第六章37 終局への誘い
「よし、やったかッ!」
バルベット大陸南方地域の最果て。
炎獄の女神・アスカが根城とする『王城』を目前にした場所で、ライガ、シルヴィア、リエルの三人は女神が寄越した守護神・炎龍との壮絶な戦いに身を投じていた。
紅蓮に輝くマグマから生まれし炎龍は、物理的な攻撃を一切受け付けず、ライガたちを苦しめた。
しかし、その戦いもリエルの覚醒とライガが見せる新たなる力によって炎龍を打ち倒すことに成功し、ライガたちは多大な損害を受けながらも先に進むことが出来るのであった。
「はぁ、はぁ……ふぅ……良かった、なんとかなって……」
「おい、シルヴィアッ!? お前、すっげぇ怪我じゃねぇか」
「うっさいわね……あまり大きな声を出さないで……傷口に響く……」
「す、すまん……って、リエルもおい……大丈夫なのかよッ!?」
「触れるでないッ、今の儂は……自分の魔力すらコントロールできんのじゃ……」
マグマの中に落下し、その安否が絶望視されていたライガは、逆にマグマを自らの力としえ吸収することで、新たな力を得た。その身体には目立った外傷は存在せず、戦いが終わった後でも比較的、元気な方ではあった。
対するリエルとシルヴィアの二人は満身創痍といった状態である。
リエルは強大な魔法を使役した直後であり、魔力が枯渇している状態で、とてもじゃないが身動きが取れるような様子ではない。魔力が枯渇した状態で、身体は命を繋げるため急速に魔力を補充しようとしている。
今のリエルは大地から魔力を吸い上げている途中であり、その身体からは白い煙が立ち上っていて、触れれば凍結する極限状態なのである。
「お、おう……分かった……」
もう一人、シルヴィアの方はリエルと比較しても危険な状態にあると言えた。
炎龍との戦いで唯一、シルヴィアだけがその身体にダメージを負っていた。雨のように降り注ぐ炎球などによる攻撃によって、シルヴィアは身体のあちこちに重度の火傷、裂傷が見られた。
剣姫としての姿は既に解除しており、ハイラント王国の騎士服に身を包んでいるシルヴィアは、苦しげな呼吸を繰り返すばかりであり、このままでは命に危険を及ぼすことは間違いない。
「ど、どうするんだ……こういう場合……」
炎龍を撃退することには成功した。
しかし、その代償は大きく、とてもじゃないがこのままでは航大とユイの後を追うことが出来るような状態ではない。傷つき、満身創痍といった様子を見せるリエルとシルヴィアを前にして、ライガはおろおろとそこら辺を歩き回るばかり。
「……リエル、なんとかならない?」
「ふぅ……相変わらず、無茶を言う……」
「えへへ、でもこの状況ならリエルに頼るしかないしね」
「……まぁ、儂はもうしばらくは戦力にならんじゃろうし……主様とユイを任せたぞ、二人とも」
「うん、任せて」
「おうよッ!」
それはリエルにとっても苦渋の決断であった。
炎龍との戦いで自らの魔力を使い果たしてしまったリエルは、回復して再び戦線に復帰するためには多くの時間を必要とする。時は刻一刻と過ぎていくばかりであり、早く航大とユイの二人を追いかけなくてはならないライガたちからすれば、回復までに掛かる時間をただ待つことは出来ない。
つまりそれは、リエルの戦線離脱を意味するものであり、瑠璃色の髪を揺らす少女はこの大事な局面で自分が力になれないことを誰よりも悔しがっているはずである。
そんなリエルに対して、更に力を使って欲しいと懇願しているのだから、シルヴィアの表情はいつになく真剣なものだった。
「シルヴィアに治癒魔法をかける。後は任せたぞ」
「「おうッ!」」
リエルの思いと共に、ライガとシルヴィアの二人は硬く拳を握りしめる。
南方地域を舞台にした新たなる戦いはこうして終局を迎える。
一つの終わりは新たな始まりでもあり、ライガとシルヴィアの二人は先に進んだ航大とユイを追って走り出すのであった。
◆◆◆◆◆
「人間という存在は、時に理解し難い行動を選択する」
「…………」
「少し冷静に考えれば、力量差というものを推し量ることができると思うのだが、何故こうして立ち向かってくる?」
「……それが航大の決めたことだから」
「理解し難い。実に理解し難い……どうして自らの命を無駄にするような行為を容認するのか、私にはとても理解できない行動だ」
「……それでも、私たちは必ず貴方を倒す」
「人間の紛い物が偉そうに物を言う」
「……紛い物?」
「ふん、自らがどういう存在であるか、それすらも理解していないとは……嘆かわしい」
「……どういうこと、ちゃんと教えて」
「貴様は自分に対して何か違和感を抱いたことはないのか?」
「……違和感?」
「異形の力を有していながら、その本質すらも理解できていないとは、嘆かわしい限りだな」
「…………」
「貴様ら二人からは主と似た『力』を感じる。特に貴様はまだ力の片鱗すら見せてはいない」
「……言ってることが分からない。貴方は私の何を知っているの?」
「我は何も知らない。しかし、貴様には秘められた何かを感じるというだけだ」
「…………」
「自分のことを何も分かっていない様子だな。それならば自らが何者なのか、それを見てくるがいい」
「――――ッ!?」
バルベット大陸南方地域の最果て。
そこに存在するのは、炎獄の女神・アスカが存在する『王城』と呼ばれる場所であった。
しかし、そこで航大たちを待っていたのは、炎獄の女神・アスカではなく、彼女にとてもよく似た少女であった。赤髪の所々に黒を混じらせ、どこまでも無感情に言葉を発するその少女は、本来は女神が座っているであろう玉座から一步も動くことなく、航大とユイをいとも容易く窮地へと追いやった。
ユイは全身に裂傷を刻みながらも、なんとか立ち上がり巨悪へと立ち向かおうとする。
この場に存在するもう一人、航大はユイの遥か後方で倒れ伏している。その身体にも至る所に細かい傷が目立つのだが、その命はまだ健在である。
「さぁ、自らが内に潜む力の本質と、自らが何者であるかの片鱗を見てくるがいい」
「……ぐッ、あッ……はぁッ、ぐッ……」
少女の眼光がユイの小さな身体を居抜いた次の瞬間、ユイの身体に異変が起こる。
突如として苦しみだしたユイは、胸を抑えながらその場にうずくまってしまう。
「貴様は何を隠している? 自分自身が知らない本当の姿……それを見せてみろ」
「あ、あぐッ……はぁ、ぐぅッ……」
藻掻き、苦しむユイの意識が次第に遠ざかっていく。
彼女の内に蠢くのは今までに感じたことのない『力』の存在。
自分じゃない何かの存在が、異形の少女と邂逅を果たしたことによって目覚めようとしている。それは、帝国ガリアで闇の力に支配された時と似てる感覚であり、ユイは本能的に湧き上がる力に身を委ねてはいけないのだと理解する。
意識すればするほどに存在感を増す内なる何かはを抑えることは出来ない。
「――――」
徐々に暗くなっていく視界。
姿を見せる内なる自分。
それはこれまで閉ざされていた白髪の少女が持つ『秘密』に迫るものであり、物語はゆっくりと速度を早めて終局へと進んでいくのであった。
桜葉です。
次回もよろしくお願いします。




