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第六章11 炎獄の激戦Ⅴ

「業火業炎を纏い、敵を砕く――炎獄瞬弾ッ!」


 両手両足に業炎を纏う武装魔法・業火炎舞を唱えた炎獄の女神・アスカは、自らが得意とする超接近戦での武で航大をねじ伏せようとしていた。四人存在する女神の中で、最も破壊力を持つアスカの攻撃を、航大は守護魔法で防ごうと考えていた。


 しかし、その考えは致命的に間違っていると言わざるを得なかった。


『航大さん、それはダメですッ!』


「それって、どれ……ッ!?」


 凄まじい速度で接近してくるアスカを見ながら、航大は守護魔法・絶対氷鏡の展開を完了させる。氷魔法の中でも上位に入る守護魔法であり、航大の詠唱に応えるようにして、彼の前に氷の防壁が姿を現すのだが、その直後、脳内には悲痛な様子で叫ぶシュナの声音があった。


「一発、断罪ッ!」


 シュナが発した言葉の真意を聞く暇もない。


 気付けば眼前に輝く業炎が存在しており、本能的に航大は顔の前で腕をクロスさせて防御の体勢に入る。身体をグッと固くした次の瞬間、航大の全身を凄まじい衝撃が襲いかかる。


「――――ッ!?」


 炎獄の女神・アスカが放つ一撃を前に、航大が展開する守護魔法は何ら意味を持たなかった。彼女が振るう業炎を纏いし拳はいとも容易く氷の守護防壁を砕き、破壊していく。その際に生じた衝撃を間近で受けて、航大の身体は紙くずのように軽く後方へと吹き飛ばされていく。


 背中に強い衝撃があった。


 それは吹き飛ばされた航大の身体が近くで凍結している民家に衝突したことを現しており、しかしぶつかるだけで航大を吹き飛ばす衝撃が和らいではくれない。


 民家の壁をぶち破りながら尚も吹き飛び続ける航大の身体。


 幾度となく全身に衝撃が走りながら、気付けば航大の身体は街の中心部から離れた場所で地面を転げ回ることとなってしまうのであった。


「ぐッ……あッ……」


『航大さんッ!? 大丈夫ですか、航大さんッ!』


 自分の身体を吹き飛ばそうとする力が弱まり、そこでようやく航大の身体は地面に制止することができた。アスカの攻撃が直撃した訳ではない。しかし、航大の身体には無視できないダメージが蓄積される。


「はぁ、はあぁ……やべぇな……一瞬、呼吸ができなかったぞ……」


『すみません、私の助言が甘かったです。アスカの攻撃を前に、受けに回ってはいけません』


「受けに回るなって……」


 炎獄の女神・アスカと衝突していた場所からはだいぶ離れてしまった。


 相変わらず禍々しい魔力を感じ取ることはできるが、航大の視界にアスカの姿はない。脳内ではシュナが申し訳ないといった様子で声音を漏らしている。


『一撃をもらって理解できたでしょ? あの状態になったアスカの攻撃は、どんな守護魔法だって砕く力がある』


「…………」


 シュナに続く形で話すのは暴風の女神・カガリだった。

 普段のふざけた様子とは打って変わり、カガリの声音は真剣そのものであった。


『すみません。私がもっと早くに警告していたら、こんなことには……』


「いや、シュナのせいじゃないよ。あの守護魔法は俺の判断で出したんだ……」


 両足に力を入れてなんとか立ち上がる。


 衝撃によって吹き飛び、民家を破壊しながら地面を転げ回っただけで航大の全身に痛みが走っている。女神・シュナが言うように、もしあの攻撃が航大の身体を直撃していたのならば……そんな想像が脳裏を過ぎって。航大の身体は無意識の内に震えてしまう。


『……来るよ、航大くん』


「……え?」


『航大さん、アスカの攻撃には要注意です!』


 カガリの言葉で航大の身体に緊張感が走る。

 異様な静寂が支配するレントの街に、それは突如として姿を現した。


『正面から来るよッ!』


「マジかよッ!」


 アスカの接近にいち早く気付いたのはカガリだった。

 彼女の鋭い声音が脳裏に響き、航大の視線は前方に固定される。

 その直後、大通りを挟んで前方に存在していた民家が噴煙を上げて倒壊していく。


『守りに入らないでください。とにかく攻撃を受けないようにッ!』


「了解ッ!」


 民家が倒壊して噴煙が周囲を包む。


 まだアスカの姿は見えておらず、受けに回ることができない航大は全神経を視覚に集中させて、炎髪を揺らす女神の姿を探す。


「……影?」


 血眼になってアスカの姿を探す航大は、自らの足元に大きな影が出来ていることに気付く。先ほどまでは存在しなかった影である。瞬間的に察した航大の視線は頭上へと向けられる。


「圧縮、圧死……潰れろ」


「規格外過ぎるだろ、それッ……!」


 炎獄の女神・アスカは正面から突っ込んでくるのではなかった。


 むしろ、わざと正面の民家を破壊することで航大たちの意識をそちらに集中させて、実際の攻撃は頭上からであった。航大の足元に影が出来ていたのは、頭上に姿を現したアスカが業炎に焼き尽くされた『民家』を手に持っているからであり、それに気付いた瞬間、炎獄の女神は冷徹な言葉と共にそれを投擲する。


「――――ッ!?」


 航大の視界を埋め尽くす民家。

 それが頭上から落下してくる様に呆然とするのだが、しかしすぐさま行動を開始しなくてはならない。


「美しき氷の華、凍てつく世界に咲き誇れ――氷雪結界ッ!」


 両手を合わせて魔法を詠唱。

 航大の身体を中心に氷の結界が展開すると、頭上から落下してくる民家を瞬時に凍結する。


「万物を砕け、大地を切り裂け、氷牙の前に敵はなし――氷牙業剣ッ!」


 まず燃える民家を凍結させる。


 その次に航大は巨大な氷の剣を生成すると、民家ごと炎獄の女神・アスカを切り裂こうとする。剣を思い切り振り下ろし、大きな音を立てながら民家が真っ二つに両断される。


「……迂闊、油断ッ!」


「く、マジかッ!?」


 迫る民家を破壊することはできた。


 しかし、その先に居るはずのアスカは航大のそんな行動を予測していた。航大が放つ一刀を身軽に回避すると、氷剣の刀身に手を触れて業炎の力で融解させていく。


「……やべぇ」


 まさか氷牙業剣が溶かされるとは、そこまで想像していなかった。民家を真っ二つにすることで隙が生まれ、更に民家を二つに両断したことによって退路を断たれてしまう。



「空気を焦がし、大地を燃やし、立ち塞がる全てを灰燼と化せ――絶・炎獄拳ッ!」



 身動きが取れない航大に向かって、炎獄の女神・アスカは業炎を纏いし拳を振り下ろす。

 アスカの攻撃を受けてはいけない。そんなシュナの声音が脳裏を過る。

 しかし、逃げ道もなく次なる魔法を放つ時間もない。


「……死んだかもしれねぇ」


 次第に大きくなるアスカの姿を、航大は呆然と見ていることしかできない。


 脳裏には様々な選択が湧き出てくる。しかし、その全てを実行したところで、この状況を打開するには至らない。後悔する時間も与えてはくれない。炎髪を揺らす少女は無表情のまますぐそこにまで接近を果たしていた。


「――――」


 あと数秒後にはアスカの攻撃が直撃する。

 その瞬間、航大は全身を業炎に包まれて絶命するだろう。


 心が挫けそうになる。最後の瞬間まで抗おうとする身体と、折れそうになる心。相反する存在が衝突する中で、やはり航大は動くことができなかった。最後の瞬間、唇を噛み締めて航大は思わず目を閉じてしまう。



「――諦めるんじゃねぇ、航大ッ」



 最後の瞬間に向けて身体を強張らせた瞬間だった、そんな声音が鼓膜を震わせた。


「……ライガ?」


 絶望する航大の前に立つ存在があった。


 その人物は右手に自らの背丈よりも巨大な剣を握っており、絶望的な状況を前にしても決して諦めることなく、逃げることなく立ち向かうことを背中で示していた。


「簡単に諦めるんじゃねぇぞ、俺たちには果たすべきことがあるはずだ」


 その声音は折れそうになる航大の心に勇気をくれる。


 巨悪へと立ち向かうのは自分一人だけではない。

 折れそうになる心に喝を入れて、航大は再び眼前の絶望へと向き直るのであった。

桜葉です。

次回もよろしくお願いします

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