第六章35 炎龍炎獄の戦いⅡ
「シルヴィアッ、そっちに行ったぞッ!」
「分かってるッ!」
バルベット大陸の南方地域。
年間を通して、温暖な気候に恵まれた大地の最果て。
そこは活発な火山が立ち並ぶ活火山地帯であり、南へ進むほどに体感する気温は上昇していくのが印象的な場所であった。最果ての地域になると、人間が生活をするには過酷な場所であると言わざるを得ない。
「うおぉッ、今度はこっちかよッ!」
「ライガッ、足元気をつけてッ!」
「分かってるってッ!」
ただ一人の人間も生活していない、頻繁に火山が噴火する地獄のような環境で、炎獄の女神・アスカは自ら『王城』と呼ぶ城で生活を続けてきた。
かつて世界を混沌に陥れた『魔竜』と戦い、世界に平和をもたらした女神の一人である彼女は、今も尚、この世界に健在し世界の均衡を保つために力を使ってきた。今、この世界は四人の女神によって均衡を保たれている状況であり、ただ一人の存在が欠けた瞬間に世界は再び魔竜の脅威に晒されることになる。
「足元気をつけろって言われてもッ……」
「文句を言うな、ライガッ! これでも結構大変なんじゃぞッ!」
「わ、分かってるよ……」
新たなる戦いに備える形で、航大たち一行はこの世界に存在する女神を探していた。
女神と邂逅を果たし力を借りようとしていたのだ。
北方地域を守護する氷獄の女神・シュナ。
西方地域を守護する暴風の女神・カガリ。
二人の女神を自らの内に宿した航大たちが次に助けを求めたのが、南方地域を守護する炎獄の女神・アスカであった。彼女の居場所について他の女神たちから情報を仕入れた航大たちは、意気揚々と大陸を南下していたのだが、そんな一行が目撃したのは、炎獄の女神・アスカが罪もない人間を襲っている光景であった。
「くっそッ、コイツ……実体がないから、こっちの攻撃が効かねぇッ!」
「確かに……こんなの、どうやって勝てって言うのよッ……」
「無駄話をしてる暇ないぞッ、二人ともッ!」
世界を守護するべき存在である女神が、どうして一般人を攻撃しているのか。
その真実を知るために、航大たち一行は女神・アスカが待つ南方地域の最果て、女神の根城である『王城』を目指すこととなった。
王城を目前にした一行の前に立ち塞がったのは、先ほどからずっとライガたちが対峙している王城の守護神・炎龍であった。王城を取り囲むようにして存在するのは、紅蓮に輝くマグマの川であり、その川には岩で作られた狭い道が一本だけ存在していた。
王城へと向かうのならば、その道を必ず通らなければならないのだが、そんな一行の前に炎龍が立ち塞がった。
「このマグマがある限り、コイツが死ぬことはないんじゃないのか……ッ!?」
「ちょっと、ライガッ……あまりゲンナリすることを言わないでッ!」
「必ず打つ手はあるはずじゃ……儂もそれを考える」
マグマの川から姿を現した炎龍は、女神を守護するために存在していた。
そんな炎龍は主である女神の命に従う形で、航大とユイの二人のみを先に進ませた。残されたライガ、シルヴィア、リエルの三人に関しては女神からの許しがないということで、王城へと近づけさせないようにしているのだ。
マグマの川がそのまま龍としての姿を形成している炎龍に対して、対するライガたちはあまりにも不利な戦いを強いられることとなる。
「攻撃が効かないんじゃ、どうすることもできねぇッ……」
「弱音ばっかり吐いてるんじゃないわよッ!」
リエルが作る足場に飛び移りながら、ライガは炎龍が放つ炎渦や炎柱の攻撃を躱すことで精一杯な状況の中、自ら翼を持つハイラント王国の騎士であり、世界を守護する剣に愛されし、剣を愛する剣姫たるシルヴィアは、炎龍の凄まじい攻撃が降る中で一際輝いていた。
炎龍の攻撃を尽く回避することに成功する彼女は、隙を見つけては炎龍へと接近し、その手に持つ聖剣・ハールヴァイトで攻撃を仕掛けていく。
「全部、吹き飛ばすッ! 世界を包め、全てを守護する、三日月の光よ――皇光の一刀ッ!」
シルヴィアが放つのは聖なる輝きを放つ三日月状の斬撃であった。
彼女の内に潜む神竜と、あらゆる悪を断罪する聖剣から放たれる聖なる斬撃は、炎龍が放つ攻撃を全て破壊すると、その胴体を斬り伏せようとする。
「小癪なッ!」
「消し飛べええええぇぇぇぇーーーーッ!」
シルヴィアが放つ攻撃は必殺の一撃である。
これまでも数多の悪を討滅してきた聖なる一撃。
女神が根城とする王城の守護神たる炎龍も、迫る巨大な斬撃を前に反応せざるを得ない。対象に生物的な畏怖を与えるほどに、シルヴィアが放つ一撃は強大であることの証でもある。
「――――ッ!」
シルヴィアの斬撃が炎龍へと到達する瞬間に、凄まじい轟音と共に眩い閃光が周囲に広がっていく。大地を揺るがす衝撃と轟音はマグマの川をより一層と激しく荒らすこととなり、触れれば致命傷は避けられないマグマの飛沫がライガに降り注ぐ。
「うっそだろ、オイッ!」
雨のように降り注ぐマグマの飛沫を目前にし、ライガは武装魔法によって得た機動力を生かして回避行動を取る。
「これはマズイッ!」
後方でライガたちの援護をしながら、戦況を見つめていたリエルもまた、ライガへと降りかかるマグマの飛沫を見て苦々しい表情を浮かべている。自らが魔力によって生み出す氷の道もマグマの前ではその形を長時間保つことが難しい。
自ら飛翔する術を持たないライガは、リエルが作る氷の道がなくては戦うことはおろか、前線に出ていることすら困難である。
シルヴィアの一撃は確かに絶対の破壊力を持っている。
しかし、限定的な状況においては時に味方を窮地へと追いやってしまう。
「大丈夫ッ、なんとか逃げ切って――」
「貴様ら人間が私に楯突くなど、千年早い」
その声音はマグマの中から聞こえてくると、ライガ、シルヴィア、リエルの鼓膜をほぼ同時に震わせた。シルヴィアの攻撃によってその身体を失ったかに思えた炎龍であったが、周囲に広がるマグマと同化しているからこそ、それが消えない限り命が潰えることはない。
マグマがせり上がり、次の瞬間には再び姿を現す炎龍。
紅蓮の輝きを持って見据えるのは、最も無防備な体勢を晒しているライガであった。
「灼熱の地獄へと堕ちるがいい」
降りかかるマグマを回避することで手一杯なライガが、炎龍が放つ炎渦を回避することは難しい。
「やっべ」
リエルとシルヴィアの援護も間に合わない。
荒れるマグマによって氷の足場が崩れ、ライガは完全に炎龍の攻撃を回避する術を失う。視界を埋め尽くす炎を前にして、ライガはそんな声音と共に業炎に飲み込まれる。
それは一瞬の光景であった。
炎に飲み込まれたライガの身体は勢いそのままにマグマの中へと姿を消す。
それは想定している中で最も悲劇的で、絶望的な展開であり、激しい轟音と共にマグマへと沈むライガに、シルヴィアとリエルは目を見開く。
「「ライガッ!」」
悲痛な声音が周囲に響き渡る。
今までに相対したことのない異形の存在との戦いは、絶望を色濃くしてまだ見ぬ終局へと突き進む。
桜葉です。
次回もよろしくお願いします。




