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第五章83 集結の塔

 苦しみ藻掻く少女は、自らの闇へと堕ちていく。

 底のない闇へ堕ち続ける少女は、そこで断片的な映像を見る。


「――。これは原初の書というんだよ」


「原初の書……?」


「そう。世界を創造する力を秘めた、神秘の本なんだよ」


「世界を創造……? ――さんは、世界を作って何をするの?」


「破壊と再生。あの人が作った理想の世界を、より完全な姿に作り上げ、そして腐りきった世界を壊す」


「腐りきった、世界……」


「偽りの平和の裏に、常に争いは存在する。私は真の意味で平和な世界を創り上げる。争いが無くならないというのならば、私が異分子を力で排除する。そうすれば、世界の王たる私に逆らう存在は居なくなる。それすなわち、真の意味での平和が訪れるのだ」


「……難しくて、分からない」


「そうだな。今は分からないかもしれない。――、私が世界の王であるならば、君は世界の民を導く聖女となるべき存在だ」


「……聖女?」


「そう。世界をあるべき姿に導くんだ――。そのための力なら、私がくれてやる。世界を導き、守りたいと想うものを守れ。その先にきっと、私と同じ世界の姿がある」


「守りたいものを、守る……」


「いつかきっと、分かる日がくる。その時、私は――に力をやる」


 再び少女の意識は深い闇へ堕ちる。

 失われた記憶の断片が不明瞭な映像として少女の前に姿を現す。


「――お前は、どちらを選択する?」


「…………」


「私とあの少年……どちらを選択する?」


「私は……」


「お前に戦う力をくれてやったのは誰だ? お前に命をくれてやったのは、誰だ?」


「いや、いやッ……私には、そんな、こと……」


「世界を正しい姿に導く、お前にはその使命がある。私には失敗する訳にはいかない。この世界はまだ、再生することが出来るッ、再生さえすれば我の野望はまだ潰えないッ!」


「その前にッ……私には、守りたいものを守る使命だって……あるッ!」


「特定の個人を守るための使命? そんなものが、世界を導くという使命より勝ることなど、ないッ」


「――――ッ」


「さぁ、ゆけ――。お前には、私に逆らうことなど出来ない。これ以上、私を失望させるな」


「…………はい」


 世界は終末へと突き進む。

 その未来を変えるために、少女は抗い続ける。


 彼女の想いが報われる日は、訪れるのだろうか――。


 白髪を虚空に漂わせ、深い、深い闇の底へと堕ちていく。このまま闇と同化を果たそうとする少女を現実へと引き戻すのは、どこかで聞き慣れた男の声音なのであった。


◆◆◆◆◆


「――しっかりしろ、ユイッ!」


「――――ッ!?」


 砂塵を抜けた先にある魔力を帯びた塔。


 そこで孤軍奮闘するのは、守りたいものを守るという使命を背負った白髪の少女。彼女は目の前で倒れ伏す少年を救い出すため、砂塵の塔に姿を現した少女たちと戦う。


 彼女の中には異界の英霊が存在しており、それは倒れ伏す少年が与えたものであった。強大な力を持つ英霊の力を使うことで、少女はたった一人の状況においても謎の少女たちと戦うことができていた。


 しかし、その力が突如として失われることで、戦況は瞬く間の内に逆転してしまう。


「……ようやく到着って感じかな?」


「そうですね。戦いという意味においては、私たちには不利な状況になりつつあるということですけどね」


 砂塵の塔に姿を現すのは、過酷な試練を突破した戦士だった。


 その右手に巨大な大剣を持ち、明るい栗色の髪を剣山のように立たせた青年は、その名をライガ・ガーランドという。砂塵の試練では父親と戦い、そこで敗北を喫することで『力』の本当の意味と、敗北を知ることでの強さを手に入れた。


「ったく、変な魔力を感じると思ったら、何してんだよユイ」


「はぁ、はあぁ……くッ……うるさい、私だけでも……なんとか、なった……」


「そんな様子で強がるんじゃねぇよ。戦えないのなら、俺が代わりに戦うまでだッ!」


 塔に姿を現したライガは笑みを浮かべると、地面を蹴って跳躍を開始する。


「神速、暴風、風を纏いし、戦う――風装神鬼ッ!」


 跳躍しながら、ライガは暴風を身に纏う武装魔法を使役する。その瞬間、ライガの動きは神速へと変化する。


「おっとっと、これは速いね」


「全く、いつも呑気ですね貴方はッ!」


 直進してくるライガを迎え討つアリーシャとフードマントの少女。


「いくぜ、おらあああぁぁぁぁッ!」


「ふん、ただ突進するだけなら――」


「ダメだよ、アリーシャちゃんッ! 気をつけてッ!」


 自分の背丈よりも大きな神剣・ボルカニカを持つライガは凄まじい速度で突進を続ける。正面から迎え討つ形でアリーシャが待機するも、そんな彼女の行動にフードマントの少女は危険を警告する。


「ちッ……察しがいいみたいだな、お前の主はッ!」


「きゃああぁぁぁぁーーーーッ!?」


 直進していたライガは、突如としてその姿を消す。


 まるで幻のように姿を消したライガをアリーシャは見失い、その直後に真横からの衝撃に身体を吹き飛ばされる。


「今ので斬れないのは、君の甘さかな?」


「……女を斬る趣味はないんでね」


「――その甘さが君の敗北を生んだんじゃないの?」


「…………」


 アリーシャの身体が吹き飛び粉塵の中に消える。

 その直後、ライガが捉えるのはフードマントで全身を覆った少女。


「俺が甘いか、確かめてみるか?」


「あはッ、いい目をしているね。試練を与えたのは、間違っていなかったようだ」


 短い言葉を交わし、ライガは再び跳躍する。


「同じ風の魔力を使う者同士、楽しもうよ」


「楽しむ前に、終わるんじゃねぇぞッ!」


 姿勢を屈め、神剣・ボルカニカの切っ先で地面に傷をつけながらライガは走り、飛ぶ。


 父との戦いで彼は完膚無きまでの敗北を喫した。しかし、砂塵の試練は彼に敗北を与えただけではない。これから先に待ち受ける過酷な戦いを切り抜けるための力も与えた。


「消える攻撃の正体、見破らせてもらうよ」


「――るっせぇッ!」


 フードマントの少女は右手を突き出す。

 その動きに合わせて彼女の周囲に無数の刃が出現する。そして彼女の意思に従って風の刃が飛翔する。


「しゃらくせぇッ!」


 ライガの身体を切り刻もうとする風の刃を、暴風を纏いし神剣・ボルカニカが一振りで消滅させる。


「やるねぇ……」

「次はこっちの番だッ!」


 神剣・ボルカニカを地面に叩きつけ、その衝撃を利用して速度を増して突進する。

 瞬く間の内にフードマントの少女へ接近するライガは、その手に持つボルカニカを振り下ろす。


「まだまだ遅いッ……」


 迫ってくるライガに恐れる様子はなく、フードマントを靡かせる少女は再び右手を振り上げると、地中に隠された風の刃が姿を現す。


「隠し玉かよッ」


「アリーシャちゃんを吹き飛ばした時の動き……何かを企んでるって考えてもおかしくはないでしょ?」


「……そうだな」


「あはッ、このままじゃ僕の刃が――」


「お前は少し、相手を甘く見すぎるみたいだな」


 眼前に風の刃が接近するとしても、ライガは突進する動きを止めることはない。むしろ、フードマントの少女へ突進する速度を上げていく。


「――――ッ!?」


 少女が生成した刃がライガの身体を切り刻む。

 刃が無情にもライガの身体を切り裂くが、その身体から鮮血が噴出することはない。


「ただ無闇に突っ込むだけだと思ったか? お前、あの砂塵での試練を見てたんだな」


「あははッ……まさか、君がこの短時間でそこまで成長しているなんてね」


「親父は教えてくれたよ。戦い、勝つために必要なものを……」


「――――」


「顔を見せなッ!」


 暴風を駆使することで自分の幻を生み出したライガは、その武装魔法を活かして少女の背後へ回り込む。そして一瞬の静寂が支配した後、ライガが持つ神剣が少女のフードマントを切り裂く。


「うーん、まさか僕が一泡吹かされるなんてなぁ……君に甘いといったこと、訂正させてもらうよ?」


「……予想はしていたが、マジでガキじゃねぇか」


「久しぶりに聞いたよ、僕にガキって言葉を使うアホを……」


 姿を隠していた少女のフードマントが消失する。


 その奥から現れるのは、声音から推測された通りで茶髪をサイドポニーにし、四肢を大胆にも露出した少女だった。快活な印象を与える少女は、その顔に笑みを浮かべつつも、こめかみをピクピクと反応させる。


「あ、あれ……俺、なんか怒らせた?」


 笑みを浮かべていても苛立ちを隠していない少女を前に、ライガは視線をうずくまるユイへと向ける。


「……そんなこと、私に聞かないで」


 未だに苦しげな少女・ユイの声音が塔へとむなしく響くのであった。

桜葉です。

次回もよろしくお願いします。

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