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第六章32 非情な選択

「全員、準備しろ」


 バルベット大陸の南の果て。


 そこで航大たち一行を待つのは、世界救世の女神・アスカであり、炎獄という名を持つ少女は誰よりも世界の平和を愛する存在であった。


 だからこそ圧倒的なまでの力で魔竜を撃退し、混迷を極める世界に平和をもたらすことが出来たのだ。誰よりも情熱的で、誰よりも好戦的な女神であった彼女は、しかし突如として豹変してしまった。


 先の戦いに備え炎獄の女神と邂逅を果たすために旅を続ける航大たちが見たもの、それは紅蓮の炎髪を揺らす少女が罪もない人間に対し力を行使する光景であった。


 女神とは世界に平和をもたらし、世界の均衡を保つ存在である。


 そんな共通認識を持っていた航大たち一行は、しかし眼前で繰り返される残虐なる破壊行動の首謀者が炎獄の女神・アスカであるという事実を信じることが出来なかった。


 およそ正気とは思えない破壊行動を繰り返した女神・アスカは、その身に『闇の魔力』を纏い、航大たち一行を南方の果てで待つと言い残し姿を消した。


 これ以上、女神による破壊行動を続けさせる訳にはいかない。

 それに航大たちには四人の女神が持つ力が必要不可欠でもある。


 まず、炎獄の女神・アスカと邂逅を果たし、彼女の目的を聞かなければならないと航大たち一行は南方地域の果てを目指すこととなったのだが、ゴールを目前にして立ち塞がる存在があった。


 紅蓮に燃えたぎるマグマの川から姿を現したのは、神話にも登場する『竜』に似た魔獣であった。太く長い胴体から頭の先まで、その全てをマグマによって構成された炎龍は、紅蓮に輝く瞳で航大たち一行を見下ろし、そして前に進ませんという意思を見せるかのように眼前に立ち塞がっている。


「…………」


 戦いは避けられない。


 そう本能的に察したライガの鋭い声音と共に、航大、ユイ、シルヴィア、リエルの四人はその顔に緊張を滲ませながら臨戦態勢を整えていく。


「主の命なき者を、この先に通す訳にはいかない」


「……言葉は通じるみたいだな」


 炎龍はその口を僅かに開くと、空気を震わせて航大たちに言葉を伝える。


 低く唸るような重低音が織りなす言葉の意味をハッキリと理解することが出来た航大たちは、それぞれが視線を合わせて小さく頷く。


「俺たちはどうしても先に進まないといけねぇんだ……通してくれないか?」


 そう口を開いたのはライガだった。


 この後に待ち受ける戦いに備え、出来ることならば戦いを回避したい。それが航大たち一行の願いであり、ダメ元であったとしても立ち塞がる炎龍へと問いかけを投げかけてみる。


「…………」


 ライガの願いを聞き、炎龍はしばし無言を貫く。


 マグマの川が流れる中腹で立ち尽くすライガたちは、全身を焦がす熱に汗を浮かばせながら炎龍の出方を伺う。返ってくる答えによってはこの状況での戦いを強いられることとなり、ライガたちは圧倒的に不利な状況での戦闘を余儀なくされる。


「ここを通すことはできない。しかし、主より通ることを許されている者がいる」


「な、なんだよそりゃ……」


「異形の本を持つ少年と、白髪の少女。二人は主より許可を頂いている」


「俺と……」

「……私?」


 炎龍が紅蓮の瞳で見据えるのは、混乱を隠せない航大とユイの二人であった。


 航大とユイが抱える混乱はライガ、シルヴィア、リエルの三人にも伝播し、一行は炎龍が発した言葉の意味を理解できずに呆然とする。


「どうして俺とユイだけが許されてるんだ……?」


「それは私が知ることではない。ただこれは主の意志であり決定事項である。王城の守護神として、私は主の命を着実に遂行することが求められている」


「…………」


 炎龍が言う『主』とは、この先で待ち受ける炎獄の女神・アスカのことを指すのであろうことは航大たちにも理解することが出来た。


 何故、女神が航大とユイを指定しているのか、その真意を窺い知ることは出来ない。


 しかし、不用意な戦いを経ることなく、女神へと到達することが出来るのは航大とユイの二人だけであることは間違いなく、航大たち一行は旅の最果てにして選択を迫られることとなった。


「……航大、コイツの言葉を信用する必要はないぞ。二人だけで行かせる訳にはいかねぇ」


「そうじゃ。ここを切り抜けたとしても、待っているのはあの炎獄の女神・アスカ様じゃ。とてもじゃないが、二人で太刀打ちできる相手ではない」


「私もそう思う。ここは戦ってでも、出来る限り人数を整えてから進むべきだと思う」


 炎龍の言葉を素直に聞く一行ではなかった。


 ライガを皮切りにリエル、シルヴィアが先に進むことを良しとしない言葉を投げかけてくる。この先に待ち受ける巨悪の存在を認識しているからこその言葉であり、事実、航大もライガたちの言葉が間違っているとは思っていない。


 炎獄の女神・アスカ。


 炎髪を揺らし自在に業炎を操り、更に魔竜が持つとされる『闇の魔力』すらその身に宿す少女が持つ力を、航大はその身を持ってして理解している。彼女が見せる力の片鱗を前にして、為す術もなく敗れることとなった事実は記憶に新しく、いくら女神と英霊の力を持つ航大とユイの二人であったとしても、戦いに勝つことが出来るとは微塵も思ってはいない。


 この場に存在する全員の力を合わせる必要があり、誰一人として欠けていてはいけないのだと頭の中では理解している。


「どうする。選択の自由はそちらにある」


 答えを出さない航大たちを前にして、炎龍が再び口を開く。


 進むか、戦うか。

 答えはたった一つであり、この選択は後の運命に大きく影響するものである。


「おい、航大?」


 ライガの声音が背後から航大へと届く。

 大きく一步を踏み出した航大の肩をライガは力強く握りしめる。


「お前、まさか……本当に行くつもりなのか?」


「会話をする余地があるなら、俺は女神と話をしたい」


「ダメじゃ、主様ッ! この龍の言葉が真実なのかも判明していないんじゃぞ、これもまた罠かもしれぬッ」


「いや、コイツは嘘をついてないよ。この先には確かに女神がいる。そして、そいつが俺と話をしたいって言うのなら、俺はそれに乗っかってみたい。もしかしたら、戦わないで済むかもしれないだろ?」


「そんなの甘すぎるよ、航大ッ! あの女神がこれまでにしたことを、航大もその目で見てきたでしょッ!」


 ライガ、リエルが航大の選択を非難する中で、シルヴィアもまた居ても立ってもいられないといった様子で航大に考えを改めるように迫る。


「もし、みんなが戦わなくて済む可能性が少しでもあるのなら、俺はその可能性に賭けたい」


「…………」


 航大の強い意志が込められた言葉を前にして、誰もが口を閉ざしてしまう。


「大丈夫だって。俺とユイが先に進んだとしても、すぐに追いかけてくれるだろ?」


 くるっと振り返った航大の顔には笑みが浮かんでいた。

 何気なく漏らされた言葉には、これまで旅を共にした仲間への信頼が込められていた。

 そんな航大を前にして、ライガたちはそれ以上の制止を諦める。


「……俺たちが追いつくまで、絶対にやられるなよ」


「納得はしてない。しかし、儂は主様の決定に従う」


「絶対にすぐ追いつくから。だからお願い……無理だけはしないで……」


 ライガ、リエル、シルヴィアの三人はそれぞれ航大の決定に納得はしてない。しかし、彼が前に進むというのならば、それを尊重し、後は自分たちが出来ることをするだけである。


「あぁ、分かってる。ユイ、行けるか?」


「……大丈夫。何があっても、私が航大を守るから」


 航大が向ける視線の先。

 そこには炎龍を前にしても表情一つ変えることのない白髪の少女・ユイが立っている。


 彼女は航大の問いかけに対して小さく首を縦に振るだけであり、この状況において普段と変わらない様子を見せるユイに、航大は自らを襲う緊張感が幾分か和らいでいくのを感じていた。


「俺たちは先に進む」


「そうか。ならば、進むがいい。この道の先、そこで主は待っている」


 航大とユイを前にして、炎龍は全身に響く重低音な声音でそれだけを呟くと、すぐに視線をライガたちへと戻す。無防備に通過しようとする航大とユイに興味はないと言わんばかりの態度であり、マグマが渦を巻く龍の胴体を潜るようにして、航大とユイは先へと歩を進めるのであった。


◆◆◆◆◆


 バルベット大陸の南方を舞台にした旅路は、最果てへの到達と共に二軸の物語へと分岐を果たす。


 意図せず別の場所、時間を辿ることを余儀なくされた一行が辿り着く未来。


 そこで待ち受けるものは、希望か絶望か……。


 終末へと向かう歯車は数多の運命と共に静かに時を刻むのであった。

桜葉です。

次回もよろしくお願いします。

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