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第六章30 蠢く巨悪の存在

「無事でよかった、ライガ、シルヴィア、リエル」


 頭上では変わらず満月が輝いており、月明かりのみが照らす街の中で、航大たち一行は激戦の疲れも取れぬままに次なる行動へと移ろうとしていた。瓦礫が散乱する街は今でも死した人間である『アンデット』が徘徊しており、この街で一夜を明かすことは危険であることは間違いはない。


 それならば早々に街を出発し、炎獄の女神・アスカが待つ王城と呼ばれる場所へ向かうのが良いという判断である。


 生きる屍であるアンデットは、航大たちのような生者に対して害悪となる存在ではあるものの、元はこの街で平和に暮らしていた、何ら罪もない人間である。


 今、害がないのであれば、無理して全員を討伐する必要もないだろうというのが、航大たち一行が下した判断である。表向きはそんな理由ではあるのだが、航大たちそれぞれが内に罪もない元人間を殺めることに強い抵抗を感じているのも事実である。


「まぁ、無事かって言われると微妙なところだが、なんとか生きてるぜ……」


「さすがはカガリ様。これくらいの毒ならば造作もない」


『いやぁ……結構、危ない感じだったけどね、ライガくんもシルヴィアちゃんも』


「……そうなのか?」


 それぞれの戦いを終え、なんとか無事に合流を果たした航大たち一行。


 ライガとシルヴィアの二人はオリバーとの戦いによって毒を受けていたものの、リエルとカガリが持つ治癒魔法によって毒を消し去ることに成功した。


 身体に力が入りづらい後遺症が残りつつも、それは時間と共に解消するものである。ひとまず危機的な状況を脱することができた現状に、航大たち一行はため息を漏らす。


『大丈夫なように見えて、もうちょっと対処が遅かったら本当に死んでたかもね』


「うげッ、マジかよ……」


『マジマジ。あと、時間もそうだけど毒の量だって、今回はちょっとだけだったから無事だったんだからね』


「そ、そうなんだ……」


 自分たちが思った以上に危険な状態だったことを知らされ、ライガとシルヴィアの二人はゴクリと生唾を飲む。どれだけ強い力を持っていようとも、少しの油断が『死』に直結することを身をもって知ることとなったライガとシルヴィア。


 今回は無事に乗り越えることが出来たとしても、これから先の戦いは苛烈を増していくに違いはない。今一度、二人は気を引き締める必要があることを自覚する。


「……航大、行く?」


 場が和やかな空気になりつつある中で、ユイの一言が航大の鼓膜を震わせた。


 今、航大たちは名も知らぬ死した街の片隅に存在しており、彼らはまだ旅の途中である。数多の絶望と悲劇が包み込むこの街に長居する訳にもいかないのが事実であり、ユイの問いかけは全員に果たすべき目標があることを再認識させるものでもあった。


「そうだったな、俺たちには向かわなくちゃならねぇ場所がある」


「うん。こんな酷いこと、絶対に許せない」


「そうじゃな。一刻も早く、女神様のところに到達しなくては」


 ユイの一言で全員の表情がきゅっと引き締まる。


「すぐに出発しよう。カガリ、シュナ、道案内をお願いしてもいいか?」


『うん。アスカの魔力を遠くから感じる。これはさっきまで無かったものだよ』


「魔力が増しているってことか……?」


『さっきまでは全く感じなかったはず……更にアスカが待っている場所は、まだかなり先のはずです。本来ならば、こんなに距離が離れている中で魔力を感じることなんて有り得ないはずなのですが……』


「そういうものなのか?」


『航大くんたちが僕と会う前、女神の魔力なんて感じたことあったかな?』


「カガリと会う前……あの、暴風での話か……」


 以前、バルベット大陸の西方地域にて暴風が吹き荒れる空間で、航大たち一行はカガリが課した『試練』を受けたことがあった。


「俺は魔力ってのがよく分からないからなぁ……今だって、アスカの魔力ってのがどんな感じが分からないし」


「俺も一緒だぜ、航大」


 カガリの問いかけに対して、彼女が満足する返答を返すことができない航大とライガ。


『……シルヴィアとリエルちゃんはどう?』


「私は……どうだろう……私もあんまり魔力とか気にしたことないし……」


『お願い、リエルちゃんッ!』


「どうして儂はお願いされてるのじゃ……儂は魔力に関しては敏感に感じ取ることが出来る。今もアスカ様の魔力は感じておるが、暴風の時、カガリ様の魔力は感じ取れなかったの……」


『そうそう、そういうことッ!』


「カガリ様ほどの魔力を持っていようとも、広範囲に渡って自らの魔力を行き渡らせることなどは出来ない」


『しかし、アスカにはそれが出来ている。今、僕たちが居る場所は南方地域のちょうど中間地点といったところで、アスカが待つ南方の果てにはまだまだ距離があるんだ』


「それって……」


『ここまで説明すれば航大くんにも分かるよね? アスカが放つ魔力が南方の地域全体を包み込もうとしている。その力の強さって奴が……』


「…………」


『航大さん、とにかく今は先を急ぎましょう。時間の経過によって力が強くなると言うのであれば、一秒でも早く到達する必要があります』


「……そうだな。ライガ、地竜は準備できてるか?」


「おう、アンデットたちに見つかることもなかったみたいだ。いつでも出発できるぜ」


「よし。それじゃ、全員出発するぞッ!」


「「「「おうッ!」」」」


 和やかな雰囲気からピリッした空気へと変化する中で、航大の声にライガ、シルヴィア、リエル、ユイの四人が呼応する。


 向かうは南方地域の最果て、炎獄の女神・アスカが待つ『王城』と呼ばれる場所である。


 数多の絶望を生み出した諸悪の根源である女神が待つ場所を目指して、航大たち一行は再びの旅路へと戻っていくのであった。


◆◆◆◆◆


『ねぇ、シュナはどう見る?』


『どう見る……それは、アスカさんのことですか?』


 航大の内に存在する女神たちの会話。


『そうそう。こんな場所まで魔力を感じるなんて、普通じゃないと思うんだけど』


『私もそう思います。女神が持つ魔力と闇の魔力……この二つが重なった結果……ということでしょうか……』


『闇の魔力……魔竜が持つ力、ですか……』


『でも不思議なんだよねー、どうして魔竜の影響がこの土地に……』


『…………』


『コハナ大陸のギヌス、ルーラ大陸のティア、マガン大陸のアーク、サンディ大陸のエルダ』


『各大陸に住まう魔竜の名前ですね』


『うん。でも、バルベット大陸……この大陸の魔竜はちょっと特別じゃない?』


『……魔竜・ガイア』


 その名前を知っている者は少ない。


 かつて魔竜と対峙した女神たちと、魔竜の力をその身に宿した金髪の王族・ルイスと戦った先代剣姫であるリーシアのみである。


 その存在はかなりの高レベルで秘匿されている。

 人々の恐怖を不要に煽らないようにするためでもある。


 魔竜・ガイア。


 バルベット大陸のハイラント王城に封印されし凶悪な魔竜は、しかし単独では全くの力を持たない異形の存在でもあった。この世界に存在する魔竜の中で、最も強い力を持ちながらも、単独では一切の力を持たない不完全な存在なのである。


『ここはバルベット大陸な訳だし、アスカが影響を受けるのだとしたら……ガイアの奴が怪しいとは思うんだけど……』


 様々な可能性を頭の中で思い浮かべ、カガリが神妙な様子で言葉を漏らす。


『……ガイアは単独では力を持たないはず。だけど、他の魔竜が力を取り戻しつつあるのだとしたら』


『その力がガイアに流れ込んでいる……って、ことですか?』


 カガリが考える可能性の話。


 少し前ならば、そのような可能性は一蹴するに値するものであるのだが、目の前の現実が可能性の信憑性をどこまでも高くさせてしまう。シュナもまた炎獄の女神・アスカが暴走した事象について様々な可能性を探るのだが、行き着く答えはカガリと同じものであった。


『……シュナちゃん、もしかしたら状況は僕たちが想像しているよりも遥かに悪いのかもしれないよ』


『遥かに悪い、状況ですか……?』


『アスカのこともなるべく急いだほうがいい。そして、他の大陸の魔竜たちの様子も気になる』


『…………』


 カガリの言葉がこれまでにないほど緊張感を孕んでいる。


 普段、おちゃらけている分、彼女が真面目な声音を漏らす時は確かに危険が迫っている証でもあるのだ。


 シュナとカガリは航大と視覚を共有している。


 外は間もなく明け方を迎えようとしている時間であり、徐々に明るくなろうとしている空が見える。雲のない空は思わず感嘆のため息を漏らしてしまうほどに美しく、そして平和的である。


 しかし、その裏で蠢く不穏な気配が存在しているのも確かであった。


 氷獄と暴風の女神たちは単独で存在することが出来ない制約が課されている中で、自らに出来ない世界救世の任を、宿主である少年に託すことになる。


 彼女たちが抱える不安もまた、少年に話すタイミングは慎重に見極めなければならない。

 とにかく今は、かつて仲間であった炎獄の女神・アスカを救うことが最重要である。


◆◆◆◆◆


 航大たち一行は進む。

 その先に待つ巨悪の存在を肌で感じながら進み続けるのであった。

桜葉です。

次回もよろしくお願いします。

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