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第五章64 砂塵の試練ⅩⅩⅩⅩⅩⅡ:第一次試験の開始

「うぅ……集合場所ってこの辺のはず……なんだけどなぁ……」


 ハイラント王国所属、王国騎士隊の入隊試験が始まってからしばらくの時間が経過した。


 試験会場となるのはハイラント王国の郊外に存在する森林地帯であり、遠目にハイラント王国の王城を見ながらの試験となる。太陽光が差す森林の中を、リエルはある地点を目指して歩き続けていた。


「なんか、静かすぎて恐い……」


 リエルの片手には周囲の地形を記した地図が握られていた。


 その地図に記された場所へ向かうこと、それがまず一次試験を突破するためにリエルがすべきことなのであった。一次試験の内容は無作為に選ばれた同じ試験参加者と二人一組となり、定められた時間まで生き残るというものだった。


 一次試験の実施試験は丸一日の時間が設定されており、その間ならば他組を攻撃することも可能である。


 戦っても良し、戦わなくても良し。

 リエルはパートナーと協力し、なんとか無事に翌日を迎える必要があるのであった。


「ううぅ……どうして誰も居ないんだろう……私のパートナーさんはどこに……?」


 一人、森林の中で彷徨い歩くリエルは、一次試験を無事に通過するためにパートナーを探している最中であった。片手に握られた地図にはパートナーとの合流地点が記されており、その場所へと到着しているはずのリエルだが、未だにパートナーと合流を果たすことは出来ていなかった。


「このままじゃ、一次試験……失格なんてことに……」


 パートナーと合流を果たせない状況はリエルにとって芳しくはなかった。


 他組と鉢合わせをしてしまった場合、このままではリエルは一人で相手をしなくてはならず、それはとても厳しいことであるのは言うまでもない。そもそも、二人一組で生き残るというのが突破の条件であるのだから、このまま一人で進行してしまっては失格となってしまう。


「ど、どうすれば……」


 集合場所付近でオロオロと右往左往するリエル。

 そんな彼女の傍で草木が不自然な動きを見せるのであった。


「ひッ……な、なにか居る……もしかして、パートナー……さん……?」


 近くの茂みに何者かの気配を感じ、リエルはビクビクと身体を震わせながら動向を注視する。しばしの沈黙の後、茂みから大きな影が飛び出してくる。


「おっとっと、それにしても迷っちまったなぁ……森の中から出ちゃいけないなんて、めんどくせぇ試験だぜ」


「まぁまぁ、そう言うなって。誰とも会わずにいれば一次試験は合格なんだからよ」


 茂みから出てきたのは、安っぽい甲冑鎧に身を纏った二人組の男たちだった。


 一人は丸坊主で屈強な身体に、背中には巨大な大剣を背負っている。

 もう一人は黒い長髪を乱雑に伸ばし、ヒョロヒョロな体躯に腰に細い短剣を携えている。


 一目で入隊試験の参加者であることが分かる格好をしており、リエルは最悪な状況で鉢合わせしてしまった状況に呆然と立ち尽くすことしかできない。


「ん? こんなところに餓鬼?」


 丸坊主で大きな体躯をした男は、いち早く近くに立っていたリエルの存在に気付くと忌々しげに表情を歪める。


「あー? んだよコイツ、試験の紙を持ってやがるぜ」


「こんな餓鬼が俺たちと同じで入隊試験の参加者だってのか?」


「けははッ、この餓鬼ってば身体が震えてやがるぜ? 俺たちにビビッてんのかよ」


 屈強な身体をした坊主男に続く形で、ヒョロっとした男もリエルの存在に気が付く。


 小動物のように身体を震わせるリエルは、驚きのあまり身動きを取ることができないでいた。力量差は抜きにして、彼女は自分よりも体格の大きな男と対峙した経験がなかった。


「ど、どうしよう……」


 下衆な笑みを浮かべる男たちは、リエルの姿を確認するなり近づいてくる。


「お嬢ちゃん、この試験は遊びじゃないんだ。怪我しない内に帰りな」


「けひひッ、このまま帰すなんて勿体無いこと言うなよなー、これは試験で、武器を使うことだって許されてんだぜ? 嬢ちゃんも参加してるなら、それくらいの覚悟はできてるんだよなー?」


 屈強な男はリエルを見逃そうと考えたが、もう一人の男は違っていた。


 この中で一番の下衆な笑みを浮かべるヒョロっとした体型の男は、腰に携えていた短剣を抜くと刀身に舌を這わせてリエルへ近づく足を止めない。


「命は守られてるといってもな、ここは戦場と変わらねぇんだ。殺るか、殺られるかの世界なんだぜ? そして、殺られちまったのなら、その後はどうなっても文句は言えねぇんだよ」


「はぁ……お前はこんな餓鬼でもお構いなし、か」


 ヒョロっとした男の言葉に、屈強な体躯をした坊主男は深い溜息を漏らす。しかし、パートナーである男の動きを止めることはせず、やれやれといった様子でリエルたちから少し離れた木にもたれ掛かる。


「いやさ、よく見ると可愛い顔してんだよなぁ。俺ってばさ、こういう小動物みたいな女を少しずつひん剥いて、めちゃくちゃにするのが好きなんだよ」


「ひ、ひぃッ……こ、来ないでくださいッ……」


 下衆な笑みを一段と強くして近づく男に、リエルは目尻に涙をいっぱいに溜めて後ずさる。しかし、彼女の退路は木々によって塞がれてしまい、それ以上の逃避を許そうとしなかった。


「まぁまぁ、大人しくしてろって。そうすれば、最初はちょっと痛いけどな、次第に気持ちよくなってくるぜ?」


「い、いやッ……いやあああああぁぁぁぁーーーーッ!」


 男の手がリエルに触れる。

 次の瞬間、男が握っていた短剣がリエルの服を無情にも引き裂いていく。


「けひひひひッ! 綺麗な肌じゃねぇかぁ……たまんねぇなー、こりゃ」


「う、ううぅッ……やめて……やめてくださいぃ……」


「おらッ、もっと泣けやッ……そうすれば、俺はもっと興奮できるんだよ……ッ!」


「い、痛いッ……!」


 リエルの髪を乱暴に掴み、右手に持った短剣で更にリエルの服を引き裂こうとするヒョロっとした体躯の男。その目は抑えることのできない欲にまみれており、完全に怖気づいてしまったリエルはされるがままであった。


 人気もない森林の中、目も当てられない凄惨な出来事が勃発しようとした次の瞬間だった。



「はあああぁ……まぁ、遅刻しちゃったのは僕が悪いんだけどさー、まさかこんな状況になってるなんて思わなかったんだよ」



 森林の中に一陣の風が吹き抜けたかと思った後、そんな少女の声音がリエルの鼓膜を震わせた。


「ああぁん? 誰だッ!?」


 響き渡った声音へ真っ先に反応を示したのは、ヒョロっとした体躯の男だった。

 泣きじゃくるリエルを投げ捨てるようにすると、周囲を見渡して声の主を探す。


「僕はここだよ?」


「あッ!?」


 頭上から声が響いたと思った次の瞬間、ヒョロっとした体躯の男の身体が強烈な衝撃音と共に突如として大地に押し付けられる。


「――――ッ!?」


 メキメキと全身の骨にヒビが入り、砕け散る音が生々しくも響き渡り、リエルを襲った男は声を発することもなく意識を失う。


「な、何事……?」


「あははー、ごめんねぇ。待ち合わせの時間にちょっと遅れちゃったみたい」


「あ、貴方は……?」


「僕はカリナって言うんだ。風魔法の達人で君のパートナーって奴だよ」


 意識を失った男の上に着地するなり、サイドテールに結んだ長い茶髪と、四肢を大胆に露出した格好が印象的な少女はリエルに向かって笑みを浮かべる。


「パ、パートナー……さん?」


「うん。とりあえず、その服を直してあげる」


「わわッ!?」


 リエルと会えて心底嬉しいのか、カリナと名乗る少女はこれ以上にない笑みを浮かべると右手人差し指の先に淡い光を灯すと、無残にも切り裂かれたリエルの服を修復していく。


「あ、ありがとう……ございます……」


「遅刻しちゃったお詫びも兼ねてね。もう少し遅かったら大惨事だった訳だし」


 ペロと舌を出して謝罪するカリナ。

 それを見て安堵の笑みを浮かべるリエル。


 しかし、状況はまだ完全に解消された訳ではなかった。


「はあぁ……まぁ、そいつがそうなったのは自業自得って奴なんだけどよ。パートナーをそんな風にされちまうとさ、俺も黙ってる訳にはいかないんだよな」


 そんな声音を漏らすのは丸坊主頭と屈強な身体が印象的な男だった。


 彼は戦闘不能となったパートナーに一瞥をくれることもなく、しかし確かな苛立ちと殺意を瞳に込めてリエルたちを睨みつける。


「あれれー、まだ雑魚が居たんだ? とっくに逃げ出したかと思ったけど」


「カ、カリナさん……あまり、挑発するようなことは……」


「いいんだよ。この試験を生き抜くためには、人間と戦わなくちゃいけないんだから。リエルちゃんも、人間と戦うという経験を積んだ方がいい」


「あ、あれ……どうして私の名前を……?」


「…………まぁ、細かいことは後で。今はとりあえず、あの坊主さんをぶちのめさないとね?」


 妙な静寂を挟んでカリナは話を切り上げると、その身体を男に向ける。


「覚悟はできてるんだな?」


「それはこっちの台詞って奴なんだけど?」


「餓鬼だからといって容赦しねぇぞ――ッ!」


 地面を強く蹴って飛び出してくる坊主頭の男。


 王国の入隊試験。

 それは始まるなりすぐにリエルへ試練を与えるのであった。


桜葉です。

今回はこれまでとちょっと違ったシリアス感がありました。


第五章、長丁場となっておりますが次回もまたよろしくお願いします。

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