王城、しかし誰一人として人影は存在しない。


 王城が存在する場所は南方地域の最果てであり、そこは活発な火山地帯でもあった。

 常にどこかの火山が噴火を繰り返しており、王城の周辺には紅蓮に輝くマグマが流れている。


 とてもではないが人間が生活できるような環境ではなく、人との関わりを絶つ女神が選ぶには相応しい場所であるとも言えた。


「ようやく目を覚ましたか」


「……お前はッ!」


 南方の地域を襲った炎髪の悪魔。


 無差別に人間を襲い、その尊い命を散らした存在の正体は、世界を守護する女神ではなかった。炎獄の女神・アスカと酷似した姿をした少女が王城の玉座に座っており、彼女が南方地域を襲った犯人であった。


「少し挨拶をしたくらいで意識を失うとは、嘆かわしい限りだ」


「…………」


『航大さん、大丈夫ですかッ!?』

『全くもう、このまま目を覚まさないのかと思ったよッ!』


 玉座の間で巨悪との邂逅を果たした航大とユイだったが、彼女が放つ殺気を前に航大は意識を失い、そしてようやく目を覚ますこととなった。


 目を覚ました航大に女神たちも揃って心配したと声を掛ける。


「内に強大な力を秘めておきながら、その力を使いこなせてはいないのか」


「……お前の目的はなんだ?」


「……さっきも言っただろう。世界を支配する君主の命によって、我はここにいる」


「世界を支配する君主……?」


「いずれ邂逅を果たす時がくるだろう。しかしそれは、今ではない」


「お前が俺たちの敵だってことには変わりねぇ……シュナ、カガリ、いけるか?」


『ふふん、こっちはさっきからずっと準備万端だってのッ!』

『航大さん、敵は炎魔法を得意とする可能性があります。ここはまず私の力を使ってください』


「分かった。ユイは……?」


 戦うための準備は整った。

 航大は共にこの場所へと到達した少女の姿を探す。

 その視界に捉えるは苦しそうに藻掻くユイの姿だった。


「……ユイッ!?」


 巨悪の存在を前にする中で、航大の心は酷く動揺する。

 自分が倒れている間に、ユイが既に戦いを始めていた可能性は十分に考えられる。


 一つの街を軽々と壊滅させられるほどの力を持った敵を前にして、英霊の力もない彼女が戦って勝つのは極めて困難であることは想像に難しくない。


 見た限り、今は意識を失っているだけのようだが、その苦しみ方が尋常ではない。


「お前ッ、ユイに何をしたッ!」


「我は特別、何かをしたという記憶はない。そこの少女には自分すらも知らない何かがある。我はそれを知るきっかけを与えたにすぎない」


「…………」


『航大くん、どうする?』


「ライガたちも居ない、ユイが危ない……ここは一旦、ユイを連れて後方に下がる。そして体勢を立て直してまた戦う」


『私もそれが良いと思います。敵は女神・アスカの力を忠実に再現している。今の状況で戦うのは得策ではないと思います』


「……逃げるのか?」


「――――」


 まさに今、一時撤退の判断を下そうとした時、変わらず玉座に座る少女の言葉が突き刺さる。少女の強い威圧を伴った視線が航大の身体を居抜き、濃厚な禍々しい魔力が全身を包み込む。


「そこの少女はただ一人でも、我に立ち向かおうとしていたぞ?」


「…………」


「そこで寝ている貴様を守るためだ。それに我が簡単に逃がすと思うか?」


 座ったままの状態で少女は指を一つ鳴らす。

 すると、静寂が包んでいた玉座の間を取り囲むようにして業炎が姿を現す。


『あららー、逃げ道を塞がれちゃったね』

『どうしますか、航大さん?』


 玉座の間を包む業炎を無理やり突破することは不可能。

 つまり、この場所から逃げ出すためには眼前で待ち構える少女と戦い、そして勝たなければならない。


 ユイは戦線離脱。

 相手は女神の力と闇の魔力の双方を持つ強大な敵。


「俺はいつだってユイに助けられてた、今回だって俺が寝てる間にユイは戦おうとしてくれてたんだ」


 先ほどまで苦しみ続けていたユイだが、今は静かな寝息を立てている。

 彼女の上半身をしっかりと抱きながら、航大は努めて冷静に状況を分析していく。


「でも、無理はしない。多分、一人で勝てるような相手じゃない」


『そうだね。ライガくんたちが後から合流することを期待して、時間を稼ぐって訳だね』


 ライガたちは今、王城より僅かに離れた場所で守護神と戦っているはずである。


 もちろん航大はライガたちが後から合流すると強い確信を持っている。だからこそ、今この場では時間を稼ぐだけでいいのだ。


「逃げるのかと思ったが、考えが変わったか?」


「逃がさないようにした癖によく言うぜ」


「どうしても逃げたいなら逃げればいい。それくらいのことは出来るだろう?」


「余計なお世話だ。ここでお前をぶっ倒す、それだけだ」


「やってみるがいい」


 徐々に自らの魔力を高め、臨戦態勢を整えていく航大を前にして、玉座に座る少女はそれでも微動だにすることなくその様子を見守っているだけである。


「それじゃ遠慮なく……いくぞ、シュナッ!」


『はいッ!』


「――英霊憑依・氷神ッ!」


 その言葉をトリガーに、航大の身体を濃厚な氷の魔力が包み込んでいく。


 世界を守護せし女神の力をその身に纏うことで、航大は自らの外見を変化させながら戦うための力を手に入れる。


 氷獄の女神・シュナが持つ力によって、航大は自身の神を瑠璃色へと変化させ、更に腰まで届く長髪へと変わっていく。華奢な身体を包むのは青を基調としたローブマントであり、彼の右手には氷の結晶が輝く魔法の杖が握られている。


「……ほう。それがお前に感じていた力の正体か」


 女神とシンクロを果たした航大の姿を見て、玉座に座る少女の眉が僅かに揺れる。


 強大な力を前にして無反応という訳にはいかず、しかし相変わらず玉座に座したまま動く気配は見せていない。


「まだ座ったままってか、ふざけやがって……」


 氷神となった航大を見ても、対峙する少女から余裕な素振りが消えてはいない。

 それならばと航大は大地に流れる氷の魔力を存分に吸い上げると、先制の攻撃を仕掛けていく。



「大地を裂き、空気を凍てつかせる氷輪の刃よ、全てを破壊し、勝利を我が手に――氷獄氷刃ッ!」



 航大が唱えるは杖を媒介にして巨大な氷の剣を生成する氷魔法。

 両手で握る杖に魔力が集中し、次の瞬間には巨大な氷の剣へと姿を変える。


「おらあああああああぁぁぁぁーーーーーッ!」


 怒号と共に剣を振り下ろす。

 膨大な魔力を内包した氷剣は、地面に触れるのと同時に轟音と共に爆ぜる。

 一瞬にして王城の玉座は戦場へと姿を変え、航大が放つ一撃によって玉座の間が噴煙に包まれていく。


『一発目から容赦がないねぇ……』


「相手はこれまで街を何個も壊滅させてる、手加減なんて必要ないだろ」


『なるほどね、その通りだ。シュナ、相手の力は感じる?』

『……感じませんね。元から、あの人からは強い魔力を感じなかったので』


「魔力を感じないってどういうことだ?」


 航大の一撃は確かに敵へと届いたはずだ。

 玉座の間を一刀両断する氷の剣は、なんら準備もせずに受け止めることは難しい。


 しかし、まさかこの一撃で勝負が決するとは航大も思ってはおらず、警戒を解くことはない。


「その一撃、見事だ」


 時間の経過と共に噴煙が消失し視界が回復すると、玉座の間には先ほどと変わらず少女が座っていた。


 玉座を中心に赤と黒の炎が湧き上がっており、少女を守るようにして守護結界を生成していた。炎によって氷剣による攻撃を防いだのだと理解することは出来ても、まさかそう簡単に受け流されるとは思ってもいなかった。


「……簡単にはいかないな、こりゃ」


『アスカと魔竜の力……これまでの敵とは一味違うよ、航大くん』


「次はこちらからいくとしよう」


 強大な敵との戦いの予感に警戒心を強める航大だが、対する炎髪の少女はゆっくりとした動きで右手を突き出すと、自らの身体を守っている業炎たちに命令を下していく。


「焼き尽くせ」


 赤黒く輝く業炎は少女の命によって標的を航大に固定する。

 炎の勢いが急速に強くなると、一本の筋となって航大へと襲いかかる。


『来ました、航大さんッ!』


「分かってるってッ!」


 襲いかかる業炎を前にしても、航大は冷静に状況を分析して回避行動へと移っていく。


「くそッ、追いかけてきやがるッ!」


『航大さん、守護魔法を使うことも視野に入れてください』


「女神の加護を受けし氷壁よ、今ここにあらゆる攻撃を防ぐ縦となれ――絶対氷鏡ッ!」


 絶え間なく降り注ぐ業炎による攻撃。

 玉座の間に無数の焼け跡を残しながらの攻撃に、航大はたまらず守護魔法を展開していく。


 一秒、また一秒と時間が経過する度に少女の攻撃は激しさを増していく。

 気付けば玉座の間のあちこちが炎上しており、その部分からも攻撃の手が伸びてくる。


「くっそッ!」


『航大さんッ!』


 左右、前後と絶え間なく繰り返される連撃を前に、航大は自らが展開した守護魔法へと被弾が増えていく。


 守護魔法によって直撃こそないが、被弾の度に氷壁が破壊されていく。


「逃げ回っててもしょうがねぇ……反撃するぞ、シュナッ!」


『はい、無理はしないでッ!』


「穿つは悪を断罪せし、氷獄の十字――絶氷十字ッ!」


 唱えるは巨大な氷の十字架を生成する最上級の氷魔法。

 悪を穿つ氷の十字架は、触れるものを全て凍結させそして破壊する。


「…………」


 玉座の間を膨大な氷の魔力が充満すると、次の瞬間には航大の頭上に巨大な氷の十字架が姿を現した。


「喰らえぇッ!」


 航大の合図によって十字架が飛翔する。


「…………」


 それを破壊しようと少女の右手が迫る十字架へと向けられる。

 すると、航大を襲っていた業炎たちが向きを変えて十字架へと殺到する。


「――――」


 あっという間に十字架を業炎が包み、そして破壊しようとするのだが、女神が放つ強大な魔法はその程度の攻撃で崩れるほど脆くはない。


 赤黒く輝く業炎を纏いながら、航大が放つ十字架は玉座に座る少女へと直撃する――かのように思えた。



「……ここまで、か」



 少女が漏らすのはそんな声音だった。


 ややため息混じりに呟かれた言葉が航大の鼓膜を震わせた次の瞬間、氷の十字架が玉座へと到達し、そして再びの轟音を響かせた。


「――――」


 氷剣の時とは破壊力が違う。


 いくら女神の力と闇の魔力を手にした存在だとしても、そう簡単に受け止められるようなものではないはずだ。氷の十字架が玉座に突き刺さり、周囲に凍結の領域を広げながら破壊の連鎖を続けている。


「やったか……?」


『手応えは確かにあり……だけど、この程度で終わるほど楽観的な状況でもないかと……』


「だよなぁ……」


 相手は玉座から立ち上がることもしなかった。


 攻撃といっても業炎を撒き散らしただけであり、とてもじゃないが全力を出しているとは言い難い。こちらの攻撃も直撃はしているものの、この程度で終わるはずがないと断言出来てしまう。


「噴煙が晴れるぞ……」


 航大の声音が響いて、内に潜む女神たちも気を引き締め直す。


「――――」


 噴煙が完全に姿を消し、再び航大の眼前に姿を現す赤髪の少女。

 やはり彼女は玉座に座したままであり、しかしこれまでとは状況が違っていた。


 視界に映る光景を目の当たりにして、航大は目を見開いて絶句する。

 それは内に潜む女神たちも同じであり、まさかの光景に言葉を失っている。



「…………」



「どういうことだよ、ユイ」



 氷神となった航大が放った一撃。

 その一撃を持ってしても敵を打ち倒すことは出来なかった。


 それはおおよそ予想通りの展開であると言えたのだが、航大たちが驚くのはその攻撃を防いだのが赤髪の少女ではなく、つい先ほどまで気を失っていたはずの白髪の少女・ユイだったからである。


 どうしてユイがそこにいる?

 どうしてユイが航大の前に立ち塞がっている?


 様々な考えが脳裏に湧いては消えを繰り返し、眼前に広がる現実を受け止めることが出来ない。


「……ごめんなさい、航大」


「謝罪が欲しいんじゃない、どうしてそっち側にいるんだって聞いてるんだよ……」


「…………」


 ユイは右手を伸ばした状態で立っており、考えにくいが彼女が航大の攻撃を封殺したのだろうと推測することが出来る。英霊の力を宿していない彼女が航大の攻撃を受け止める、これまでの戦いを経験してきたからこそ、航大にとっては信じられない事実であり、何より彼女がどうして敵を守るような行動をしているのか、それが最も理解できない現実なのである。


「……航大」


「…………」


 変わらず無表情で航大を見据えるユイは、抑揚のない声音で少年の名を呼ぶ。


「……私にその本を渡して」


「その本?」


「傲慢のグリモワール。異界から英霊を召喚する、異能の魔導書」


「どうして、それを……」


「大人しく渡して。そうすれば、危害は加えないから」


「お前……」


 ユイが求めるもの、それは航大が持つ大罪のグリモワールであった。

 何故、ユイがグリモワールを求めるのか分からない。

 しかも敵に加勢するような行動を見せた後にだ。



「……お願い、航大」



 少女の懇願が玉座の間に響く。

 バルベット大陸は南方地域の最果て。

 そこでの戦いは予想だにしない展開と共に激しさを増していこうとしているのであった。

桜葉です。

次回もよろしくお願いします。

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