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第二章8 氷都市ミノルア防衛戦1

第二章8 氷都市ミノルア防衛戦1


 魔獣の襲撃に遭っていた北方の大都市・ミノルア。

 クリミア戦争の英雄、フローレンス・ナイチンゲールを異世界に召喚した航大は、彼女の力を借りながらも戦火に巻き込まれていく街の中で戦い続けた。


「これはさすがに……予想外もいいところだ……」


 街の至る所から黒煙を上げる街で、航大たちは現実世界で語られる代表的なモンスターである『サイクロプス』に酷似した魔獣と相対した。屈強な身体に一つ目、そして右手には凶悪な棍棒を持ったかのモンスターは、クリミアの英雄ナイチンゲールによって討伐された。


 サイクロプスとの戦いに勝利した航大たちの前へ、立て続けに姿を現した『それ』には、さすがのナイチンゲールも言葉を失うばかりだ。


 三階建ての民家を越えていく巨体を持ち、海蛇のような姿をした新たな魔獣は、九つの首を持っていた。それは、航大が住まう現実世界でギリシャ神話に登場する『ヒュドラ』と呼ばれる怪物と姿が似ていた。

 いや、似ているというレベルの話ではない。この海蛇もまたサイクロプスと同じように神話の怪物と酷似しているのだ。


「現実世界の怪物を召喚するとか……それって、何ていうチートだよ……」


 思わず脳裏に浮かんだ言葉がそのまま口をついて出てしまう。

 航大の思考は分からないことだらけであり、眼前に迫る現実を前に現実逃避したいとすら考えてしまうくらいだった。


 サイクロプスとの戦いはナイチンゲールに少なからずのダメージを残していた。

 いくら治癒に特化した英霊とはいえ、大型の魔獣との連戦など想定していなかっただろう。ましてや、その相手が巨大なヒュドラというのならもってのほかだ。こんなの、いくらなんでも真正面からぶつかって勝てるような相手ではない。


「ナイチンゲールッ、ここは一旦引くぞッ!」


 これは航大が少ない時間で考えた最善の策だった。

 航大たちだけなら勝つのは難しいかもしれない。

 しかし、剣と魔法の世界に生きるハイライト王国の騎士と一緒なら勝つ可能性もあるかもしれない。助けを呼ぼうにも、航大たちは廃墟とかした街の中で孤立しているのが現実。それならば、助けを求めるために今は引くのが正解だ。

 これが航大が導き出した答えだった。


「ナイチンゲールッ! 早くしろッ!」


「……マスターの頼みであっても、それは聞く訳にはいかない」


「なんでッ!?」


「マスターは気付いていないかもしれないが、この大通りの先……そこの地下に大勢の一般市民が存在している」


「――ッ!?」


「ここで私たちが引けば、夥しい数の一般市民が犠牲となるだろう。私の治癒力を持ってしても、一度死んだ人間を復活させることは出来ない」


 英霊だからこそ、人の気配に対して人一倍敏感な彼女だからこそ知り得る情報だった。一見、ゴーストタウンと化しているように見えるこの街には、まだ多くの市民が残っていた。全員逃げたのかと思っていたが、そうではなく、ほど近い場所に大きな避難場所があるのだろう。そこに身を寄せ合っているというのだ。


「そんな馬鹿な……それじゃ、ここでコイツと戦うってのかよ……」


「そうするしかないだろうな」


 両手に持つ片刃剣を握り直し、悲壮感すら漂う決意の表情を浮かべるナイチンゲール。

 彼女はどこまでも孤高だった。

 絶望的なこの状況でも表情を崩すことなく、一歩も引くことなく、この伝説級の魔獣を相手に戦おうとしている。それはあまりにも無謀な決意であり、傍から見れば命を捨てようとしているとさえ見える。


 それでも彼女は戦う意志を曲げない。


 自らに課された使命に対して真っ向に向き合おうとする。

 そんな姿勢が彼女を英霊たる存在として、この混沌に染まる異世界に君臨している所以なのだった。


「はぁ……一応聞いておくけど、勝てる見込みはあるのか?」


「よかった。マスターは残ってくれるのだな」


「当たり前だろ」


「ふっ……マスターがここで逃げ出したらどうしようかと思っていた。召喚主が離れれば離れるほど、私たち英霊は力を失う」


「それは初耳の設定だな」


「勝てる見込みはあるのか……マスターはそう問うたな?」


「あぁ……」


「今、その確率は僅かながら上昇した。しかし、それでも確率として言うのであるなら……一%ほどといったところか」


「一%か……絶望的ではあるけど、奇跡を信じるって意味ならいける数字だな」


「ほう?」


「〇%じゃない限り、奇跡は起こるってことだ」


「ふふっ……奇跡か。私が生きていた時代ならば、最も嫌っていた言葉だ。しかし、今はその奇跡を信じて戦うしか、ないようだ」


 航大たちが話している間にも、ヒュドラは咆哮を上げながらゆっくりと接近を続けていた。

 その距離はおよそ五十メートルもないだろう。

 嫌でも、この場に留まっていれば激突は避けられない。


「英霊としての力、見せてくれよッ!」


「――承知したッ!」


 その言葉を合図に、ナイチンゲールは闇夜を駆ける。

 街頭の明かりがナイチンゲールの持った剣を鈍色に輝かせた刹那、闇夜を切り裂くようにして疾走していた彼女は宙を舞った。


 その姿は今までに見てきたどの跳躍よりも美しく、無駄がない。助走をつけた速度を殺すことなく、ナイチンゲールの持った片刃剣がヒュドラの首を切りつけた。

こうして、北方の大都市・ミノルアを舞台とした史上最大の防衛戦が幕を下ろしたのであった。


◆◆◆◆◆


「はああああぁぁぁッ!」


「ナイチンゲールッ、ヒュドラの炎に気をつけろッ!」


「承知ッ!」


 ヒュドラの咆哮が街を揺らす。

 全身を震わす咆哮だけで意識を持っていかれそうになりながらも、ナイチンゲールは果敢に戦っていた。

 その素早い身のこなしでヒュドラを混乱させ、一瞬でも隙を見せればその剣で硬い皮膚を切り裂いていく。ドロッとした血液が噴き出し、攻撃を受けることでヒュドラもナイチンゲールの位置を把握して、その首から灼熱の炎を吐き出す。


「遅いッ!」


 しかし、今のナイチンゲールにとってヒュドラの攻撃はあまりにも鈍足だった。切っては離れ、切っては離れを繰り返す。正攻法な戦い方に、傍から見れば航大たちが巨大な魔獣相手に優位な立場にあるように見える。


「ちッ……!」


 何度目か分からない斬撃をヒュドラの身体に叩き込む。

 幾度となくナイチンゲールはその剣を振るうが、その攻撃は魔獣相手には全くと言ってダメージを与えてはいない。想像以上に分厚く、固いヒュドラの皮膚に対して、ナイチンゲールの斬撃は表面を僅かに切り裂いているだけ。とても致命傷といえる攻撃は与えられていない。


「くああぁッ!?」


 それどころか、次第にヒュドラも目が慣れてきたのか、ナイチンゲールの行動に対して先読みして攻撃を仕掛けてくるようになっていた。

 九つの首が四方八方に視線を巡らせ、ナイチンゲールがどの位置から攻撃を行おうとしているのかを、全ての首に共有していた。その結果、ナイチンゲールが飛翔する位置から最も近い首が素早く動き、彼女を噛み砕こうと、焼き尽くそうと攻撃を繰り出していく。


「怪物の癖に学習能力も高いのかよッ……」


 ナイチンゲールの邪魔にならないように、そしてヒュドラの攻撃が飛んでこないように絶妙な位置を維持して戦況を見守る航大。


 街を守るため、必死に戦っている彼女を傍から見守ることしかできない。

 この状況に対して、航大はヨムドン村で味わった屈辱を思い出す。

 異世界にやってきて、英霊を召喚することでここまで戦ってきた。

 しかしそれは、自分が戦っているのではなく、自分が呼び出した力を他人に預け戦ってもらっているのだ。王女は航大にも功績はあると言ってくれた。周りの騎士たちも航大の実力を認めているような言葉を漏らすが、結局のところ航大は何もしていないのだ。


 その事実に何度も唇を噛みしめる。

 傷つき、それでも勇敢に戦う英霊をその身に宿したユイの姿を、今の航大にはただ見守っていることしかできない。それが現実なのだ。


「しまったッ!?」


「――ッ!」


 幾度となく攻撃を仕掛けるナイチンゲールだったが、飛翔からの着地の際に体勢を崩してしまう。一瞬の隙を見逃さず、ヒュドラは咆哮を上げて二つの頭を彼女の小さな身体に向けて突進させる。

 瞬時に回避行動を取ったとしても間に合わないと察したナイチンゲールは、険しい表情をさらに歪ませて、無情にもヒュドラの突進を受けようと試みる。


「無理だナイチンゲールッ! 逃げろッ!」


「間に合わないッ!」


「――ッ!?」


 次の瞬間、彼女の身体はヒュドラの体内へと消えていた。

 固いレンガで作られた地面ごと、ヒュドラの首の一つがナイチンゲールの身体をまるっと飲み込んだ。悲鳴もなにも聞こえない。一瞬のうちにして、彼女の身体は巨体の中へと取り込まれていく。


「ナイチンゲールッ!」


 思わず叫んでいた。

 もう間に合わないかもしれない、と頭のどこかで思っていてもまだ生きているかもしれないという可能性に賭けて声を張る。


「はあああああああああぁぁぁッ!!」


 航大の声に呼応するように、彼女の身体を飲み込んだヒュドラの首部分から咆哮が聞こえた。そして、次の瞬間にはヒュドラの首に一筋の光が走る。


「い、生きてたッ!?」


「当たり前だッ!」


 ナイチンゲールはヒュドラに食われた。それは事実だったのだが、彼女は体内に取り込んだことで安心していたヒュドラの意表をつくようにして、内部から攻撃を仕掛けていた。

 内部からヒュドラの首を両断したナイチンゲールは、緑色の粘液と共に再びミノルアの地に降り立つ。


「――ッ!」


 ヒュドラの苦悶に満ちた咆哮が街に轟く。

 ナイチンゲールに体内から切り裂かれた首が、ずりゅっと生々しい音を立てて胴体から滑り落ちていく。九つの首の左端に位置していた首がようやく一本落ちた。さすがに首を落とされてはヒュドラもタダでは済まない。

 長細い胴体をくねらせ暴れることで、その痛みを表現する魔獣。


「よし、これで首を一つ落としたぞ」


「あぁ……しかし、ここまでに大きすぎる代償を払ってしまったようだ……」


「……え?」


「身体に力が……くッ……」


 ヒュドラの体内から生還を果たしたナイチンゲール。

 しかし、その身体はヒュドラの粘液に包まれていて、呼吸が異常に荒い。


「おい、ナイチンゲールッ?」


「はぁ、はあぁ……これは……毒……そうか、あいつ……体内に毒を……」


 その呼吸は落ち着くことがなく、次第に荒さを増していくばかり。そして最後には、ナイチンゲールの身体は固く、冷たいミノルアの地面に倒れ伏してしまうのであった。


桜葉です。

ヒュドラはギリシャ神話に登場する怪物として有名ですね。


次回もよろしくお願いします。


◆◆◆◆◆

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