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第六章2 境界の街・レジーナ

「うーん、暑いのぉ……」


「なにバテてんのよ、リエル?」


「うぅ……儂は暑いのが苦手なんじゃ。そりゃ、長い時間を極寒の北で過ごしてたんじゃから、それもしょうがなし……」


「これくらいでそんな様子じゃ、これから先が思いやられるね……」


「儂たちが向かう先は、まさかもっと暑いのか……?」


「当たり前じゃない。南のアルデンテ地方ってところはね、進めば進むほど暑くなっていくんだから」


「そ、そうなのか……」


「あ、ちなみにまだアルデンテ地方に入ってすらないからね?」


「…………」


 客車の中での会話。


 歩みを進める度に感じる気候の変化に、北方の大地で賢者と呼ばれる瑠璃色の髪を揺らす少女・リエルは誰よりも早く影響を受けていた。


 航大たちが目指す南方の地は常に温暖な気候にあり、南へ進むほどにその暑さは増していく。南の果てには火山帯となっており、おおよそ人が住むに適さない環境と言われている。


 リエルが生活していた北方の大地とは環境が全く異なっており、だからこそリエルが玉のような汗を流して全身を脱力させているのはしょうがないともいえる。


「儂、帰ってもいいかの……?」


「ダメ」


「…………」


 シルヴィアの言葉がリエルの気力を無残にも打ち砕こうとする。

 震える声で呟くリエルの言葉も、シルヴィアは涼しい顔でそれを拒絶する。


「……リエル、お水飲む?」

「……飲む」


 傍から見ていて可哀想になるレベルで衰弱しているリエル。そんな彼女を見かねてユイが水を手渡す。


 時間が経過するごとに暑くなる気候にやられているのはなにもリエルだけではない。航大もシルヴィアもユイも、肌を焦がす暑さを感じてはいるものの、リエルほどにダメージを受けるまでではない。


「てか、魔法が使えるんだから、氷魔法でも使えばいいんじゃねぇの?」


「……儂だって出来るならそうしたいのじゃが、この地には氷の魔力がとにかく薄い」


 リエルは氷魔法を得意としている。


 ならばそれを使って身体を冷やせばいいのではと航大が助言するも、リエルの表情は明るくはならない。


「魔力が薄い……?」


「うむ。魔法を使うには、使いたい魔法に適した魔力を大地から吸い上げなくてはならぬ。しかし、この大地には氷魔法を生成するために必要な魔力が圧倒的に少ないのじゃ。希薄となっている魔力を探すのも大変だし、そんなことをしていたら日が暮れてしまう」


「なるほど……ということは、ミノルアでは炎系の魔法が使いにくいとかがあるのか?」


「その通りじゃ、主様。ミノルアでは数少ない炎の魔力が流れている場所を、みんなで分け合って使っていた」


「ふぅん……魔力にも地域差があるんだな」


「そんなところじゃ」


 航大と一通り会話を終えて、リエルは再び上体を倒して全身を脱力させる。


 これはしばらくの間は回復しないだろうと判断して、航大はそれ以上リエルに話しかけることをやめた。


「てか、結構暑くなってると思うんだけど、まだアルデンテ地方ってところに入ってもないんだな?」


「うん。まぁ、もう少しで入るとは思うけど……」


 次に航大が問いかけを投げるのは正面に座っているシルヴィアだった。

 彼女はこれまでの言動から南方地域に詳しいのではないかと判断しての問いかけである。


「詳しいんだな」


「まぁ、訓練で何回か行ったことがあるからね。といっても、入り口のレジーナまでだけど」


「……レジーナ?」


「そう。王国がある東方地域と、アルデンテ地方と呼ばれる南方地域のちょうど境界線に位置する街の名前。境界線の街ってことで、東方と南方それぞれの食べ物とかが多くて、旅人が多く訪れる街で有名なの」


「へぇ……俺たちもそこへ向かってるのか?」


「南方地域はちょっと前に行った西方地域とは違って遠いからね。これからいくつかの街を経由していかなくちゃいけないの」


「……なるほど」


 ハイラント王国が統治するバルベット大陸。


 この大陸は縦に長い土地となっており、東方地域に存在するハイラント王国は大陸の北に近い位置にある。だからこそ、ミノルアまではそんなに時間をかけずに向かうことができたが、真逆に位置している南方へは時間が掛かるということらしい。


「まぁ、そろそろ着くんじゃないかなーとは思うけど」


 客車の窓から外を見つめながら、シルヴィアはそんなことを呟く。


 航大もシルヴィアと同じように外を見つめるが、水遊びをした湖から先に広がる光景の変化を、航大は感じ取ることができない。異世界にやってきてしばらくの時間が経過した航大だが、まだまだ自分が知らない場所が多いのだと痛感させられる。


「おーい、そろそろだぞー」


 そんな話をシルヴィアとしていた矢先、外で地竜を操舵していたライガからそんな声音が漏れる。


「あ、見えてきた。ほら、航大……あれがレジーナだよ」


「どれどれ……おぉ、結構大きな街なんだな」


「うん。境界線の街ってことで人も多いしね……レジーナは田舎町って呼ばれてはいるけど、大きさだけはそこそこなんだよ」


 客車の窓から見える光景の果て、そこに突如として姿を現したのは東方と南方の境界線に存在する街・レジーナなのであった。


◆◆◆◆◆


「おし、そろそろ日も暮れちまうし、今日はレジーナで休むとするか」


 東方と南方の境界線にある街・レジーナ。

 地竜と共にレジーナのメインストリートを進む航大たち一行。


 レジーナの街はハイラント王国の城下町である一番街をそのまま大きくしたような姿をしており、メインストリートには商店が数多く立ち並んでいる。


「……人がたくさん」


「うむ。この時間は人が多いのかもしれぬな、王国の城下町にも引けを取らんな」


「あっ、あの食べ物美味しそう……ねぇねぇ、航大ッ! あとで食べに行こうよ!」


「え、食べるって何を……?」


「見てなかったのーッ!?」


 客車の窓から外の様子を確認するユイ、リエル、シルヴィアの三人。

 その三人とは別の窓から外を観察していたのが航大である。


「お前らなぁ……俺たちは遊びに来たんじゃないぞ。今日は宿で休んで、明日移行の旅に備えろって……」


「ぶーぶー、ライガってば本当につまんないのーッ!」


 新しい街の到着に湧くシルヴィアだったが、そんな彼女のテンションに水を指すのがライガであった。彼ははしゃぐシルヴィアにため息を漏らし、あまり遊ばないようにと注意する。


 確かに、航大たちはこれからの戦いに向けて準備をしている段階であり、この街に到着する前にも遊ぶ時間を設けたのだから、これ以上の遅れを生むようなことを許す訳にはいかない。


 西方への旅路みたいに、いつ戦いが始まるのかも分からない。

 だからこそ、ライガは戦いの準備を整えるべきだと提言し、それは当然のことでもある。


「まぁ、飯だって食べないといけない訳だし、ちょっと夕飯を食べるくらいはいいんじゃないか?」


「……ダメだ。シルヴィアははしゃぎすぎて体調を崩すことだってあるんだ。前回、訓練でこの街に来た時、変なもの食べて翌日動けなかっただろ?」


「うぐッ……」


 なんとか譲歩を引き出そうとする航大だが、ライガの言葉に当の本人であるシルヴィアが苦々しい表情を浮かべる。


「今日は宿を取って、全員翌日に備えること。わかったな?」


「ぶーぶーぶーーーッ!」


 この旅を先導するのはライガである。


 彼の決定は絶対であり、それに不満を露わにするのはシルヴィアであり、しかしその声が聞き遂げられることはないのであった。


◆◆◆◆◆


「ふぅ……今日もなんだかんだで疲れたな……」


 レジーナの街に立ち入ってしばらくの時間が経過する。


 ライガの言うとおり、航大たちはレジーナの街で宿を見つけると、日も暮だした時間からそれぞれの部屋で休息を取っていた。宿の中で提供される夕食も食べて、それが終わる頃には外は真っ暗闇となっていた。


 まだメインストリートの方は明かりが灯っていて、やはり王国の一番街みたいにたくさんの人が夜のひと時を楽しんでいることがうかがい知れた。


「…………」


 宿の部屋にある窓から夜の街並みを見つめながら、静かな夜を満喫する航大。


『それにしても、アスカって今は何してるんだろうねー?』


「うわッ……いきなり声を出すなよ……カガリ……」


『あはは、ごめんねー。この街も久しぶりだったから、僕もテンションが上がっちゃってね』


「やっぱり、カガリも来たことあるんだな」


『そりゃもちろん。僕たちはこの大地と共に永い時を生きてきた訳だし、行ったことない場所なんてないよ』


「……シュナもそうなのか?」


『……はい。私もよくこの街には立ち寄りましたよ』


 脳内で航大が会話をするのは、氷獄の女神・シュナと暴風の女神・カガリの二人だった。世界を流れる魔力の源的な存在であり、この世界を守護する女神たち本人である。


「ふーん……それで、アスカって言うのは?」


『アスカは僕たちの同じ女神だよ。炎の女神ってだけあって、暑苦しい奴だったよ』


『まぁ、確かに豪快な人ではあったかもしれないですね』


 炎獄の女神・アスカ。


 まだ見ぬ女神について、航大はシュナとカガリの話から想像を膨らませることしかできない。彼女たちが揃って苦笑いを浮かべている様子から、かなり印象的な人物であることには間違いないようだ。


『とにかく戦闘狂って感じだったよね』


『そうですねぇ……誰よりも喧嘩っ早い性格でしたね……』


「…………」


 シュナがため息混じりにカガリの問いかけに答える。

 あのシュナがそんな風に他人を評価したことは、今までに一度もない。


「色々と苦労があったんだな?」


『まぁ、僕は見てるだけだったし、実害はなかったけど……』


『私には大アリだったんです。一回、あの人をミノルアへ招待したことがありまして……』


『あー、あの事件ねー』


 ため息混じりに語るシュナの言葉は重い。

 そんな彼女の言葉に被せるようにして、カガリの楽しげな声音が続く。


『寒いのは嫌いだッ! とか言って、北の大地の気候を本気で変えようとしたんです』


「……は?」


『大地を覆う氷を蒸発させて、その膨大な魔力を使って北の大地を灼熱に変えようとしたんです。事実、女神の中でも強い魔力を誇るアスカならば、そんなことを可能にするだけの力はあった……』


「おいおい、マジかよ……」


『あははーーッ! そこから、女神同士による戦いが始まったんだよね?』


「え、女神同士の戦い……?」


『……はい。さすがに私も生まれ故郷を滅ぼそうとする動きを見過ごす訳にもいかなかったので、アスカを止めるために力を使いました……』


「えぇ……」


 シュナの口から語られるのは驚愕の事実であった。


 まさか世界を守護するために力を使う女神たちが、しょうもないことを理由に戦うことがあったなんてにわかに信じ難い。


『あの戦いは凄かったねぇ……三日間くらいは戦いっぱなしだったんじゃない?』


『……そうですね』


「どんだけだよ、そのアスカって女神は……」


 シュナとカガリの話を聞いて、これから先の旅に暗雲が立ち込めてくる。

 邂逅を果たすことが出来た後、果たして上手く話がまとまるのか不安でならない。


「はぁ……先が思いやられるな……」


 やれやれといった様子でため息を漏らす航大。

 そんな時、扉がノックされて誰かの来訪を航大に知らせる。


「お、誰だ?」

「航大、ちょっといい?」


 ノックに反応すると、扉がゆっくりと開かれていく。そこに立っているのは、ハイラント王国の騎士・シルヴィアなのであった。

桜葉です。

次回もよろしくお願いします。

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