第五章74 砂塵の試練ⅩⅩⅩⅩⅩⅩⅡ:交わる想い
「全力でいくよ、お姉ちゃん」
「おいで、リエル」
王国騎士を目指すリエルが挑むのは、姉であり世界を守護するために戦う女神でもある女性・シュナだった。腰まで伸ばした自分と同じ瑠璃色の髪を揺らすシュナと戦うなんて、少し前のリエルからは想像にもしなかった事態なのである。
リエルも参加している王国騎士の入隊試験。
その最終試験にシュナは姿を現した。その詳細な理由は不明であるが、一対一の模擬戦を実施する最終試験において、リエルはこの世界で唯一の家族であるシュナと戦うこととなってしまったのである。
女神の名に恥じない強大な力を見せつけてくるシュナを前にして、リエルは苦戦を強いられた末に戦いを諦めようとすらしていた。しかし、瑠璃色の髪を短く切り揃える少女・リエルには果たさなければならない使命があった。
騎士になれる力を証明し、眼前に立ち塞がる女神・シュナと共に世界を守護するために戦いたい。その使命を果たすためには、眼前に立つ女神・シュナに勝たなければならない。
「美しき氷の華、凍てつく世界に咲き誇れ――氷雪結界」
強い覚悟と決意をその身に滾らせ、リエルが反撃の狼煙を上げる。
「氷の結界を展開して、その中にあるものを凍らせる魔法……」
リエルが魔法を唱えた瞬間、模擬戦のフィールドに結界が広がっていく。
肌を突き刺すような冷気が周囲を支配し、草木を凍らせていく。
「なるほどね。でも、この程度の魔法で私の動きを止めることはできないよ?」
不敵な笑みを漏らすシュナは、リエルが唱える魔法の本質を瞬時に理解するなり、詠唱することなく自らの周囲に防御魔法を展開していた。その結果、リエルの氷雪結界による凍結から身を守ることができた。
「氷雪吹き荒れよ、白銀の世界で、我は舞う――氷幻幽舞ッ」
圧倒的なまでの力を持つ相手に対し、リエルはここにきて新たな魔法を詠唱する。
刹那。
小柄な体躯をしたリエルの周囲に濃密で膨大な魔力が広がる。
それは堂々と立ち尽くすシュナの表情が曇るほどであり、しかし場は異様な静寂に包まれている。不気味なほどの静寂が支配する中、リエルの姿が突如としてシュナの視界から消える。
「――――ッ!?」
リエルの姿が消えた。
そうシュナが認識するのと、一切の気配を悟られることなくシュナの背後にリエルが姿を見せたのは全くの同時だった。
「はあああぁぁぁッ!」
シュナのすぐ背後で怒号が響き渡る。
突如として姿を消し、そして音も気配もなくシュナの背後に姿を現したリエルの右手には、鋭い光を放つ氷剣が握られていた。覚悟を決め、強い決意を固めたリエルの瞳に迷いはない。
遠く、背中ばかりを見て追いかけ続けた唯一の家族を相手にしたとしても、今のリエルなら躊躇いもなくその剣を振るうことができる。
「いつの間にッ!?」
瞬きの間に接近を果たしたリエルに驚く暇もなく、シュナは瞬時に思考を切り替えると背後のリエルに対して完璧に対応をする。
「――――ッ!?」
リエルが振るう氷剣の切っ先がシュナの身体に触れようとした瞬間、シュナもまた氷の剣をその手に握るとリエルへ応戦しようとする。しかし、彼女が振るう氷剣は空を切るだけであり、その事実にシュナは驚きに目を見開く。
「こっちッ!」
「くッ!?」
背後に存在していたはずのリエルが今度はシュナの右方向に現れる。
その動きは瞬間移動したとしか説明できない速度であり、瑠璃色の髪を揺らす少女が見せる動きにシュナは驚きの連続なのであった。
再び姿を現すリエルが振るう氷剣をギリギリのところで受け止めるシュナ。
「すごい、リエル。貴方は私の想像を越えていく成長を見せてる……」
「お姉ちゃんだって、完璧に反応してる」
「ギリギリだけどね……ッ!」
リエルの剣を弾き、シュナが反撃に出ようとする。
「くッ!?」
しかし、先程と同じようにシュナが振るう剣はリエルの幻を切るだけであり、その剣に一切の手応えはない。確実に捉えたと思っていたからこそ、空を切る剣にシュナの表情が苛立ちに歪む。
「次はこっちッ!」
「――――ッ!?」
またシュナの背後からリエルの声がする。
一体どういった原理で想像を遥かに超える動きを可能としているのか、それをシュナが理解できなければ戦いに勝つことはできない。いつも後ろをついてきて、どんな時でも自分が守ってあげる存在だった妹のリエル。
そんな彼女が今、世界を守護するために最悪の魔竜とも戦う女神・シュナを圧倒している。
「休む暇はないよッ!」
「もう、キリがないなーッ!」
氷雪結界の中で、リエルは現れては消えての攻撃を繰り返していた。
姿を見せるリエルはまるで幻のようにシュナの剣をすり抜け、瞬きした次の瞬間には自分の背後に移動を完了させている。
「結界の中で幻覚を見せている……ってことかな……」
リエルの絶え間ない連撃に対して、その全てをギリギリのところで受け止めるシュナ。彼女は戦いの中で頭をフル回転させて妹のリエルが見せる芸当を分析する。
「こんな魔法、報告には無かったけど……この土壇場で思いついて実行するなんて……」
リエルが唱えた魔法の正体を掴むことはできた。
「本当にすごいよ、リエル」
「お姉ちゃん、これで最後ッ!」
氷雪が吹き荒れる結界の中で、リエルは数多の幻を生成すると、その全てに膨大な魔力を注いでいく。
「天地を凍てつかす究極の氷槍よ、あまねく悪を穿て――氷槍龍牙ッ!」
それは絶望的な光景であった。
シュナを取り囲む無数のリエルがその手に巨大な氷槍を持っている。
もちろん全てが本物のはずはない。しかし、氷雪と靄が包む視界最悪の中で真のリエルを探し出すことは困難である。
自分たちが立つ場所を氷の世界に変え、そして濃霧を発生させたのはシュナである。
そこへ更に氷雪による結界を生成し、自らが降らす氷雪を幻に変え、靄で視界が悪い中で幻を意のままに操る。そして対象へ絶え間ない連撃を相手に与えるというリエルの魔法が限界以上の力を引き出すこととなった。
「ちょっと迂闊だった……ってことか」
四方八方を取り囲まれる中で、シュナは妹が見せる芸当の全てに笑みを浮かべるのであった。
その直後、模擬戦のフィールドに二度目となる強烈な衝撃が走り抜ける。
膨大な魔力が成せる凄まじい衝撃は、リエルが自ら生成した氷雪の結界を吹き飛ばし、シュナが作り上げた氷の世界を瓦解させていくのであった。
桜葉です。
次回もよろしくお願いします




