第五章84 神速の戦い
「久々に聞いたよ、僕にガキって言葉を使うアホを……」
砂塵の中に存在する異形の塔。
そこでは砂塵の試練を抜けた者たちが最後の試練に立ち向かっていた。
この塔へ最初に辿り着いた白髪の少女・ユイの前に立ち塞がったのは、ユイたちを砂塵へ案内してくれた少女・アリーシャと、全身をフードマントで覆った謎の少女だった。
少女は風を司る魔法を得意とし、異界の英霊を身に宿すユイに試練を与える。
帝国ガリアで傷つき、深い眠りにつく少年・神谷 航大を人質にされてユイは引き下がる訳にはいかなかった。しかし、異界の英霊との長時間に渡るシンクロは彼女の身体を確実に蝕んでいた。
戦いの最中に倒れるユイを救ったのは、ハイライト王国の騎士にして航大の仲間であるライガだった。彼は砂塵の試練にて敗北を喫したが、その経験が彼を更に強く成長させた。
「あ、あれ……俺、なんか怒らせた?」
「……そんなこと、私に聞かないで」
フードマントで全身を覆っていた少女に一撃を与えることができたライガ。それによって全身を露わにする少女は、ライガの心無い一言に苛立ちを隠せないでいた。
「カ、カガリ様……すみません、私の力が不足してて……」
「あー、大丈夫だよアリーシャちゃん。でも、ちょっと油断しすぎかな? 後でお説教ね」
「……はい」
「なるほど、お前はカガリって名前なんだな?」
「はぁ……月日の流れってのは悩ましいね。僕の名前を聞いても、ピンとも来ないんだね」
カガリ。
彼女は明るい茶髪をサイドポニーの形で結び、上半身は貧相な胸元と肩から先を露出したシャツに、下半身は太腿を大胆に露出するホットパンツを着た露出の多い格好をしている。
「全く来ないな……お前、有名人なのか?」
「……もういいよ。僕の力、見せてあげる」
カガリの言葉に小首を傾げるライガ。そんな彼とこれ以上の話は無用だとカガリは、その身に再び魔力を充填していく。ライガとカガリを中心に濃厚な魔力と、不自然な風が取り囲み始める。
「今までとは全然違うじゃねぇか……」
「当たり前だよね? 君は自分を誇っていいよ。この僕にちょっと力を出させるんだから」
明らかに異質な空気を纏うカガリと対峙するライガは、彼女がここまでの戦いにおいて全く力を出していなかったことを理解する。
「じゃあ、まずは君が得意な接近戦で戦ってあげるよ」
「…………あ?」
「神速、暴風、風を纏いし、戦う――風装神鬼」
「なんだと……?」
フードマントを脱いだカガリは、その身体に暴風を纏い始める。
「そんなに驚くことじゃないでしょ? この魔法のことは、君が一番良く知っているんだから――ッ!」
風を纏い、瞬間的に凄まじい速度で移動することを可能にする武装魔法。
多くの魔力を持たないライガが、唯一使うことができる魔法を、カガリはその顔に笑みを浮かべて使役する。風を纏ったカガリは地面を蹴ると、ライガへ接近を果たそうとする。
「おもしれぇ……そっちがその気なら、こっちだって真っ向からぶつかってやるよッ!」
突進してくるカガリに対して、ライガもまた地面を強く蹴って跳躍を開始する。
その手に神剣・ボルカニカを持つライガ。
対するカガリもまたその手に風で生成した剣を握っている。
「「――――ッ!」」
正面で衝突する二つの暴風。
周囲に凄まじい風と粉塵を撒き散らしながら、最速の剣戟が幕を開く。
「あはッ、ちゃんと僕について来てるね?」
「ったり前だろうがッ!」
剣と剣がぶつかり、直後に距離を取って再びぶつかる。
右、左、上、下。
めまぐるしく変化する激突の連続。
「それじゃ、これはどうかな?」
「――――ッ!?」
ぶつかり続ける剣戟の連続に変化が訪れる。
ライガが振るう剣が何もない虚空を切り裂く。
「そこまでッ!?」
「ほら、こっちこっち」
「ぐううぅッ!?」
砂塵の試練で完膚無きまでの敗北を喫したライガが生み出した、新たなる風装神鬼の戦い方。対峙するカガリはそれまでも完璧にコピーをしてみせた。
小柄な身体が消えては現れてを繰り返し、ライガが一瞬でも隙を見せればその手に持った風の剣で斬撃を見舞ってくる。
「ふざけやがって……」
「自分の魔法に屈するのかい?」
「んな訳ねぇだろうがッ!」
気付けば防戦一方となってしまったライガ。
ライガの武装魔法をコピーしたカガリはその魔法が持つポテンシャルをライガ以上に引き出すことができていた。
「くそッ、どうして俺が追いつけない……ッ!」
「それは圧倒的な魔力の差ってやつかな?」
「魔力の差……だと……?」
「そう。君と僕では体内に内包する魔力に絶望的なまでの差があるんだよ。この世界の魔法とは、その魔法を具現化する際に使用する魔力量によって威力が大きく変わるんだから」
「…………ッ」
「こう見えても、僕は女神と呼ばれた存在だからね。魔法を使った戦いならば、負けることはないんだよ」
風装神鬼によって瞬速と幻影を手に入れたカガリ。
彼女はライガに力の差を見せつけるように移動速度を上げ、彼を取り囲むように幾つもの幻影を生み出していく。
「女神だと……お前が……それならちょうどいい」
「ちょうどいい?」
「俺は親父に負けてイライラしてんだ、お前が本当に女神って奴なら、親父よりも強いんだろ?」
「…………」
「それなら、俺がお前をぶっ倒してこのイライラを沈めてやるッ!」
「恐れ多いね、君も……女神に勝てるとでも思ってるのかな?」
「やれるさ。そのために俺は強くなったんだ。神速、その速さは神の次元へ――神速神鬼ッ」
「――――ッ!?」
ライガの身体を瞬間的に膨大な魔力が包み込む。
次の瞬間、彼が見せるスピードは異次元のものへと変化していた。
「奥の手……隠してたんだ?」
「そんな大層なもんじゃねぇよ……ッ!」
「――――くッ!?」
カガリは変わらず風装神鬼によって凄まじい速度で塔の内部を動き回っている。
しかし、それを遥かに上回る速度で動き続ける存在があった。
「遅すぎて待っちまったぜ?」
「くぅッ!?」
カガリが飛ぶ先。そこにはライガが神剣・ボルカニカを持って待ち構えている。
彼女の小柄な身体が近づいた瞬間、ライガは咆哮を上げて剣を振り抜く。
「まだまだぁッ!」
この戦いにおいて、スピードで負けることはそのまま敗北へと直結する。
その危険性を理解しているからこそ、カガリもまた意地になって魔力の放出量を上げていく。
「…………すごい」
二人の神速による戦い。
それを目の当たりにして、未だに立ち上がることすらできないユイは呆然とした様子で言葉を呟く。
「ったく、あの馬鹿ってば先に来てるかと思ったら、面白いことになってるじゃん」
「…………」
「あんたはそこでジッとしてて。この戦い、私たちが終わらせるから――」
唖然と座り込むユイの隣に立つ人物がいた。
肩上まで伸ばされた金髪と、活発な印象を与える顔立ちが印象的なその少女は、華奢な身体を白銀の甲冑ドレスで覆っている。
「新たなる時代の剣姫……私の名前はシルヴィア・ハイラントッ!」
両手に緋剣と、蒼剣を握った少女はその顔に笑みを浮かべて神速の戦いへと飛び込んでいく。
砂塵の先にある最後の試練。
それは激化の一途をたどるのであった。
桜葉です。
次回もよろしくお願いします。




