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第六章13 灰燼の街と激戦の痕

 バルベット大陸の南方に広がる地域を、静かに、そして着実に地獄へと飲み込んでいった炎髪を持つ少女が存在した。彼女は天災のように突如として姿を現し、嵐のように荒々しく街を襲っては破壊の限りを尽くしていった。


 少女と邂逅を果たして生き残った者は存在しておらず、そのせいもあって大陸を統べるハイライト王国はこの事態を把握することすら出来てはいない。


 そんな『天災』と対峙することとなった航大たち一行は、彼女が見せる圧倒的なまでの力を前にして当然のように苦戦を強いられてしまう。


 これまで多くの戦いを経験してきた航大たちであっても、かつて魔竜を討ち世界を救世した女神が見せる『本気』を前に本能的な恐怖が全身を駆け巡って身動きが取れなくなってしまった。


 ――何故、女神がこのようなことを?


 誰もがそんな戸惑いを胸に戦いへと身を投じ、その結果に敗北を喫した。


「……王城で待つ」


 一通り街を破壊し尽くした炎獄の女神・アスカはその身に闇の魔力を纏って、最後にそんな言葉を残して姿を消してしまった。


 彼女が攻撃を辞めたことによって助かる形となった航大たち一行は、悪魔が去り異様な静寂に包まれる街で立ち尽くすばかりである。


「…………」


 周囲を見渡せば、そこには数多の『死』が存在していた。


 炎獄の女神・アスカの攻撃によって消えぬ業炎に身を焼かれ苦しむ人々。生前の原型を留めていない人々はしかし、航大が放った氷魔法によってその身体を凍結させている。


 身体を凍結させたことによって、人々は永遠の苦しみから解放された。


 街を覆っていた粉塵もいつしか消失していて、頭上に広がる快晴の空と、燦々と輝く太陽の光が氷漬けになった街を照らす。人、建物、全てが凍結している街は、太陽の光を浴びることで輝き、息を呑むような幻想的な光景が広がっている。


「これが、女神の仕業だって言うのかよ……」


 静かな死が支配する田舎街・レントを見て、ライガは悔しげに声を漏らす。


 その手は強く握りしめられており、消えぬ後悔に怒りと悲しみの感情が体内をぐるぐると循環している。それはライガだけが感じていることではない。近くに立つシルヴィアもまた、沈痛な表情と共に唇を噛み締めている。


「こんなのってないよ……」


 ただ悔しいと言わんばかりに声を震わせるシルヴィア。

 彼女の言葉に呼応するものはない。


「…………」


 死の街に心地いい風が吹き抜ける。

 風は焼け焦げた匂いも一緒に運んできて、航大たちの鼻孔を刺激してくる。

 戦いの結末と、自らの眼前に広がる死んだ街を目の当たりにして誰もが行動する気力を削がれている。


「…………」


 静寂が支配する街において、航大、ライガ、シルヴィアの他に動く気配があった。

 その人影は二つであり、航大と共に炎獄の女神・アスカと戦ったリエルとユイだった。


「主様……すまない……」

「……航大」


「リエル、ユイ……大丈夫だったか……?」


 アスカとの戦いで彼女が見せる力を前に戦線から離脱していたリエルとユイが合流を果たし、これで航大たち一行は一連の地獄において犠牲者が出ないという結果を得ることができた。


 かつて世界を救世した女神を相手にして、現代を生きる人間として上出来すぎる結果ともいえる。しかし、それぞれの表情はどこまでも重苦しく沈んでいる。


「これが戦いの結末だというのか……」


 瑠璃色の髪を揺らす北方の賢者・リエルは、戦いの序盤で離脱をしていたので、変わり果てた街の様子に言葉を失ってしまう。南方の地域は温暖な気候であることが常識であり、しかし田舎街・レントは凍えるような気候へと変わり果ててしまっている。


 そして航大たちが浮かべる表情を見て、リエルは戦いの結末を察してしまった。

 だからこそ、自分の力不足によって戦線を離脱してしまったことに強い後悔の念を禁じ得ない。


「……ごめんね、航大」


「いや、無事でよかったよ……ユイ」


 もう一人、白髪を揺らす少女もまた、航大を守るために戦えなかった自分に苛立たしさを感じていた。英霊とのシンクロを一時的に解除しているユイは、いつもの無表情に眉をハの字に曲げて見るからにシュンと萎んでいる。


 リエル、ユイ。

 二人が持つ力は贔屓目に見ても強力である。

 しかし、相手がそれを上回っていた。ただそれだけである。


「このまま立ち止まっててもしょうがない」


 そう声音を漏らしたのは異界からやってきた少年・航大だった。

 俯く顔を無理やり上げて、気合いを入れるように自分の頬を強く叩く。


「……そうだな。相手が無実の人間を傷つけるのなら、俺たちはそれを止めなくちゃならねぇ」


「女神だろうとなんだろうと関係ない。絶対に止めなくちゃ」


「二度、やられたりはせん……」


「……私も次こそ頑張る」


 航大の言葉を皮切りに、ライガ、シルヴィア、リエル、ユイの四人がそれぞれ強い決意と共に前を向く。その瞳には強い光が灯っており、相手がどれだけ強大であろうとも、決して折れない気持ちが垣間見えている。


「ところで、アイツが言ってた王城ってなんのことだ……?」


『それなら僕とシュナちゃんに任せてよッ!』


 炎獄の女神・アスカが最後に放った言葉。


 王城。


 そう呼ばれる場所で航大たちアスカは待っている。

 しかし、アスカが告げる『王城』という場所を航大たちは知らない。

 そこで登場したのは、航大の中に存在する二人の女神であった。


「なにか知ってるのか、カガリ?」


『あったりまえだよ。君たち以上にアスカについては詳しいからね』


「なるほど。確かにそれもそうだな」


『……多分、アスカが言ってた王城と呼ばれる場所。それは、南方地域の果てにある彼女の根城を指しているんでしょうね』


 カガリの後に続くのは氷獄の女神・シュナ。


 航大の脳内に響く声音が頻繁に入れ替わって混乱しそうになるが、航大にとっては常に共にあるためにこの状況にも慣れが出ている。


「アスカの根城……?」


『そうそう。僕が砂漠の塔に身を潜めていたように、シュナちゃんもアスカも自分が居住する場所を持ってるってこと』


「なるほど……それが王城って訳か」


 シュナが喋っていたと思えば、次に声を上げるのは暴風の女神・カガリである。

 快活な声音が脳裏に響くと頭痛を禁じ得ないのだが、今はそんなことを言っている場合ではない。


『アスカが根城にする南方の王城。そこに彼女はいます』


「分かった。相手の居場所が分かるなら、すぐにでも出発しよう」


 シュナとカガリの言葉を聞き、航大たちが目指すべき場所が確定した。


 向かう場所が判明したのならば、被害を拡大させないためにも航大たちはすぐさま行動を開始しなくてはならない。


「ライガ、シルヴィア、リエル、ユイ……もっと南に下るぞ」


「行く場所が分かったんだな?」


「あぁ、アスカはこっから更に南……南方地域の果てにいる」


「わかった。すぐに地竜を準備する」


 航大の言葉を聞いて一つ頷くと、ライガは踵を返して旅の準備を始める。

 リエルたちも自らが取るべき行動を把握して、力強く頷く。


 女神との戦いで苦杯をなめたとしても、航大たちがするべきことはたった一つである。

 次こそは負けないという強い決意と共に再びの旅路へと繰り出そうとする。


「……あ、あのッ!」


 全員が旅の準備を始めようとした矢先だった、そんな航大たちを呼び止める声音が街に響いた。


「お願いが……あります……」


「貴方たちは……」


「この街で暮らしていた者です」


 航大たちに話しかけてきたのは。田舎街・レントで生活をしていた人々だった。


 つい先日までは数えるのも億劫になるほどの人間が暮らしていたはずだった。しかしそれも、たった一瞬でその大部分の人間が命を落とすこととなってしまった。


「すみません。俺たちの力が足りないばかりに多くの人が……」


「いえ、貴方たちは何も悪くありません。偶然この街に立ち寄って頂き、そして巨悪と戦って頂いた……ただ、それだけで私たちは感謝の言葉しかありません」


 数十人の人間はいるだろうか、炎獄の女神・アスカの凶行を受けて尚、生き残ったレントの街で暮らす人々である。その先頭に立っているのは若い女性であり、端正に整った顔を土埃で汚しながらも、強い決意が見える瞳で航大を見つめている。


「街も人も壊滅から救ってくれた。それだけでも返しきれない恩があることは承知しています。それでも私たちの願いを聞いてはくれませんか?」


 レントの街で生きてきた女性は、その瞳にいっぱいの涙を溜めて震える声音で懇願する。


「私たちの愛する街をこんな風にした元凶を……必ず倒してください。これ以上の被害を拡大させないためにも……よろしくお願いします……ッ!」


 航大たちに懇願してきた女性は最後には涙を流しながら深々と頭を下げる。


「……分かりました。必ず、俺たちが止めます」


「…………ありがとうございます」


 女性の他にも生き残った人々は全員が大粒の涙を零している。

 そんな様子を目の当たりにして無碍にできるはずがない。


「……行くぞ、みんな」


 強い決意を新たに、航大たちは歩み出す。

 炎髪を持つ少女を討つための戦い。


 それは最早、航大たちだけの話ではない。

 数多の人の希望と願いを背に大きく一步を踏み出していくのであった。

桜葉です。

次回もよろしくお願いします

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