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第六章36 炎龍炎獄の戦いⅢ

「え、ちょっとッ……ライガがッ!?」

「シルヴィアッ、よそ見をするなッ!」


 南方地域の最果て。


 炎獄の女神・アスカが根城とする『王城』を目前にした所で、ライガ、シルヴィア、リエルの三人はマグマの川より姿を現した王城の守護神である『炎龍』によって足止めを喰らっていた。


 航大、ユイの二人は女神に呼ばれているという理由で炎龍を足止めをスルーして先へと進んでいった。ライガたちは航大とユイを追いかけるため、炎龍へと戦いを挑むこととなったのだが、戦況は少しずつ、そして確実にライガたちへと不利な状況へと傾いていた。


「うわッ、でもッ……ライガがッ……急がないとッ!」


「……少しなら、大丈夫じゃ」


「少しならって……なんで、そんなことが言えるのよッ!」


 一瞬の慢心。

 一瞬の隙。


 その結果、ライガは炎龍の攻撃が直撃した果てに紅蓮に輝くマグマの中へと落ちてしまった。触れるだけでもタダでは済まないマグマへと完全に落下してしまった。その事実がもたらす結末は悲惨なものである。


 シルヴィアとリエルの中にも隠しきれない動揺があるのは事実であるが、王城の守護神たる炎龍の攻撃は止むことはない。


「こんなこともあろうかと、ライガの身体に氷の守護結界を張っておいた」


「ウソッ、すごいリエルッ!」


「しかし、このマグマの中……長時間、耐えることは難しい……」


「え、ダメじゃんそれッ!」


「仕方ないじゃろうッ! まさかマグマが存在するなんて思わなかったんじゃ……そして、そこに落下する奴がおることも想定外じゃな……」


「……とにかく、ライガを助けないと……氷の結界って奴はどれくらい頑張れそうなの?」


「時間にして数分、よくて十分くらいかの……」


「それだけ時間があれば、なんとか……」


「しかしの、シルヴィア……」


「え、なに? まだ何かあるの?」


「今の時間は氷の結界が持つ効力のみの話であったな、ライガ自身の息が持つか……それは分からぬ」


「…………」


「シルヴィア、一般的な人間が息を止めて活動できる時間……知ってるか?」


「……とにかく、急いでライガを助けないとッ!」


 雨のように降り注ぐ炎龍の攻撃を回避しながら、シルヴィアとリエルはマグマの中へと落ちたライガの安否を心配する。


 既に落下してから数十秒が経過しようとしている。

 普通の人間ならばそろそろ苦しくなってくる時間だ。


 王国騎士であり、それなりに鍛錬を積んでいるライガは並の人間よりも息が長く持つだろう。しかし、それもどれほどのものか……シルヴィアとリエルの二人はライガの生存を信じ、一秒でも早く立ち塞がる巨悪を討ち滅ぼさないといけない。


「リエルッ、私にも氷結界……いける?」


「……どういうことじゃ?」


「この状況だと接近もままならない。それじゃ、アイツを倒すことなんて到底できない」


「しかし、接近してもあの身体にはダメージが……」


「私の力だけじゃ確かに難しい。でも、リエル……貴方なら、なんとかなるかもしれない」


「…………」


「無茶苦茶を言ってるかもしれない、でも……リエルなら、この状況を覆すことが出来るはずよ」


「それはこの先、儂の力が使えないことを指すぞ……」


「……ごめん。でも、それしかここを突破することは出来ない、でしょ?」


「はぁ……確かにそれもそうじゃな。温存していた力の全て……ここで出そう」


「準備に時間はどれくらい?」


「五分……いや、三分くれ……」


「二分。これくらいが限界かも」


「無茶を言う……」


「お願いね、リエルッ!」


 その言葉を最後にシルヴィアが飛ぶ。

 自らの身体を容易に包み込める巨大で純白な翼を羽ばたかせ、凄まじい速度で炎龍へと接近する。


「来るか」


 待ち構える炎龍は攻撃の激しさを増しながら、突っ込んでくるシルヴィアを倒そうとする。


「遅い遅いッ!」


 視界を埋め尽くすのは火球や炎柱による無数の攻撃。


 対するシルヴィアは身体の向きを変え、自在に空を滑空することでギリギリのところで炎龍の攻撃を回避する。被弾を恐れず、しかしただの一撃も食らうことなく、猛烈な速度で接近を果たす。


「もう一撃ッ! 世界を包め、全てを守護する、三日月の光よ――皇光の一刀(セイクリッド・ブレイズ)ッ!」


 炎龍へと接近し、そこから放たれるのは聖なる一撃。

 三日月状の斬撃が炎龍へと迫り、そして直撃する。


「……無駄だ」


「ですよねッ!」


 シルヴィアの斬撃は確かに炎龍へと到達するのだが、マグマによって身体を構成している炎龍には微塵のダメージもない。斬撃は炎龍の身体を確かに切り裂くのだが、そのまま通り抜けて背後の岸壁へと衝突の後に消滅する。


「貴様も堕ちるがいいッ!」


「うわわわーーーーッ!?」


 炎龍が繰り出すのは終わりのない連続攻撃。


 その一撃が致命傷となりかねない連撃の中で、シルヴィアはギリギリのところで時間を稼いでいる。しかし、それも時間の経過と共に苦しくなっていく。


「はぁッ、はぁッ……くッ……すごい、攻撃……」


「まだまだ、こんなものではないぞ」


「嘘でしょ、それッ……」


 炎球がすぐ脇を通り抜け、頭上からは巨大な炎柱がシルヴィア目掛けて落下してくる。

 縦横無尽に迫る攻撃は少しずつその軌道を修正している。


 より正確に、より激しく。

 自在に大空を滑空する力を持つシルヴィアでも、このまま回避を続けるのは困難を極める。


「しまったッ!?」


 一撃。


 純白の翼に炎球が直撃する。

 これまで全ての攻撃を完璧に回避していたシルヴィアが見せた、僅かな油断と満身。


 炎龍による一撃によって、シルヴィアの体勢が大きく崩れる。

 それが一瞬のことであったとしても、その一瞬が致命的な隙を生んでしまう。


「あッ、ぐッ……がはッ、あッ、ぐうぅッ……ッ!」


 炎龍の攻撃がシルヴィアの小さな身体を襲う。

 翼が焼け、白銀の甲冑ドレスに亀裂が走る。


 全身に衝突する数多の炎がシルヴィアの身体を焼き、痛めつけ、その内から鮮血を溢れさせる。雨のように降り注ぐ無数の炎がシルヴィアへと集中して、彼女を構成する全てのものを蹂躙する。


「リ、エルッ……」


「……待たせたの、シルヴィア」


 全身を焦がし、身体の至る部分から鮮血の花を咲かせるシルヴィアは、口内に溜まる血を吐き出しながら少女の名前を呼ぶ。


 この状況を打破するための最終兵器。


 瑠璃色の髪に北方の賢者と呼ばれる少女は、この危機的な状況を突破するために必要な唯一の力を有した存在である。


「美しき氷の華、凍てつく世界に咲き誇れ――氷雪結界ッ」


 灼熱の炎が包む世界を、凍てつく氷のフィールドが覆っていく。


 小柄な身体から放たれる強大な氷の魔力。

 それは少女が内包する魔力を全て放出するものであり、まさに命を賭けた一度限りの反撃である。



「もたらすは悪魔の如き凍てつく世界、数多の生命は氷の中で眠りにつく、氷魔よ、顕現せよ――氷獄世界」



 氷雪結界が崩壊する。

 音を立てて崩れ去る氷の世界、しかしそこにまた新たな『世界』が姿を現す。


「――――」


 静かに、しかしより激しく。


 瑠璃色の髪を持つ少女を中心とした半径数キロにも渡る巨大な円形の魔法陣が形成されると、眩い光が天へと伸びていく。それは新たに生まれし世界がもたらす効果範囲を現すものであり、そこから逃げるには円の外側へと出なければならない。


 しかし、そんなことを許すような魔法ではなく、瞬きの瞬間に決定付けられた氷獄の世界に誰もが囚われる。


「来い、氷獄の悪魔よ」


 口から漏れる吐息はどこまでも白く、そして込められた言葉にはこれから始まる絶対不可避の殺戮に憐れむ色が浮かぶ。


「――――」


 あらゆるものを焦がす紅蓮の炎すらも、その氷獄は絶対零度によって包み込んでいく。


 絶え間なく流れるマグマと同体の炎龍ですら、自らの眼前に広がる氷獄の世界を前に言葉を失う。いや、正確に表現するのであれば、紅蓮の輝きを放つマグマから生まれし炎龍は既に、言葉を発するどころか、身動きすら取ることはできない。


 絶対の矛盾がそこには存在しており、数多を焦がす紅蓮の炎と、数多を凍てつかせる氷獄の世界。相反する二つの力がこの場には存在しているのだが、しかし賢者が自らの命を持ってして放つ魔法は、この世界において禁術とも言われる最強の魔法でもあった。


 凍てつく氷獄の世界は術者もろとも氷の世界へと誘うと、それぞれの頭上には『悪魔』を召喚する。


「壊せ、全てを――」


 瑠璃色の髪を揺らす少女の隣に、見上げるほどの巨体を誇る氷の悪魔が顕現する。

 氷獄を司りし悪魔は何も語ることなく、自らが主の言葉に従うだけ。


 二本足で立つ悪魔はその手に氷の槍を持っており、それを天高く突き上げると、対象へ向けてそれを振り下ろす。


「――――」


 刹那の静寂が広がり、次の瞬間には凄まじい破壊の連鎖が始まる。

 氷獄が支配する世界に現れし悪魔は強烈な一撃を持って姿を消す。


「す、すごい……」


 リエルが繰り出す氷の演舞。

 それが見せる絶対尊守の破壊を前に、シルヴィアは呆然と立ち尽くすことしか出来ない。


 マグマが存在する限り炎龍が復活するというのならば、その源流すらも壊してしまえばいい。この状況を打破するためにリエルが導き出した答えは、その圧倒的な力を見せることで正しい選択であることを証明する。


「――まだッ!?」


 炎獄の女神・アスカの守護神との戦いは終結したかのように誰もが思った。

 しかし、リエルとシルヴィアの前に紅蓮の炎と共に、炎龍が再び姿を見せる。


「炎が潰えない限り、我は復活する」


 炎龍は赤く輝く球体を中心に復活する。


 あれが炎龍のコアであることは間違いなく、女神の加護と魔力を宿したコアがある限り、炎龍は復活を繰り返す。


「嘘でしょ、それ……」


 既にリエルは死にかけ、シルヴィアもまた重傷を負っているために継戦は不可能。

 マグマは凍てつく世界によって全てが凍結しており、今では瓦解の時を待つだけ。


 ライガの姿もその中に消えたままであり、再び現れた炎龍を相手に戦うことが出来る人間は存在しない。


「――待たせたなッ」


 絶望が広がる世界において、その声音がシルヴィアの鼓膜を震わせる。



「纏うは暴風、纏うは紅蓮の炎、ここに在るは究極の炎舞――風装炎舞ッ」



 凍てつく氷を突き破って姿を現すのは、その身に紅蓮の炎風を纏ったライガであった。


 炎獄の女神・アスカの守護神である炎龍が放つ炎を吸収し、暴風と紅蓮の炎を同時に纏ったライガは新たな武装魔法と共に顕現する。


 神剣・ボルカニカが覚醒することで手に入れたその武装魔法は、ライガが持っている『風装神鬼』と『業火炎舞』を組み合わせたものであり、絶対なる速度と絶対なる破壊を同時に扱うものであった。


「――貴様アアアァァァァッ!」



「消え失せなッ。一刀両断、炎が全てを焦がし、暴風が数多を両断する――煉獄両断ッ!」



 両手で持つ神剣・ボルカニカを暴風と紅蓮の炎が包む。

 炎によって巨大化するその剣は二つの属性を持ってして対象を一刀両断にする。


「――――」


 振り下ろされる炎風の大剣は、炎龍のコアごとその胴体を両断していく。

 炎龍の身体を切り裂く大剣は、凍てつくマグマの全てを破壊しながら戦いを終局へと誘う。


 岩石が転がる南方地域最果ての場を破壊する一刀によって、この戦いは真なる意味で幕を下ろすのであった。

桜葉です。

次回もよろしくお願いします。

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