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第六章21 月下の戦いⅢ

「……やはり、私の目に狂いはなかった」


 バルベット大陸の南方地域。


 そこに存在するのは、炎獄の女神・アスカによって破壊された名も知らぬ街の残骸である。家屋も街を彩る木々もその全てが業炎に包まれ、原型を留めることなくかつて街だった場所に散乱している。


 そこで暮らしていた罪もない人も炎に包まれることでその命を落とすこととなった。


 女神が待つ南方の果てを目指して旅を続ける航大たち一行は、その途中でいくつかの『街』を発見するのだが、その全ては例外なく女神・アスカの手によって滅ぼされた後であり、生存者すら見つけるに至ってはいない。


「貴方たちならば、この朽ち果てし老いぼれに引導を渡してくれるのかもしれない


 街を見つける度に航大たちの気は重くなるばかりであり、そんな一行に更なる絶望が姿を見せることとなる。


「…………」


 死した街に徘徊する存在があった。

 それは間違いなく人の姿をしており、しかし生命の灯火はそこには無かった。


 身体の一部位を喪失している者や、全身に酷い火傷を負った者、一目で絶望的な状況であると判断することが出来る一般市民たちは、何かしらの要因により死した後にも安寧の時間を過ごすことを許されず、アンデットとして街の中を徘徊することを強制されている。


 アンデットとなった人間には自我が存在しない。


 生者を見つければ無差別に襲いかかるだけであり、航大たちの姿を見ても、アンデットとなった人々は襲いかかってくるのだが、なんら罪もない人々を傷つけることを航大たちは決して良しとはしなかった。


 街をからの脱出を試みる航大たちだが、その前に立ちふさがったのが皺が目立つ顔立ちに白髪混じりの黒髪、そして綺麗に整った紳士服が印象的な初老の男性・クロウであった。


 片手に『刀』にも似た片刃剣を所持しているクロウは、その顔に笑みを浮かべて航大と英霊・ブリュンヒルデの前に立ち塞がった。死した人間であるアンデットが徘徊する街において、初老の男性・クロウだけが生前の意識を持っていた。


「しかし、私とて簡単に敗北する訳にはいかぬ定め。ここからは全力で行かせて貰いましょう」


 航大と英霊を宿したユイの前に立ち塞がるクロウは、その顔に紳士的な笑みと、妖しく紅蓮に光る瞳を持ってして航大たちに戦いを挑んできた。超人的な機動力を持つクロウから逃げ切ることは不可能であり、航大と英霊・ブリュンヒルデは戦うことを決めるのだが、彼が見せる人間離れした戦い方を前に苦戦を強いられてしまう。


「まだ戦えるか、ブリュンヒルデ?」


「主の命令であるならば、私はこの命が尽きるその時まで戦い続けるのみッ!」


 クロウからのダメージも無視できないはずのブリュンヒルデだが、彼女はポニーテールにした白髪を風に靡かせながら、毅然とした態度で前をしっかりと見据える。


 元は戦う力を有さない普通の少女でありユイは、航大が異界から召喚する英霊をその身に宿すことで絶大なる力を得ることができる。


 航大が異界から召喚したのは、北欧神話に登場する戦乙女ワルキューレの一人であるブリュンヒルデという名の英霊だった。神話における最終戦争『ラグナロク』を終結させるために尽力した存在である。


 ブリュンヒルデとシンクロを果たしたユイは、その髪型から纏う衣装までもを変化させて戦うための力を得た。彼女が持つ力は絶大であることに間違いはないのだが、対するクロウもまた尋常ならざる力を持ってして航大たちと同格以上に渡り合っている。


「よし、次は俺が先に行くッ!」


「承知したッ!」


 小休止となっていた時が再び動き出す。

 まず最初に飛び込んでいくのは航大であった。


「シュナッ、力を貸してくれッ!」


『もちろんです、航大さんッ!』


 航大が言葉を投げかけるのは、自らの内に存在する『女神』であった。かつて、世界を混沌に陥れた『魔竜』から世界を救った存在である氷獄の女神・シュナは、自らの身体を喪失したことをきっかけに航大の体内に宿った。


 存在の消失を防ぐための行為であり、その結果として航大は女神が持つ力の一部を使役することが出来るようになっていた。航大もまた瑠璃色のローブマントに身を纏い、その髪色もまた美しい青へと変えていた。女神とのシンクロを知らせる外見の変化であり、この状態であれば航大はあらゆる氷魔法を使うことが出来る。



「美しき氷の華、凍てつく世界に咲き誇れ――氷雪結界ッ!」



 クロウと交錯する前に航大は自らを中心とした氷の守護結界を展開する。

 この結界内部ではあらゆるものが凍てつく世界と化す。


 また、氷魔法を自在に操る航大は結界の中で『支配者』と姿を変えることができ、魔法の力を用いた人智を超えた移動を可能とする。


「――――ッ!」


「むッ……姿が消えて……ッ!?」


 結果の展開を見守っていたクロウは、突如として眼前から航大が姿を消したことに眉を顰める。彼にとってもこの魔法は初見となるものであり、明らかに警戒のレベルが上昇している。


「氷雪吹き荒れよ、白銀の世界で、我は舞う――氷幻幽舞ッ」


 その魔法は結界魔法『氷雪結界』とセットになるものであり、氷雪結界の内部に吹雪を生み出し、自らの身体をその中に紛れ込ませるものであった。


「ほう、こんな魔法が存在したとは……いやはや、老いぼれとなっても発見が尽きませんな」


 姿を消した航大に一瞬だけ動揺の色を見せたクロウであったが、すぐさま表情を柔らかい笑みに変えると全身から力を抜いて静かに目を閉じた。


「――――ッ!」


 一瞬の静寂が場を包んだ次の瞬間だった。


 クロウの背後から突如とした氷剣が姿を現し、音もなくその身体を貫こうと飛翔する。普通ならば反応することすら難しい氷剣による攻撃。しかし、クロウはその目を僅かに開くと迫る氷剣に対して手にもった『刀』で一閃する。


「なるほど、この結界内部では全てが貴方の思いのまま……ということですか――ッ!」


 静かに口を開き、再び刀を振るう。


 何も存在していなかったはずの空間を斬り裂いたかのように見えたが、そこには確かに航大が生成した氷剣が存在していた。


「見えてるってのかよッ」


「――そこですね?」


「くッ!」


 氷雪結界の中、激しい吹雪が見舞う状況において航大の姿を見つけることは難しいはずであった。しかし、クロウは航大が攻撃を仕掛ける際に一瞬だけ姿を現す瞬間を見逃すことなく剣を振るっている。


 それは達人の領域にまで達した彼だけが成せる技であり、南方地域に住まう初老の男という一言だけで片付けるには無理がある。


「それなら、これでどうだッ!」


「ふむ、そちらは偽物で……こちらが本物ですかな?」


「――――ッ!?」


 氷剣による奇襲攻撃は何ら意味を見出さないことを理解した航大は、今度は自らの幻影を多数生み出しての連続攻撃を繰り出していく。


「おや、こちらも偽物でしたか……それならば、こちらはどうでしょう?」


 クロウを取り囲むようにして航大は自らの姿を模した幻影を生み出す。その全てがほぼ同時に攻撃を仕掛けるのだが、クロウはまたしても超人的な反射神経を見せることで全てを斬り伏せていく。


「本物が居ませんな……はてさて、どこに……」


「こっちだよッ!」


 一人。また一人と幻影を斬り裂いていく中で、クロウは小首を傾げている。彼は確かに航大の存在を察して剣を振るっているのだ。闇雲に攻撃を放っている訳ではない。それにも関わらず、未だに航大の本体を捉えるに至ってはいない。


 何故、自分は幻影を斬っているのか。

 徐々にクロウの脳裏にはそんな疑問が浮かぶようになっていた。


 幻影たちもまた俊敏な動きでクロウに襲いかかっている。手には氷剣が握られており、触れれば切れて命を危険に晒すこととなる。


「ふむふむ、少々見くびっていましたかな……わざと自らの存在を見せることで、幻影たちの中にあたかも本体が居るように見せかける……」


「あんたが超人的な反応を見せることは分かったからな。これくらいはしないとなッ!」


「……その身に纏っている魔力からも、やはりただの若者ではありませんな」


 どこからともなく航大の声音がクロウの鼓膜を震わせる。

 その声音は全方面から響き渡っており、航大本体の居場所を把握することは難しい。


「来ますかッ!」


「はああああぁぁぁーーーーッ!」


 クロウの身体を取り囲むようにして幻影による一斉攻撃を開始する。


 視界最悪の吹雪が見舞う中でも、クロウは幻影たちの場所を瞬時に把握すると、細身の刀による無数の斬撃を繰り出していく。


「まだまだ、この程度でやられる老いぼれではありませんぞッ!」


 氷剣を持った航大もまた女神の力を授かったことで身体能力は格段に向上している。しかし、クロウはそんな航大の動きすらも容易に上回っていく。


 右に左、前、後ろと絶え間なく繰り出される航大の斬撃を受けても尚、その身体に傷一つ刻むことなく完璧に対応している。


「このままではさすがに厄介ですね……それならば、ここは一つ、私のとっておきを見せましょう」


 近づく航大たちの幻影を刀で吹き飛ばし、クロウは再び目を閉じて精神を集中させていく。



「愛刀よ、私に力を――螺旋風刃」



 クロウの身体がその場で一回転する。


 ただそれだけならば大したことではない。しかし、航大たちの目が見開かれたのは、その動きが想像を遥かに越える速さだったからである。


 自らの身体を高速回転させ風の魔力による『かまいたち』を発生させることで、航大が展開した氷雪結界を破壊する。すると、自らを取り囲んでいた幻影はたちまちに姿を消し、本体である航大の姿が露呈する。


「ふっ、そこに居ましたか――ッ!」


 氷雪結界が消え、それと同時に視界を奪っていた吹雪も消失した。

 その結果に航大を見つけたクロウはニヤリと笑みを浮かべて飛び出していく。


「しまった……ッ!?」


 航大もクロウの行動は予想外であり、咄嗟の反応が遅れてしまう。


「これも定め……未来ある若者の命を奪うことは忍びないですが……ここで倒れてもらいましょうッ!」


 クロウの声音が響く。

 瞬きの瞬間に接近するクロウが持つ刀が月明かりを鈍色に輝く。



「――今だブリュンヒルデッ!」



「承知したッ!」



 そんな声音と共に姿を現すのは、結界を展開してから姿を消していた英霊・ブリュンヒルデだった。



「高貴なる皇光の槍よ、悪を滅し、世界に光を灯せ――偉大なる聖光の(ロイヤル・インフィニティ・ランス)ッ!」



 死の街を駆けるクロウの頭上から接近する存在があった。


 白髪をポニーテールにし、華奢な身体には白銀の甲冑鎧が包んでいる。精悍な顔つきの少女はその手に輝く白銀の槍を持っている。眩い輝きを放つ槍は悪を滅する聖なる一撃を放つ。


「見事な連携……しかし、その攻撃が効かないことは承知しているはずッ!」


 紳士服に身を包んだ初老の男・クロウはチラッと横目で頭上に存在するブリュンヒルデの姿を捉える。しかし、クロウは航大へ突進する動きを止めようとはしない。


「はああああぁぁぁーーーーッ!」


 ブリュンヒルデの怒号が響き渡る。


 凄まじい速さで落下するブリュンヒルデは、その手に持った白銀の槍を突き出すことでクロウの身体を貫いていく。クロウの胸元から腰にかけて槍が身体を貫き、そして地面に突き刺さることでクロウの動きを一時的に止めることに成功する。


「天地を凍てつかす究極の氷槍よ、あまねく悪を穿て――氷槍龍牙ッ!」


「……なにッ!?」


 光り輝く槍で身動きを封じられたクロウは、前方から接近する航大の姿をしっかりとその目で捉えている。


「もう一撃、喰らいやがれッ!」


 航大は怒号と共に巨大な氷槍をクロウの身体目掛けて投擲する。


「ぐぬッ!?」


 輝く槍と共に氷の槍がその胸を貫通する。


 二本の槍が身体を貫通し、さすがのクロウもすぐさま行動を開始することができない。槍が突き刺さった部位と口からは大量の鮮血が零れ出るのだが、このままではクロウに対して有効な一撃であるとは言い難い。


 先ほども航大たちは同じような攻撃を繰り出した結果、クロウを仕留めるまでには至ってはいないのだ。今回もまたこのままではクロウは槍を抜け出して次なる攻撃を仕掛けてくるだろう。


「これだけじゃねぇぜッ!」


「……ぐッ!?」


 槍の拘束から抜け出そうとするクロウを捉えながら、航大は追撃の体勢を整えていく。



「万物を凍てつかせる氷の槍よ、全てを破壊せし大輪の花を咲かせよ――氷槍連花ッ!」



 その魔法を航大が唱えた直後、クロウの身体を貫く氷槍に変化が現れる。

 氷槍は淡い光を帯びると、至る所に『氷の花』を咲かせ始める。


「こ、これは……?」


「さすがのアンタも凍り付けば動けないだろッ!」


 徐々に輝きを強くする氷槍と、その数を増やす氷の花。

 膨大な魔力を帯びた槍は内包した力を一気に解き放つ。


「――――ッ」


 死の街を眩い輝きが包む。

 静寂と共に光が消失していくと、そこには全身が凍結したクロウの姿があった。

 異形の街を舞台にした戦いは新たなる局面と共に終局への道を突き進むのであった。

桜葉です。

次回もよろしくお願いします

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