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第六章4 不穏な気配

「ふむぅ……ここは勇気を出すべきか、否か……」


 夜も更けてきたこの頃、宿の部屋で一人リエルは苦悩していた。


 部屋の中でうろうろと落ち着かない様子で歩き回り、更にぶつぶつと独り言が多くなっている。顎に手を当てて悩み続けているリエルの頬は僅かに赤く色づいており、その視線は部屋の壁へと注がれている。


「でも、さすがに……夜、忍び込むのは……危険な気も……」


 リエルの瞳が見つめる先、壁の向こうには主であり想い人でもある少年が眠る部屋がある。北方の大地で少年と出会ってからというものの、リエルはライバルたちの積極性に負ける場面が多かった。


 もっともっと自分を売り込んでいく必要があることは重々承知しているのだが、しかしいざという時に二の足を踏んでしまう。そんな弱気である自分に別れを告げ、これからは積極的にアタックを続けることを決意したはずであった。


「しかし、いきなり部屋に押しかけるのは……うむぅ……」


 いざ、行動を起こそうとすると心臓が痛いくらいに高鳴ってしまう。


 心臓の鼓動が聞こえてきそうになる中で、リエルは最後の踏ん切りがつかなく右往左往する時間を過ごしている。


「いや、うじうじしていても始まらんッ!」


 逡巡すること数時間。ついにリエルは決意を固め、大きく一步を踏み出した。


「――リエルッ、いるかッ!?」

「わひゃぁッ!?」


 リエルが決意を固めた直後、部屋のドアが勢い開いてそこから航大が姿を現した。今から乗り込もうとした矢先、その当本人が凄まじい勢いで目の前に現れてリエルは素っ頓狂な声を上げてしまう。


「あ、あ、主様ッ!? どうしてここに……ッ!?」


「はぁ、はあぁ……良かった、まだ寝てなかったんだな……」


「ひぅッ……ま、まさか主様の方から来てくれるなんて……そんな、馬鹿な……」


 まさかの展開に驚きを禁じ得ないリエルは、顔を真っ赤にして息を切らしている航大を見ていることしかできない。


「……リエル、お前の力が必要なんだ」


「なにか、問題でも起こったのか?」


 航大の登場に胸を高鳴らせたリエルだったが、彼が向ける真剣な眼差しの意味に気付くと表情を険しいものに変えていく。


「道に倒れてる人がいた。その人は全身に火傷を負ってて、リエルの治癒魔法が必要なんだ」


「……分かった。すぐ行くのじゃ」


 とても遊びに来た雰囲気ではないことを察し、更に航大の言葉に自分が今やるべきことを認識するリエル。彼女は航大の言葉に頷くと、すぐさま行動を開始する。


「怪我人はどこにいるんじゃ?」


「今は俺の部屋で安静にしてる。かなり危険な感じだ」


「……急ぐのじゃ」


 部屋を飛び出すリエル。

 そのすぐ後ろを小走りでついてくる航大に状況を確認しつつ、リエルの足は早くなるばかりである。


「主様、カガリ様にも連絡を……」


「カガリも状況を把握してる、その上でリエルも必要って話だ」


 航大とリエルの二人が慌ただしく宿の中を駆ける。

 その先には険しい空気が漏れる部屋があるのであった。


◆◆◆◆◆


「これは……想像以上に悪いの……」


「リエル、治癒魔法いけるか?」


「うむ、やってみよう」


 航大の部屋へ入ると、そこにはライガ、シルヴィアとベッドに横たわる全身火傷の青年が存在していた。航大たちが到着すると、ライガとシルヴィアの二人が苦々しい表情を浮かべていた。


 それも仕方のないことである。


 ライガたちには青年の焼け爛れた衣服を取り除くようにお願いしていた。その際に衣服の下にある凄惨たる有様を目の当たりにしたのだろう。


「……これは酷いな、よく生きているといったところじゃ」


「治せるのか、コレ……」


「儂の力だけでは難しいじゃろうな。しかし……」


 そこで言葉を切ると、リエルはジッと航大を見つめる。


『ふっふっふ、そこで僕の出番って訳だよッ!』


「うぉ、カガリ……ッ!?」


 リエルの言葉をトリガーに航大の体内に潜んでいる暴風の女神・カガリが声を上げた。


『僕も治癒魔法は使えるからね。リエルちゃんと力を合わせてこの人を助けようじゃないか』


「できるのか、そんなこと?」


『僕とリエルちゃんをなんだと思ってるのかな? 賢者と女神だよ?』


「まぁ、治療できるならそれでいいんだけどさ…――うッ!?」


 そんな声音を漏らした直後だった。


 航大の身体に突如として変化が現れ、その張本人である航大は苦しげな声を漏らして頭を抱える。頭の中がズキズキと強い痛みを発するようになり、その痛みは次第に強くなっていく。


『ごめんね、航大くん。これも人助けだと思って許してよ』


「お前ッ……何をッ……!?」


『ちょっと航大くんの身体を借りるだけ。大丈夫、変なことはしないから』


 脳裏に声が響くだけでも航大の頭に鋭い痛みが走る。


 少しずつ自分が自分でなくなっていく感覚に襲われ、しかしそれは抗うことのできないものであった。内面から変わっていく感覚と共に、ついに航大の意識は完全に途切れてしまうのであった。


「ふぅ、人の意識をコントロールするのって、結構大変なんだよねぇー」


「……カガリ様、お力を貸して頂ければと」


 軽い調子で声を漏らす航大。既に彼の身体は暴風の女神・カガリによって支配されている。その様子をすぐさま理解したリエルは、航大のことをカガリと呼んでその頭を下げる。


「うん。リエルちゃんは腕、なまってないよね?」


「はい、大丈夫です」


「おっけー、それじゃ……かつて世界を飛び回った医療魔術師チーム、その力を見せてやろうじゃないか」


 魔竜がまだ世界に混沌をもたらしていた時代。


 巨悪に立ち向かう存在が人々の希望として知られるようになっていた。世界各地に戦禍が広がっていく中で、傷ついた人々を救済するために活動する集団があった。


 世界医療魔術チーム。


 治癒魔法を得意とする暴風の女神・カガリが設立した組織であり、魔竜の攻撃によって傷ついた人々を救うことを目的としている。そこの設立者である女神・カガリと、女神の従事者である賢者・リエルが主となって世界各地の都市へ出向いて活動していた。


 魔竜の消失によって組織は解散となり、そして今に至っている。


「この土地では風と氷の魔力は希薄だからね、僕の力だけじゃこの人を助けることは難しいんだ」


「さすがの女神といえど、魔力が少なければどうしようもないですからね」


 強大な力を持つ女神をもってしても、潤沢な魔力がなければ魔法を扱うことはできない。


「でも、二人もいればなんとかなるでしょ。ほら、リエルちゃん始めるよ?」


「……はい」


 カガリの言葉にリエルは力強く一つ頷くと、その小柄な身体に魔力を集中させていく。


「お、俺たちにできることは……」


「うーん、ないから休んでていいよー」


 リエルが治癒に入り、同じ部屋にいるライガとシルヴィアが声を上げる。彼らもまた何かの力になりたいと願っている。そんな願いを受けて、しかしカガリはケロッとした様子で返答する。


「そ、そうだよな……」


「うん。まぁ、明日には出発しないといけないんだし、ライガくんとシルヴィアちゃんは休んでてよ」


「わ、わかった……」


「さてと、リエルちゃんだけじゃ厳しいからね。僕も手伝うよ」


 リエルが治癒に入り、それに混ざるような形でカガリもまたその身体に魔力を集中させていく。


「これは中々……思ったよりも重傷だね」


「全身の八割ほどが火傷状態、皮膚も所々が爛れていて、出血多量……正直、よくまだ生きてるなって感じじゃな」


「久しぶりに腕が鳴るね」


 航大の身体を借りたカガリもまた、ぺろりと唇を舐めて治癒術へ集中していく。


「ん? ちょっと待って……リエルちゃん……」


「……はい?」


 治癒に入った矢先、何かを感じてカガリの鋭い声音が響く。


「どうしました?」


「……リエルちゃんは感じない?」


「……感じる?」


「この人から不純な魔力を感じる。体内に潜れば潜るほど、強くなってる」


「…………」


 カガリの言葉にリエルの表情が僅かに歪む。

 治癒魔法を施しているリエルとカガリ、二人の治癒魔法が青年の全身を包めばその違和感にも気付く。


「これは魔竜の魔力に似てるものがある。あの頃、色んな人の身体から感じた魔力だ」


「確かに。しかし魔竜は今……」


「うん、そうなんだよね。だから不思議なんだよ」


「…………」


「とりあえず、まずはこの魔力をなんとかしよう。この魔力を使い続ければ……どうなるかは分かってるね?」


「……はい」


 名も知らぬ青年を助けるための施術。

 それは夜通し続くこととなるのであった。


◆◆◆◆◆


「ふぅ……疲れた……航大くん、後は任せたよ」


 空が明るくなり始めた頃、ため息と共にカガリが声音を漏らす。


 全身に酷い火傷を負っていた青年も、その身体に痕を残しながらも一命を取り留めることに成功していた。魔法が成し得る奇跡であり、一夜通して魔法を使い続けたリエルはベッドに寄りかかるような形で眠っており、航大の身体を借りているカガリもまた疲労を孕んだ声音を漏らすのに精一杯である。


「うぉッ……急に身体が戻った……ッ!?」


 魔法を酷使したカガリは航大の中で眠りにつく。その行動によって航大の意識が休息に戻る。


「ぐッ……なんか、身体が重い……」


 カガリが航大の身体を酷使した反動で、意識が戻った直後にも関わらず凄まじい疲労感が襲ってくる。


『あははー、航大くんの身体をずっと使ってたからねー、ごめんね?』


「ごめんねって……くそッ……すげぇ疲れてて、更に眠い……」


 立っているのがやっとな状況で、航大の身体はふらふらと左右に揺れてしまう。


 そんな航大の目の前にあるベッドには、身体中を包帯でぐるぐるに巻いた青年が眠っている。身体は痛々しい様子だが静かな寝息を立てている。


「はぁ……まぁ、とにかく……無事なようで良かった…………寝る」


 リエルと同じように限界がくる航大。


 これ以上の活動は限界であると身体が伝えてくる。抗うことのできない疲労と眠気に航大もリエルと同じように部屋の隅にあるソファーで横になる。


「今日は……もう……出発…………」


 目を閉じればすぐに睡魔がやってくる。

 強烈な眠気に抗うことなく、航大はその身を任せて眠りにつくのであった。


◆◆◆◆◆


「…………」


 身体が揺すられている。


 誰かが航大を起こそうとしているのが伝わってくるのだが、未だ身体を支配する疲労感に航大の身体が目覚めを拒んでいる。覚醒に近づいた意識は再び夢の中へ潜り込もうとする。


「…………起きて」


「あと五分……」


「………………ダメ」


 また身体が強く揺すぶられる。


 必死に起こそうとしているのが理解していても、起きようとすると身体がそれを拒絶する。まだ起きるには早い。まだ時間には余裕があるはずである。


「……も、う……こういう、のは……」


 誰かが話している声が聞こえる。

 しかしそれは航大に向けられているものではない。

 しばしの静寂が訪れ、航大の眠りが再び深くなろうとした矢先だった、


「起きろって言ってるでしょーーーーーーーーッ!」


「うおおぉーーーッ!?」


 耳を強く引っ張られたかと思った次の瞬間、鼓膜をぶち破らんばかりの声音が航大の身体を突き抜けていく。全身を駆け抜けていく大声に航大の意識は強制的に覚醒へと導かれていく。


「はぁ、はあぁ……ビックリしたぁ……」


「全く、航大ってば全然起きないんだから。ユイも起こし方がぬるすぎる」


「……ごめんなさい」


「シルヴィア、お前……もう少し優しく起こすことはできないのか……」


「優しくしてたら、航大は起きないでしょ」


 大声に目を覚ませば、航大の視界にはユイとシルヴィアの姿があった。

 ユイは心配そうに航大を見つめていて、シルヴィアはちょっと怒っている様子で表情を顰めている。


「疲れてるんだ……もう少しくらい寝かせてくれても……」


「そんな暇はないよ、航大。あの人が目を覚ましてる」


「え、マジで……?」


「うん。そして話があるって……みんな宿の食堂に集まってるから、航大も急いで」


「…………」


 シルヴィアの様子がおかしい。

 それに気付いた航大は瞬時に頭を切り替える。


「食堂だな。分かった」


 衣服を軽く整え、航大はソファーから飛び上がると、宿の食堂を目指して歩き出す。


「遅くなった」


 食堂はすぐそこだった。

 航大が姿を見せるなり、ライガ、リエルはが横目で彼を見る。


 ライガとリエルが見る先、そこには包帯を巻きながらもしっかりと意識を取り戻している青年の姿があった。


「良かった、無事だったんですね」


「はい、ありがとうございました」


 青年が座っているのを見て、航大は安堵の声音を漏らす。

 すると、青年の方もほっと安堵した様子で航大にお礼の言葉を投げかけてくる。


「それで、こんな朝方にどうしたんだ?」


 航大を呼び出したのはライガだった。彼は険しい表情を浮かべて無言を保っており、その隣に座っているリエルも無言のままだ。何か重苦しい空気が場を支配しており、それを敏感に察した航大もまた、ライガの隣に座る。


「…………」


 全員が食堂に備え付けられた椅子に座ったことを確認すると、そこでようやくリエルとライガが口を開く。


「それじゃ、すまないがもう一度詳しく聞かせてもらってもいいか?」


「……はい」


 ライガの言葉は正面に座っている青年に向けられていた。


 青年は沈痛な表情を浮かべていて、何か言葉を発しようとしているのだが、言葉に迷っているのか中々口を開かない。


「えっと……俺はここから少し離れた場所にある南方の街……で、生活していました」


 ライガたちが待っている様子を見て、青年は瞳を閉じると震える声音で話し始める。


「平和に暮らしていたんです……一昨日まで……」


「一昨日……?」


 青年の引っかかる言葉に航大が反応する。

 一昨日。その言葉に引っかかりを覚えたのは航大だけではない。

 ライガとリエル、シルヴィアの三人もまた眉をピクリと反応させる。


「俺たちの住んでいた街は、ある一人の人間によってたった一日で壊滅した」


「…………」


「あれは炎を纏いし死神。紅蓮の髪を火の粉に紛れさせる、殺戮者だ。街を襲った炎髪の女は、表情一つ変えることなく人を殺し、そして街を滅ぼした」


「魔獣じゃなくて、誰かにやられたってことなのか……?」


 街の一つを壊滅させる。

 今、この世界に戦争は存在しない。


「……まさか、帝国か?」


「いや、それにしては動きが早すぎる。それに帝国が攻めてくるのならば、南方にある田舎街を襲う理由が分からねぇ」


 航大の言葉にライガが反応を返す。


「主様、これはもっと厄介な話かもしれぬぞ」


「どういうことだよ……リエル、お前見当がついてるのか?」


「…………」


 その言葉にリエルの表情が一層と険しくなる。


『紅蓮の髪、炎を操って街を壊滅させることができる力……』


 再び場が静寂に包まれる中、声を発したのは航大の体内に息づく女神・シュナだった。

 彼女も何かに気付いているのか、その声は緊張を孕んでいる。


『そうだね、街をあっという間に壊滅させることができる炎の力、そして紅蓮に輝く炎髪……』


『その特徴から察せられる人物を、私たちはよく知っています』


『それに治癒してる時に感じちゃったんだよね、僕もリエルちゃんも……その人の魔力をね』


 シュナに続いてカガリもまた何かを察して言葉を続ける。


「炎獄の女神・アスカ」


「…………」


「その街を壊滅させた人物、きっとその人に間違いはないじゃろう」


「――――」


 リエルの言葉に驚きを隠せない。


 街を壊滅させた人物。

 それは世界を守護する女神の一人、炎獄のアスカだと言うのだから。


桜葉です。

次回もよろしくお願いします

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